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第8話(2002.03.24
「バレちゃった!?ハナちゃんのひみつ」
演出:岩井隆央
作監:川村敏江 脚本:大和屋暁

満足度:B

なんで信ちゃんのおはなしの回は毎度毎度こうも見てられない代物になっちゃうのかなあ。4年続けて外されるともう信ちゃん呪われてるのかと思うよ。

一応「秘密」で引っ張るけどその「秘密」は最後まで明かされないという、コメディとしてはたまにある形式の話だったわけだけど、デキはいまいち。「秘密」を横に滑らせるギャグの完成度が低くてどうにも歯痒い。MIBなサングラスとスーツでハナちゃんを警備する一行の圧倒的なバカバカしさでどうして押し通せなかったのか(どうでもいいがこのおんぷは無茶苦茶かわいい)。やっぱどれみと所謂パロディネタっていまいち相性良くない。いっそのことどれみ達をMAHO堂から一歩も出さず、ハナちゃんの秘密を信ちゃんとミホミホが掴んでいるのではないかという疑惑をあくまで観念のレヴェルで扱った方が良かったんじゃないのかな。一応話の構造としては「信ちゃんとみほちゃんにはもうバレてるのよもうおしまいよもうおしまいよー」と当人の意図におかいまいなく、どれみ達が勝手に騒ぐという横軸を、信ちゃんミホミホの描いた『ハナちゃんのひみつ』という縦軸によってハナちゃんが統べる、「行為」を軸にした展開(どれみ達は読むことを脱線しハナちゃんが漫画を読み進める)と、ハナちゃんの秘密がバレたのではないかという今回の話を縦に駆動させている根本的な疑惑を個々のギャグが横に滑らせる、「秘密(観念)」を軸にした展開(どれみ達が「秘密」それ自体を疑わないのに対し『ハナちゃんのひみつ』はその「秘密」を脱線させる)というような二重の脱線があったわけで、予告編と本編というかたちで時空間を分割し、予告編を読んだ後で実際にハナちゃんをガードしたりすると、どれみ達の「行為」面での脱線が弱まっちゃうと思うし、なにより「秘密」がばれちゃったんじゃないかという疑惑が「観念」に属する事柄である以上、それに対して実際に策を講じちゃうのは、最後まで「秘密」が明かにされないという今回のコンセプトに反しちゃうと思うのね。まあハナちゃんガードするのに魔法使ってMIBと忍者になるところでおんぷとももこのお着替え&魔法バンクが初登場してるあたり、素人が抽象的に考えるほど簡単にアニメが作られるわけではないよなあ、とも思うけど。

まあ信ちゃんメインにして野暮ったく友情がどうのとかいう話にされるよりは良かったかな。とはいえ存在感希薄な信ちゃんなんて伸ちゃんじゃない気もするし、あいこ達から見た信ちゃんミホミホというかたちでもっと活躍させてくれたら嬉しかったんだけど。


第7話(2002.03.17
「開いて!心のとびら」
演出:山吉康夫
作監:河野宏之 脚本:成田良美

満足度:B

出題者に「問題」を出題される「試験」とは違って、「ハナちゃんの野菜嫌いをなおす」の場合、出題者はいないわけだからどれみ達の「意識」がモノをいう、つまりやるべきことははっきりしてるんだから、黙ってせっせと野菜のお菓子を作ればそれで万事解決しちゃうわけで、そんな当たり前のことには当然全くドラマ性がないから、自ずと当たり前のことをやってる上での当事者の「意識」をクローズアップしないことには作劇という営為が成立しない……筈なんだけど、まあなんだ、どれみ達がハナちゃんの呪いを解こうとハナちゃんで心をいっぱいにして来る日も来る日もお菓子作って、でもハナちゃんは食べてくれなくて、どうして? どうして食べてくれないのハナちゃん、ママ達はこんなにハナちゃんを愛しているのに……なんてドロドロの内面を曝け出したりしたら、見てる方としてはこの上なく萎えるわけで、そこで作劇としては全力をもってどれみ達の「意識」を隠蔽しにかかる。呪いがかけられたそのときは「なおしてみせます!野菜ギライ」なんて意気込んでたけど、その後どれみ達は殆ど思い出したかのようにハナちゃんの為に野菜のお菓子を作ってたわけで、これは普通に考えるとちょっと変だ。君達少しばかり呑気過ぎないか? これを変だと思わせなかった(自然だと思わせた)のは、どれみ達の「ハナちゃんの野菜嫌いをなおす!」ってな「意識」を不自然なほどに描かなかったためで、野菜のお菓子を作る話は殆ど定期的な「試験」のようなノリで作られていた。いかにして「問題」を解くかという劇形式を借りることで、「試験」の自明性(ある種の暴力性)を、実際には「試験」が不在のまま、擬似的に話に注入して、「意識」が表面化する事態を回避していたというか。また、野菜のお菓子を作ることに技術的な困難が全くなかったのは、「時間と技術上達の関数」と「時間とハナちゃんの魔力減少の関数」というシミュレーションゲーム的状況から遠近方的に見出されるような「内面(葛藤)」を避けられるという点で正解だったと思う。勿論僕はこうしたやり方は正しいと思ってるし全面的に肯定するけど、作劇として強度不足の感は否めない。「葛藤」とはドラマのダイナミズムそのものだし。それに「試験」話が出題者の意図した解法を迂回するうちに「問題」が問題でなくなるまで解体され「試験」の自明性を転倒するようなベクトルすら有していたに対し、「試験」の自明性を利用するということは自明性を疑わないことでもあるから。

