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ブラジルの経済自由化と工業の国際競争力
INDUSTRIA BRAZILEIRA E SEU COMPETIBILIDADE




はじめに

1990 年に開始したブラジルの経済自由化は貿易から金融、労働、行財政改革など多岐に わたった。自由化は、政府の強い介入にともなう資源配分の歪みを除き、市場原理に委ね ることによって資源配分を効率的にすることを目的としていた。ブラジルが開発政策を転 換した90 年代は世界的に経済のグローバル化が進展した時期でもあった。ブラジルの工業は経済自由化、グローバル化という新たな環境のなかで、競争力を高めることを迫られた。
経済自由化、グローバル化に対応してラテンアメリカの多くの国では資源、労働力を競争手段とする道が模索されたが、ブラジルのような大国、中所得国ではそうした手段だけでは持続的な発展は可能でない。国民経済において重要な部分を占める工業の競争力向上、そのためのイノベーション(革新)が不可欠である。
工業の競争力向上は、経済の対外的な均衡と安定にとっても不可欠である。ブラジルで は貿易自由化と資本自由化が同時に実施され、また為替をアンカーとする経済安定化政策 によって多量な外資が流入し為替が上昇した。その結果、貿易収支が悪化し、膨大な利子 支払いとあいまって、経常収支の赤字が拡大した。赤字は外資の取り入れによって相殺さ れたが、対外的な不均衡は投機と通貨危機を引き起こす危険をもつ。通貨防衛のための金 利引き上げは国内景気を抑制し経済を不安定化させる。経済の対外的な均衡と安定のため には、国内貯蓄を増大させるとともに、輸出競争力の向上が不可欠である。
本稿は、経済自由化後のブラジル工業の競争力を論じるものである。第1 節では経済自 由化と輸出競争力を、第2 節では企業の競争戦略と競争力を、第3 節では企業の競争力を支える基盤、競争力政策を述べる。なお本稿では貿易財、なかでも輸出の大半を占める工業製品を生産する製造業を中心に論じる。


1.経済自由化と競争力

1990 年代の経済自由化政策はブラジルの工業を新たな競争環境のもとにおいた。経済自由化政策の内容とブラジル工業の世界市場でのポジション、輸出競争力の変化をみよう。

(1)経済自由化

  表1 はブラジルの制度改革の推移を示している。1980 年代末から経済改革が、90 年代後半から社会改革が着手された。改革は、経済自由化、グローバル化という新たな環境のなかで、経済の効率性を高め、経済と産業の競争力を強化することを目的としていた。 最も早く着手されたのは貿易自由化であった。工業製品の平均関税率は1988 年の「新工 業政策」によって90%から90 年には43%に引き下げられ、90 年の「産業貿易政策指針」に よって94 年には14.3%まで引き下げられた。非関税障壁も基本的に廃止された。国内に類 似品がある場合に輸入を禁止していた「類似品法」も廃止された。平行して工業に対する 税制、金融上の恩典も原則廃止された。一連の貿易自由化政策は輸入代替工業政策によっ て微温的な環境に置かれてきた企業にとって大きな環境変化となった。図1 が示すように、自由化開始前の89 年に5%以下であった工業製品の輸入比率(見掛け消費に占める輸入品の割合)は98 年には20 %近くにまでなった。貿易自由化の一方で政府は工業に対してサプライサイドからの支援措置を実施した。「新工業政策」では科学技術、輸出振興、産業のリンケージ強化を図った。「産業貿易政策指針」を受けて「工業競争力プログラム」(PCI )、「品質生産性向上プログラム」(PBQP )、「技術力向上支援プログラム」(PACTI )が策定された。 資本自由化については、1991 年の海外への利潤送金に対する税率の引き下げ、加算税の廃止、95 年の憲法改正による内外資本の差別の撤廃などがなされた。民営化は90 年の「国家民営化計画」によって開始された。95 年には内外資本差別の撤廃、コンセッション方式を導入し、民営化を促進した。90 年代に鉄鋼、電力、通信など大半の公企業が民営化された。民営化は、財政赤字削減のほか、公企業が提供してきた生産、サービスの質を高めることを通じて、経済全体の競争力を高めることを目的としていた。金融制度改革も進展し、金利などの規制の撤廃・緩和とともに、金融機関の整理統合、中央銀行による監督・規制の強化、公的金融機関の民営化、外国銀行参入自由化などを実行した。

