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Chapter 3 南米編 1 [Colombia] Jun 13 2000 - Sep 14 2000

INDEX
『カリの日本人宿“ダルマ”』
『A letter from Canada』
『沈没について』
『ヴァイオリン』
『サンアンドレシート』
『ダンスレッスン』
『擬似恋愛』
『ジーナを訪ねて』



Colombia
Sep 14 2000 [ Las Lajas] Colombia
After I got Ipiales nearest town to the border with Ecuador have decided to go to Las Lajas a famouse village. I was recomended to visited the small village by Senora Marja who met at Koala Inn in Pasto where stayed before come here.
I really thank her. The village has a beautiful church on a great canyon. I was move my mind as wrote a sketch.
I found a interesting tent they had an animals meat that named "Ui", like a mouse but as big as a cat. They say Ui living in human house, and eat rice. I asked them that but they sell it each completely, and its little expensive. I cant eat whole. At the right moment, three young guys asked and gave up as the high price. I offered them that lets share. They concented it and I could eat the interesting animals meat. The flaver likes chicken, the fried skin is very hard but I like it.
In the future also I hope to have the dainties of the world.

And the day I visited was just there were an annual cerebration. A lot of people came over the church and listning the big mass with music by a marching bands, and let fireworks off front of the church. They say the festival going to be untill next week for a week but I was already satisfy, and I had to leave Colombia as soon as I can. So next morning I left there.


Sep 13 2000

Pasto ] Colombia
The way of between Popayan and Pasto is also dangerous for the guerrilla. But I was relaxing on the bus, and had fun the view of the grand canyon. The bus went up to the outskirts of the mountains and reached the terminal. It was getting dark. After had meal a man recomended me a hotel near the terminal. I didnt think a lot and got it. Though it cost littel over my guess. Next morning I check out the hotel and waiting the bus for Ipiales the border town of Ecuador, two policeman came over. I was praying " Please, speak me nothing ! " But they didnt accept my hope, and asked my passport. Afterwhile they noticed my VISA limits was time over, and took me a police office. There were some police men and they all asked me vary things. The first it seems common asking, and going to be friendly. There was a woman in them. And a man said something like sexal word to a woman and touch her body. But she looked not very dislike it. I told them him acting is very dangerous, It worth a serious penalty in our country. Well I was just envying them, though. After while a police car took me the D.A.S a department of Colombian police, they know where are not only forigners but also the civilians. So, I must to asked them expand my VISA limit earlier. They made me some documents and I had to pay 130,000 peso and 25,000 peso worth about 65 dollers total as the penalty. Its OK as that I can go to Ecuador my tin up. when all the procedures was over, it was too late for leave there. It is time of guerrira. I have to stay anywhere. I find a hotel which printed in the lonly planet writen as "no doubt!". I dicided there without doubt, and it was so. It was good atomosphere and usuful as like as other hostel for Gringos. The manager Oscar show me two information notes writen by many travelers who visited the hotel. It was really interesting. I was so surprise that find some letters writen by Japanese girls who traveling alone various place like this country which is told that so dangerous. I met two Senoras who are a mother and daughter in law, and very kinded for me. When we had breakfast next morning, the major woman gave me her pendant of Chirist. I didnt know how to thank her.


Sep 12 2000 [ Popayan ] Colombia
When I was on the bus for Popayan was really keeping the out side my eyes. Because I heard sometime the guerrilla appears on the way between Cali and Popayan. But I have just saw the beatiful view. The Casa Familiar Turistas is very nice one. Has good atomosphere, kitchen, hot shower and restaurante. The rooms are big with four beds each, I got the room only me despite there are some Gringos. I met an Israeli, it was first time in Latin America. As he said the town is very tidy and beautiful. It seems to a collage town. There are so many young people and collages in the town. So it was very confortable but I had to leave there next morning because of my VISA problem.



