- ブラジルへようこそ -
夢見る者たちの理想郷
■ラテンアメリカ| ■ブラジル目次| ■ブラジリア| ■ブラジル概要 ■政治 ■経済概要 ■経済特質
■産業 ■歴史| ■文化| ■娯楽| ■自然| ■食文化| ●リンク| ◆掲示板|

 

ブラジル工業の競争力


3. 工業の競争力基盤

産業の競争力は企業の競争戦略、イノベーションに依存する。それを容易にし促進する のは広い意味での社会の能力であり、制度である。ネルソン、ランドヴァルなどネオシュ ンペータリアンの国家革新システム(National Innovation System )の議論は、イノベーションを促す制度の束としてのシステムの重要性を論じているが、ブラジルもまた例外ではない。

(1)固定投資と技術ストック

固定投資は競争力を決定する要因の一つである。そこには技術が集約されている。固定 投資は1970 年代から80 年代はじめまで国内総生産の30%を超える水準に達したが、この海外貯蓄に依存した高水準の投資は対外債務を累積させた。82 年の債務危機以降固定投資は低水準で推移している。製造業の固定投資も同様に低い水準で推移した。90 年代末になって上昇に転じたが、なお70 年代の水準に達していない(表6 )。
しかし、1990 年代と固定投資と70 年代のそれを同列に論じることはできない。70 年代には、投資分野、投資の内容(設備の質の低さ)、投資の利用(設備利用ノウハウの低さ)の点で、非効率な投資の割合が大きかった。前述のように90 年代に生産性は伸長した。固定投資が小さい割に生産性が伸長したのは、一つには生産性の伸びが設備投資よりも組織革新によることを、もう一つは設備投資がかつてのような重厚長大のものではなく技術的により優れたものに変わっていると見ることができる。現実に機械設備の過半は輸入となっている。

競争力向上にとって固定投資は重要であるが、長期的には技術その他の革新(イノベー ション)がより重要である。イノベーションを左右する技術ストック、技術ストック形成 のための研究開発投資、技術輸入などを見たのが表7 である。ブラジルの研究開発人材は 韓国に比べてはもちろん中国に比べても少ない。研究開発(R&D )投資も韓国とは大きな 差がある。技術輸入は、パテント、ロイヤルティ支払いを見ると、ブラジルの金額は大きいが、韓国の半分程度にとどまっている。ハイテク製品の輸出額は、それ自体技術水準を 表しているが、輸出額の大きさは同時に海外技術の獲得機会の大きさを表している。ブラ ジルの輸出額は韓国はもちろん中国、メキシコに比べても小さい。要するにブラジルのイ ノベーション、つまり技術、組織その他の革新の水準はなお低い。
ただし、比較には細心の注意が必要である。ブラジル科学、技術指標は全体に劣ってい るが、技術の源泉はR&D や技術輸入に限らない。外国企業の直接投資はR&D や技術輸入 以上に技術の重要な源泉である。この点ではブラジルは中国と並ぶ直接投資の受け入れ国 である。ブラジルはハイテク製品の輸出でも著しく見劣りするが、中国、メキシコ、とり わけ後者は単純な加工をその内容とするものである。

