屋久島の森 ページ3


屋久杉の森

エコツアー二日目は、屋久杉ランドに向かった。屋久杉ランドとは屋久島の原生林を容易に鑑賞するために開設された場所であり、森の中に遊歩道がついている。樹齢数千年の屋久杉を見ることができる。屋久杉ランドの入り口には、屋久杉を加工した土産物が売られていた。ところで、この加工された屋久杉だが。現在、屋久島の天然林を伐採することは禁じられているらしい。それでは、巷に溢れる超高価な屋久杉の加工品の素材はいったいどうやって入手しているのであろうか。雨が降ると島の上の方で昔に伐採された木材が、谷を通って海に流れ出し、海岸に打ち上げられるのだという。島の人々は海から木材を拾ってきては、加工して売っているのである。だから、人々は雨が降ると、海岸に木材を探しに行くのだ。長閑な話にも聞こえるし、驚くような話でもあるし、呆れるような話でもある。自然の恵みはなんと素晴らしいのだろう、と簡単に片づけておこう。

さて、遊歩道を歩いて行く。あちこちに、杉の巨木が林立している。雨の多い屋久島では、すべてが苔むして緑に染まっている。倒れたままになっている木も多い。油分の多い屋久杉は、古いものでもなかなか腐らない、倒れてもそのままだ。そして、その倒木の上に、また新しい杉が生えていく。自然は、どこまでも循環を続ける。森を歩いて行くと、あちこちに巨木の切り株があることがわかる。屋久島の杉は江戸時代から昭和の中期までに、ほとんどが切り出されしまったらしい。現在でも、残っている縄文杉などの巨木は、木材としての商品価値が無かったために、伐採されなかっただけなのだ。

森の中は、水分が多い割には、森独特のじめじめ感がない。屋久島では非常に水の循環が速い。黒潮に乗って、屋久島にぶつかった水蒸気は、峻嶮な山岳地帯を一気に駆け上り、雨となる。雨は屋久島の薄い表土を素通りし、谷を通って急激に山を駆け下る。そして、24時間以内には、再び海に注ぐ。いつまでも、その繰り返し。その循環があまりに速いために、腐敗している暇がないのだろう。このじめじめ感の無さは腐敗の無さのように感じる。逆に、そのために屋久島の表土は薄いままだろう。そして、表土が薄いので、巨木もよく倒れる。水は透明でおいしいが、谷には魚もいない。流れがあまりに急激に増減するため、魚は住み着くことができないのだ。屋久島の自然は明らかに、普通の森とは異なるようだ。それも、自然なのだが、慣れない身には、少し異様に感じられる。

見上げると、杉の枝はよく折れていることに気がつく。森の上空を吹く風は、かなり強い。木々の集団を超えて伸びだした枝はすべて、風に折られてしまうのだ。ナウシカの正式名称に「風の谷の」が付いていたことを、図らずも思い出してしまった。風と聞けば、我々は優雅なイメージを連想してしまいがちだが、本当の自然は我々の想像を超えて遥かに荒々しい。

水場に着いた。水は透明で奇麗だ。僅かに緑に見えるのは、流された苔が谷底に堆積しているからだ。屋久島の森では、山中で湧き出している水は、だいたいどこでも飲むことができる。当然ながら、谷を流れている水よりは、岩間から湧き出している水のほうが良い。湧き水を手に受けて飲んでみるが、清水にしては、さほどの味でもない。雨がいつ降ったかなどの状態にもよるのかも知れない。

島で屋久杉と呼ばれるのは、樹齢1,000年以上のものだ。巨木には、それぞれ独自の名前が付いていたりする。縄文杉というのも、その名前の一つだ。我々の前に、樹齢1,800年という仏陀杉が現れた。こぶの部分にお釈迦様の横顔が見えるという。確かに、微笑んでいらっしゃる姿が見える。なんとも、有り難いことだ。エコツアー二日目も無事終了。

