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「呪われたように釘付けに」(大和屋竺)
どれみを見るということ




『も〜っと!おジャ魔女どれみ』
2001〜2002
(ABC・TV朝日系列毎週日曜朝8:30より)
(C)ABC・東映アニメーション



第1話(2001.02.04)
「どれみ、嵐の新学期!」
演出:五十嵐卓哉
作監:馬越嘉彦 脚本:栗山緑

満足度:A

花びら散らさせれば日本一! 五十嵐ファンならとりあえず冒頭の記念撮影シーン(ぽっぷの小学校入学)だけでもOKだろう。おジャ魔女ファンなら、あのぽっぷが小学生……、と感慨に浸って涙すること間違い無し。曰く、もうスモッグ見れないのね……。今度のMAHO堂はお菓子屋さん。内装もなかなかメルヘンで、美術のゆき夫妻&色彩設計の辻田は相変わらず実にイイ仕事をしております。ヴィジュアル的に『ウテナ』を後継してるのはどれみだと思ってるんですけど、ここに気付いてる人少なくて悲しいです。あ、イイ仕事といえば、新しいお着替え! 絶品! 五十嵐はやっぱヘンタイ(誉め言葉)! 馬越もヘンタイ(誉め言葉)! ちっちゃな娘さんの上着をスッポリと脱がすかのような、あの魅惑の見習服からパティシエ服へのお着替えは……もう……。パティシエ服の可愛さも手伝って鼻血が止まりません。新キャラのももこっちーも登場シーンからしてまるでモデル張りのウォーキング決めてくれて掴みはバッチリです。つうかこのシーンのカット割り、五十嵐のヘンタイ性(それは宮崎にまで遡る東映の誇り高き血統だ!)が炸裂してて実にイイ感じです。後半の学校内描写(クラス替え騒動)も凄く楽しかったし、まずは順当な滑り出しではないでしょうか。

ちょっと真面目な話。なんで冒頭がぽっぷの記念撮影で始まったのか? 前シリーズの最後でハナちゃんとお別れしてしまってツライ心境のどれみ達をちょっと明るい気持ちにさせるささやかな嬉しいニュース、それがぽっぷの入学だったということ。悲しみはそのままにそこにあるけれど、でもそれは描かない――このへんが五十嵐の優しさなんだと思うし、彼がロマンティストと評される所以でしょう。僕はこういうの感じられると凄く嬉しくなる性質で、だからどれみが好きなんです。



第2話(
2001.02.11
「ももこが泣いた!?ピアスの秘密」
演出:岡佳宏
作監:青山充 脚本:栗山緑

満足度:C-

ももこの人情因縁過去話。ベタで湿っぽいナミダナミダのお話でガックリ。お涙頂戴モノは嫌ーい。



第3話(
2001.02.18
「大キライ!でも友だちになりたい!」
演出:矢部秋則
作監:なかじまちゅうじ 脚本:栗山緑

満足度:A

前回のお涙頂戴ピアス話を引きずるも、カメラワークの的確さと、感動を帳消しにするかのような玉木のボケで湿っぽさを完全除湿。これでこそどれみだ。ちなみに食ってかかる玉木に対して関先生が「屁理屈」と応えたことを問題視するような方々は、残念ながらどれみ向きとは言えませんね。ももこを擁護したどれみのこれまでのクラス内での立場、玉木の立ち振舞い、そして関先生が生徒達を信頼し生徒達に信頼されてるという作品内的事実を考えれば、今回の顛末はむしろ自然だったと思うんですけど。「屁理屈」が通用するような信頼関係の空間に思わず微笑むのがどれみファンです。それにしてもももこの学校内とMAHO堂内での態度の豹変ぶりはなんか妙にリアルっつうか、僕も身に覚えが。MAHO堂内でのももこの強権発動の被害をメンバー中「もっともドジ」などれみが「たまたま」逃れてる点に作劇的なツメの甘さを感じなくもないけど、今回メンバー紹介も兼ねてたし、サポートに回ったあいちゃんが可愛いかったから不問としましょう。ラストのももこと玉木の仲直りも、玉木の素直になれないキャラ性で湿っぽ過ぎなくなってるのが良かったです。よく考えてみると、2年間まともに友達いなかったんだよな、玉木って。……他人と思えないや。ももこが中心となるトラブルで話転がしていくんだろうなあ、と今シリーズの基本方針が見えたような気がする一本。



第4話(
2001.02.25
「ようこそ スゥートハウスへ!」
演出:山吉康夫
作監:稲上晃 脚本:栗山緑

満足度:B+

新生MAHO堂オープン! ってことでまあさしたるお話もなく進むんだけど、それだけで終わっちゃった。今回のは(俗に言う)「何もない話」じゃないよな。予め仕事が決まっててそれをこなしてる様を描いてるだけだからね。それでも退屈にならなかったのは、話が平淡なわりに、テンポが良くて、作画も冴えてて、なんか妙にバランス取れてたせいかな。妖精がキャンディ包むシーンとかかなりイイ動きしてたと思います。あとどれみの飛行ショットとか。稲上のツボを得た動きはどれみの得難い財産だと思うんです。



第5話(
2001.03.04
「SOSトリオが解散!?」
演出:広嶋秀樹
作監:青山充 脚本:成田良美

満足度:C

SOSメインは鬼門なんだよ……。なんか無印後半のやっつけクラスメイト話みたいだった。



第6話(
2001.03.11
「挑戦!初めてのパティシエ試験」
演出:山内重保
作監:生田目康裕 脚本:栗山緑

満足度:A

えー、魔女界ネタに加えて、アバンの妙な手の動きで山内演出と分かったからには脚本は当然無視です。異才山内にウェルメイドな物語は要らん! むしろ凡庸な脚本の方が山内のリリカルさが逆に際立って見えるから嬉しいくらいだぜ! まったく、筋立てを完全に無視できるようになるなんて、オレも成長したもんだ。あー、やっぱ今回画的に全く退屈しねえよ。試験会場の長く伸びた影とかどうよ! つうか萌える! 物語、ドラマに頼らずに(無視できるほどに陳腐)、おジャ魔女さん達の魅力を引き出す……これぞ僕が待ち望んでいたどれみだ!(←スタッフの努力を無に返すような発言) ちょっとくらい「デキのいい話」だったら、オレは断然山内演出回を選ぶね。たとえ脚本的にはナニであっても!

ああ、それにしてもハナちゃんと引き離されたどれみ達が不憫でならない……。ナニ? 本気で2D小学生に感情移入してるのがイタい? ほっといてください。25年生きてきてやっと見つけた心のオアシスなんですから(墓穴を掘ったら水が出ました)。

ついで。前に書いた♯最終回(山内演出)の感想。



第7話(
2001.03.18
「おかえり!ハナちゃん」
演出:矢部秋則
作監:河野宏之 脚本:影山由美

満足度:A

今回はなんと言ってもももこのABC歌に尽きる。萌える萌える萌える萌えるほんっとに萌える。あの歌聴けただけでもう今回は何の不満もないよ。てゆうか頭が痺れて、魔法でハナちゃん探せよ、なんて思い付きもしませんでした(白々)。ももこ役の宮原永海嬢は一躍オレ内萌え歌手ランキングトップ10圏内に!(←入れられた方はいい迷惑) これはソロにかなり期待しちゃいますね。千恵巳たんの「アイスクリーム・チャイルド」を超える名曲(アレは断じて「迷」曲などではない!)が生まれそうなヨ・カ・ン。