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Sep 11 2000 Cali, Colombia 『カリの日本人宿“ダルマ”』
2ヶ月を過ごしたペレイラを出てカリへ来た。まだヴァイオリンを習いたかったけどヴィザが切れていることに気が付いて焦っていた。切れる前だったら簡単に延長できたのかもしれないけど切れてしまってからだとどうなんだろう? 確かな情報がないので不安だ。
最悪それがもとで留置場にでもぶち込まれる可能性もないとは言えない気がした。

ほとんどの場合コロンビア入国時には90日のヴィザがもらえると聞いていたので自分もてっきり90日を与えられたのだと思い込んでいた。80日くらい経ってから、そろそろ延長に行かなきゃなあと思って始めてパスポートを見直してビックリした。
カリにも1ヶ月は滞在したいと思っていたのに残念ながら今回は足早に通り過ぎなければならないだろう。

ゲリラによる襲撃事件が絶えないルートの一つでもあるペレイラ−カリ間は友達の忠告をきいて昼行のバスを使い、やはり治安に関してはあまり評判の良くないカリに着いてからもびくびくしながらタクシーを使って日本人宿のダルマを目指した。
すぐ近くまで来ながらそれを見つけることができずにタクシーを降りて同じところをグルグルとまわって探し歩いた。

日本人会館なる建物を見つけて中で訊ねるとちょっとハーフっぽい少年が「それ、ウチです。」 というので驚いたけど案内してもらった。

雑貨屋も営む玄関は全面鉄格子がはめ込まれていてやはりカリはヤバそうな感じがした。 アレハンドラという女将と彼女の三人の子供たちという母子家庭で皆数年前まで鹿児島で暮らしていたので彼女以外は日本語育ちだし、アレハンドラ自身も二十年以上の日本語歴を持つのでほとんど日本人と変わらないくらいにペラペラだ。

ダルマは店の奥がリビングで居心地の良いソファーに大きなテレビがあり、隣部屋には今この旅記を書いているインターネット接続のコンピューター、さらに奥にいくつかの二段ベッドが置かれたドミトリーという構成。トイレ、シャワー、キッチンも使いやすくて清潔だ。

二カ国語をあやつる家族(残りは長女、次女)も今の滞在者たちも皆面白そうな人達だし、街も大きくて探索のしがいがありそうだ。
これは是非もう一度ゆっくりと時間をかけて来なければと思いつつ次はポパヤンかな、と先の計画を立てなければならない今日この頃だ。





Jun 1 2000 - Sep 11 2000 Pereira Colombia


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Sep 9 2000 『A letter from Canada』
まだペレイラにいる。ペレイラのペダゴーゴ大学の先生フレディ・ムニョスに師事して4回のプライベート・レッスンを受けた。最近二回のレッスンは朝食からお呼ばれした。

毎年恒例というレイナ・デ・カフェ(コーヒーの女王)コンテストを観たらこの街を離れようと思っていたけどもっとレッスンを受けたいと思うようになってきた。

ぼくがカナダのヴァンクーヴァーでホームステイしていたホストファミリーから手紙が来たという内容のe−mailが大分に住む母親からきて嬉しかった。
以前から彼らに手紙を書きたかったけど長旅の途中で彼らのアドレスを書いた紙をなくしていたのでそれができなかったから。
ただ母親は英語で書かれたその手紙の内容まではわからなかった。それは英語がわからなかったのではなく、その独特な手書きの文字が読めなかったのかもしれない。
でも彼らが最近作った e−mailアドレスはちゃんと書いてあったのでこれからはネット・カフェで連絡ができそうだ。英語はまるっきり上達していないので心配ではあるけど。。。



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Jly 28 2000 『沈没について』
何が楽しいのかこのペレイラに来て早二ヶ月が過ぎた。何がぼくをこの街にとどまらせるのか? ビンゴ? 買い物? ダンス? それとも女たちか、よくわからない。ただこの旅を通して言えるのは、良いホテルを見つけるとその街の滞在が伸びるということだ。
そう、長逗留の条件としてホテルは重要だ。

今ぼくはレジデンシア・カスタウェイにいる。このカスタウェイは英語のキャスタウェイから来ているんだろう。見捨てられし者、漂流者、なんとなく放浪者に近い意味でぼくにはピッタリだ。ぼくの部屋は一応ツインで他の部屋より気持ちばかり大きい。
毎朝小さなバルコニーからコーヒーを飲みながら道行く人を眺める。

その良いホテルの条件には当然スタッフの善し悪しも関わってくる。
ウィリアムは夕方6時に来て翌朝の7時までレセプションをやっている。
ぼくはいつも幼稚なスペイン語で彼と話す。彼は若いけどなかなかインテリジェンスがあって上品で落ち着いている。コロンビア人にしては珍しいタイプだ。