一応雑貨はお菓子ほど簡単には作れないというハードルは用意されてるみたいだけど、一刻も早く先先代の女王様の眠りを覚まさないと魔女界は大変なことになる、ってな状況でもないみたいだし、「先先代の女王様の心の茨を消す」も野菜のお菓子作りと同じ方向でいくのだろう。茨が6本あって今回あいこがフィーチャーされてたとこ見ると、雑貨作りの話はおジャ魔女6人に代わる代わるスポットが当たる仕様になってるのかな。で、野菜のお菓子作りの話の強度不足を反省したのか今回は先先代の女王様と孫達とどれみ達をリンクさせる存在として妖精ババが用意され、気分屋のコイツがなかなか情報教えないことで話のポイント作ってるんだけど、今日のところは完全に失敗。ババは本来先先代の女王様のお付きの妖精なんだし、先先代の女王様のこと本気で敬ってるみたいだから、普通に考えればババはどれみ達に協力的である筈なのよ。そのババの「意識」をまるで隠さずにまるで無防備にただヘソまげさせてるから、ババの言動が凄く嫌な感じなのね。あとなんでウェディングチェストをわざわざ先先代の女王様のとこまで持っていかなきゃならないのかさっぱりわからない(チェストの中に先先代の女王様の心に通じる扉があるなら別にMAHO堂の中からでもネックレスは届けられるだろう)というか、まあ先先代の女王様を前にしないと茨が消えるというシーンを作れないから仕方ないといえば仕方ないわけだけど、それならそれでもっと上手に設定作れなかったもんかいなとか、なんで開かないとされていた心の扉がハナちゃんの魔法(+どれみ達の魔法)でアッサリ開いたかさっぱりわからなくて、見ててさすがにこれはちょっと手を抜き過ぎだろうと思った(これは今後ハナと先先代の女王様との運命的な結び付きという神秘的な挿話として解釈されるのだろうか)とか不満は結構あるんだけど、激プリチーな小さいあいちゃん(松岡最高)はそれだけで僕の心を蕩けさせるのだった。マリアンヌもかわいかったです。


第6話(2002.03.10
「学級文庫の迷コンビ!?」
演出:矢部秋則
作監:なかじまちゅうじ 脚本:影山由美

満足度:C

どれみにおいて一定の割合で確実に存在する捨てエピソードの一つだと思えば別段見ててヘコむこともないのです。だいたい今日のみたいな出来の悪い話にいちいちめげてたら3年も4年もどれみを見続けることなどできんわ! はーっはっはっは、はーっはっはっは、とエルハの陣内ばりに偉そうな高笑い。笑っとけ笑っとけ。はーっはっはっは、はーっはっはっは……はぁ(溜息)。

法とはその解釈であり運用である、とそこまで明確ではないにしろそれに近いテーマがあったわけで、ちょっとヒステリックなまでにルールの遵守を主張するけいこちゃんが杓子定規にルールを守ればいいというものではないとちょっと余裕をもてるようになるまでが描かれたわけだけど、「ヒステリックなまでにルールの遵守を主張するけいこちゃん」を見せる為に期限内に本を返さないとか又貸しするとか表紙を汚すとかいうような出来すぎなエピソードを用意するというのは作劇としていくらなんでも手を抜きすぎじゃないか。ハナちゃんに連れ込まれた本の世界が、けいこちゃんにとってさっぱりワケのわからん世界(視聴者にとってもさっぱりわからない。なんせ連れ込んだハナちゃんは遊んでるだけだし、状況や意図は全く説明されない)というのは、まあ正しいとは思うけど、そのアリス基調の本の世界が「杓子定規にルールを守ればいいというものではない」とけいこちゃんに気付かせる為だけにあるという風に感じられるのは、これもやっぱり手を抜きすぎだと思いますよ。そもそもなんでアリスなんだ? いや本の世界に入るならそれはやっぱアリスだろうとは思うけどさ僕も。ひょっとして僕が今回の演出意図を解せないだけですか。というか元ネタがアリスだと事後的にいくらでも解釈でっちあげられるのがアレなんだけど。

ところで学級ウンコなんてギャグ僕は初めて目にしたんですけど(つうか学級文庫という言葉そのものに馴染みがない)、これって「小学生」という観念上ポピュラーなものなんですか。小学校のときの記憶なんてもう殆ど残ってないし、そんなあやふやなもんをいちいち参照させるようなネタはどうでもいいです。


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