*0176 |
beat [12/02/02(水)-16:49] |
| 軍事裁判抜きの処刑についての感想 |
皆さん、こんにちは 。beatです。
相変わらずご活発な議論で、いつも勉強させてもらっています。
さて、また蒸し返しになると思うとちょと心苦しいのですが、 「南京事件」についてです。
”ゲリラすなわち便衣兵の軍事裁判抜きでの処刑の是非”について、(特にクマさんをはじめとした)この問題に関心がある方々にお聞きしたいと思います。
この掲示板に限らず、ネット上では、これに対する見解は真っ二つに割れています。
”ゲリラすなわち便衣兵の軍事裁判抜きでの処刑は国際法違反(であり虐殺)である”と主張なさる方々は、(クマさんも挙げておられたような)「戦時重罪犯は軍事裁判にかけて処罰すべき」といった当時の国際法学者の見解を根拠として挙げておられます。これは充分に説得力があると思います。
他方で、上に反対なさる方々は、南京事件以前やそれ以後の各国の「慣行」を問題にされることが多いようです。スペインゲリラとナポレオンの戦いから始まって、ボーア戦争、第一および第二次大戦、アイルランド、ナイジェリア、各国の内戦、そして最近のベトナム等におけるゲリラの”処罰”の仕方をみると、殆ど裁判抜きでの(その場での)処刑か、命を助けても拷問にかけるか(報復用の)人質とすることが多かったようですね。また、「南京虐殺」を”肯定”なさる方で、ゲリラと軍事裁判の関係をいくつかの文献で調べてみたら、軍事裁判抜きの処刑があまりに多く、それどころか軍事裁判にかけて処刑した例が殆どみつからなかった、と苦笑なさっておられる方もおいででした。
「戦時重罪犯は軍事裁判にかけて処罰すべき」というのは、皆さんのご説明にあったように、明文の規定ではなく慣習法です。慣習法の成立に要求されるのは(首尾一貫した)「慣行」と「法的確信」の両者とされています。しかし、(他の戦時重罪犯は別として)少なくともゲリラ(便衣兵)に対する慣行に限ってみた場合、「ゲリラ(便衣兵)は軍事裁判にかけて処罰する」という慣行は成立していなかったように思えます。正規軍からすれば、これらゲリラや便衣兵というのはそれだけ憎い存在だったのでしょう。
以上、国際慣習法の成立に不可欠な「慣行」が、南京事件当時一貫して行われていなかったということが事実だとすれば(事実の可能性が高いと思いますが)、(「虐殺」かどうかは別として)少なくとも「軍事裁判抜きに処刑したのであるから国際法違反である」とは断言できないのではないかと思いますが、如何がでしょうか?
できれば、皆さんのご批判や感想をいただきたいと思います。
それでは失礼します。
| (210.160.175.043) |
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*0176-01 とほほ [12/02/02(水)-17:12] |
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南京事件における便衣兵の存在を先に立論すべきです。
| (210.234.117.088) |
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*0176-02 beat [12/02/02(水)-19:03] |
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とほほさんへ。
南京では、兵士が大量に軍服を脱ぎ捨て安全区に潜伏しましたが、
あなたは、これらの兵は便衣兵ではないとおっしゃりたいのですか。
では、お聞きしますが便衣兵でなければ何ですか?
| (210.160.175.043) |
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*0176-03 とほほ [12/02/02(水)-20:09] |
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便衣兵と言うのはゲリラの事でしょ?
ゲリラとは正規軍ではなく武器を取って戦う人の事でしょ?
軍服を脱いで安全区へ脱げこんだ人達を敗残兵に分類するか脱走兵に分類するか軍服だけでなく武器も捨てて安全区に逃げこんだ人達は?
安全区内での武器の取り扱いは?
別に便衣兵の存在を否定はしてませんよ。南京事件で便衣兵の処刑が重要であるというならその重要性を先に検討すべきだ、と言っているのです。
便衣兵、敗残兵をどう分類するか、重ねて言いますが便衣兵とは武器をとって戦う人達の事です。
軍服を脱いで逃げたから便衣兵に変身しちゃってだから殺しても良い?
なんかどっかのポンポコリン大学教授みたいな意件ですね。
防衛戦で日本軍は捕虜を取らない方針で進撃してきた。軍服着ていても処刑、捕虜になっても処刑。とにかくこう言う事を踏まえて議論しましょ、といっているのです。
どうやって便衣兵を選別したか大体便衣兵と敗残兵と捕虜と民間人と言う区別があったのか。
国際法云々で虐殺を否定したいならお好きにどうぞ、こう言う事を踏まえた上でなら、ここを読む人達もきちんと事実を見つめる事が出来るでしょう、国際法に違反してないから虐殺でないなどと言うのが戯言である事はわかるでしょう。
| (210.234.117.034) |
| |
*0176-04 beat [12/02/03(木)-11:41] |
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>とほほさんへ。
上では、あなたが何を主張したのかよく理解できませんね。
「反証不能」(内容にではなく、それ以前の形式として)な文の
典型です。
ただ、一点だけ。
>国際法に違反してないから虐殺でないなどと言うのが戯言であ
>る事はわかるでしょう。
確か、「国際法違反であるから虐殺である」とのコンテクストでこの
問題を最初に持ち出してこられたのは吉田裕先生だったと思います。
下では、クマさんも同様のコンテクストで議論を展開なさっておい
でですね。
それに反論する格好でこういう議論がなされているわけです。
あなたが、その反論を「戯言」というなら、議論の基の吉田先生や
クマさんの述べておいでのことも「戯言」ということになりませんか?
ーーーーーーーーーーーー
兎に角、この掲示板では
”国際慣習法の成立に不可欠な「慣行」が、南京事件当時一貫して行われていなかったということが事実だと
すれば(事実の可能性が高いと思いますが)、(「虐殺」かどうかは別として)少なくとも「軍事裁判抜きに処刑
したのであるから国際法違反である」とは断言できないのではないかと思いますが、如何がでしょうか?”
という問いには(今のところ)誰からもお答えがないようです。
無回答を暗黙の了解とすなら、この掲示板での(暫定的)結論は、
”「軍事裁判抜きに処刑したのであるから国際法違反である」とは言えない”
ということになるかと思いますーーーもちろん、現時点でこう断言するつもりはありませんが。
それでは失礼します。
| (210.160.175.043) |
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*0176-05 とほほ [12/02/03(木)-17:13] |
| |
beat さんへ
>確か、「国際法違反であるから虐殺である」とのコンテクストでこの
>問題を最初に持ち出してこられたのは吉田裕先生だったと思います。
>下では、クマさんも同様のコンテクストで議論を展開なさっておい
>でですね。
>それに反論する格好でこういう議論がなされているわけです。
>あなたが、その反論を「戯言」というなら、議論の基の吉田先生や
>クマさんの述べておいでのことも「戯言」ということになりませんか?