数日前に楽器屋でヴァイオリンを見つけて購入した。新品のフルセットで135,000ペソ(約7,500円)した。キャッシュ・ディスペンサーで購入資金をおろすときに誤って予定の10倍の額をおろしてしまった。果たしてコロンビア滞在中に使い切るだろうか。




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 『ヴァイオリン』
この街でダンスを習ったけどさらにヴァイオリンも習い始めた。
週末の朝、ものすごい数のブラスバンドが行進するのをバルコニーから眺めていた。マーチングバンドはプラサに集まり表彰などが行われた。皆中学生くらいだけどさすがコロンビアというべきか、女の子は体も成熟していてかなり色気がある。

その後ヴァイオリンの教室を求めて街を歩いた。ある建設中のショッピングモールの中ですでに営業を始めているいくつかのテナントを見つけた。そのなかに音楽教室があったのできいてみると、そこではヴァイオリンは教えていないけど知り合いにきいてみるといって電話して、フレディ・ムニョスという大学でヴァイオリンを教えているマエストロを紹介してくれた。

初レッスンではまず新品のヴァイオリンに弦を張りチューニングをしてから初心者のそしてスペイン語の怪しいぼくに親切、丁寧に教えてくれた。
1レッスンにつき15,000ペソは約850円だ。大学の先生に一時間の個人レッスンをつけてもらってこの料金は嬉しい。これだから放浪はやめられない。
ただマエストロの自宅がある高級マンションのある地区はぼくのホテルからは遠いので毎回タクシーで往復せざるをえないのが少し痛い。ただ帰りは夫妻が車で送ってくれることが多いので助かる。まあ、週に二回のレッスンだからそれくらいはしょうがない。

これからレッスンをどれだけ続けるかまだわからないけど、もうお金を払ってでも滞在延長することになるだろう。
ヴァイオリンを持って各地で弾きながら旅ができたら楽しいだろうな、と夢見る今日この頃だ。




このサンアンドレシートというショッピングモールはたいして大きな建物ではないけど2、3畳のスペースの店舗が5つほどのフロアにぎっしり詰まっている。何百人の人がそこで働いているのか見当もつかない。衣類や靴、音楽関係の家電の店が多く、一流メイカーのロゴが入っているもののなかには偽物もある。特にスニーカーは顕著で、店員にきけば「これは偽物だから安いけどこっちは本物だから高いよ」とちゃんと教えてくれるところが笑える。


photo:Con los jovenes alegres del San Andrecito

Aug 26 2000

この写真はそんなところをうろついているときにぼくが販売そっちのけの売り子たちと盛り上って記念撮影となったときのもの。日本で働いていたことがあるという兄さんもいて話しに華がさいた。みんな根っから明るいコロンビアーノのホーベネス(若者たち)だ。


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Jly 29 2000 『ダンスレッスン』
閑なりに充実した滞在をしようといつもなにかを求めて街を歩く。なにか面白いものはないかと思って歩いているとダンス教室の看板を見つけた。
そしてモニカのオッパイとジョンのコロンビア人らしい陽気な魅力に誘われてレッスンをつけてもらうことにした。このことは 『放浪者の習い事』ページに書いた。



photo:Con Jhon Williams que es el maestro de Salsa


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Jly 5 2000 『擬似恋愛』
ペレイラというその町のことはコロンビアの首都ボゴタで三人の日本人に会ってその噂を聞くまで何一つとして知らなかった。ぼくがボゴタからカリへ行くという予定を簡単に変えたのはその三人集のうち、特に二人のスケベの語る『いかにペレイラの女性が美しいか』ということが一番の要因だった。そして地図で見る限りカリへ行く前にペレイラに立ち寄ることは、ほんの少しの寄り道にしか過ぎないと思えたからだった。