第8話(
2001.03.25
「親友って、なーに?」
演出:伊藤尚行
作監:川村敏江 脚本:大和屋暁

満足度:B-

……まあ、なんつうかね、作中劇ならもう『イサミ』や『ナデシコ』がもうとんでもないレベルで見せてしまってるワケですよ。それ考えると、やっぱちょっとね……。笑えないんだ。去年みたいに自分達の魔法をネタにでもしてくれないと正直キツイ(いや、去年のも決して面白いわけではなかったけど)。つうかあいちゃんの高校ブレザー姿は今思い出しても……ああ……(しばし記憶を反芻)。

伊藤、川村、大和屋でこのデキだと少々淋しいものがありますな。信子話に伊藤、大和屋ってのは分かるんだ。実際、神様とノストラダムスでクラス替えの不条理を嘆くところ(字にすると面白さが伝わらないのが残念です)は良かったと思うし。でもなーんかさ、いまいちノリが悪いじゃん。去年もそうだったけど。結局どれみの枠(あいこと信子のお友達(以上を匂わせる)関係)に収まっちゃってるし。背景書き割にするくらいのことすればいいのに。つうかどれみって、逸脱を許さない本格幼児アニメの格があるんだよな。良くも悪くも。



第9話(
2001.04.01
「はづきとまさるのたからもの」
演出:岡佳広
作監:なかじまちゅうじ 脚本:影山由美

満足度:C+

改めて影山脚本との相性の悪さを感じたわ。はづきとまさるの思い出なんて美味しいネタで、なんでこんな捻りのない凡庸な筋立てにしちゃうのよ……。すれ違いが不和しか生まないなんてシナリオ、今時エロゲーのライターだって回避するぞ。マジカルステージで鳩笛喋らせるのも安易というか、即物的過ぎてなんだか興ざめだし。まあでも、まさるの描写に関してだけは、捻くれた純情さが可愛かったかし、ちょっと良かったかな。

ところで回想の橋のシーン、作画は勿論ひょっとしてコンテまで稲上が担当したんじゃないか? 岡とは思えないほどキレてたんだけど。



第10話(
2001.04.08
「おとなになんてなりたくない!」
演出:山吉康夫
作監:青山充 脚本:成田良美

満足度:C

冒頭からブルマ全開! ネタは身体測定! こりゃ萌え萌えか!? と思ったら、奥山さんのブラ線で萎えました。……君はスポーツブラを知らんのか? まったく、玉木の汚れぶりをちったぁ見習えってーの! なんつうか今回のは、お説教話がまずあって、そこにキャラをはめ込むって手法の典型だね。ももことか気の毒だよ。前回もそうだけど「帰国子女」の役目を負わされちゃってる。アメリカ帰りのももこが何も考えずにポンと「アメリカでは〜」ってやっちゃうと、そのもっともらしさはどうしてもいい加減なものに映っちゃうわけよ。



第11話(
2001.04.15
「先生が止まらない!!」
演出:岩井隆央
作監:稲上晃 脚本:影山由美

満足度:B+

くっだらねー!(←誉めてます) スジ通ったハナシになってないし、シーン単位で盛り上げることしか考えてない感じ。でもここんとこ続いた臭いドラマ路線に比べりゃずーっといい。作画すんげえ良かったし(望遠でも全く手抜いてない)。まあ実質2組の顔見せだしね。当然か。岩井は佐藤や五十嵐(や山内)のサポート多かったこともあって、『きん注』以後の東映ギャグの伝統(間というか尺、タイミングの的確さ)が感じられていいと思います。あとは話そのものだ。 <それが大事なんじゃ…

ドラマ路線続いた中、ここで一発バカバカしーのを、っていうシリーズ構成の手綱捌きの確かさを見てもいいんですけどね。でも僕はやっぱコンスタントに笑って萌えて楽しみたいんですよ。



第12話(
2001.04.22
「小竹vs鬼コーチ五十嵐」
演出:広嶋秀樹
作監:川村敏江 脚本:大和屋暁

満足度:B+

どれみの打たれ強さを見せるのとMAHO堂一行をお話の外側に置くのをワンセットにするあたり、作劇的にはオーソドックスで問題ないと思うんだけど、なんかテンションが持続しない。やっぱ広嶋はフィルムがギクシャクする。シーンシーン、カットカットで欲張り過ぎて、繋ぎのこと無視してるし、全体的な構成っていうかペース配分に失敗してる感じ。ただまあ今回のは、なんつうか気合みたいなもんが感じられてちょっと悪くない感じ。伊藤君登場時のアップとか意図がさっぱり掴めなくて、首を捻るしかないんだけど、こういう引っかかりって貴重だと思いますよ(たとえその理由が演出の手際の悪さに還元されようと)。

8:42の段階で早々に夕陽、「泣き」系の音楽、スローモーション使うも、どれみのヘコまないブチ切れでAパートを終わらせるとか、ラス前の仲直りを「たからもの」インストで涙させながら、最後は「事件」調BGMで締めるとか、まあ意欲を買おうじゃないか。少々技量が追い付かなかろうと(その点3話の矢部は夕暮れの使い方がオーソドックスながら実に上手かった。ももあいの対面カットは決まってたと思う)。仲直りのシーンとか、これは川村の陰使いの上手さもあるだろうけど、画と台詞と音楽がハマってて凄くいい感じだった(多分冒頭の伊藤君はこことの対比なんだろう)。ふたりのやりとりにちゃんと実感が感じられた。つうか、今回の伊藤君と小竹、やけに魂入ってたような気がするんだけど、ひょっとして実際に五十嵐他にしごかれた広嶋の経験がフィルムにフィードバックされてたりした?

岩井―佐藤系、広嶋―山内系ってハッキリした色分けが出てて、どれみファン的には11、12話はワリと面白かったと思うんですけど。



第13話(
2001.04.29
「夢の船にのりたい!」
演出:山内重保
作監:生田目康裕 脚本:成田良美

満足度:A-

なんつうか成田は陳腐な話の書き方がまだまだだな、と。今日の過去話、台詞聞かされてる、って風に感じられてちょっとイヤン。聞いてて上滑りしちゃってる感じが否めない。ロラン父とももこ母のやりとりが、ドラマのワンシーンに堕してるというか、やりとりがそれ自体としてドラマとなっていない。構成が確かだっただけに余計に気になるわ。どんなに空疎な台詞喋らせても、キャラの実感としてそれを感じさせる栗山は、この点やっぱ上手いんだよなあ、と改めて。

あと山内が相変わらず矢鱈と凝ってくれてて、技披露するたんびにニヤニヤニヤニヤしてました。in/outがガーっと決まると気持ちいいよね。それにしても山内演出回は美術、背景スタッフが気の毒やね。仕事量いつもの倍はありそう。見てる方は凝った画面が嬉しいけど。



第14話(
2001.05.06
「波乱のハッピーバースデー」
演出:矢部秋則
作監:青山充 脚本:栗山緑

満足度:C

先週の予告見て感じた不安が的中……。「ああ、栗山先生だねえ……」(※)としか言い様のない脚本でしたなあ。それはいいとして(=諦めるとして)、矢部が明らかに手ェ抜いてたような気がしますがどーなんざんしょ。「にちようび」なんてテロップ出されると見てる方は腰が砕けそうになります。ここで仮説。脚本上がったはいいけど、そのウザったさに演出家は難色を示し、当然軌道修正を提案。しかし脚本家はシリーズ構成の立場から「こういうのは必要」とつっぱねる。ローテーション演出とシリーズ構成ではやっぱ後者の方が偉い。監督も構成上の理由から脚本家を支持。泣く泣く演出家は件の脚本をもとにコンテを切り始めたが、こうした横暴に対して納得できない彼は無言のフィルム的抵抗として「にちようび」を刻み込んだのだった……。いや冗談だけど。でも今回見られたのマジョリカの画面横断カットくらいじゃない? ビデオ撮影のとこもフレーミング中途半端だったし。こんなことでも考えないとやってらんねーわ。まあどれみの気遣いがいい方に働いたのは嬉しかったか。

(※)妙に社会派(not道徳派)&古い笑いのセンス



第15話(
2001.05.13
「きれいなお母さんはスキ?キライ?」
演出:五十嵐卓哉
作監:河野宏之 脚本:栗山緑

満足度:A+

オッケエエエエエー!!!!!!!!