面白い事を思いつきますね。
では、私の
「南京事件における便衣兵の存在を先に立論すべきです。」
と言う主張に対し
「南京では、兵士が大量に軍服を脱ぎ捨て安全区に潜伏しましたが、
あなたは、これらの兵は便衣兵ではないとおっしゃりたいのですか。
では、お聞きしますが便衣兵でなければ何ですか?」
と、答えたのはどこのどなたなのでしょう?(笑)
私はこの問題の論点がどこにあるのかを先に検討すべきだ。と言う意
見を主張しているに過ぎません。
はい、私は戯言であると思っています。が、クマさん や 吉田さんも
(失礼ながら吉田裕先生のご意見を存じ上げないのですが)その戯言
に付き合ってあげているのだと思います。つまりこの問題を無視して
しまうと「やっぱし、答えないと言う事は反論できないんだーー」と
言う とんちんかん 坊やの生産に一役買ってしまうおそれがあるから
です。
なぜなら、この問題もまた「南京虐殺否定論もどき」が反論にしている
つもりの問題の一つだからです。
議論は全体の流れを見なくては、、、。と言う事には賛同していただ
けますか?
だとすれば私はここを読む人達に全体の流れを解説しているに過ぎま
せん。私の目的は「南京虐殺否定論もどき」が以下に馬鹿げた論理な
のか、を主張することです。
と言うのが私の立場です。さて本論に戻りましょう。
私が吉田さんやクマさんの立論を戯言と思っているか否か、と言う問
題とこのスレッドの問題は関係ありません
私がこのスレッドの立論に対し異議を主張しているのです。
論理的にこの異議を却下するなり、改めて立論するなりが正しい姿勢。
結局
”「軍事裁判抜きに処刑したのであるから国際法違反である」とは言えない”
と言う結論が欲しかった、何の為?
皆さんお分かりですね、この結論で抜けている部分、この結論で言わ
れている「軍事裁判抜きに処刑」された人達は便衣兵(ゲリラ)では
無いのです。武装解除された敗残兵や捕虜でありその選別に当たって
は「見た目」で判断して「適当」に選別して結局便衣兵だろうが敗残
兵だろうが民間人だろうが関係なく駆り立てられ虐殺されたのです。
| (210.234.117.093) |
| |
*0176-06 訃霞 [12/02/03(木)-21:10] |
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beatさん、とほほさん、初めまして。まだ忙しいので多くを書き込むことが
出来ませんが話に割り込みます。申し訳ありません。
主に史書で使われる便衣兵の意味とは「民間人に化けた兵士」「攪乱戦法を取
る兵士」もしくは両方の条件を満たした兵士とされています。ゲリラとは基本
的に「攪乱戦法を取る兵士」の事を指します。決して「正規軍ではない」との
条件はありません。
(もしかしたら厳密な定義が存在するかもしれません。その場合はご一報を。)
beat氏は単に「ゲリラ」もしくは「兵士が大量に軍服を脱ぎ捨て安全区に潜伏
(した兵士)」の事を便衣兵と解釈しています。とほほ氏は「便衣兵と言うの
はゲリラ」「ゲリラとは正規軍ではなく武器を取って戦う人」「便衣兵とは武
器をとって戦う人達」の事を便衣兵と解釈しています。
上記に書いた便衣兵の定義から言うとbeat氏の定義は正しく、とほほ氏の定義
は間違っています。「便衣兵と言うのはゲリラ」だけなら間違ってはいません
が、「ゲリラとは正規軍ではなく武器を取って戦う人」との条件を踏まえての
「便衣兵と言うのはゲリラ」との発言なら間違っていると言わざるを得ません。
「便衣兵とは武器をとって戦う人達」では正規軍兵士まで便衣兵になってしま
います。
つまり、「民間人に化けた兵士」との条件なら南京陥落後に便衣兵が存在した
と言えるのではないでしょうか?この事は多くの史書が示しており、とりたて
て引用する必要はないと思います。「攪乱戦法を取る兵士」に関しては詳しく
調べないと分かりません。
簡単ですが、私なりに立論してみました。ご参考になったでしょうか?
ただし、記憶で書いているので間違っている可能性もあります。
参考文献:
厳密に調べられる環境ではないので分かりません。希望があれば後日。(苦笑
| (210.159.089.132) |
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*0176-07 とほほ [12/02/03(木)-23:25] |
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訃霞さん、ありがとうございます。m(__)m
なるほど便衣兵と言う言葉はそう言う風に使われているのですね。
勉強になりましたm(__)m
さて少し整理してみます。
1、南京事件では大虐殺がなされた。と言われるがその数字のなかには便衣兵の処刑も多数含まれておりこれを計上してしまうのは不合理では無いか?
2、便衣兵の処刑とて国際法上許されるべきでは無いのではないか。
3、いや、慣例として便衣兵は裁判無しに処刑されている。
と言うトリック議論が進行しているわけですね?
議論上慣例として処刑されている、と主張されているのはゲリラの事ですよね?
そこで私が先に便衣兵の存在を立論してください。
と言っているわけですね?
その上で 訃霞 さんがこれが便衣兵の事だよ、とおっしゃって立論されることは正しいのです。
つまりここで言う便衣兵とは「民間人に化けた兵士」との条件で南京陥落後に便衣兵が存在したと言えるのではないでしょうか?
と言う議論に進めるわけです。
ならそう言う形での便衣兵がいたのか否か、を立論してください。
と言っているわけです。
「武器を所持し反撃の機会を伺う民間人に化けた兵士」は抵抗したのか?
「実際に戦闘を行った民間人に化けた兵士」がいたのか?