 ブラジルは経済改革に引き続いて社会改革、行財政改革に着手した。1998 年には期限付き労働契約、裁量労働制、レイオフ制など雇用のフレキシブル化を可能とする労働改革をおこなった。現在これらを含め労働法の全面的な改定を進めている。教育改革はカルドーゾ政権の重点政策であり、政府は96 年の教育基本法などによって基礎教育の充実、貧困層への教育機会拡大その他を図った。社会保障については90 年代末になって着手したが、公的部門の過大な年金支払いなどまだ多くの課題を残している。行政改革も同様で95 年の「国家改革のマスタープラン」によって小さく効率的で透明な政府、市民参加を目指したが、進展していない。税の簡素化などを目的とした税制改革については法案の段階にとどまっている。このように経済改革は進展したが、社会改革、行財政改革はこれからである(制度改革の詳細については小池 [2001])。

(2)経済安定化政策と為替

マクロ経済の安定は競争向上にとってきわめて重要な条件である。物価の安定は企業の 投資、その前提となる貯蓄を増加させる。リスクを減らし金融セクターの企業への貸し出 しを増大させる。経済の安定はまた海外の撹乱要因(世界経済変動、投機など)に対する 抵抗力を強め、経済政策を持続的なものとする。これに対してブラジルでは高率のインフ レ、経済の不安定性が産業の競争力を弱める重要な要因となった。
数々のインフレ抑制政策の失敗の後、ブラジルは1994 年に為替をアンカーとする経済安定化政策(レアル・プラン)を実行した。4 月にはURV と呼ばれる計算単位を導入し、ドルベースではインフレが存在しないことアナウンスし、そのことによってインフレ期待の除去を図った。こうした準備期間を経て、7 月にはドルにペッグされた新しい通貨レアルを発行した。ドルペッグによってインフレ期待を取り除くとともに、政府は高金利政策によって国内に残存する物価上昇圧力の抑制を図った。高金利政策は海外資金の安定的に取り入れ為替を維持するうえでも必要であった。しかしこのドルペッグは、大量の外資流入によって為替を上昇させ、輸入を増加させ輸出を抑制した。
このようにレアル・プランはインフレの除去には成功したが、経済の対外的な脆弱性を 強めた。貿易収支の悪化に加えて膨大な債務利子支払いによって、経常収支は大幅な赤字 となった。経常収支赤字拡大による対外的なクレディビリティの低下というな状況のなか で、外資を取り入れるため高金利政策を維持することが不可欠となった。財政は、改革の 遅れに加え金利の上昇によって悪化し、そのことが国内金利を上昇させるという悪循環を 生んだ。それでも民営化、歳出削減などによって金利は緩やかに低下したが、ロシア危機 など度重なる国際的な金融危機のあおりを受け大量の資金が流出すると、それに対抗する ため金利の引き上げを強いられた。こうして金利は高止まりとなり、投資を抑制した。
1998 年のアジア危機によって資金流出が始まると、ブラジルはついに99 年1 月に変動為替相場制への移行を余儀なくされた(図2 )。当初レアルの減価によってインフレ再燃が懸念されたが、金利引上げ、緊縮財政などによってなんとかその押さえ込みに成功した。しかし期待されていた為替の切り下げの輸出への効果は小さいものであった。99 年には世界景気の後退によって輸出価格が低下し貿易収支は赤字となった。2000 年には輸出は価格、量とも増加したが、石油価格の上昇などによって輸入も増加し、貿易収支は小幅ながら赤字にとどまった。2001 年になって為替の効果もあって黒字に転じたが、輸出増加はおもに一次産品、その加工品によるものであり、工業製品の伸びは小幅なものにとどまった。2001 年末以降アルゼンチンが通貨、経済危機に陥った。ブラジルの工業製品輸出は、メルコスルの枠組みのなかでアルゼンチン向けが重要な部分を占めていた。アルゼンチンの通貨、経済危機はブラジル工業製品輸出に暗雲を投げかけた。
要するに、ブラジルでは経済の不安定が輸出を抑制してきた。レアル・プランは、経済 安定化によって不確実性を除き、実質賃金を上昇させ国内での工業品需要を増大させたが、その政策手段である高金利政策が投資を抑制し、為替アンカー政策が輸出競争力を弱めた。
1999 年1 月の為替切り下げはブラジルの輸出競争力を高めたが、その効果は小さく、加えてアルゼンチンの経済危機によって工業製品輸出は減少が不可避となった。さらにアルゼンチンの危機がブラジルのレアルへの信頼性を損ねれば、通貨防衛のための金利引上げなど工業にとって有害な政策をとらざるをえない。