カンペキ! テッペキ! キメテテキ!

だから言ってるだろ? どれみ見てれば間違いないんだよ。



第16話(
2001.05.20
「おいしいだけじゃ、ダメ!?」
演出:伊藤尚行
作監:なかじまちゅうじ 脚本:成田良美

満足度:A

成田、構成しっかりしてるね。ルピナスの花の挿話がなんとも嬉しい。ハナを忘れないで、ハナとの記憶を通して今日のシュークリーム奮戦記が♯での日々と重なったりしたもんだから、思わず泣いちゃったよ(発言者:ヤマウチ、25歳。定職、ガールフレンドなし)。

伊藤のミディアムなテンポは今日の話と相性バッチリだったと思う。なまじ絵が描けちゃうし、『カレカノ』でコンテ切ってたりもしたから、まあテクニカルっていう風に捉えてもいいんだけど、キモは山内にも決して引けをとらないリリカルさにあると思うんですよ。♯46話のどれみとか凄い可愛かったし。例えば今日だと、ハナちゃん回想の処理とか、演歌でチーン! とかは、そりゃ当然このくらいやってもらわなくちゃ、って感じだけど、見所はそういうとこじゃなくて、やっぱ無邪気にハナと戯れる一行とかMAHO堂内で奮戦する彼女達への確かな視線だと思うわけ。つまりトリガーを引くおんぷであり、腕をクロスしてトレーを抱えるはづきであり、日傘で影に入ったあいこのトークへの掴みであり(ここのあいちゃんのアップ、カット的に極上)、技術指導のももこであり、話をしっとりとさせるどれみだと思うのですよ。ルピナスの花で終わるところ、明らかにやり過ぎ感が素晴らしい。



第17話(
2001.05.27
「因縁のライバル!!春風と玉木」
演出:岡佳広
作監:川村敏江 脚本:影山由美

満足度:B

折角のぽっぷ復帰なのにデキ自体はイマサン。ま、岡だしな。こんなもんだろ。石毛佐和は結構ブランクあったわけだけど、変わらずでなにより。石毛復帰を今日のみたいな「一話完結型30分アニメの典型」で迎えるあたり、作品上それを大袈裟に扱わないというスタッフの細やかな配慮が実に憎いネー。とか言うのは面白くなかった今日のを誤魔化す為の方便です。3年も付き合ってれば嫌でもこういう嘘が上手になります。

川村のわりに作画がちょっと荒れ気味だったのは気になる。なんか稲上のぷにと青山の脱力テイストが良くない感じで入ってたような……。1年生と5年生を共存させようとして失敗した可能性大。頭身と目の大きさのバランス狂ってたぞ。それともタッチ変える気でいるのか?



第18話(
2001.06.03
「密着!!チャイドルの一日」
演出:山吉康夫
作監:稲上晃 脚本:影山由美

満足度:B-

おんぷちゃん寒くないのかしら…? ってその格好の君が言うのかももこ。おんぷグラビアはこれで一冊本作るべきだと思った。ヤンマガもCLAMPに連載持たせるくらいならもっと他にすべきことがあるだろう。グラビアページにヘタレアイドル使ってないでおんぷ出せ! くらいにお召し替えおんぷが可愛かったわけですが、見所はそこだけだったというのは先生には内緒だ。まあMAHO堂でのオリジナルメンバーによるおバカなやりとりは面白かったけど。

おんぷの曲は面白味のない優等生アイドル歌謡だから、聴いてても全然ピンとこないんだよなあ。それはそうと死ぬまでにいちどでいいからあの5人のミュージッククリップを見てみたい。今日みたいにアイドルビデオソフト風のことされたら(かなり安っぽい感じだったけど)、否が応にも夢は膨らみます。ヴォーカル曲のクレジットはMAHO堂になってるんだから、そういうのあってもいいと思うんですよ。



第19話(
2001.06.10
「ケンカばっかり 似たもの親子」
演出:広嶋秀樹
作監:青山充 脚本:大和屋暁

満足度:B

あアン! このフィルムの痛々しさ! 勘弁してください……。本来自分に不向きなお笑いをなんとかモノにしようとして尽く失敗に終わってる広嶋の無残な負けっぷりには、前回演出回でちょっとだけ見直して、それなりに期待を持った僕としては泣くしかありません。いや、うん、君は頑張ったよ。ただちょっと芸域に合わなかっただけだよ(絶望的に)。あーあ、まったく、大和屋が久々にらしいノリのいい脚本書いたってのになあ。

形式的にはちゃんとアニメの脚本するのに、「父と子」みたいなシロモノに嫌な匂いをつけちゃうのは、大和屋の弱点だと思う。自明性を過信しちゃうっていうかね。自明性をそのままにしとけない。これが栗山だと「母と子」やっても別に匂わないんだけど。でも栗山だと面白いアニメの脚本にゃならないんだよねえ。うまくいかないもんだ。正義くん自体は凄くいい味出してたから再登場に期待。今年も肝試しやるなら正義くんを是非。



第20話(
2001.06.24
「はじめて会うクラスメート」
演出:岩井隆央(絵コンテ:佐藤順一)
作監:生田目康裕 脚本:栗山緑

満足度:A

ワーイ! やっぱり順一せんせいのコンテは魔法だよー。フィルムがねえ、動くんだよ。見てて心がザワザワと騒ぎ出すの。岩井もいい仕事したよ。瞳ウルウルだけはどうかと思ったけど、全編テンポよくサクサク。来シリーズ五十嵐といっしょにSD任せてみない?(気が早い) 今日のはなんつうかこう、師匠から弟子へ技が引き継がれていく感じがして、とてもいいです。シーンアタマのキャラ入り、すぅっと足から入られると、単純にもう条件反射で喜びます。五十嵐もよくやるでしょ。やっぱね、こういうの見るとなんか無性に嬉しくなるんですよ、僕は。



第21話(
2001.07.01
「まほうのもとがなくなっちゃう!」
演出:矢部秋則
作監:なかじまちゅうじ 脚本:成田良美

満足度:C

別段見るべきところがないという、まるでファミ通で上から7・6・7・6と点数つけられそうなRPGの如き一本。ブレスオブファイアシリーズとか? やったことないけど。こうまで張りのないフィルムだと、広嶋のヘタクソさの方がまだ可愛げがあっていいです。

いや矢部は上手いと思うんだよ。結構いいカットもあったんだよ。話としてもまとまってたと思うけど……。でもなーんか張りがなかったんだよな。緊張感のない弛緩した空気。……なるほど、これが自堕落な肯定ってやつか。どれみは気紛れな悪魔だからね。ちょっとでも勘違いしようものなら、平気で画面からどこかに行っちゃうんだ。それは要するに、それなりに楽しかったけどこれ別にどれみでなくてもいいじゃん、ってことで、つまり萌えないってことなんだけど。