「民間人に化けていたが発見され武装解除され連行された兵士」
「非武装で民間人に化けていた兵士」
「軍服のまま潜んでいたが発見され抵抗後または無抵抗で武装解除の後連行された兵士」
「軍服を脱いで逃亡した兵士、に間違えられた民間人」
便衣兵として捕らえられた人達には色々いるようですね。
実際に便衣兵として処刑された人の内での割合はどの程度なのか、なぜ民間人に化けたのか?このように真面目に検証したりディベートしたりするのであれば私は大変有意義だと思います。
とにかく事実関係が誤魔化されない様に議論してください、と言っているわけですね。
その上でならどうぞいくらでも国際法上の議論をして下さい。
便衣兵をゲリラの事として慣例を適用するような方が出てくるか否か疑問ですが(笑)、どうぞ後勝手に、、、と言っているわけです。
それなら実際には無抵抗の武装解除された投降兵や捕虜や敗残兵をいい加減な判別法で民間人もお構い無しに捕らえ虐殺した。と言う事実をごまかすことにはならないからです。
私は事実を誤魔化すな、と言っているだけです。
国際法上どうであれ現代社会の倫理観念から正統化されるべきか否かを決めるのはここを読む人達です。但し国際法上の議論でまたいんちき手法をとる人が出たらまた遠慮なく突っ込みますよ(笑)
| (210.234.117.079) |
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*0176-08 beat [12/02/04(金)-17:13] |
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とほほさんへ。
>では、私の
>「南京事件における便衣兵の存在を先に立論すべきです。」
>
>と言う主張に対し
>「南京では、兵士が大量に軍服を脱ぎ捨て安全区に潜伏しましたが、
>あなたは、これらの兵は便衣兵ではないとおっしゃりたいのですか。
>では、お聞きしますが便衣兵でなければ何ですか?」
>
>と、答えたのはどこのどなたなのでしょう?(笑)
この部分は、何をおっしゃりたいのかよくわかりませんが。
>私はこの問題の論点がどこにあるのかを先に検討すべきだ。と言う意
>見を主張しているに過ぎません。
あなたは、何か 勘違いをなさっていませんか。
「この問題の論点」の一つが「国際法」の問題なんです。下にもあるように、クマさんを始めとして色々な方々が現に議論しているんですよ。そして、この議論は既に相当深いところまで進展しているんですよ。もともと私の投稿はクマさんの立論を受けて、クマさんの前提に則って、そこで展開された議論を基にして話しをしています。
今さら「先に検討すべきだ」と言っても「証文の出し遅れ」に過ぎません。この議論が始まった時点でそういうべきです。もちろん、とほほさんが「国際法」とは別の観点から議論するのは全く自由です。しかし、別の観点からの議論があるからといって、「国際法」の議論を無効とはしえないのです。両者は基本的に別の問題ですから。
>はい、私は戯言であると思っています。が、クマさん や 吉田さんも
>(失礼ながら吉田裕先生のご意見を存じ上げないのですが)その戯言
>に付き合ってあげているのだと思います。
あなたは、この問題の経過を理解できていますか。
まずは、「南京での便衣兵の裁判抜きでの処刑は国際法違反である」という立論ありきなんです。
それに対して反論があり議論が始まったわけです。あなたが、この問題についての議論を「戯言」などと称するのは、クマさんや吉田先生の言葉を「戯言」と罵倒しているということです。
私は、クマさんが立てられたスレッドは大変勉強になり、大いに感謝もしていますが、とほほさんのように、クマさんを始め議論に参加なさった方々の言葉を「戯言」とか称するような放漫さは持ち合わせておりませんし、そういう神経も理解できないです。
>つまりこの問題を無視してしまうと「やっぱし、答えないと言う事は
>反論できないんだーー」と言う とんちんかん 坊やの生産に一役買っ
>てしまうおそれがあるからです。
「答えないと言う事は反論できないんだーー」と考えるのは当然のことです。
議論というのは、まず立論があり、それに対する反論、さらに再反論、、、と続き、最終的に反論できなくなった時点で、すなわち議論が集結した時点で、それらをもとにしてある程度の結論が出るのです。
この程度のことはご理解下さい。でなければ、とほほさんは「 とんちんかん 坊や」の誹りを免れえません。
もちろん、私は今回の「結論」については、数々の条件をつけた上のものであり、また、あくまで暫定的なものであり、さらに、今現在の時点では断言はしていませんし、そのつもりもありません。
そして、将来この「結論」に有効な反論があり、それに対して有効な再反論がなされなければ、私はいつでもこの「結論」を撤回し、それに同調します。誤解なきように言っておけば、私は、クマさんのスレッドでも述べたとおり、「国際法」なぞ絶対的なものだなどとは思ってはいません。あくまで、この掲示板における「国際法」という論点の枠内での議論については、一つの結論が得られたのではないかと思いこのスレッドを立てたのです。
>なぜなら、この問題もまた「南京虐殺否定論もどき」が反論にしてい
>るつもりの問題の一つだからです。
ある主張があれば、それに反論があるのはごく自然なことです。それが議論というものです。
>議論は全体の流れを見なくては、、、。と言う事には賛同していただ
>けますか?
あなたこそ、まずはこの問題がどういう経緯すなわち流れをたどってきたのか、まず見るべきです。
>だとすれば私はここを読む人達に全体の流れを解説しているに過ぎま
> せん。
あなたがおやりになっていることは、この問題の流れをことさら無視ないしは曲解しているだけのように思えて仕方がないのですが。
>私の目的は「南京虐殺否定論もどき」が以下に馬鹿げた論理な
>のか、を主張することです。
単なる主張の羅列は、議論においては何の意味もありません。もし本当にあなたがそれを主張なさりたいのなら、「反証不能」という「馬鹿げた論理」の文ではなく、しっかりとした立論をお願いします。
>さて本論に戻りましょう。
>私が吉田さんやクマさんの立論を戯言と思っているか否か、と言う問
>題とこのスレッドの問題は関係ありません
何をおっしゃっているんですか。
私は、クマさんが立てられたスレッドの則って、そこで展開された議論を私なりにまとめて提示したんですよ。対してとほほさんが「国際法」に関する議論を「戯言」と称し、ひいては吉田さんやクマさんを罵倒し初めたのです。従って、このスレッドとは関係が大いにあります。
繰り返します。いきなり「国際法」に関する議論、ひいては吉田さんやクマさん並びにその議論に参加してくださった方々を罵倒しだしたのは、とほほさん、あなたです。
とほほさんは、「国際法」の議論なんて「戯言」程度のもの考えているからこそ、すなわち、吉田さんやクマさんその他の方々の立論を「戯言」と思っているからこそ、そういった議論を罵倒した上で、別の論点を持ち出してきたのではないのですか。
ちょっと、ここで確認しておきたいことがあります。
とほほさん、まさか、
”国際法を根拠に「虐殺」と称するのは大いに結構だ。しかし、それに対して「国際法」を根拠に反論するのはケシカラン、そんなもの戯言だ!”
などとおっしゃっているんではないでしょうね。
とほほさんが「ご都合主義者」なら、話しは別ですけど。
>私がこのスレッドの立論に対し異議を主張しているのです。
>論理的にこの異議を却下するなり、改めて立論するなりが正しい姿勢。
「国際法」とう論点についての議論はそれはそれで一つの議論、とほほさんの主張する論点での議論もそれはそれで一つのしかし別の議論、どういう論点から議論すべきかを議論するのもそれはそれで一つのまた別の議論です。ある論点に限って議論する場合は、別に他の論点を考慮する必要がありません。
いろんな論点での議論があっていいと思いますし、それについて自分の意見を述べるのは大いに結構なことです。ただし、論点が違うからといって、他方を「戯言」というのは放漫だと思いますが。
論点が違うからといって「異議を却下する」必要はありませんし、そう簡単にできるものではありません。また、私と違う論点での議論をはじめたければ、まずはとほほさんがその論点に沿って立論するのが「正しい姿勢」と思われます。
>結局
>”「軍事裁判抜きに処刑したのであるから国際法違反である」とは言えない”
>と言う結論が欲しかった、何の為?