(3)輸出競争力

世界市場への参加の度合いを輸出入の対GDP 比によって見たのが図3 である。輸入代替 工業化政策が開始される前の1950 年代はじめには、その比率はラテンアメリカ、ブラジルともに高かったが、開始直後の60 −61 年以降低い比率で推移した。経済自由化が進展した90 年代になると、ラテンアメリカ、ブラジルで輸出入の対GDP 比は急激に上昇した。しかし、ブラジルの比率の上昇率はラテンアメリカのそれより低い。それは世界市場への参加度あるいは経済開放度が低いことを示している。これは、一つには貿易自由化が遅れていることに、もう一つにはブラジルが大きな国内市場をもつことに起因している。 ブラジルの工業製品の国際競争力を世界市場に占めるシェアによって見ると、1980 年代 以降一貫して低下している。ブラジルのシェアは1985 年に1.37%であったが、98 年には 1.01%と0.36 ポイント減少した。減少率はラテンアメリカ最大であった。メキシコがこの 間に1.55%から2.24%と0.69 ポイント増加したのと好対照である。これは、ブラジルが広大な市場をもっていることと、多国籍企業が国内市場指向の経営戦略をとったことに起因するとされる(Mortimore and Peres [2001])。一方のメキシコの場合、輸出の約半分がマキラドーラによる加工輸出であり、世界市場でのシェアは水ぶくれしていることの注意が必要である。

工業製品輸出を資本・技術集約製品、労働集約製品、資源加工製品に分けて、その構成 比をみると、世界では資本・技術集約製品が大幅に増加し、労働集約製品が微増し、資源 加工製品が大幅に減少しているのに対して、ブラジルでは1980 年代以降ほとんど変化していない(表2 )。このことは、ブラジルが資本・技術集約製品で比較劣位を、資源加工製品で比較優位にあったことを示している。換言すれば、ブラジルの輸出は世界需要の伸びが小さい分野に偏り、伸びの大きい分野におけるシェアが小さいことを意味している。このことが、前述のように、世界輸出に占めるシェアを引き下げた要因である。
ブラジルの輸出の世界市場でのポジションを、業種別に、顕示比較優位指数によって見 てみよう(表3 )。顕示比較優位指数は一国の輸出に占める特定部門のシュアの世界貿易に占める特定部門のシェアに対する比率(%)によって示される。ある産業においてこの比率が>1 であればその産業でブラジルが比較優位をもっていることを、反対に<1 であれば比較劣位にあることを意味する。ブラジルが比較優位にある産業(>1 )は1996 年で鉄鋼、紙・パ、ゴム、繊維、食品、食肉などである。とりわけ鉄鋼、食品の優位性が大きい。つまり産業では資源加工工業でブラジルが比較優位にある。反対に機械、電機・電子、輸送機械、化学、薬品などで比較劣位にある(<1 )。とりわけ電機・電子が劣位の程度が大きい。つまり資本・技術集約的産業とりわけ技術あるいは知識集約型産業でブラジルは比較劣位にある。
こうした傾向は全体として年代を追うごとに強まっている。鉄鋼、非鉄金属、窯業、紙・パなどで顕示比較優位指数が上昇している。他方で、輸送機械、機械、薬品ではほぼ横ばいであるが、電機・電子で指数が大幅に低下している。資本・技術集約的産業で大幅に上昇しているのは化学のみである。1990 年の経済自由化以降も同様な傾向が見られる。
ブラジルの輸出は、品目とともに輸出市場でも偏りをもっている。市場は、ラテンアメ リカ、メルコスルとりわけアルゼンチンに偏り、反対に米国、EU 、アジアのシェアは小 さい。すなわち2000 年において輸出全体に占めるラテンアメリカ統合連合(ALADI )諸 国とメルコスル諸国向け輸出は37 %であるが、製造品ではその割合は58%に達する (BACEN [2001])。つまり成長性が高く、高い品質が求められる市場でのシェアは小さい。