第22話(
2001.07.08
「ぽっぷがお姉ちゃん??」
演出:伊藤尚行
作監:河野宏之 脚本:影山由美

満足度:A

かりんちゃんが! ぽっぷが! もう! かわいすぎて! それは勿論エース(僕的に)河野の作画もあるけど、それはやっぱり演出力の勝利なのです。伊藤やっぱすげえよ。女の子の可愛さを描出することに関しては、もうかなりの才能だと思う。少々テンポがトロくさかろうが、スピード感が全くなかろうが、そんなもんなにが悪い! 妹とか姉とか小さな女の子とかそういった「ジェンダー」に決して還元されない艶かしさ! 今日は萌えたね。もう全身で。あとやっぱ石毛佐和の声は反則。

まあ脚本がちと直裁的すぎるきらいはあったけど、臭くはなかったから別にオッケー。別に「ジェンダー」に還元されても可愛いことは可愛いのである。実際今日のそういう話で和んだし。下に弟妹がいる人なら、みんな誰でも多少は思い当たるところあるんじゃない? 下の人はどう思うんだろう? ちょっと知りたい気もします。



第23話(
2001.07.15
「なぎさのハマグリ」
演出:岡佳広
作監:川村敏江 脚本:大和屋暁

満足度:A+

アバンの麦わらももこに萌え死んだ。狙われてると分かってはいても……あああああ……

前回に続いて大和屋連勝。今日のは大勝。各キャラが分かりやすーく立ちまくっててもう凄い楽しかった。おんぷの芸の人っぷりが笑いを誘います。プリマさんも茶目っ気たっぷりでグー。岡は映像センスはいまいちなんだけど、脚本次第でホントいい仕事すると思う。無印11話のまりなちゃん話とか。ハナシに色を付けないことに気を遣うタイプなんだろうね。それが今日のは画的にもなかなか良くてビックリした。いつもみたいな見てる人から一気に気力を根こそぎ奪うような悲惨なカットとかひとつもなかったし。いつもならウンザリするだけのメンバー横並びカット(僕は奇面フラッシュって呼んでるけど)も、今日は見られました。予告でも使われたはづきももこの飛行カット見たときは、これは絶対岡じゃない、と思ったくらいだから、今日のは非常に嬉しい誤算というか。まあプリマさんの部屋の光の入れ方がまずかったのと夏の強い空気が全く感じられないところはやっぱウーンって感じだったけど、はづきとももこの波打ち際シーンで「小鳥の気持ち」は明らかにミスチョイスだけど(あれじゃ自称ロリコンが喜んじゃう)、面白かったから全然オッケー。



第24話(
2001.07.22
「音楽クラブでロックンロール!?」
演出:山吉康夫
作監:青山充 脚本:栗山緑

満足度:C-

見なかったことにしてください。坂を転がる石のように記憶を抹消。

ある意味栗山はすげえと思ったよ。誰もが普通は避けるだろう図式的人物造形を仕事と割り切ってなんのてらいもなく打ち出す様は呆れる前にいっそ驚異だわ。



第25話(
2001.07.29
「ひとりぼっちの夏休み」
演出:長峯達也(絵コンテ:五十嵐卓哉)
作監:稲上晃 脚本:成田良美

満足度:A+

長峯達也待望の演出デビュー。今年の映画のED任されてるあたり、結構周囲の期待は大きそう。今年の映画のED見る限り、十分期待できそう。過去2シリーズのOP、EDの演出もこなしてるし。今後長峯達也の名前は要チェック。ま、無印で広嶋がひとりで一本まるまる演出任せられたことがとうとうなかったことを思い出せば、今シリーズでひとり立ちすることは考えにくいけど。でも、長峯の台頭で五十嵐のコンテ担当回が増えてくれたら嬉しいな。

15話が紛れもない五十嵐のフィルムだったのに対して、この25話はまさしく千葉千恵巳のフィルムであった。そう、こんなにも愛しいどれみ!



第26話(
2001.08.05
「思いよとどけ!あいこ大阪へ」
演出:岩井隆央
作監:なかじまちゅうじ 脚本:影山由美

満足度:B

せっかくの誕生日にも関わらずどれみがやっぱりステーキを食べられなかったのと同じように、シリーズが続く限りあいこの両親が復縁することはないのである。どれみという作品世界の中で一連のあいこ大阪物語はそういう形式としてある。

脚本的な杜撰さは如何ともし難いものがあるけど(どれみ他がどうやって掲示板に気付くのかと思えば……泣)、見後感としては悪くない。ラストのファンタスムというかロマンティシズムにやられちまったせいでしょうか。いや、おかあちゃんの現在があいこの未来と完全に重なってしまうことに気付いてしまったせいか。おかあちゃんがキレイなのはその背後に冬の日本海が透けて見えるからだ。ざっぱーん。あいこは間違いなく5人の中でいちばんキレイになるだろう。すなわちいちばん不幸であるだろう。彼女が僕のようなロクデナシから一身に愛を受けるのもおそらくそういうことなのである。



第27話(
2001.08.12
「いじわる試験を切りぬけろ!」
演出:広嶋秀樹
作監:生田目康裕 脚本:成田良美

満足度:A

面白かった! 広嶋はようやく自分の仕事のやり方が見えてきたらしい。この水準をベースにしてもらいたい。12話の教室のシーン、並んだ机が印象的なカットで、只者ではないことを証明するも、その後いまいち空転し続けた広嶋がやっとおジャ魔女に認められたという点で感動的な一本。期待し続けた僕も浮かばれるってもんです。



第28話(
2001.08.19
「魔女幼稚園、危機いっぱつ!」
演出:矢部秋則
作監:川村敏江 脚本:栗山緑

満足度:A

もう浮かんで並んでの歯磨きシーンだけでオッケーだよね。見ててホント楽しくなる。こういうところ矢部は凄くいいセンスしてると思う。

今日のは出てくるキャラみんな生き生きしてて楽しかった。オヤジ、やるじゃん。5人中どれみが申し訳程度にちょっとだけ顔を出すだけなのに、それがまったく気にならないんだから大したもんだよ。豊饒の広がりを持つどれみ世界!



第29話(
2001.08.26
「恐怖!井戸ユウレイの呪い」
演出:伊藤尚行
作監:青山充 脚本:大和屋暁

満足度:B-

去年一昨年の資産を活かすというより浪費してしまった感じ。伊藤、大和屋には猛省を促したい。夏の恒例怪談話をこのレベルで済ませてもらっては困るのである。確かにデジタル処理でのユウレイって点では『学校の怪談』なんかよりず〜っと良かったですけどね(まあ『学怪』の正しい比較対象はデジモンだけど)。ユウレイねーちゃんの軽いノリがかろうじて資産の目減りを防いでくれたという感じか。プラマイゼロ。

青山をみくびっていました。ごめんなさい。(ここまでくるのに3年近くかかったけど)



第30話(
2001.09.02
「まぼろしのレシピをください!」
演出:山吉康夫
作監:河野宏之 脚本:成田良美

満足度:B-

うーん、こういう風に攻めるならやっぱ山内に任せてもらいたかったなあ。同系統の画作りで同じように料理の鉄人した6話と比べてその差は歴然。試験会場での浮島の上下運動はいい感じだったけど、致命的なのは、シリーズ展開のしょうもなさは措いとくとして、一行に注ぐ視線がまるで感じられないところ。あられもなくどれみ達を見つめること無しにこの手の話が許されるわけないだろう。

つうかさあ。野菜嫌いの呪いなんていうバカバカしくも美味しいネタをなんでこんなバカ正直に料理すんのよ。そんなんじゃハナに人参食べさせるのなんて無理だぞ。これはもっとストレートにギャグまたギャグの話にすべきじゃなかったのか。冒頭のオヤジ(! ………)の扇動にフィルムがついに応えなかったというか。もっと面白くなるはずだったのにー。