私は、”「軍事裁判抜きに処刑したのであるから国際法違反である」とは言えない”という文の前に”「虐殺」かどうかは別として”と入れていますが、この意味がお分かりですか?(あなたは、無視しているようですけど)
私は、「虐殺」かどうかをここで本質的に問題にしているのではなく、ここでは論点を国際法に絞っているのです。「虐殺」かどうかを判断する際にはいろんな判断基準すなわち論点があるということです。その判断の一つの基準が国際法だということです。私はクマさんの立論からは、そういうことを学びました(あなたにとっては、クマさんらの議論は「戯言」だそうですが)。
そして、議論をする場合に論点を絞るのは当然のことです。そして、別々の論点においては、一方の議論においてはある結論が、他方の議論においてもそれなりの結論が得られるものです。最終的には、それらの結論を総合的に判断して「虐殺」かどうか判断するのが正しい態度なのです。
ただし、ある論点についての議論で、ある結論が得られそうになった時、ことさら論点を拡散させ、議論自体をうやむやにしてしまうという卑劣な手法はよく用いられるところではあります。
何の為?ーーーーもちろん、自分にとって都合が悪い結論を受け入れるだけの度量がないからです。要するに狭量なのです。そして、破廉恥にも、詭弁だろうがインイキだろうが、とにかくその結論をうやむやにすることによって何とか自分の主張を擁護しようというわけですね。
その涙ぐましい卑屈な努力には頭が下がる思いですが(笑)。
>皆さんお分かりですね、この結論で抜けている部分、この結論で言わ
>れている「軍事裁判抜きに処刑」された人達は便衣兵(ゲリラ)では
>無いのです。武装解除された敗残兵や捕虜でありその選別に当たって
>は「見た目」で判断して「適当」に選別して結局便衣兵だろうが敗残
>兵だろうが民間人だろうが関係なく駆り立てられ虐殺されたのです。
最後のは、あなたの立論ですか? 例によって「反証不能」ですね。あなたの「主観」を並べ立てただけにしか思えませんが。
この程度で、クマさんを始めとした方々による「国際法」の議論を「戯言」などと称するのはおこがましいように思えてしまうのは、私だけでは決してありますまい。
| (210.160.175.043) |
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*0176-09 とほほ [12/02/04(金)-22:35] |
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beatさんへ。
>この部分は、何をおっしゃりたいのかよくわかりませんが。
ですから私はあなたへ反論しているわけでもなく立論に対して異議を唱えただけです。さすがの私も beat さんが、南京虐殺否定論者だとまで勘ぐることは出来ません。ですから「便衣兵とは」を先に規定してください、といっているわけでしょ?
なぜならあなたが国際法の議論として持ち出したベースがゲリラ=便衣兵として議論している内容だからです。失礼ながら再掲します。
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”ゲリラすなわち便衣兵の軍事裁判抜きでの処刑は国際法違反(であり虐殺)である”と主張なさる方々は、(クマさんも挙げておられたような)「戦時重罪犯は軍事裁判にかけて処罰すべき」といった当時の国際法学者の見解を根拠として挙げておられます。これは充分に説得力があると思います。
他方で、上に反対なさる方々は、南京事件以前やそれ以後の各国の「慣行」を問題にされることが多いようです。スペインゲリラとナポレオンの戦いから始まって、ボーア戦争、第一および第二次大戦、アイルランド、ナイジェリア、各国の内戦、そして最近のベトナム等におけるゲリラの”処罰”の仕方をみると、殆ど裁判抜きでの(その場での)処刑か、命を助けても拷問にかけるか(報復用の)人質とすることが多かったようですね。また、「南京虐殺」を”肯定”なさる方で、ゲリラと軍事裁判の関係をいくつかの文献で調べてみたら、軍事裁判抜きの処刑があまりに多く、それどころか軍事裁判にかけて処刑した例が殆どみつからなかった、と苦笑なさっておられる方もおいででした。
| (210.234.117.026) |
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*0176-10 とほほ [12/02/04(金)-23:02] |
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どうも接続の調子が悪いです0176-09のアップが途中で途切れてます。
以下は0176-09の続きです。
そこで、便衣兵とは?に対して「安全区に軍服を脱いで逃げ込んだ兵士」と答えれば完全に矛盾でしょう。自分でそうなってしまう様に新しくこのスレッドを読む人達はいちいち元スレッドまでたどったりしません、元スレッドには「便衣兵とは」に言及してます。重要点を抜かしてしまうと危険だから「便衣兵の存在を、、、」と言っているのです。
<ここ重要>はっきり言ってあなたの立てたスレッドで議論されている意味での便衣兵は南京事件ではほとんど存在していません。
ですから、その意味での国際法の議論は無意味だ戯言だ、と言っているのです。
>「この問題の論点」の一つが「国際法」の問題なんです。下にもあるように、クマ
>さんを始めとして色々な方々が現に議論しているんですよ。
だからこそ、別に反論しているわけでは無いのですよ。
便衣兵とは何かきちんと捕らえた上で議論しましょ、と言っているに過ぎません。
もう気がついているでしょうが国際法に関してクマさんの立論とあなたの立てた立論では重大な違いがある、それを指摘しているのです。その証拠があなたの便衣兵に対する感覚「安全区に軍服を脱いで逃げ込んだ兵士」です。
つまりクマさんが言っている便衣兵とあなたが考えている便衣兵は違うわけです。
「安全区に軍服を脱いで逃げ込んだ兵士」はゲリラでは無いのです。
本当にわかってないのかな?だとしたら悪い事したかな(^^;
もしそうなら感情を押さえてもう一度私の書きこみ特に 0176-07 を読んでみてください。
だからといってあなたのベースをそのままで議論することは正しいなどと言いませんよ。
beat さんが本当に純粋にこの件で議論しようとしただけならかわいそうだけど「自由主義史観派」のトリックにひっかかってしまっているんです。本当に注意してください、良く感情を押さえて私の書きこみを読んで下さい。
beat さんがネット上で見ている国際法の議論とクマさん吉田さんの国際法の議論が同じ物か否か、、、。
もう一度いいますよ(^^;
南京事件ではほとんど存在して無い「ゲリラ」の処刑の国際法上の問題が南京事件にとってどんな重要性があるのですか?
クマさん吉田さんの話は頭の隅から一旦どけてみて、、、。
クマさんは確かにゲリラ活動もあっただろうが、そのゲリラは裁判無しで処刑されても良いとはいえない、との主張。つまり枝葉論に付き合っているだけ、それが枝葉論でなく重要だ、と言うならよろしいでしょう beat さんに付き合いましょう。
今のところ beat さんからはクマさん吉田さんが持ち出しているから重要との主張しかありませんが、それ以外に何か根拠はありますか?
| (210.234.117.026) |
| |
*0176-11 訃霞 [12/02/05(土)-00:40] |
| |
1907年の陸戦法規で交戦資格の条件を有する兵士の条件は下記とされています。
1.部下のために責任を負う統率者(指揮官)があること。
2.遠方から認識することのできる固有の特殊標章を有すること。
3.公然と兵器を携行していること。
4.戦争の法規および慣例に従って行動していること。
この条件を満たす兵士は降伏及び投降をすれば捕虜として扱われます。
交戦資格を持たない兵士の場合は下記のように定義されています。
「交戦資格を有しないものが軍事行動に従事する場合には、敵に捕らえられた
際、捕虜としての待遇は与えられず、戦時重犯罪人としての処罰を受けなけれ
ばいけない。」
兵士とは一旦戦闘に携わった以上、逃亡中、潜伏中の状態は戦闘中と解釈され
ます。例え非武装、戦意喪失、無抵抗という状態の場合でも同じ事です。その
上、南京戦の場合は便衣兵とは主に「民間人に化けた兵士」の事です。戦闘中
であるのに民間人に変装するという行為は陸戦法規の交戦資格を違反していま
す。つまり便衣兵に捕虜の資格は全く存在しません。
逃亡中、潜伏中の便衣兵の処刑は戦闘行為と解釈できる上に、例え投降したと
しても便衣兵は陸戦法規の交戦資格を違反しているので、戦時重犯罪人として
処罰を執行することができます。問題として「戦時重犯罪人として処罰を執行」
するのは何処まで許されるかと言う事でしょう。この時点でbeat氏が主張する
「慣習法」を適用すれば便衣兵の処刑は適法と言えるのではないでしょうか?
