大陸には飽きた。人の少ない美しい島にでも行ってみよう。わたしは東海岸を離れ、島に向かうことにした。ロックハンプトンを経由し、グレート・ケッペル・アイランドに上陸する。島にはリゾートが一つ、宿が何件かあるだけである。島にはたくさんのビーチがあるが、それらの多くはある程度の距離を歩かなければ到達できない。わたしは、この島に滞在している間、連日のように長距離を歩き続ける。朝早くから起き出し、水を持って出発する。コースは長いもので6時間。海に入ることを考えれば、さらに時間を見なければならない。島には宿のある集落を除き灯りなどはない。もし、途中で日が暮れれば、そのまま遭難してしまう。
この島で、一つ良いことがあるとすれば、それは、どこに行こうとも誰もいないということである。どこまで歩いても、人とも車とも出会わない。ビーチに着けば、そこは一人だけのプライペートビーチとなる。

島の夕日は美しい。だが、それを見ている人も辺りにはいない。日が沈めば、空には南半球の星達が顔を出す。

再び大陸に戻る。バーガラは、バンダバーグから近いリゾートである。リゾート内には水路が張り巡らされ、その周りにコテージが建つ。ここでも雨が降っている。ビーチまで行ってみるが、波が高く、泳ぐには適さない。サーフビーチといった感じである。

ムールーラバは、海岸沿いにリゾートマンションの立ち並ぶリゾート地である。ゴールドコーストに比べれば、まだ素朴な感じがあるが、やはり観光客で賑わっている。ここもサーフビーチで波が荒い。人々は砕ける波に向かって歩いていく。そして、波に巻き込まれ、押し戻され、時に流される。それだけのことが、とても楽しい。

ブリスベンは、オーストラリア第三の都市、ゴールドコーストへの玄関口でもある。街は綺麗で、公園も良く整備されている。アデレード以来、都市らしい都市がなかった。都市も良いものである。人々の活気に溢れている。それが、懐かしい。ブリスベンは海に面した都市ではないが、川沿いにラグーン・プールがある。プールに対する憧れは、オーストラリア人なら誰でも持っているものなのだろうか。写真はラグーン・プールから摩天楼を望む。

サーファーズ・パラダイスは、ゴールド・コーストの中心地である。立ち並ぶリゾートマンション、一流ホテル、高級ブランドショップ、アミューズメント施設、それでも足りないかのように、多くの建設が行われている。オーストラリアでこれほど華やかな場所も他にない。どこまでも続く白く美しい砂浜。多くの清掃員が巡回し、ゴミも鉄屑も落ちていない。ここでも人々は、波に向かって歩いてゆき、砕ける波と戯れる。

サーファーズ・パラダイスを南下し、海辺に別れを告げて、内陸部に入る。緑豊かな山々の合間をぬって続く一本の道。山の斜面に開けた牧場を通り過ぎ、小高く聳える幾つかの山々を通り過ぎ、渓流の流れを通り過ぎる。山の麓から山の頂までなだらかに連なる丘陵を緑が蓋い尽くしている。すべてが美しい。こんなに広範囲に渡って美しい場所をわたしは見たことがない。そんな風景を眺めていると、やがてニンビンに着く。
ニンビンはヒッピーのムーブメントで作られた町である。1973年に多くのヒッピーがやってきて、そのまま住み着いた。それ以前に何があったのか、わたしは知らない。あれから30年、当時の若者も今では初老となる。だが、その精神は今でも生きていると見えて、人々は友好的で親切だ。ニンベンは一般的にはマリファナの聖地として知られている。町を歩けば、「マリファナを吸うか?」と多くの人が聞いてくる。そして、マリファナ・バーには多くの客が集まっている。ニューエイジ系の店も多く、石、香り物、仏教系の工芸品などを売っている。ヒッピー博物館では、フォルクスワーゲンのバンや、怪しげな人形、マリファナ資料、チベット密教からの言葉など、ヒッピーの文化を垣間見ることができる。
ニンビンは、未だに自然の真っ只中にある。辺りには緑が溢れ、木々の下を水が流れる。町といっても、一本の道の両側に幾つかの店が連なっているだけ。夕方近くには、一本の木に多くの鳥が群がり、信じられない程の音量で鳴いていた。遠くの山の上に、大きな黄色い満月が昇る。わたしには、何故、ヒッピーの人々がここを選んだのか、わかるような気がする。

再び、海辺に戻る。シールズ・ロックは人里離れたサーフ・ビーチである。浜辺までは砂丘が続く。砂丘の風紋を越えて、波打ち際まで行ってみる。波は荒い。波打ち際を遥か彼方まで歩いてみる。振り返ると、波打ち際には夕焼けが写り込み、とても美しい。

再びシドニーに戻る。最後にシドニーを後にして、既に二ヶ月。暑さも和らぎ、涼しささえ感じる。気候の移り変わりは、時の移ろいを意味している。これにて、わたしのオーストラリアの旅は終わりである。もちろん、ここに書けたのは、わたしが体験したオーストラリアのほんの一部に過ぎない。実際には、出会いがあり、別れがあり、人との交流があり、喜びがあり、悲しみがあり、感動があり、いろいろなことがある。そういう意味では、旅は人生と変わらない。何処に行くのも自由なら、どれだけいるかも自由である。そして、すべては本人が創造していること。
人は何故、旅をするのか?
人は何故、生きているのか?
そういうことを考える時が、人生には、何度か巡ってくる。その答えは、おそらく一生出ない。あるいは、変わりつづける。だが、その途上において、その答えに最も近いのは、ある登山家が言ったようなことだろう。
それは、それがそこにあるからだ。
ならば、「何故?」ではなく、「如何に?」が問題となるだろう。さて、後は各自考えてもらうとして、とりあえず、わたしは感想のメールでも待つことにしよう。
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