第31話(
2001.09.09
「なおしてみせます!野菜ギライ」
演出:岡佳広
作監:なかじまちゅうじ 脚本:栗山緑

満足度:C

もっと! 馬越の絵を俺に!(OPのハナちゃん新パートに感動)

ハナちゃんこっちに連れてくるのはいいとして、またお別れがあるのかと思うと気分が落ち込みますね。野菜嫌いの呪いがどーこーはひとまずおいといて、どーせならお帰りハナちゃん! を思い切って一週使ってもっと大々的に祝ってもらいたかったところ。見る側にシリーズ展開を意識させちゃうような作りはいかんと思うのですよ。一応希望としてはハナの人間界永久在住権取得。十中八九魔女界帰っちゃうだろうけど。ひょっとして今シリーズで、親離れ子離れ自立だワッショイまでやるつもりなのかなあ。依存してたのは実はどれみ達の方でした! なんて驚天動地のおめでたい展開だけはやめてください。お願いだから。お願いだから。

いや本気で悲しませてくれたり、喜ばせてくれるなら別に何の問題もないのですが。

あんまり面白くはなかったけど、そこだけは矢部の確かなセンスを感じさせた21話の魔女問屋のイメージを転用したレシピ日記内部ですが、こういうのこそデジタルの本領発揮の機会だと思うのですが。せっかくランクアップした妖精がシンプルで無機質なデザインになってるんだから。こういうときは中途半端に手描き背景と調子合わせたりしないで、思い切って背景の質感まるっきり変えちゃった方がいいんだってば(まあそのへんに転がってる安易なサイバーフレーム描写を適用されるとそれはそれで困るけど)。実際のレシピ利用時は本という具体的な形を取るとしても、内部ではもちっと抽象度を高めてもいいと思うんだけど。あれじゃ矢部の狙いだったろう「モノの集積」というイメージが薄れて、レシピ日記が単に図書館への入り口っていうよくあるアイディアに落ち着いちゃうような。



反省のコーナー

OPの新パートは馬越じゃなくて今石でした(今月のメージュの小黒の連載参照。馬越のインタビューが読めます)。所詮俺の目なんてそんなもんです。あははー。はあ(溜息)。いやさ、言い訳じゃないけど、馬越と今石、あのザックリと面を捉える感じ似てない? 似てないか。そうか。そうだよな。ごめんなさい。あとついでに懺悔だ。30話6話と比したけど、6話は美味しんぼであって料理の鉄人はしてません。つうかまとめ書きした27〜30話の感想って目に見えて明らかにいい加減だよなあ。あははー。ええと、ごめん。



第32話(
2001.09.16
「ももこのママ修行」
演出:長峯達也
作監:稲上晃 脚本:大和屋暁

満足度:B

25話のときはあんなこと言ってましたが、長峯速攻でひとり立ちしました。さすがですねー(僕が。いい加減さにおいて)。

車の中のおんぷが外のももこに気付くシーンとか、へへーんこのくらいの絵作りは余裕だぜー、みたいな自己主張が感じられるし、図書館のももこがパンクするところなんか、どうよ、基本ができてるだろ! って風で、初演出(コンテ+演出処理)らしい溌剌さが感じられてなかなか良かったです。カット繋ぎのスムーズさは、これからに期待を持たせるに十分ですね。

ただいかんせん脚本がなあ。シリーズ構成上、やっておきゃなきゃいけないことを頑張って消化してたとは思うけど……。スラスラ定型劇書けるけど、そこで終わっちゃう、ってところ、大和屋にはある。なまじナンセンスなギャグセンスがあるから、ついそこに頼っちゃうんだろうなあ。もう一頑張りしてほしいね。



第33話(
2001.09.23
「天下無敵!?おジャ魔な助太刀」
演出:岩井隆央
作監:青山充 脚本:成田良美

満足度:A-

ヒッサビサに小気味よくアクションしてくれて楽しかったです。似非ガイジンの間違ったニッポン像みたいのを扱ってるにも関わらず、ちゃんと面白いということについて、ももこがボケるときは画面上それに呆れる他の連中がちゃんと写っていた、という単純な事実を見逃してはいけません。お話的にもきれいにまとまってて良かったんじゃないでしょうか。最後のお祝いのキスなんて実に微笑ましいとは思いませんか。つうか俺もももこにキスされて〜。



第34話(
2001.09.30
「よみがえれ!伝説のお菓子」
演出:広嶋秀樹(絵コンテ:五十嵐卓哉)
作監:川村敏江 脚本:影山由美

満足度:A-

異なる時間、異なる場所、異なる意識のフィルム的統握という、いわば山内重保的な感触が感じられる一本ですが、これを別に五十嵐卓哉がやることはないと思う。統握せずともバラバラのままで繋いちゃうのが“一歩引いたロマンチスト”五十嵐の凄さなんだから。

小麦の揺れるローアングルは、さすが……と声を失う程に感動的でした。あと試験会場の黒背景に星型の光、白線で階段なんかも凄く良かった。ただそういうワンカット的な充実感が、あくまでそこに留まってしまう感じで、五十嵐の仕事としては物足りないものが残ります。アクション面でもいまいち美術へのこだわりに欠けていたような気がしますね。そこがちょっとだけ『セラムン』を思い出させたりもしたんだけど。まあ、とにかく、五十嵐はこんなもんじゃねえ、ってこと。

川村作画を堪能するという点では文句無しの逸品。



第35話(
2001.10.07
「玉木、天下をとる!?」
演出:山内重保
作監:生田目康裕 脚本:成田良美

満足度:A-

先週と今週、五十嵐と山内がお互いの資質を交換し合う、というようなコンセプトがあったのかなあ。お得意の「被せ」を使わず、時系列に偏差を持たせずオーソドックスにキャラを追っかけてましたね。うーん、やっぱ逆転してる。

まあ、はづきのスカートふんわりとかは、ブラボー! 山内! って感じで喝采したくなったけど。それはそれとして。実は山内はキャラクターに優しい演出家でもあるから(♯4話を見よ。32話が単にももこの過失で済まされてしまうのに対して、あのときのどれみをいったい誰が責められるのか!)、玉木も林野君も悪者にはなり得ず、というか「高慢娘」という玉木の類型(その裏返しの「孤独」まで含めた)が、林野君の「エリート」という類型(「挫折」まで含めた)によって相殺され、これまでどうしても拭い去ることができなかった玉木の臭みが、やっと消えることができたのではないか、と。今回、後味が凄く良い。

どれみと玉木の漫才、あいこの腹話術がちっとも面白くもないにも関わらず、それが小学生の選挙の一コマとして、郷愁のイメージとして完璧に演出されていて、穏やかな気持ちで見ることができる、なんてのはさすがだね、やっぱ。



第36話(
2001.10.14
「はづきのおいしいアイデア」
演出:矢部秋則
作監:なかじまちゅうじ 脚本:影山由美

満足度:C

21話の感想をもって本日分の感想に代えさせていただきます。 <手抜き!