参考文献:
田畑茂二郎著 新訂国際法
ちなみに、とほほさん。
><ここ重要>はっきり言ってあなたの立てたスレッドで議論されている意味での
>便衣兵は南京事件ではほとんど存在していません。
この「存在していない」と言う前提はいつ立証されたものでしょうか?
私自身は、
>>「攪乱戦法を取る兵士」に関しては詳しく調べないと分かりません。
としか書いていないはずです。他に誰か立証されましたか?
| (210.159.089.154) |
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*0176-12 訃霞 [12/02/05(土)-02:29] |
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補足:
私はクマ氏が引用した、
「而して此等の犯罪者を処罰するには必ず軍事裁判に附して其の判決に依ら
ざるべからず。何となれば、殺伐なる戦地に於いては動(やや)もすれば人
命を軽んじ、惹いて良民に冤罪を蒙らしめることがある為めである」
との文章を否定している訳ではありません。勿論、軍事裁判を開廷し正式に
裁くと言う方法が最も好ましいのは言うまでもありません。ただし「慣習法」
の観点から言えば絶対条件ではないと思うのですが、いかがでしょうか?
注:
私がこのスレッドで「便衣兵」と述べている場合は確実に便衣兵の場合であ
り、便衣兵と間違われた民間人などの場合は一切考慮に入れていません。
| (210.159.089.154) |
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*0176-13 とほほ [12/02/06(日)-13:45] |
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訃霞 さん
いつも的確なコメントを頂きましてありがとうございます。
つまり 訃霞 さんのおっしゃる所の便衣兵とは「民間人に化けた兵士」
全般を指すわけですよね。(除く間違えられた民間人)
それならそれで良いのです。
で、今回 0176-11 において「民間人に化けた兵士はゲリラとみなせるのではないか?」と言う主張を国際法上の観点から為されているわけですね。
ただ、これはいわゆる「見做し論」になります。いえ見做し論そのものを軽視するわけではありません。重要な観念だと思います。
‖> 「交戦資格を有しないものが軍事行動に従事する場合には、敵に捕らえられた
‖> 際、捕虜としての待遇は与えられず、戦時重犯罪人としての処罰を受けなけれ
‖> ばいけない。」
確かに当時の日本国民は官民挙げて軍事行動に従事していたわけですから、戦時重犯罪人に見做せるのかもしれませんし実際国民もそう考えていた節もあります。米軍進駐時に沖縄の方たちが必死で抵抗したのももしかしたらそう言う観念が下地にあったのかもしれません、負けたら処罰される、、、と。
その子孫たる我々もその子孫として真摯に受け止めなければならない問題かもしれません。
が、ここでは出来るだけ事実を知りたい、と言う方たちも多く見受けられ議論もその目的で行うべきであろうかと思います。
実際、こう言う 訃霞さん のような真面目な主張を無視して「自虐はやめよう」等とのたまい戦争を美化する輩も氾濫しております。不思議な事にこう言う輩の言う事を暇なときに聞いてみると 訃霞が主張されているような事を何を勘違いしたのか同じように主張しているのです。「自虐はやめよう」等といいながらその論理は日本国民全体が戦時重犯罪人である、と見做す論理なのです。
そこで提案なのですが見做し論に基づく「便衣兵」と言う言葉をそのまま使っていては事実関係がうやむやになり議論が混乱します。見做してしまえばそれこそ当時の日本国民全体まで言及していかねばなりません。
極力「見做す」以前の言葉を使い事実に近い形での表現をして行きませんか。
南京事件で処刑された兵士の大部分が
「武器を所持し反撃の機会を伺う民間人に化けた兵士」
「実際に戦闘を行った民間人に化けた兵士」
「民間人に化けていたが発見され武装解除され連行された兵士」
「非武装で民間人に化けていた兵士」
「軍服のまま潜んでいたが発見され抵抗後または無抵抗で武装解除の後連行された兵士」
「軍服を脱いで逃亡した兵士、に間違えられた民間人」
であった事に異論はございますか?
以下、ご質問にお答えします。
‖> この「存在していない」と言う前提はいつ立証されたものでしょうか?
‖> 私自身は、
‖>
‖> >>「攪乱戦法を取る兵士」に関しては詳しく調べないと分かりません。
‖>
‖> としか書いていないはずです。他に誰か立証されましたか?
「ほとんど存在していない」ですね(^^ゞ
その存在を立証すべきは「民間人に化けた兵士」が「攪乱戦法を取る兵士」であったと主張する側にこそあるのでは?