2. 企業の競争戦略と競争力

経済自由化は産業を競争に晒すことによって企業の競争力向上への努力を促すことを 狙っている。しかし、自由化による競争的な環境は自動的に競争力をもたらすものではな い。多数の企業が競争戦略を実行することがあってはじめて産業の競争力が高まる。競争 戦略のなかで重要なのはイノベーションである。イノベーションは狭義には技術革新を意 味するが、広義には新しい生産組織、販売方法など経営全般の変革を意味する。イノベー ションにはまた画期的な技術の創造など非連続的な革新とともに、小刻みの日常的な革新 を含んでいる。ブラジルのような後発国の場合、日常的な革新の重要性が大きい。

企業の競争戦略、イノベーションを議論するのは次のような意味から重要である。先に 述べた世界市場におけるブラジルのポジションは特定時点での競争力を表すに過ぎない。 競争力はダイナミックに評価する必要がある。長期的な競争力はブラジル企業がどのよう な競争戦略をとっているかに依存する。

(1)競争戦略

経済自由化という環境変化に対して企業がとる競争戦略は多様である。ラテンアメリカ の多くの国々では、比較優位をもつ農産物、鉱物などの一次産品、それらの加工品、いわ ゆるコモディティに、あるいは労働集約的な工業に経営資源を集中する傾向があった。ブ ラジルでも、工業に占める鉄鋼、紙パなど資源加工工業の比重が高まり、資本財工業、電 子、自動車部品工業など技術集約的な工業の比重が低下し輸入へのシフトを強めた。しか し、こうしたいわばロー・ロード(low road )の戦略には限界がある。一次産品、加工品の付加価値は小さい。低賃金を基礎とする労働集約的製品の生産もより低い賃金の国には対抗できない。しかしながら、他の多くのラテンアメリカ諸国と異なり、ブラジルでは資源加工、労働集約的製品を含め多様な産業で、新製品投入、製品多様化、生産拠点の再配置、新生産・管理技術導入、調達政策の変更、標準化、流通の改革などが実行された。 新製品投入、製品多様化はブラジルでは自動車、家電、食品など広範な業種で見られる。 新製品投入は輸入代替工業化のもとで停滞していた国内での新たな需要の発掘、創造を可 能にした。自動車、家電、食品といった業種は需要が市場にsticky でマーケットインが有効な産業であり、需要の大半は輸入自由化によっても依然として国内供給によって満たされている。しかし、少量とはいえ輸入品の存在は、消費者が品質の優れた輸入品に触れることによって、また新たな企業の参入によって、国内製品の質向上、新製品投入を促した。
輸入品との競合、輸出市場での競合はまた、企業の生産拠点再編を促した。履物、衣料 がその代表例である。履物はブラジルの輸出工業品の一つであるがアジア製品との競合か ら、従来の南部、南東部において、品質向上、小ロット生産、クイック・デリバリーなどによって中級品市場を確保する一方で、賃金が安い北東部で低級品の大量生産を始めた。北東部への生産拠点の移動はアジア製品の輸入に直面した衣料でも見られる。北東部での生産は、地方政府が企業誘致のため税その他の奨励措置を与えたことにも起因している。 新生産・管理技術導入は広範な産業でみられる。ME (マイクロ・エレクトロニクス) 機械、セル生産、統計的管理、CAD 、CAM 、QC サークル、ジャストインタイム(JIT ) などがそれである(表4 )。これらの新生産・管理技術は、生産コスト削減に限らず、品質の向上、多品種少量生産、クイック・デリバリーなど、経済自由化以後企業に要求されている課題を達成するためのものである。Hay [1997]によれば1990 年以降の大企業の生産性の上昇は、技術の向上に加えて、現場での労働意欲の向上、すなわちX 効率の向上にも起因する。管理技術の革新が労働意欲を喚起あるいは強制した。