まあ、小学校のイベントみたいなもんをお話し化するのが狙いっていうなら、それは達成されてたよ。そんなもんに興味はないけど。



第37話(
2001.10.21
「妖精だって休みたい!!」
演出:山吉康夫
作監:河野宏之 脚本:大和屋暁

満足度:A-

アホだ。大和屋アホだ。大アホだ。(←勿論誉めてます)

絵作り的にはちとナニでありましたが、全編通してアホアホでヒッピーハッピーラッキー届けられてしまった感じです。せ、せ、せかいはラヴアンドピ〜ス♪ 大和屋、ももこ描くの楽しそうだなあ。それにしても大和屋脚本で60年代なネタ(黄色いヘルメットに白マフラー!)を使われると、一部の人間(僕とか)はニヤニヤしてしまいますな。

さしたるオチ無しになんかうやむやにケンカが収拾してるとこがポイント高い。アクの強い大和屋と淡々アッサリ山吉の相性の良さの賜物かな。



第38話(
2001.10.28
「学校に行きたい!」
演出:岡佳広
作監:青山充 脚本:成田良美

満足度:A

なんで自分が嫌われてるって思ってるんだろう? からマジカルステージ(画面的な持続の強制分断)で、かよこちゃんが学校に来られないわけを教えて、と自然な流れで論点がずれる脚本に拍手。結局(当然ながら)かよこちゃんが学校に来られない原因はよくわからないのだが、原因に対してそもそもの問題化が明確になされていないわけよ。ネタ的にも「星」はそれだけで今回の成功を約束するくらいのアイデアだと思うし、その消化も上手い。ペンダントはその登場が唐突であるが故に物語的な役割を持つことは確実だし、これおそらく関先生の持ち物なんだろうな、くらいは容易に予想できるんだけど、それによってかよこに対する感情移入が対象化されるわけでしょ。つまりかよこちゃんとどれみ達がひとつの「ノンフィクション」となるわけで、こうなると、「不登校児」に対してああだこうだ「考察」するような最低な振舞いはできようもない筈なのよ。ドラマを作るってのはこういうことでね。まあ、ヒッキーに対してはどうこうとか抜かす最低の感性したボンクラどもはたくさんいそうだけど。それにしてもかよこちゃん可愛いな。

あと僕はどれみの失敗の後始末ならむしろ喜んでしたいのですが。みんなそう思ってるよな?



第39話(
2001.11.11
「学芸会!主役はだーれ?」
演出:広嶋秀樹
作監:稲上晃 脚本:影山由美

満足度:B

えー相変わらず広嶋がヘタクソなわけですが、僕はこのヘタクソさになんというか親しみを覚えていて、それは判官ひいきとも違っていて、つまり僕の愛するどれみにとって欠かせない大切な一要素ですらあるわけです。Aパート最後のさっぱり意図の掴めないスロー(あれ作画でやってる? 撮影?)とか、これ明らかに尺合わせだろー、な5人分のお着替えとか、一拍どころか二、三拍は遅れるツッコミとか、凝ってるところと無造作なところが両極端なレイアウトとか、なかなかやるなってカットと泣きたくなるカットが交じり合ってたりするとか、これが味になるのはある意味立派な個性だと、先生は思うな。うん。

いやね、どれみ達は裏方に回して一年生をじーっと追っかけてればお話的にはもーっと面白くなったとは思うのね。あるいはどれみ達の演奏シーンをじっーくりと描いてくれれば別段お話はなくても萌えられるわけよ。でもね、そういう焦点の絞り込みをしないことがプラスに働くことだってあるわけですよ。なんせ今日のは子供の学芸会なんだからさ。「立派」なものが期待されない空間ってのを知らないうちになんだかうまく演出してしまってる、っていうのが今日のどれみのキモ。たぶん。



第40話(
2001.11.18
「ハナちゃん、イモを掘る!」
演出:長峯達也
作監:馬越嘉彦 脚本:大和屋暁

満足度:A-

尾張名古屋は城でもつ、じゃないけど、おジャ魔女MAHO堂はあいこでもつ、を実証する一本。苦労人あいこは間違いなく僕より精神年齢が上です。15も年下のくせに! いちいち言うことが分別くさいですと? それを言わせるまでに肥大したナミダナミダの「過去」について思いを寄せよ。それもまた人間の生きる様だろうが。

と言えるだけの演出がなされていたかというと、それはちょっとナニで、突き放しが全然足りなかったと思うんだけど(回想は「現在」と同じカメラポジションで定点観測から始めるべきだったと思う)、まあいいや。楽しかったし。ただ僕はどれみに必ずしも「楽しいアニメ」を求めているわけではなく、なんというか恐いもの見たさで見ているところがあって、それを僕はある程度戦略的に、萌え、と言っているわけだけど、今回馬越の作画監修があって、あいこがメインにも関わらず、恐くなかった――魂が震えなかった――萌えなかったというのが、僕としては大問題なのだ。長峯はちゃんと抜き身でどれみに向き合わなきゃいかんと思うのよ。

五十嵐のフレーミング、山内の被せをモノにするのはやっぱ相当難しいんだろうなあ。



第41話(
2001.11.25
「魔女ガエルの村おこし」
演出:山内重保
作監:川村敏江 脚本:成田良美

満足度:A

「なにがどうなってるのぉ、なんじゃこれ?」どれみの台詞じゃないけど、山内の演出を一言で言えばそういうことになる。どれみがマジョリードに勢い余って体ごとぶつかるシーン、正体は魔女ガエルであるマジョリードをカムフラージュしていたマスクが外れるんだけど、そういう説明を全然しないでまずはとにかく物凄く不気味なシワシワの抜け殻のマスクのカットを入れる。これがもう本当に恐い。ホント何が起きてるのかさっぱり分からないんだけどとにかく不気味。

膝が抜ける。お団子が揺れる。蛇口から水が一滴垂れる。なぜかどれみが転ぶ。「どれみちゃんどないしたん?」「マジョリードさんがあまり遅いもんだからつい……」「寝てたんか……」説明は異形な絵作りの後。つまり意味内容の伝達よりも先に映像的なインパクトを優先させてるわけだけど、こういうことができる演出家って殆どいないのよ。まったくもって素晴らしい。もう大好き。まあ意味内容の伝達を後回しにされると正直落ち付かない気持ちにもなるのだが、卓越した絵作りはそれだけで説得力十分なんです。つうかさ、画面を見てるだけで息を呑んだりしない? その強度に我を忘れて見入ってしまうというか。ブーツと手袋を脱いだももこなんて最高だったとおもうんだけどなあ。

今シリーズ中屈指の名シーン、3話の夕暮れ、あいこがももこを「ここは日本やねん」と諭すシーンが回想されたのは凄く嬉しい。日本人は言うことが曖昧で……みたいなところにメクジラ立てちゃう人達がいそうだけど、9話と比べてみなさいな。「帰国子女」を「お茶」と「着物」で歓待するのと、魔女界にあるメチャクチャ風情のある日本家屋とでは全然違うでしょう。ちなみに、先先代の女王様を筆頭に魔女ってのはバカばっかなのか? というツッコミは思っても口に出さないのが日本人の謹みってもんだぞ。



第42話(
2001.12.02
「ドキドキ!ふたごの不思議なまほう」
演出:岩井隆央
作監:生田目康裕 脚本:影山由美

満足度:A-

「クラスメイトのちょっとした<事件>に対してどれみ達が外から首を突っ込む」系の「スタンダード」なお話だったわけですが、まるで初めて無印を見たとき(11話のまりなちゃん話)のような感覚に、なにやらこう懐かしさみたいなものが。男の子と女の子の双子がいて男の子は文系で女の子が理系で男の子は部屋で本を読んで女の子は外で模型の飛行機を飛ばすのです。設定的にまあいわゆる<逆転>があって、作劇的にこの<逆転>は「双子の入れ替わり」を要請することで<事件>を生み出すのだが、そこに「たまたま」立ち会ってしまったどれみ達の「解決」の為の尽力が<魔法>というかたちであくまでも「きっかけ」として働き、「解決」に向かう「意志決定」はあくまで<事件>の当事者の意識の下に発揮される。実に「スタンダード」な形式ですね。キモは形式であり、この形式は<>で括った諸要素の図式化(陳腐化)を図ることによって「スタンダード」なものとなるでしょう。別に悪いことじゃないと思います。そういうどれみも結構好きですね。「早起きして教室に花を飾る内気なおとなしい女の子」みたいなベタさとか「男の子が男の子らしくない女の子が女の子らしくない双子の姉弟」みたいなヒネりとか通常嫌悪されるようなもんを最終的にチャラにしてくれるっていうのは結局形式なんですよ。僕はそういうことをどれみから学びました。