屋久杉インプレッション

島は常緑の緑に覆われている。荒々しく巨大な丸い岩が随所に転がっている。空気はいつも湿っていて、山はいつも雲と霧に覆われている。屋久杉をはじめ、貴重な自然の生態系が残されている。巨杉群の森は確かに素晴らしい。だが、隆起した花崗岩の上に僅かに載っている薄い痩せた表土に、辛うじて立っている木々の姿は、わたしの感覚では、豊かで深い森というイメージはしっくりこない。ナウシカの森、もののけ姫の森に対するわたしの記憶とは、多少異なる。原形は原形、人間の創造力の方が遥かに豊かなようだ。

島の空気と水はきれいだ。降雨は空気中の粉塵を洗い流してくれる。いつも雨が降っているので、大気が澄んでいる。その代わり湿度も高い。循環が早く、水はいつでも周っている。そのせいかどうか、水はおいしい。ただし、軟水なので、石鹸には適さないらしい。

車で移動中には、良く海が見える。屋久島は宮浦岳を中心に、ほぼ円錐状の形をしている。道路は島の周囲をぐるりと周っている。どこにいても、海が見えるというのは気持ちがいいものだ。

島の雰囲気は、どこにでもある田舎町といった感じである。本土からそんなに離れていない屋久島では、本土との行き来も頻繁であるから、単なる田舎町であって、なんら問題はない。島の産業は漁業、公共工事、そして観光だ。屋久島で観光ガイドをしている人々の80%くらいは島で生まれた人ではないという。つまり、屋久島の自然に魅せられて屋久島に来て、そのままガイドになっているのだ。島で生まれた若者は、都会にあこがれて島を出て行くという。島の人は山に生えている杉などには、あまり興味がないらしい。島民のほとんどは、縄文杉を見に行っていないという。杉を見るために、わざわざ一日もかけて山を登る必要もないだろう、という気持ちもよく分かる。

屋久島には、若者の観光客も多い。「もののけ姫」の森の舞台であると紹介されてから、急に若者が増えたという。気の良い場所、パワースポットと思ってくる人も多いようだが、わたしには、さほどの気の良さは感じられなかった。多くの巨木が平然と林立し、随所に横たわる巨大な倒木、すべてが苔むしている森、魚のいない済んだ谷川の水。見慣れた自然ではないが、ここでなければ見ることができない自然だろう。

再び、宮之浦

最終日、泊まりあわせた客に宮之浦まで送ってもらう。バスに乗らなくてすんで嬉しい。フェリーの出港まで時間があるので、再び宮之浦を散策することにしよう。町をふらりふらりと歩いてみる。人通りもまばらな長閑な町だ。海に流れ込む川には熱帯魚のような魚も泳いでいる。屋久島は鹿児島の南に位置しているから、温かいはずだ。夏には泳ぐのも素敵だという。もう、少しすれば、海亀が産卵に上陸する季節でもある。

地図を頼りに、再び益救神社を探す。道順どおりに行ったはずだが、辿り着けない。地図はいいかげんなようだ。益救はヤクと読む。屋久島には古来よりヤクに関する名前が多いようだ。ヤクは薬である。薬が取れたのだろうか。そうこうしているうちに、益救神社に出くわした。それほど立派にも見えないが、造りの印象からは天皇系の影響を強く受けた神社のように見える。辺鄙な場所に行くと、そんな神社が多いものだ。もちろん、権力支配の歴史を示唆しているのだが、こういう神社に出会うと改めて天皇の影響力の大きさを感じるものだ。

時間になり、フェリーに乗り込む。甲板から乗り場を見下ろしてみるが、今度は誰も見送りの人はいない。これが当たり前の船出なのかどうか知らないが、少し寂しいものだ。船は港を出港し、やがて屋久島全体が視界に入るようになる。円錐状の美しい島だ。相変わらず山は雲と霧に覆われている。そして、島は次第に遠ざかる。

というわけで、

またまた、紀行は終わっていくのであった。

読み終えた方は、お疲れ様でしたぁ(^^)

さっそく、ゆたかに感想メールを送りましょう(^^;

ゆたかにメール


前のページ     後のページ


紀行の部屋へ戻る

ホームページへ戻る

Hosted by www.Geocities.ws

1