グローバル化にともない世界標準への適応も積極的になされている。適応は、輸出にお いては当然であるが、国内での生産においても部品、原材料の標準化が進むなかで、余儀 なくされている。ISO9000 の取得件数(累計)は、1990 年では18 件に過ぎなかったが、95年には948 件となり、さらに2000 年には6,587 件と加速度的に増加してきた(MDIC [2001])。
取得は大企業、外資系企業を中心とするものだが、取引上の必要から中小企業、民族系企業の標準化への関心も増大している。環境基準であるISO14000 の取得企業も増加しつつある。

ブラジル企業はまた、新しい競争環境のなかで、調達様式を大きく変更した。効率的な 調達体制の形成は競争力の源泉の一つである。企業は、コスト削減、品質向上のための海 外からの部品、原材料調達を増加させた。電子部品など国内では高品質の部品が調達でき ないものは輸入へのシフトが加速した。経済自由化以降外資系企業を中心に世界仕様の製 品の生産が一般化しつつあるが、そのためには世界標準の部品、原材料が不可欠となり、 このこともまた海外から調達を増加させた。こうしたグローバル・ソーシングの一方で、 自動車産業を中心に、アセンブラーがサプライヤーを近隣に立地させるフォロー・ソーシ ングを進めている。これは消費者にクイック・レスポンスによって製品を提供するととも に、それによって生じる在庫費用をJIT によって節約するためである。関連産業の集積(クラスター)がアセンブラーの競争優位の要因となっている。Enright [1999]が言うように、競争はグローバル化するが、競争優位はローカライゼーションに大きく依存しているのである。

自動車産業ではまたプラットフォームの統一、モジュール生産が進んでいるが、それは 多品種少量生産にともなう生産コスト、製品開発時間・コストを節約するためのものであ る。モジュール生産は、現状ではアセンブラーと部品メーカーの賃金格差に主要な動機が あるが、ブラジルはこの新しい生産システムの進捗で世界に先んじている(田中[1999])。
モジュール生産は部分的に導入されているものを含め2001 年に72 万台に達すると予想されている(『Fourin 海外自動車情報』No.174, 2000 年2 月)。