第43話(
2001.12.09
「おジャ魔女は海を越えて」
演出:矢部秋則
作監:青山充 脚本:影山由美

満足度:B+

先週に続いての無印っぽい印象はマジカルステージにちゃんと時間を割いたせいか。マジステが直裁的にではなく結果的にその効力を発揮するという黄金パターンというにはちょっと物足りなくて、単に回り道してるだけじゃないかと言われればそれはその通りなんだけど、やっぱ犬になって鳥になってってのは悪くないです。

せっかくNYに来たというのに、それらしい景観とかなくてビルを背景に飛ぶところなんか3話の美空市内と変わりない感じで、これなら13話の横浜の方がよっぽど外国っぽいというか、お出かけした! という充実感があるんだけど、ももこがついこの間まで住んでた街に大切な友達を心配してやってきたというお話なんだから、大々しく「NY」しないで隣街感覚で、というのは演出的な冒険として捉えるべきなのである。NYに来るからには映像的になんかこうそれっぽいもの(去年の山内版デジアド映画みたいなの)を期待してしまうのが普通だと思うし、実際僕も見る前はそういう13話的な絵を期待してたんだけど、今日のは「外部」で「事件」に遭遇する話じゃなくて、ももこがベスを心配して昔馴染みの街NYへ文字通り飛んできたというあくまで「内部」の話なんだから、実質いつもと変わらんレベルの美術であるのはむしろ正しいと思う。ま、いかにもNYってな映画みたいな絵を見たかったというのも本心ではありますが。どれみ的にはこれでOK。西日の射す部屋、ベッドで今ここにいない筈の友達と話すなんて幻想的なシーンは、「今ここ」で起きているのだから。



第44話(
2001.12.16
「あいちゃんが帰っちゃう!?」
演出:山吉康夫
作監:河野宏之 脚本:栗山緑

満足度:B+

この不況の時代にあって幸薄いあいこの存在が際立つのではない。逆だ。あいこの存在が悲劇を呼ぶのである。今や我々は時代があいこに追い付いたというべきなのだ。

いやあのですね。会社倒産、失業はまあいいですよ。朝からそんなどんよりした話見たくないけどまあいいですよ。失業保険ってないんですか? 妹尾家って貯蓄ないんですか? 「俺は娘にミシンひとつ買ってやれない駄目な男や……」ってお父ちゃんミシン18,500円だぜ? 去年の春風家は50万のピアノ買ってたぜ? シリアスで「現実的」な話やりたいんだろうけど、その「現実」が所詮「世相」を反映したどこまでも世俗的なレベルでしかないから、見る側だってそういう態度で見ちゃうよ。「俺は娘にミシンひとつ買ってやれない駄目な男や……」て台詞はさあ、全然仕事とかしない、女房にパートさせた金で毎日酒飲んでる男がたまたま公園かなんかで娘が「クラスでミシン持ってないの妹尾さんだけね、おーっほっほほほー」といびられてるのを見ちまって、自分が情けなくなって家に戻ると娘が自分のワイシャツを繕ってて、母親に「お父ちゃん優しいやんか。それで失敗してばかりやさかい今お酒飲んでばっかりなのはしゃあないと思うねん。でもなお母ちゃん、お父ちゃん今にきっとちゃんとしてくれる。そんときシャツがボロやったら格好つかんやんか。だからこうして繕ってんねん」とか言ってて、そこでダーっと滝の涙流して一念発起して仕事探そうとするけど、どこいってもなにやっても誰に頼んでも結局駄目駄目駄目で、それでようやっとあの台詞が出てくるわけよ。つまりね、功治パパは根本的に情けなさが足りない。なんつうのかなあ、所詮『ビバップ』並の浪花節。

という感じで冷笑気味に見てたわけですよ。マジステまでは。いやほら、あいことお別れが嫌なら普通魔法なんか使ってないで飛んでいくでしょ。それがここでマジステって……と思ったら、出てきたのは求人雑誌の山。これは完全に一本取られましたね。俗な現実を吹き飛ばすギャグに思わず笑っちゃった。そこから再就職先が玉木のパパの会社という畳み掛けは実にバカバカしくていいです。失業、お父ちゃんと喧嘩、お母ちゃんと大阪へ、やっぱお父ちゃん迎えに来て結局元鞘、という展開は最初から決定事項なわけだから、こっちの関心は端っからお父ちゃんがどういう風にあいこを迎えに行くかに絞られてるんだけど、まさかここで玉木財閥が出てくるとは。完全に死角を突かれましたね。なんか今回マジステだけで全てを許せるわ。



第45話(
2001.12.23
「みんなで!メリークリスマス」
演出:広嶋秀樹(絵コンテ:五十嵐卓哉)
作監:なかじまちゅうじ 脚本:栗山緑

満足度:B+

改めて言うほどのことじゃないけど、僕はどれみのことが大好きです。僕がかよこちゃんのことを気にかけるのも、どれみがかよこちゃんのことが大好きだというその一点に尽きます。保健室授業とか動物育てたりする学校外学校とかそこで教師としてではなく人間としてのヴォランティアとか、はっきり言って大大大っ嫌いな考えであり制度なのですが、それがかよこちゃんに関する限りにおいて許容できるというか、やっぱさ、どれみが学校にいるんだからそりゃ学校行きたいと思うよ。

つうわけでクラスのみんなが頑張れ頑張れ言う中よたれながらも一歩一歩確実に歩みを進め終には教室に辿り付くという、なんかマラソン大会の最後で見られそうな感動的なシーンを迎えたかよこちゃん話なわけですが、確かに僕はこの手のシーンを死ぬ程苦手としてはいますが、こういうのは基本的に物語上の手続きでしかないわけで、始まりがあって終わりがあるという物語の対称性の見地から言えば、どれみがたまたまかよこちゃんに会ったそのときから今日のこの展開は既に決まっていたのだとも言えるし、それはこの前の保健室で予告されていたことでもある。「マラソン大会の最後で見られそう」というのは別に悪い意味ではなくて、5年1組の空白の一角を埋める為には、ああいうアクロバチックを決めるしかないんだろうな、というのが正直な感想です。なによりも空白の一角を埋めるという形式が作品権利上優先されているという感じがある。「マラソン大会の最後で見られそう」なシーンを貫徹して安っぽいドラマに仕立てることで、「問題」をかわせたのかもしれない。ただどれみが並のアニメじゃないのはここで使われてるBGMが歌もののその歌詞もズバリな「終わらない物語」だというところでね。「問題意識」が演出を駆逐してしまった話ではあるんだけど、最後の最後で五十嵐が踏み止まってると考えるのは贔屓のし過ぎでしょうか。



第46話(
2001.12.30
「ハチャメチャ魔法忘年会」
演出:岡佳宏
作監:稲上晃 脚本:大和屋暁

満足度:B+

思いっきり洋風な造りの現MAHO堂のド真ん中でコタツでぬくぬくしたと思ったら、辺り一面桜満開、になったと思ったらコタツの映える真夏のビーチ、とバカバカしいアイデアが猛烈に嬉しい今回の脚本はやっぱり大和屋。合間合間で見せる寒ブリとかうなぎとかの小ネタの効き具合もナイス。ラストのマジカルステージも素敵でした。ほんと来年がいい一年になることを願います。どれみ達にとって最高の一年になることを。僕が願うのはいつだって彼女達の幸せであり、彼女達はいつだって僕を幸せにしてくれる。

