| コロニアル建築(6) ショップハウス |
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私が初めてペナンを訪れたのは1997年2月だった。ジョージタウンという名前から洗練された都会をイメージしていたが、その期待も到着してすぐに崩れ去った。車窓から見た旧市街は一言でいうと廃墟であった。異国情緒ただよう古い建物が多く残っているものの、老朽化が激しい上に無秩序に改造されている。私にとってペナンのイメージを決定づけたのは、ペナンで最も馴染み深いこれらの長屋である。「これはコロニアル様式ではない!」という方もいるかも知れないが、ジョージタウンコロニアルビルの第3回は長屋(Shop-house)を紹介しよう。「調和のとれた町並みだった」 今日のペナン旧市街の街並みの基礎を築き上げたのは、ご存知スタンフォードラッフルズ卿と言っていいだろう。彼はシンガポール植民地政府で厳しい都市計画を施した。幹線道路に面した長屋は、間口の広さによって税金を課せられたため、皆うなぎの寝床のような間取りになり、長いものでは奥行きは30mにも達した。そして火災類焼対策のため煉瓦造りの構造が義務付けられた。実は当時の英国貿易会社はこの煉瓦や瓦を独占し利益を上げていた。今日ではカラフルなルーバー付き窓も、当時は紺色に統一され、調和のとれた街並みが保たれた。やがてこのルールはペナンは勿論の事マレーシア全土に適用される事になる。
「やがて消え行く運命」 Shop-houseは後に住宅(Town-house)としても転用され、ゴムプランテーションブームの1920年代にピークを迎えたが、第2次世界大戦を境に急速に衰退した。その後RCA(借家法)により低価格住宅として市民に賃貸され続けてきた。ペナンに古い長屋が多く残る理由はここにある。戦後は長屋スタイルこそ残るものの、近代建築が取り入れられ、もはや異国情緒漂うコロニアルスタイルのShop-houseが作られることは無くなった。 借家法が撤廃された現在、ジョージタウンに残る長屋は、解体され近代的な商店に生まれ変わりつつある。この状況を憂慮するPHT(文化遺産保護基金)により保存活動が続けられているが、時代遅れの古い建物を無理に修復保存することに異論を唱える人もいる。とりわけ懐古趣味に無縁である住人にとって、近代的で快適な街に生まれ変わる事を願う人も多いだろう。 ジョージタウンの至る所で目にするShop-houseではあるが、手入れの行き届いたものは稀である。私の知る範囲で保守状態の良いものを紹介しよう。他にご存知の方は教えて頂けないだろうか。
バーマーロードのTelekom向かいにたたずむ4軒長屋のTown-house。ここまでメンテナンスの行き届いた長屋をジョージタウンで見る事は稀である。屋根瓦こそ葺き替えられているものの、当時の姿をほぼ忠実に維持されている。簾までコーディネートされているところから、住人のセンスが伺える。ただしここは民家なので中には入れない。 マカリスタロードのアゴラホテル前の路地(クリアン通り)を入ったところに明るい(下品な?)イエローにペイントされた綺麗な8軒長屋がある。ドイツ料理店、ワインバーが軒を連ね、若者が集うレストラン街である。残念な事に、この様な利用方法がShop houseの生き残る唯一の方法かも知れない。店内に入れるので、改築されているとはいえ当時の営みを垣間見ることが出来るだろう。 (2001年11月23日)
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