(2)インフラと制度

輸送、港湾、金融システムなどのインフラストラクチャー、労働、教育などの制度、政 府の能力もまた産業の競争力と深く関係する。IDB [2001]によればブラジルの輸送、港湾 の効率性はラテンアメリカのなかでは平均的なレベルであるが、経済の発展段階を考慮す れば低い。情報・通信の効率性はラテンアメリカのなかでは高いが、東アジアに比べて劣っている。ブラジルの情報化は金融業から始まり、製造業、サービス業などに普及してきた。
政府部門でも税の納入などの行政手続き、情報提供など政府の電子化が進んでいる。カルドーゾ政権は市民のための政府、市民の政府参加を政策として掲げ、情報化をその手段の一つとして位置付けている。しかし、パソコンの所有台数、インターネットのホスト数、利用者の数は韓国に大きく水をあけられている。情報サービスのコスト(インターネットのプロバイダーの費用、電話料金)は、日本、中国よりは低いものの、米国、韓国、メキシコより高い。デジタル・デバイドという問題もある。大企業とりわけ外資系企業、政府系企業、サンパウロ州などの南東部、中央政府、南東部の地方政府、高所得層での情報化の水準は高いが、中小企業、後発地域、小規模な行政体、低所得層の情報化は著しく低い。金融システムの効率性は産業の競争力の源泉の一つである。シュンペーターはイノベーションを促す制度として銀行の重要性に着目した。ブラジルでは一連の金融制度改革によって、金融機関の健全性が向上し、銀行の仲介機能が高まったが、長期資金の供給、リスクの大きい新規ビジネスはこれまで同様国立経済社会開発銀行(BNDES )以外ではなされていない。中小企業金融についてもリスク、ハンドリング費用の高さから低調である。
株式市場も企業の資金調達手段とはなっていない。外資系企業は、ガバナンス、情報公開 などの理由から有限会社を選好してきたが、民族系企業をM&A によって取得すると株式発 行に消極的になり、そのことが株式市場をいっそう低迷させた。要するに、成長資金を供 給するという意味での金融システムの役割を十分に果たしていない。
ブラジルの労働法制の改革はラテンアメリカの中でも遅れている部類に入る。賃金に付 加される社会負担(encargos sociais )はラテンアメリカでも高水準にあり、OECD 諸国を上回っている(IDB [2001])。解雇に対する規制も大きい。産業別組合も企業ベースでの労使交渉の障害となっていた。全国工業連盟(CNI )など企業側は過大な労働者保護を企業の競争力を奪う「ブラジル・コスト」の一つとして批判してきた。企業側の攻勢に対応して政府は1998 年に期限付き労働契約、裁量労働制、レイオフ制などの制度を導入した。これらの雇用制度については期限付き労働契約の対象となる人員の制限、レイオフ期間中の訓練義務など、カルドーゾ政権の社会民主主義的な措置が加味されているが、ブラジルの雇用制度が市場メカニズムと整合性をもったフレキシブルなものへと転換したことは疑いない。しかし雇用のフレキシブル化が競争力の向上につながるかどうかは不明である。制度改革以前でも実態のうえではフレキシブル化が進展してきた。賃金は社会負担を織り込んで決定されていた。加えて雇用のフレキシブル化、社会負担の削減は、労働コストの抑制をつうじて競争力を引き上げるロー・ロードの行動を促し、革新をつうじて競争力を引き上げるハイ・ロード(high road )の行動を抑制する危険がある。
社会保障改革は1990 年代末になって実行されたが、とくに公務員の年金改革はまったく 不十分であった。不徹底な改革は財政に負担を与え、優先されるべき教育政策、科学技術 政策などの実行のために不可欠な財政の自由度を奪っている。税制の改革が着手されず夥 しい数の税が企業に負担を強いている。零細小企業に対して利益ではなく売上に応じて一 定率の税を納入する方法(simplifica豪o )が唯一の例外である。規制緩和もまだ不十分で企業の行政にかかわる負担は大きい。政府の能力の低さ、行政負担は競争力の障害となっている。

これまで述べたような制度とともに、ブラジルでは政府の能力の低さという問題がある。ブラジルでは輸入代替工業化政策のもとで政府が経済に強く介入したが、将来の成長産業の選択(picking the winner )に成功しなかった。反対に海外貯蓄に過度に依存した開発政策は経済を破綻へと導いた。規律を欠いた政府支出は多額の財政赤字を累積しインフレを引き起こした。財政と一体化した公的融資は不良債権と財政赤字をもたらした。安易な新税の導入は企業に大きな負担を強い、他方で脱税など違法行為を助長した。腐敗は行政サービスの量、質を低下させ、政府への信頼性を低めた。企業もまた閉鎖的な経済のもとで効率よりは機会主義的な行動や政府に取り入ることによって利益を上げようとした。1990 年代になって政府の能力と行政の効率向上のため、民営化、規制緩和など自由主義的改革は着手されたが、その成果は十分なものではない。IDB [2001]によれば税制、規制がビジネスの障害になっているとする企業は、ラテンアメリカのなかでブラジルが最も多かった。政策の不安定が障害となっている企業も、ベネズエラ、エクアドルに次いでブラジルが多かった。

(3)競争力政策

経済自由化によって工業製品輸出に対する税制、金融上の奨励措置の多くは廃止された り削減されたが、一部は現在でも継続されている。しかし他方で、輸出競争力を高めるた めの政策、競争政策が多くとられている。