「ペレイラで会いましょう」と言ってTさん、Hとボゴタで別れ、そしてその言葉どおりぼくらは再会した。バスターミナルから黄色いタクシーに乗り、あらかじめきいておいたホテル『CASTAWEY』の場所を告げると、わずか5分ほどで到着した。白い外観で建物の一階はオートバイショップ、二階がホテルになっていて背の高い歩道の植樹が葉をつけるあたりにかわいらしいバルコニーが見える。階段を登るとものものしい鉄格子がついているのは中南米では見慣れた スタイルだ。鉄格子の手前にあるブザーをチンと控えめに鳴らすと掃除をしていたらしいメイドの中年女性が出てくる。「Tiene un habitacion・・・・・?(部屋ある?)」 ともうすっかり使い慣れたスペイン語旅行会話の基本構文で訊ねると「Si.(ええ。)」 と言いガチャンと鉄格子を開けてくれた。
料金を確認して部屋を見せてもらったが窓のない薄暗い部屋だったので「他のもっと明るい部屋はある? できれば向こうのバルコニー付きのが良いんだけど。」とちょっと中級の構文できいてみると今日は空いてないけど明日空いたら移ってもいいわと言ってくれた。
優しそうなそのメイドに名前を訊ねると彼女はミリアンよ、と名乗って微笑んだ。

Tさんは宿泊してる?ときくと出かけているけどじきに戻るわよ、と言うので町へ出た。
ホテルの階段を下りて左に向かうと軒並み商店街がつづいて正面に天を仰ぐ大きな人の像がある高層ビルを過ぎると銀行などの立派な建物に囲まれたプラサ(広場)がある。お約束のシモン ボリーバル像があるプラサには沢山の人が行き交い、集い、話している。中高年のセニョールたちが集まっている隅の方にはティント売りと靴磨きたちも集中している。
ティントを買いおじさん達と同じように通りかかる若くて可愛い女性のボディーラインを堂々と観察する。おじさんが「プスッ」と独特の音を口から出して女性の気をひくと女性の方は嬉しそうだけど無関心をよそおって通り過ぎる。なかには手首を掴んで気をひこうとする不細工なおじさんを罵って去る女もいるけど基本的には男性に好かれて悪い気のする女性はいないようだ。(なんなんだこの国は!)日本とは大違いな『ラテンのやり方』が身についているぼくもコロンビアに来てからはそのおおらかさに舌を巻いている。

 そうしてしばらく町をぶらぶらしてからホテルへ帰るとTさんが待っていた。「いやー待ってましたよ! 早速今夜行きましょう!」と喜んでくれたのは嬉しいけどまるでぼくが『そのため』にペレイラへ来たというような口振りだったので少し困惑した。
『そのため』というのはつまり女遊び、具体的にはバーで女を買うということだ。
今までも散々その手の誘惑には耐えてきたけど、このTさんの語る『いかにペレイラが素晴らしい場所か!』ということを是非共感したくなってこの町へやってきたのは事実だった。
「いろいろ教えてください!」エロの師匠に頭を下げると「まかせてください!」と頼もしかった。
実はボゴタでも一度だけTさんたちと飲みに行き女に金をネコババされるという痛い経験があったのでぼくはなおさら腰がひけていたのだけど「いやー、やられましたねー!」とTさんに屈託なく笑い飛ばされると(なんてたくましい人なんだ!)と思わざるを得なかった。
そんなことでぼくは以前(絶対に売春なんてしないぞ!)と思っていた考えを改めて(一度きりの人生、なんでも経験だ!)とTさんに身を委ねた。

夕飯はセントロのレストランで大きなチャンチョ(豚)のステーキを食べた。
夜いそいそと水シャワーで身を清めると「行きますか!」と髭を剃ってツヤツヤ肌の30代二人はホテルの前でタクシーを拾った。
「セニョール、どこか良い店知ってますか?」とタクシーの運転手にもスペイン語の丁寧語でTさんは訊ねる。タクシーの運転手はさすがいろいろなバーを知っていて教えてくれるが、Tさんいわくどの店も「Ja,conozco!(それ、知ってます。)」だ。
(すごい!この人はすでにペレイラを知り尽くしている!)ますますぼくはTさんを尊敬した。