だからこそ「便衣兵(ゲリラ)の存在を立論すべき」と言っているわけで(^^;
訃霞さんの論理が通用するのであれば「当時日本軍は核兵器を有してた」と主張しながら「核兵器は無かった、と言う前提は何時立証されたのか」と言っているのと同じです(ちょっと例えがうまく無いのですが)。
もし訃霞さんが「攪乱戦法を取る兵士」の存在を主張するのであればその立証責任は 訃霞さんにあります。"詳しく調べないと分かりません。"では話になりません。
私は研究者ではありませんのでそれほど色々な本を読んでいるわけではありませんが、代表的な、「南京事件」秦郁彦、「南京事件」笠原十九司位には目を通しております。この両書で計上されている「処刑された民間人に化けた兵士」の中には「攪乱戦法を取る兵士」について計上されていなかった、または逃亡を攪乱と見做すと「攪乱戦法を取る兵士」が若干いたと記憶してます。
この両書などで計上されている「処刑された民間人に化けた兵士」の中にこれ以外に「攪乱戦法を取る兵士」が含まれていると言うのであれば 訃霞さん
あなたがそれを立証せねばなりません。なぜならここで計上されている「民間人に化けた兵士」は両書とも「捕虜」「敗残兵」として計上しているからです。
が私の見落としかもしれませんのでそれは議論の中で明かになるでしょう。
確かに上海戦などでは「民間人に化けた兵士」に苦しめられた様です。その「民間人に化けた兵士」の実態はもしかしたら「攪乱戦法を取る兵士」なのかもしれません。ただ上海戦の事は私はほとんど知りませんのでこの議論で勉強できたら良いな、と思っています。その上海からの延長戦である所の南京攻略戦で上海戦での「攪乱戦法を取る兵士」に対する憎しみが南京戦で影響を与え、なんでもかんでも「攪乱戦法を取る兵士」に見えてしまった、と言う主張に異論を唱えるつもりはありません。
もっとも当時の軍部の上海戦苦戦に対する分析の中には「上海戦では赤の毒ガスしか使わなかったから苦戦した、南京戦では躊躇せずイペリットガスを使え」と言うような観念もあった事は事実らしいですね、松井大将は結局使わなかった様ですが、、。
[南京攻略に関する意見、第十軍案]池谷資料 :「南京事件」秦郁彦
最後に私は「南京虐殺肯定論者」ではなく「歴史の真実主張論者」である事を明記しておきます。
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*0176-14 クマ [12/02/06(日)-20:28] |
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こんにちは、クマです。議論に参加させていただきます。
ずいぶんと専門的な話になってきたので、書き込みが少なくなってしまいましたね。
それでは、便衣兵の軍事裁判なしの処刑が虐殺(=国際法違反)であることについて再説したいと思います。
●便衣兵とは何か
便衣兵とは平服を着用して、少人数の集団で戦闘行動を行う不正規兵です。その目的や形態から敗残兵とは当然、区別されます。南京大虐殺事件における敗残兵虐殺を論じる際に、これを「民間人に化けた兵士」とするのは表現上、誤解を与えるものといえましょう。
訃霞さんが上であげている「交戦資格」は正規兵についての条項ではありませんので、その点、誤解なきよう。あの条項は、その四つの資格を備えた“ゲリラ”にも正規兵と同じ法的保障が与えられますよ、という条項ですから、これを訃霞さんが「交戦資格の条件を有する兵士の条件」(少し分かりにくい文章ですね)と理解するのは誤りであり、「義勇兵・民兵(ゲリラ=便衣兵)が交戦資格を有するための条件」と理解するべきです。
したがって、訃霞さんが「陸戦の法規慣例に関する規則」第一条の解釈から敗残兵の処刑を合法化することは誤りであります。
また、同じく「兵士とは一旦戦闘に携わった以上、逃亡中、潜伏中の状態は戦闘中と解釈されます。例え非武装、戦意喪失、無抵抗という状態の場合でも同じ事です」と述べておられますが、これは同じく「陸戦の法規慣例に関する規則」第23条のハ項「兵器を捨てまたは自衛の手段尽きて降を乞へる敵を殺傷すること」(原文カナ)を禁止した原則に照らして問題がある解釈であると思います。
●南京における便衣隊の存在
さて、議論のある便衣隊の存在について、述べます。
この文章を書くにあたって、再び偕行社『南京戦史』や同資料集、東京裁判記録等の資料に当たってみましたが、便衣隊の存在は立証できないようです。もちろん「いない」ことを証明するには慎重でなければなりませんが、実際に便衣隊からの攻撃は存在しなかった点は有力な証明になるでしょう。日本軍による「掃討」が苛烈に実施された結果、実際には存在した便衣兵も殺害されたので攻撃がなかったわけではなく、日本軍の掃討戦が本格化する以前、「掃討」が進行する過程においても、便衣兵はもちろんのこと、敗残中国兵による組織的反撃もほとんどなく[1]、その他の掃討戦に関する戦闘詳報や参加兵士の手記からは、「・・・掃討したが敵兵を見ず、銃火を交えることはなかった」(同179頁、9D歩19連安川氏の証言)、「市街に深く進入すればするほど、まさに『死の街』という感じを深くした。敵弾の飛来はもちろん、人影一つ見えず、・・・」(同、土屋氏)、「歩十九、歩三六に関する限り、十三日の城内進入後は戦闘行為はなく、・・・」(同)、「城内にはほとんど敵兵を見ず・・・」(同222頁6D歩47安部氏)等々と述べています。また、東京裁判においても、弁護側証人の中山寧次(中支那方面軍参謀)も[2]、12月13日以降は、中国軍の抵抗が「終息したものと思います」と述べています[3]。
以上、「いない」ことを確認するためにかなりの資料を読みましたが、結果として、今の時点では「いなかった」と判断します。
[1] 私が資料の中で確認できた例としては、『南京戦史』194頁に記された、12月14日、9D歩7の戦車長・村岡氏の証言「中山路の十字路で停車して警戒中、兵が下車して付近の講堂のような建物に入ると敗残兵らしい者数十名から銃撃を受け」という部分、同じく14日に城外の下関周辺で小競り合いがあったとの記録もありましたが、基本的に敗残兵による散発的な抵抗であり、便衣隊による組織的抵抗とはいえません。
[2] 「東京裁判は戦勝国の・・・」という不毛な議論をしたくないので、ここでは「南京大虐殺全面否定」の立場に立つ弁護側証人の発言のみ紹介しました。検察側証人、たとえば許伝音氏も、13日以降の中国軍の抵抗は「絶対にありませぬ」と証言している。(『日中戦争史資料』第8巻、河出書房新社、1973年、24頁)
[3] 『日中戦争史資料』第8巻 208頁
●「便衣兵」摘発の実態
「青壮年はすべて敗残兵または便衣兵とみなし、すべてこれを逮捕監禁せよ」(『南京戦史』187頁)という「掃討実施に関する注意事項」に典型的に見られるように、「掃討戦」の実態はいい加減なものでした。
実際に掃討を実施した兵士(水谷荘)の戦中日記『戦塵』(『南京戦史 資料』501頁)の12月14日では、「昨日に続き、今日も市内の残敵掃討に当り、若い男子の殆んどの、大勢の人員が狩り出されて来る。靴ずれのある者、面タコのある者、きわめて姿勢のよい者、目付きの鋭い者」を選びだして射殺したことが書かれています。また、日本軍に従軍して南京にいた『東京日日』の鈴木二郎記者は、「汗とアカ、ドロまみれの従軍服をまとい、クタビレたヒゲ面の二人(クマ注:福島武四郎記者もいた)は」、「よそ目には、避難のうらぶれた農民とみられてもしかたのない風態」だったため、日本軍によって問答無用で殺害されそうになった経験を書いています[1]。その他もろもろの資料があるのですが、疲れたのでここでやめます。
[1] 『天皇の軍隊と南京事件』124頁
●「便衣兵」の「処刑」の違法性
以上見てきたように、日本軍の手によって「処刑」されたとされる「便衣兵」は、ほとんどは民間人および戦意を沮喪し、虐殺を恐れて平服に着替えた敗残兵であります。もちろん戦闘行動は行っていませんし、武器などを携帯していないので戦闘行為を行うこともできません。これを捕虜としてとらえたうえで虐殺することは当然、「陸戦の法規慣例に関する規則」第二章の各規定などの国際法に違反するというべきでしょう。