現在存続している税制上の奨励措置としては、輸出工業製品に対する工業製品税(IPI )、商品流通税(ICM )の免除、輸出工業製品の投入財に対するIPI およびICM のクレジット、輸出に向けられる工業製品のための原材料・中間財輸入に対する輸入税、工業製品税の免除(ドローバック制度)がある。輸出金融については国立経済社会開発銀行(BNDES )のBNDES-exim 、ブラジル銀行(BB )のPROEX が低金利による金融を実施している。ブラジルの輸出保険制度の歴史は長いが、現在では連邦政府が拠出する輸出保証基金(FGE 、1999 年設立)をへて、BB 、民間保険会社が株主となって設立された民間のブラジル輸出保険会社(SBCE )によって運用されている。政治リスクについては90%、商業リスクについては85%が保障される。金融機関が零細小企業の輸出金融によって生じたリスクを補償するため競争力促進保証基金(FGPC 、基金の運用はBNDES が実施)がある(KPMG[2000], 開発工業貿易省(MDIC )ホームページ)。
ブラジル政府は1998 年に輸出特別プログラム(PEE )を作成し、輸出額を2002 年に1997 年の2 倍の100 億ドルとすることを目標とした。61 の優先分野と輸出金融など12 の政策プログラムを決定した。輸出競争力向上を目的とするプログラムはこれらを含め多数にわたる。表9 はその概要を示したものである。このほか科学技術省では産業のイノベーションを促進するため「イノベーション法案」を検討している。
このようにブラジルでは競争力強化に関連して多様なプログラムが存在する。問題はそ の実効性である。プログラムが実行に移され効果が上がるかが問題である。そのためにはプログラムが産業にニーズに合致するか、政策手段が適切かどうか、そして行政の能力が 高いかどうかがポイントとなる。表中の「競争力フォーラムプログラム」、「零細小企業常設フォーラム」は産業のニーズを発見し、適切な手段を作成するためのプログラムである。しかしながら現実にビジネスにタッチしない行政の能力には限界がある。フォーラムに参加したり、プログラムを利用できる企業、企業家は一部である。
政府の競争力政策として重要なのは、民間企業が実行している競争戦略、イノベーショ ンを促進したり、企業者団体がおこなっている自助的な活動を支援し補完する政策である。例えば、約17,000 社が参加するブラジルアパレル協会(ABRAVEST )は、競争力強化のため多様なサービスを参加企業に提供している。ABRAVEST 独自の品質保証制度、品質 表示の共通化、サイズなど共通規格の設定、インターネットなどを使ったバイヤーとの取 引の斡旋、輸出コンソーシアム(輸出組合)組織化の推進、見本市の開催、国内外のアパ レル市場情報の提供その他である(ABRAVEST のホームページ。www.abravest.org.br )。
企業者団体によるこうした活動は、競争力強化のため何が重要か、何が有効かを示すとともに、政府が何をすべきかを示している。政府の役割は、民間部門のそうした自助的な活動を補完することと、民間企業では容易でない基礎技術の研究開発、成果の提供である。

む す び

ブラジルは世界の輸出市場でのシェアを低下させてきた。これは一つにはブラジルの輸 出が需要が停滞的な一次産品あるいはその加工品への特化の度合いが大きかったからであ るが、同時に広大な国内市場を背景に輸入代替工業化を進めてきたからであった。工業に 対する手厚い保護は競争力の乏しい非効率な工業を生んだ。経済自由化は工業を市場競争 という新たな環境におくことによって効率向上への動機を与えるものであったが、競争は 自動的に競争力の実現を約束するものではない。むしろ輸入との競争は国内工業を収縮さ せた。世界輸出に占めるシェアは自由化後も低下し、輸出構成でも一次産品、加工品の比 重が増加した。製造品輸出はメルコスルなどラテンアメリカ向けが大半を占めた。ブラジ ル工業はコスト削減だけではなく品質向上、製品多角化など多様な課題を同時に達成する ことを要求され、そのことが輸入増と国内工業の収縮につながったが、企業レベルでは外 資系企業をリーダーとして競争力向上に向けてさまざまな競争戦略がとられてきた。
ブラジル企業がとった競争戦略は長期的には工業の競争力を高めることが予想される。 現在のところ企業は国内市場を指向し一次産品加工品を除き輸出をさほど指向していない。
しかし、輸入品を含め国内市場での激しい競争は、工業の競争力を高めるように働く。企業は国内市場の深耕をつうじて輸出競争力をも獲得できる。工業製品需要は程度の問題はあれ市場に特殊な性格をもち、マーケットインが企業の競争戦略となる。需要の大半は国内生産によってまかなわれる。もちろん国内市場が狭小であれば規模経済性が実現できないが、ブラジルは広大な国内市場をもつ。加えて部品工業その他の関連産業の発展、集積が、工業に競争力を与える。要するに、輸出市場でのシェアの低さをもって、ブラジル工業が国際競争力をもたないと断じることは誤りである。
もちろんブラジルにとって対外均衡を実現するうえで工業の輸出競争力を高めることが 重要であることは疑いない。輸出はまた効率的な工業生産に必要な情報、知識を与えると いう意味でも重要である。
工業製品輸出のためブラジルではさまざまな輸出政策、輸出競争力政策が採用されてき た。問題はそれらの実効性、相互の整合性である。ブラジルにとって政府の政策以上に重 要なのは民間企業のイニシアティブである。行政の役割は、輸出に対する金融、税制上の 奨励よりも、輸出保険、情報提供、輸出組合支援など公共財、外部性に関わる領域で民間 企業、団体の活動を支援することである。基礎的な科学技術分野での研究開発、成果の提 供、普及も政府の役割である。経済自由化によって多くの産業で市場が寡占の状態にある。

貿易、資本自由化は輸入品、企業の新規参入によって寡占不利益は軽減されるが、独寡占の規制、消費者保護政策などによって市場を競争的に保つことが、企業のイノベーションを促すうえで、重要となる。ブラジルでは経済の不安定性から工業発展がしばしば中断されてきた。経済安定化政策もまた重要である。

【前に戻る】


参考資料: 日本財務省ホームページから「中南米の経済改革と競争力」(委嘱調査/財団法人 国際金融情報センター/平成14年2月)



<ブラジルの自然資源>



【ブラジリアへようこそ】 【夢見る人間たちのブラジル】 【ラテンアメリカはいかがですか】  

Hosted by www.Geocities.ws

1