結局ぼくたちはTさんの良く知る店へ出かけた。その店は住宅街の坂途中にある一見普通の民家で、バーではなく文字どおりカサ(家の意味)と呼ばれるところだった。入り口でブザーを鳴らすと若い五分刈りの男が現れてTさんが「女の子いる?」ときくと『Entre!(入って!)』と招き入れてくれる。小さいけど小奇麗な家で、エントランスロビーに応接セットを置いてあり、そこでは団体の客が女の子たちと一緒に酒を飲んでいて、ぼく達を見ると女の子たちは『わー、いらっしゃい!』と明るく笑ってくれる。廊下にも小さなテーブル椅子が2、3セットしてあり、その奥にも応接室がある。
ぼく達は二人だったので廊下の小さなテーブルについて『Aguaridente』を注文した。すぐに女の子が現れた。一人は張り裂けそうなダイナマイトボディーのモレーナ。もう一人は金髪の白人。ぼくが一目モレーナを気に入ったことはすぐに女の子にも伝わり彼女がぼくの隣に。Tさんと好みが別れて良かった。アグアリデンテで乾杯して拙いスペイン語でつまらないことをきいたりして杯を重ねるとやがて酒もなくなり話も尽きる。ぼくはどうしたら良いかわからずにちらっとTさんに目で助けを求めると「気に入りましたか?」と日本語できかれた。「そりゃ、もう!」というと「交渉してください。相場はカサなので2万5千から3万ですよ。」と教えてくれた。交渉は慣れないと後ろめたくいし、なんといっても味気ない。今まで楽しく話していたのになんで金の話しなんか! でも目の前の可愛い娘とヤリタイ気持ちもあるし相手もその気なんだ!これだけ盛り上ってヤラナイじゃ相手に失礼だ。と自分を納得させて交渉した。2万5千ですんなりまとまりぼくは彼女の後についてTさんを残し今まで飲んでいたテーブルのすぐ目の前の部屋へ入った。

部屋に入ると彼女はあくまで優しくぼくの服を脱がせてくれ、彼女も裸になった。ベッドトークでまたしてもつまらないことをきいてしまった。恋人はいないの?彼女は結婚していて子供もいるのよ、と言った。いっぺんに白けた。でもヤルことはヤッた。擬似恋愛は終わった。部屋を出るとTさんはいなかった。さっきの娘と話がまとまったらしい。数分するとぼくたちが使った隣の部屋からTさんとさっきの金髪嬢が出てきた。Tさんはニンマリと微笑んで「いやー良かった〜。どうでした?」とぼくにきいた。
また来てね!とあくまで明るいコロンビアーナたちに別れを告げてぼくたちは電話で呼んでもらったタクシーに乗ってホテルへ帰った。タクシーの中で「すごく楽しかったけどあの娘、子持ちでしたよ。」というと「結構いますよ、そういう娘。」とやはり動じない様子だった。売春=犯罪というイメージを感じさせない明るいラティーナたちとのお遊びはつかの間の行楽と快楽を与えてくれた。でもぼくはぼくの持っていた一線を越えただけのなにかが欲しかった。Tさんはそんなぼくの意思を知ってか知らずか「また行きましょうね!」と屈託がなかった。

 翌日バルコニーの部屋はミリアンが掃除しておいてくれたのでぼくはお礼を言って荷物を運び込みバルコニーでタバコをふかした。眼下の歩道を胸もお尻も大きくセクシーなコロンビア女性達が行き交う眺めは最高だった。この町でなにかを掴むぞ!とぼくは決意した。





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『ジーナを訪ねて』
TさんとHと一緒に行ったあるバールのママの家へ遊びに行くことになった。 ペレイラのセントロからタクシーで15分ほど、川を渡って美しい丘の中腹にある壁に囲まれた集合住宅地だ。チャイムを鳴らして門を開けてもらい、ガードマンに部屋番号を伝えて連絡してもらい許可をもらわなければ入れない。安全性の高いシステムだけどなんとなく刑務所に面会にきているような気分だ。

ガードマンにバールのママ、ジーナの部屋がある棟の行き方をきいて三人で歩いていった。 途中で人工の川などがあってアメニティーにも気をつかってある。建設中の棟を見るとラテンアメリカに来てから見るどの建物とも同じコンクリートブロックの簡単なものだ。防音性が悪いのはともかく地震のある国のぼくたちから見るとこんなんでいいのか?と疑いたくなる作りだ。 でも地震がないからこんなんなんだろう。

5階建ての最上階だけどエレベーターはない。こういう場合は分譲価格は安くなるんだろうか? 運動不足のぼく達は息を切らせて上まで登りつめ息を整えてからジーナの家のチャイムを鳴らした。ぼくはバールでもまだジーナとあったことがなくて面識がなかった。玄関にでてきたのはジーナではなくて他の女性だった。ジーナは台所でなにか作っているらしい。当然靴のままあがりこむと靴を脱がされた。アメリカでも玄関で靴は脱がなくてもあるところからは土足禁止だったりする。個々の感性で決めているんだろう。やはり誰だって靴を脱がなきゃリラックスできないということだ。