演出がもっさり気味で先週の予告から期待していたようなハジケた話になってなかったのはちょっと残念ではある。MAHO堂の中に四季折々の風景の中にコタツというような難しい絵を映像センスに乏しい岡に求めるのは酷なんだけど、一歩外の通常空間に出れば消えちゃうというのはちょっと凡庸に過ぎないか。あとハナちゃんのラブリーっぷりに敗北するマジョリカに顕著なんだけど、絵の選び方間の取り方が総じていまいちだった。スイカじゃなくてマジョリカ殴っちゃうギャグも、ハナちゃんなら許されるけどどれみはアウトってパターンなら、やっぱ両方で同じ画作りしなきゃいかんでしょ。まあ雪合戦からイベントダイジェストの流れに「ほんじゃまおジャ魔女大集合!!」を被せるのとかは好きですけど。



第47話(
2002.01.06
「ハナちゃんの大冒険」
演出:山内重保
作監:川村敏江 脚本:影山由美

満足度:A-

おそろしくプリチーなハナちゃんは見てるだけで脳が麻痺してしまいそうなほどにヤバかったわけですが、ハナちゃんの美空町冒険譚が「みんなのうた」的な世界観で映像化されていたことが、そのヤバさを加速させていたように思います。「みんなのうた」というか、今もやってるかどうかは知らないけど、テレ東の夕方5時前だか6時前だかの影絵の天気予報、あの不穏さに通じるものがあった。劇中のばあさんがボケ気味だったのなんかは別になんとも思わないけど、あのホラ、毎日特定の場所で鳩にパン屑あげてるみたいな、どこでどうやって暮らしてるかまるで想像のつかない妖精みたいなお婆さんって、なんかどの街にも一人くらいいるじゃないですか。あの雰囲気、僕はそれをある種の「みんなのうた」やテレ東の影絵に嗅ぎ取るんだけど、あれを感じさせるのは凄いね。

ハナちゃんが呪いをかけられていて満足に飛べないことから必然的にクローズアップされる路地が、迷路として仕立てられていた感じもする。迷路にあるのは冒険と悪夢と相場が決まっていて、ハナちゃんが体験したものはまさにそれなのだ。迷路に出口なんてないわけで(どこかに通じている迷路など迷路の名に値しない)、だからハナちゃんはひとり泣くしかないのだ。そこに落ち葉が積もってるっていうのは、これはもう完全に石森的な痛切な世界ですよ。いやマジで。そしてあちこち歩いたハナちゃんに対してどれみ達はほぼ真っ直ぐに坂道を下ってハナちゃんを見つけるというこの対比ね。これが痛みを一層深めるのよ。ほんと今日のはヤバいです。



第48話(
2002.01.13
「手がかりゼロ!最後の試験」
演出:岩井隆央
作監:青山充 脚本:成田良美

満足度:B

試験話は基本的に魔女界で進行されるわけで、折角の異世界なんだからと演出陣がワリと無茶したりするのが見てる方としては楽しいわけですが、今日は最後の試験とあってか今シリーズ試験の美味しいとこ取りしてまとめてた感じがあります。このあたり岩井は器用ですね。

そんなに面白い話じゃなかったし、絵的に弾けたところもなかったけど、シリーズ展開上の止むを得なさというか、どうせ期待値が出るのは分かってるのに単位の為に長ーい実験に耐えなきゃいけない学生の空しさみたいなものがあったように思います。期待値が出るのが分かってるってよりは期待値が出るまでやんなきゃいけないんだよね。教官も本心そんな実験やらせても無意味だとは思ってるんだけどさ。それでもやらんといかんのよ。なぜって? なんかしらんけど世の中そういう風にできてるんだよ。というわけで今回スタッフに対してちょっと同情的です僕。



第49話(
2002.01.20
「目をさまして!!あやつられたももこ」
演出:広嶋秀樹(絵コンテ:矢部秋則)
作監:生田目康裕 脚本:大和屋暁

満足度:A

今日のは…マジ泣ける……ももちゃん……

今までのマジョモンロー話は所詮図式に過ぎないものでしかなかったけど、最終回間際になってやっとモノになったね。マジョモンローと、そして他でもないももこが報われた気がして物凄く嬉しいです。

夢の中の静けさ(当然BGM無し)が完璧だった。忘れちゃいけないものを思い出そうとするももこを優しく見守るマジョモンロー。夢の中にはふたりしかいなくて、空気はとても穏やかだけど、マジョモンローはもう死んでるわけで。でもそれは死者の穏やかさではなく紛れもない生者のそれで、かつての日々におけるももことマジョモンローの生活の反復なのだが、死という事実性はそれを記憶の領域へと追いやり、穏やかさを死者のものとしてしまう。断じてそれを認めてはならない。現にマジョモンローは「今ここ」にいるではないか。しかしマジョモンローは既に死んでいるのである。ならどうすればいい? 静寂がその答えだ。そしてその静けさはどれみ等の「声」によって破られるのである。「聞こえたよ、みんなの声、聞こえたよ」



第50話(
2002.01.27
「さよなら魔女見習い」
演出:山吉康夫
作監:河野宏之 脚本:栗山緑

満足度:B-

久々にいいから君達喋るな言われなくても内容分かってるから節が全開で、もう別に俺の最終回は前回でいいわ、つうか栗山先生先週の大和屋を少しは見習ってください、と半ば投げやりに見てましたが、ゲ、先先代の女王様の御姿かなり麗しいんでやんの。とりあえず今までのどうにも頭の悪い先先代の女王様は「深い悲しみが生んだ幻」みたいで、いやあ良かった良かった。あんなのに女王が務まるとなったら他の魔女は立つ瀬がないもんな。正直来シリーズにまで引っ張るとは思わなかったけど、これまでみたいに頭の悪さ丸出しに攻撃をしかけてくることは絶対ないわけだし、これからは「可哀想な先先代の女王様」として描かれることになるだろうから構わないと思います。茨で心を閉ざした麗しのお姉さまを前にコロッと心変わりする僕の単純さは自分でも結構好ましいと思うのですがどうですか。つうかそういう単純さはどれみに通じる美徳だと思うんですけど。そうだよねえ先先代の女王様だって苦労したんだしさあ。みたいな。

最終回が必ずしも感動的である必要はないわけだけど、正味の話それ以上に「魔女の権利剥奪→魔女見習い復帰」を3回続けるわけにはいかないのですよ。さすがにね。どれみの場合シリーズの切断はなによりもまず新しい見習服と新しいMAHO堂を導入する契機でなければならない。どういうことかというと、無印の続きとして♯があり、♯の続きとしても〜っと!があるわけではなく、無印の最終回は既に♯の0話として、♯の最終回はも〜っと!の0話としてあるわけです。ここを読み違えるわけにはいかない。だいたいにおいて無印の最終回が怪談話とそう様相を異にするものではないのだし、♯の最終回がピアノ話と様相を異にするものでもないのである。どれみ達は常にそこで生活していて、それをみつめることからどれみは始まるのだ。どれみ達がなにをするのか、そんなもん見てる人間は知りようもないし、スタッフにだって分からない筈だ。当のどれみ達にだって分からないんだから。終わってみないことには終わらない、これがどれみ全話に共通する唯一のルールであって、それはシリーズの最終回でも変わらない。見てる人間は毎週黙って成り行きを見守るしかないのだし、黙ってそうしてりゃあいいのである。


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