9月29日、朝、昨日の夕刻、力を失ったかのように弱々しく消えていったはずの太陽が、眩しいほどに力強く生まれ変わる。世界もまた生まれ変わり、海は太陽を称える。太陽が昇る、そんな当たり前のことが、こんなに感動的で、素敵なことに思えたことはない。日の出はまさに、復活なのだ。輝く朝の光の中で、舞い上がる水飛沫に虹が現れる。瑠璃色の海原に小さな銀色の魚が飛び跳ね、陸から何百キロメートルも離れた海洋に小さな鳥が飛ぶ。船の後ろには美しい水色の帯が次第に薄くなりながら、まっすぐに続いている。海はすべての方向に果てしなく広がり、白い小さな波がどこまでも、どこまでも続いている。

船は小笠原諸島に近づき、まずケータの島々が見えてくる。人の住まない無人の島々には有史以前から続く自然が残されているという。ケータの島々を通り過ぎると、約一時間ほどで、小笠原諸島最大の島である父島に到着する。桟橋には港湾関係者、警察、身内を出迎える島民などが沢山集まっている。小学生たちは嬉しそうにはしゃいで、手を振っている。兄姉が帰ってきたのだ。おがさわら丸はいろいろなものを運んでくる。遠くは離れて内地で働く身内、今は島を離れた懐かしい人々、何かを求めてやってくる観光客、新聞、野菜、すべての生活に必要な物資。おがさわら丸の到着はいつも繰り返される一大イベントなのだろう。出迎えの人々から少し離れて、控え目に並ぶのは観光客を出迎える宿関係者たちだ。それぞれに看板を持ち、目当ての客を探している。客が集まれば、それぞれに列を作って去ってゆく。

わたしも例に洩れず、宿の看板の前に並び、列を作って宿まで移動する。島におりて最初に目に飛び込んできたのは、南国風の立派な木であった。しっかりと大地に根を降ろし、手を広げるように空に向かって枝を伸ばしている。後に、その木はガジュマルと呼ぶのだと知る。宿まで、みんなでぞろぞろと歩き、その日入港した人々といっしょに宿の説明を受ける。宿に門限はないという。さすがに、ビーチリゾートの島だ。説明が終わったら、みんなそれぞれに、気もそぞろ、探検にでかける。といっても、すでに午後の3時くらいなので、そのあたりを回って見るだけだろう。

歩いてすぐの前浜にでかける。海の色は濁った水色と象牙色だ。内地から来ればとても奇麗な海に見えるかも知れないが、船が出入りする港からすぐ近くという場所だけあって、あまり奇麗とは言えない。浜辺には色とりどりの珊瑚、貝のかけら、石ころなどが沢山打ち上げられている。いかにも南の海であることを実感させられる。近くの子供たちが砂浜で遊んでいる。海に潜ってみると、あちらにも、こちらにも、死んだ枝珊瑚の残骸ばかりが散らばっている。ところどころに黒いナマコがいて、魚もちらほらと泳いでいる。