さて、仮に、万が一、南京に便衣兵がいたとして、これを軍事裁判ぬきで処刑してしまっては違法であることには変わりありません。先に引用した資料にもありますが、捉えられた非戦闘行動中のゲリラに限らず、戦時重罪犯については軍事裁判(当時の日本軍の言葉でいえば「軍法会議」)で裁かれなければならないというのは慣習法といいますか常識といいますか、当たり前であります。当時の諸外国が「ゲリラを軍事裁判といった手続きを経て処刑することが通常行われていたか」を個別具体的に確認することももちろん学問的に意味のあることだと思いますが(私にはそこまでの能力と余力はありませんが)、通常、この場合に諸外国の事例とつき合わせて考えるべきは「戦時重罪犯が軍事裁判・軍法会議・軍律会議などで裁かれていたか、また、裁かれるべきものと理解されていたか」でありましょう。もちろん、その通りです。
その他、東京裁判での弁護側の主張からも、彼ら自身がそうした「処刑」を違法であったと認識していたこと(検察側はもちろん)が確認できると思いますし、マルテンス条項を含めた国際法解釈や陸戦の法規関連に関する規則の「間諜条項」についても述べたいのですが、もう気力がなくなりましたので、稿を改めます。
以上、「当時の国際法に違反した殺害を虐殺とする」というこの議論の前提のうえで考えてきました。
ご批判、ご質問等ありましたらどうぞ。質問は、できるだけ自分で調べられることは調べてもらうようお願いします。
それでは。
| (202.248.065.091) |
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*0176-15 クマ [12/02/06(日)-20:35] |
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こんにちは、クマです。議論に参加させていただきます。
ずいぶんと専門的な話になってきたので、書き込みが少なくなってしまいましたね。
それでは、便衣兵の軍事裁判なしの処刑が虐殺(=国際法違反)であることについて再説したいと思います。
●便衣兵とは何か
便衣兵とは平服を着用して、少人数の集団で戦闘行動を行う不正規兵です。その目的や形態から敗残兵とは当然、区別されます。南京大虐殺事件における敗残兵虐殺を論じる際に、これを「民間人に化けた兵士」とするのは表現上、誤解を与えるものといえましょう。
訃霞さんが上であげている「交戦資格」は正規兵についての条項ではありませんので、その点、誤解なきよう。あの条項は、その四つの資格を備えた“ゲリラ”にも正規兵と同じ法的保障が与えられますよ、という条項ですから、これを訃霞さんが「交戦資格の条件を有する兵士の条件」(少し分かりにくい文章ですね)と理解するのは誤りであり、「義勇兵・民兵(ゲリラ=便衣兵)が交戦資格を有するための条件」と理解するべきです。
したがって、訃霞さんが「陸戦の法規慣例に関する規則」第一条の解釈から敗残兵の処刑を合法化することは誤りであります。
また、同じく「兵士とは一旦戦闘に携わった以上、逃亡中、潜伏中の状態は戦闘中と解釈されます。例え非武装、戦意喪失、無抵抗という状態の場合でも同じ事です」と述べておられますが、これは同じく「陸戦の法規慣例に関する規則」第23条のハ項「兵器を捨てまたは自衛の手段尽きて降を乞へる敵を殺傷すること」(原文カナ)を禁止した原則に照らして問題がある解釈であると思います。
●南京における便衣隊の存在
さて、議論のある便衣隊の存在について、述べます。
この文章を書くにあたって、再び偕行社『南京戦史』や同資料集、東京裁判記録等の資料に当たってみましたが、便衣隊の存在は立証できないようです。もちろん「いない」ことを証明するには慎重でなければなりませんが、実際に便衣隊からの攻撃は存在しなかった点は有力な証明になるでしょう。日本軍による「掃討」が苛烈に実施された結果、実際には存在した便衣兵も殺害されたので攻撃がなかったわけではなく、日本軍の掃討戦が本格化する以前、「掃討」が進行する過程においても、便衣兵はもちろんのこと、敗残中国兵による組織的反撃もほとんどなく[1]、その他の掃討戦に関する戦闘詳報や参加兵士の手記からは、「・・・掃討したが敵兵を見ず、銃火を交えることはなかった」(同179頁、9D歩19連安川氏の証言)、「市街に深く進入すればするほど、まさに『死の街』という感じを深くした。敵弾の飛来はもちろん、人影一つ見えず、・・・」(同、土屋氏)、「歩十九、歩三六に関する限り、十三日の城内進入後は戦闘行為はなく、・・・」(同)、「城内にはほとんど敵兵を見ず・・・」(同222頁6D歩47安部氏)等々と述べています。また、東京裁判においても、弁護側証人の中山寧次(中支那方面軍参謀)も[2]、12月13日以降は、中国軍の抵抗が「終息したものと思います」と述べています[3]。
以上、「いない」ことを確認するためにかなりの資料を読みましたが、結果として、今の時点では「いなかった」と判断します。
[1] 私が資料の中で確認できた例としては、『南京戦史』194頁に記された、12月14日、9D歩7の戦車長・村岡氏の証言「中山路の十字路で停車して警戒中、兵が下車して付近の講堂のような建物に入ると敗残兵らしい者数十名から銃撃を受け」という部分、同じく14日に城外の下関周辺で小競り合いがあったとの記録もありましたが、基本的に敗残兵による散発的な抵抗であり、便衣隊による組織的抵抗とはいえません。
[2] 「東京裁判は戦勝国の・・・」という不毛な議論をしたくないので、ここでは「南京大虐殺全面否定」の立場に立つ弁護側証人の発言のみ紹介しました。検察側証人、たとえば許伝音氏も、13日以降の中国軍の抵抗は「絶対にありませぬ」と証言している。(『日中戦争史資料』第8巻、河出書房新社、1973年、24頁)
[3] 『日中戦争史資料』第8巻 208頁
●「便衣兵」摘発の実態
「青壮年はすべて敗残兵または便衣兵とみなし、すべてこれを逮捕監禁せよ」(『南京戦史』187頁)という「掃討実施に関する注意事項」に典型的に見られるように、「掃討戦」の実態はいい加減なものでした。
実際に掃討を実施した兵士(水谷荘)の戦中日記『戦塵』(『南京戦史 資料』501頁)の12月14日では、「昨日に続き、今日も市内の残敵掃討に当り、若い男子の殆んどの、大勢の人員が狩り出されて来る。靴ずれのある者、面タコのある者、きわめて姿勢のよい者、目付きの鋭い者」を選びだして射殺したことが書かれています。また、日本軍に従軍して南京にいた『東京日日』の鈴木二郎記者は、「汗とアカ、ドロまみれの従軍服をまとい、クタビレたヒゲ面の二人(クマ注:福島武四郎記者もいた)は」、「よそ目には、避難のうらぶれた農民とみられてもしかたのない風態」だったため、日本軍によって問答無用で殺害されそうになった経験を書いています[1]。その他もろもろの資料があるのですが、疲れたのでここでやめます。
[1] 『天皇の軍隊と南京事件』124頁
●「便衣兵」の「処刑」の違法性
以上見てきたように、日本軍の手によって「処刑」されたとされる「便衣兵」は、ほとんどは民間人および戦意を沮喪し、虐殺を恐れて平服に着替えた敗残兵であります。もちろん戦闘行動は行っていませんし、武器などを携帯していないので戦闘行為を行うこともできません。これを捕虜としてとらえたうえで虐殺することは当然、「陸戦の法規慣例に関する規則」第二章の各規定などの国際法に違反するというべきでしょう。
さて、仮に、万が一、南京に便衣兵がいたとして、これを軍事裁判ぬきで処刑してしまっては違法であることには変わりありません。先に引用した資料にもありますが、捉えられた非戦闘行動中のゲリラに限らず、戦時重罪犯については軍事裁判(当時の日本軍の言葉でいえば「軍法会議」)で裁かれなければならないというのは慣習法といいますか常識といいますか、当たり前であります。当時の諸外国が「ゲリラを軍事裁判といった手続きを経て処刑することが通常行われていたか」を個別具体的に確認することももちろん学問的に意味のあることだと思いますが(私にはそこまでの能力と余力はありませんが)、通常、この場合に諸外国の事例とつき合わせて考えるべきは「戦時重罪犯が軍事裁判・軍法会議・軍律会議などで裁かれていたか、また、裁かれるべきものと理解されていたか」でありましょう。もちろん、その通りです。
その他、東京裁判での弁護側の主張からも、彼ら自身がそうした「処刑」を違法であったと認識していたこと(検察側はもちろん)が確認できると思いますし、マルテンス条項を含めた国際法解釈や陸戦の法規関連に関する規則の「間諜条項」についても述べたいのですが、もう気力がなくなりましたので、稿を改めます。