(2)外資系企業の新規参入

新しい競争戦略は外資系企業をリーダーとして実行された。新製品投入、新技術・管理 技術の採用、標準化などは外資系企業を中心に実行され、民族系企業によって模倣されて いった。既存企業に加えて、多数の外国企業の新規参入は国際競争力を向上させる要因と なった。Bonelli [1998]によれば、外資系企業の高い業種ほど労働生産性が高く単位あたり労働コストが高い。同様の結果はMoreira [1999b]によっても示されている。
レアル・プランによって経済が安定化し、また公企業の民営化が進展するのにともない、直接投資額は飛躍的に増加した(表5 )。当初直接投資額の相当部分は通信など民営化への参加で占められていたが、1990 年代末になるとそれ以外の投資が大半を占めるようになった。ブラジルへの直接投資は、真水の投資いわゆるグリーン・フィールドの投資ではなく、M&A の割合が高くなった。M&A は、単に資本所有が交代しただけであり、グリーン・フィールドの投資に比べて産業発展への効果が小さいとの議論があるが、これは正しくない。M&A がなされるのは新株主が旧株主よりも当該企業に高い価値を与えたからであり、何らかの企業内での事業改革の実行や、系列企業との連携、シナジーによって企業価値を高めると考えたからである。
CEPAL [1998]、Mortimore [2000]は、Dunning [1993]の類型化に従いラテンアメリカ への直接投資を分類し、メキシコへの製造業投資(例えば自動車、電子、アパレル)が効 率追求であるのに対して、ブラジルへの製造業投資(自動車、化学、アグロインダストリー)が市場志向的なものであるとした。しかし、こうした類型化は必ずしも正当なものではない。ブラジルへの投資は、確かに輸出よりも国内市場をターゲットとしているが、国内市場を獲得し市場シェアを拡大するには激しい競争に勝利する必要があり、そのためには効率向上が不可欠である。現実に、外資系企業は新製品の投入、新しい生産技術、経営組織、マーケティング技術の採用などのイノベーションをおこなった。要するに、外資系企業が実行した競争戦略、イノベーションが工業の競争力を高めることにつながった。

(3)生産性と労働コスト

競争力向上の指標の一つは生産性の向上である。労働生産性は、年によって大きく変動 しているものの、1990 年代には全体として大きく上昇した(図4 )。この生産性上昇については、より詳細な検討が必要である。物的生産性は、ブラジル工業がかかえてきた過剰人員の解雇、増加しつつある部品輸入、部品生産のアウトソーシングによっても上昇する。つまり生産性上昇は過大に評価されている可能性がある。付加価値生産性の伸びが物的生産性の伸びを下回っていることは、こうした事情を反映しているかもしれない。このように90 年代の生産性上昇は割り引いて考える必要があるが、他方で生産性とりわけ付加価値生産性の伸びの低さについては、以下のような事情を考慮する必要がある。経済自由化後工業製品価格は輸入圧力によって大幅に低下し、付加価値は圧縮された。経済自由化後の競争環境は、コスト引き下げだけではなく、品質の向上、新製品投入、製品の多様化、サービスの向上などを産業に要求した。これらの要求は、例えば品質向上はコストペナルティをもつなど、相互に対立的である。こうした事情が物的生産性あるいは付加価値生産性を低めたかもしれない。
生産性が上昇する一方で、就業者の実質所得もまた上昇している。しかし、製造業だけ を見ると伸び率は小さい。1998 年以降は低下している。伸びているのは商業、サービス業などである。雇用形態別に見ると正規雇用者の伸びが小さく、非正規雇用者、自営業者の伸びが大きい(図5 )。製造業では他の産業と比較して正規雇用者の比重が大きい。実質所得のこうした傾向は次のような要因によるものと考えられる。ブラジルの雇用は全体としては停滞的でインフォーマル化が進んでいる。とりわけ製造業では雇用が大幅に減少している。製造業ではまた生産拠点が分散化し後発地域への移転が進展している。労働組合は、雇用の停滞のなかで、賃金引き上げよりも雇用の確保に労使交渉の重点を移している。これらが賃金を下方に修正する効果をもった。
生産性が上昇している一方で賃金上昇が抑えられていることは、製造業の競争力を高め る効果をもった。しかし、図4 が示すように、生産性の上昇はそれほど大きいものではな 上、製品多様化など相互に対立する課題を同時に達成することを迫られたことに帰せられ るが、同時にイノベーションが必ずしも十分でなかったことにも起因している。


【つづき】


参考資料: 日本財務省ホームページから「中南米の経済改革と競争力」(委嘱調査/財団法人 国際金融情報センター/平成14年2月)



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