ケアンズが近づくと、辺りの風景は一変する。次第に緑が多くなり、日本の風景に近くなる。サトウキビ畑、バナナ畑、椰子の木があることを除けば、これがそのまま日本の風景だと言ってもわからないだろう。砂漠の風土を通ってきた、わたしにはひどく懐かしく感じられる風景である。水があることが、緑があることが、何とありがたいことであろうか。

ケアンズは日本から一番近いオーストラリア、人口は30万人程度の観光都市である。砂漠には街の機能はあまり無かった。スーパーが、コンビニが、銀行が、ネットカフェが、それらすべてがあることが、とてもありがたい。ケアンズには一週間滞在したが、毎日雨である。土砂降りの雨、一時停止、また土砂降りを一時間おきに繰り返す。ケアンズに来るなら雨季を避けた方が良い。グレート・バリア・リーフを代表とする海洋性レジャーのイメージで有名な都市であるが、意外なことに市内にビーチはない。街には、多くの日本人が闊歩し、夜ともなれば、「ボディコン」姿の「年輩日本人女性」まで見かける。

雨空の下、グレート・バリア・リーフ(GBR)に出かける。GBRはケアンズの沖、高速艇で1時間半程度の場所にある。大陸棚が関係する特異な地形で、オーストラリアの西海岸北部に2000kmに渡って存在する。船がポイントに着くと、ダイビング、シュノーケリングに別れて海に入る。雨は土砂降りとなり、叩きつける雨が身体を打ち、冷たい。海に入ってみると、以外にも水は温かい。オーストラリアに来たからには、GBRだけは見なければと思って来たのだが、海中は感動するような風景でもない。確かに珊瑚はあるが、大群生というよりも、点々と分散しているという感じである。写真中央部に僅かに緑になっている海面の下には珊瑚がある。

ケアンズから南下し、クロコダイル・ファームに立ち寄る。農場というわけで、ワニを育てているわけだが、その目的は皮でも食用でもなく、ここに立ち寄る観光客のようだ。水中のワニを棒でつつくと、ワニが怒って飛び出してくる。なかなか迫力がある。ここでは餌を与える風景を見ることができる。ここでの主食は鶏であるが、ワニがガツガツと鶏を噛み砕く様子には、ぞっとする。ここで最大のワニ(写真)は野生で捕獲されたもので、捕まる前には農場の牛を50頭ほど食べてしまったらしい。ここの飼育係はそのワニの上に座ってみせる。後に、ここでは建物が吹き飛ぶかと思うほどの暴風雨の嵐となった。

さらに南下し、リゾート地と呼ばれるミッション・ビーチへ。オレンジ色のビーチは悪くないが、この時期は毒クラゲが出るために遊泳禁止である。泳げないビーチではリゾートとも言えない。もっとも、このときケアンズの沖にサイクロンが近づいていたため、ミッション・ビーチではずっと雨であった。何もすることもできず、室内にて読書となる。我慢できないで、雨の中、ホテルのプールで泳いでいる人々もいる。

アーリー・ビーチへと向かう途中、連日の大雨で道路はついに陥没してしまった。熱帯雨林気候のこの辺りでは、雨季における道路の陥没はそう珍しいことでもない。しかし、道路が水浸しになっている風景を目の当たりにしては、どうしたものかと思う。バスは床下浸水でなんとか通過、その瞬間に車内から拍手が起こる。この道路は我々が通過した直後に通行禁止となってしまった。

アーリー・ビーチは、沖合いにあるウィットサンデーへの玄関口として賑わっている。多くの人は、ここを起点に二泊三日くらいのクルーズに出かける。わたしもデイ・クルーズを申し込んだが、強風のためにほとんどのツアーはキャンセルされたとのこと。海に出かけないなら、アーリー・ビーチはあまり魅力のある場所ではない。名前に反してビーチはない。いや、あるかも知れないが、泳げるという雰囲気のビーチではない。代わりに、ラグーン・プールがある。ラグーン・プールとは海水を取り入れたプールで、だいたいは海岸沿いにある。人々はここに集まり、泳ぐというよりは、芝生に寝そべる。その人口密集度はかなりのものである。ときどき、トップレスの女性が上を向いて寝転がっている。

再びキャトル・ステーションに泊まる。農場である。牛と羊がいるだけ。いや、人間も幾らかはいる。ここでは、未だにカウボーイの文化が生きていて、みんなでカウボーイ・ダンスを踊ったりする。乾いた大地からは砂埃が舞い上がる。何にも無い場所だが、観光客の中には、これこそが求めていたオーストラリアだと言って、ここに居座る人々もいる。カウボーイ・ハットを被り、鞭を飛ばし、牛と羊を追い、ブーメランを飛ばし、ディジュリドゥ(楽器)を作る。外界から隔離された静かな農場にあるのは、昔ながらのオーストラリアなのか。そして、他に出かける場所もないから、夜は飲んで、踊ることになる。