以上、「当時の国際法に違反した殺害を虐殺とする」というこの議論の前提のうえで考えてきました。
ご批判、ご質問等ありましたらどうぞ。質問は、できるだけ自分で調べられることは調べてもらうようお願いします。
それでは。
| (202.248.065.091) |
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*0176-16 仕立て屋 [12/02/07(月)-06:11] |
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クマさん、はじめまして。仕立て屋と申します。以後宜しくお願いいたします。
他にも反論する部分はあるのですが、取り敢えずは、以下の部分のみ。
>また、同じく「兵士とは一旦戦闘に携わった以上、逃亡中、潜伏中の状態は戦闘中と解釈されます。例え非武装、戦意喪失、無抵抗という状態の場合でも同じ事です」と述べておられますが、これは同じく「陸戦の法規慣例に関する規則」第23条のハ項「兵器を捨てまたは自衛の手段尽きて降を乞へる敵を殺傷すること」(原文カナ)を禁止した原則に照らして問題がある解釈であると思います。
陸戦の法規慣例に関する規則」第23条のハ項の内容に相当する英文を
以下示します。
To kill or wound an enemy who, having laid down his arms, or having no longer means of defence, has surrendered at discretion;
上記英文より、
「武装を解除し、あるいは、もはや自衛の手段を失い、自らの意思で
投降した敵兵の殺傷を禁ずる」
となるでしょう。従って、訃霞の法解釈は、別段、問題ないと思われます。
| (202.128.065.015) |
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*0176-17 仕立て屋 [12/02/07(月)-08:03] |
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ちょっと訂正というか
「武装を解除し、あるいは、もはや自衛の手段を失い、自らの意思で
投降した敵兵の殺傷を禁ずる」
の「自らの意思で」を「自らの判断で」とした方が良いかも
しれませんね。
| (202.128.065.015) |
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*0176-18 kokako-la [12/02/07(月)-08:46] |
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at discretion (1)任意に,随意に,勝手に.(2)相手の言いなりに,無条件で;
surrender at discretion 無条件で降服する.
[KENKYUSHA'S NEW ENGLISH-JAPANESE DICTIONARY (FIFTH EDITION)]
| (195.186.136.119) |
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*0176-19 クマ [12/02/07(月)-09:40] |
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いよいよ議論も佳境に入り、学術掲示板の様相を呈してきましたね。
仕立て屋さん、はじめまして、こんにちは。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。
あの文脈でその解釈を「誤り」と表現せずに「問題があ」るとしたのは、まさにあのハ条項だけを見たときにはそう解釈することもできるからなんですね。
しかし、陸戦の法規慣例に関する条約の前文にあるいわゆるマルテンス条項、貴兄はすでに知っているでしょうが、掲示板読者のために読みやすくしたうえで引用します。
いっそう完備したる戦争法規に関する法典の制定せらるるにいたるまでは、締約国は、その採用したる条規に含まれざる場合においても、人民および交戦者がいぜん文明国の間に存立する慣習、人道の法則および公共良心の要求より生ずる国際法の原則の保護および支配のもとに立つことを確認するをもって適当と認む。
この条項はすでに実行力のあるものとして運用されていましたし[1]、および当時すでに慣習法として国際社会に認知されていたジュネーブ捕虜条約の各規定[2]により、そうした法解釈に「問題があ」るとするのは適当な表現だと思いますが、どうでしょうか。
また、実際的な問題としては、日本軍が「捕虜はせぬ方針」で行動を行い、中国兵たちがそのことを恐れて隠れている以上、「自らの判断で」投降する条件は失われていたという状況もあわせて考えるべきであると思います。
これは瑣末なことですが、当時の日本で公布されていた文言よりもイギリス語の文章が優先されるべき理由は存在しないと思います。ましてそこから現在の日本語に仕立て屋さんが訳しなおした文章を優先する理由はさらに存在しないと思います。日本軍が認識していたのは当然、当時のその日本語によって公布された文章によるわけですから。また、イギリス語を「原文」と捕らえていいのかどうか、不勉強にして私は知らないので教えていただければいいかと思います。
また、こうした場合の「surrender at discretion」は、熟語で「相手のいいなりになって降伏する」「無条件降伏する」という意味になりますので、仕立て屋さんの訳は少し不正確で、日本語の当時の訳文「降を乞える」のほうが適切だと思います。
それでは。
[1] 第一次世界大戦の戦後処理のために設けられた1919年の平和予備会議(日本も参加)、および「戦争開始者責任および刑罰執行委員会」(日本も委員として参加)が出した報告書ではマルテンス条項を援用して、陸戦の法規慣例に関する規則以外の戦争行為も戦争犯罪として認定しています。
[2] 日本はこの条約に署名はしたものの最終的な批准は行いませんでした。しかし、欧米諸国からの問い合わせに応じる形で、日本政府は同条約を「準用する」と答えています。
| (202.248.065.091) |
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*0176-20 beat [12/02/07(月)-13:46] |
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土日とネットを離れていましたが、いや、凄い量のカキコで読むだけで疲れてきました。
訃霞さん、仕立て屋さん、クマさん、いろいろと勉強になります。
現在、二つの議論が同時進行中ですね。簡単に言うと
1)軍事裁判抜きでの処刑
2)南京における便衣兵
ということになると思います。
1)は法的判断、2)は事実関係です。
1)について。
『戦時重罪犯が軍事裁判・軍法会議・軍律会議などで裁かれていたか、また、裁かれるべきものと理解されていたか』(by クマさん)
クマさんのおっしゃることは、私は理解しておるつもりですし、上に関してはその通りだろうと思います。
ただ、私の疑問は、上の”一般則”がゲリラに対しては、当てはまるといえるのか?というものです。
(少しクマさんの言葉を変えてみますと)国家の慣行をみると『ゲリラが軍事裁判・軍法会議・軍律会議などで裁かれており(慣行)、さらに、裁かれるべきものと確信されていた(法的確信)』とはとても言い難いという印象が強いのです。私としては。
ただ、これについては私ももう少し勉強してみます。
2)については、記録や史料にあたる必要があります。
私なりに調べて、機会があればまたここで発言させてもらうかもしれません。
それまでは、皆様の議論を読ませていただきながら、勉強させていただきます。
それでは、失礼します。
| (210.160.175.043) |
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