やがて現れたジーナと両頬にキスしあい出迎えた女性を紹介されてまたキス、さらに16歳のジーナの娘とキス、そのあとモデルを目指しているブロンドで背の高いお友達まで登場してキス三昧。そんな中に一人だけ男がいたが、彼はジーナの親戚らしい。 手作りのミートパイ包みを食わせてもらうとぼくらはジーナの娘とお散歩に出た。日本の風俗で稼いでいたというジーナが娘を一人でぼく達と外出させることに大きな計算があるとは思えないけど小さな期待はあるのかもしれない。コロンビアで16歳というと肉体的にはかなり成熟がみられる年頃だけど彼女はすごく痩せていてぼくにはまだ子供にしか見えなかったが、Tさんの好みにピッタリだったので彼の顔は上気して見えたし、話し方もすこし興奮気味だった。

ぼくはモデル志望でマイアミに行くと言っていたブロンドの彼女が気に入った。ぼくよりもずっと背が高くて大人びて見えたから別の生物のように不釣り合いだったからなにも望まなかったけれど。

みんな何時の間にか外にでてきてそのまま近所の人たちがバスケットボールのコートで遊んでいるところへ合流して試合になった。ボール遊びは不思議なもので知らないうちに一生懸命になって楽しく運動できるから好きだ。(明後日は筋肉痛かな)とは思ったが、多少人種の違いも意識しつつ負けたくない一心でがんばった。身長も運動神経もぼくたちよりずっとよいと思われる彼らもイマイチシュートが上手くない。そしてぼくたちのなかで一番活躍したのはモデル志望のブロンド娘だった。身長が高いのはリバウンドを取るときに有利だったし、なによりドリブルをして敵陣に攻め入り、自分でシュートしてしまうからかなり手強い女だ。
シュートはイマイチだけどパスはほとんどしないで自分で決めに行くところが生意気だけど、結局試合は彼女の一人勝ちという有り様だった。

最後に記念写真を撮って礼を言っておいとました。また遊びにこれたらいいな。




photo:Con las colombianas bellas

Jun 26-30 2000 [ Bogota ] Colombia
I met a man who contacted to me first, and ask me some question as comfirmed that I am a tourist and not good at speek Spanish. Then another man comming and called himself a police officer. The former said that the latter man was real police man.
But, I think he is not that kind of man. This is just my intuition who have been traveling abroad for about a year. But I bet !! I said to the decoy " No creo ! " - I don't beleave it ! - in English and leave them. But they didn't say nothing more, and never follow me.
Colombia which is a national team of foot ball, against to Argentin tonight.
One of my friend got the ticket, and may be front of the studium now. I have to watch it by TV at a Japanese restaurant, well I am near the studium now though. I guess our Colombia must to beat Argentin.
I am hoping to watch a foot ball game at studium in South America someday else.



photo:Del cerro de la iglecia

Jun 23-25 2000 [ Medellin ] Colombia
My bus delayed for 5 hours. The one of reason is flat-tire, the other is broke bank. Its OK I didnt have to get there such early. I didnt know that Medellin is such big city. I met a woman who lives there on the bus from Cartagena to Medellin. She invited me her house where is outskirts of the city, and helped me to find a hotel at the center of Medellin. We promised to meet this evening with her mother. She looks kindly. I think I am lucky. Because, I feel better if I know any friends at not safe place like here. After I check-in the hotel, I went out to the city, though she and one of staff in the hotel say the city is not so safe. But, I am feeling good now as after I have check it out. North of the city is vast residencial place, where is living not rich people, so it likes a slum. Almost all of the houses are made from adobe. It looks good if watch that from far place. There are many people in the center of Medellin. Office workers, shop staffs, blue collers etc, etc. I dont think I can check most place of the city out for afew days.



photo:Frente del Hotel Comercial

Jun 14-22 2000 [ Cartagena ] Colombia
コロンビアについてすぐ最初の災難がぼくを襲った。 カルタヘナの空港に降り立ち入国許可がすぐもらえたこと、つまりパナマで高い金を払って往復チケットを買う必要がなかったということはこの際どうでもよい。 その小さな飛行場の前でタクシーを拾うかどうか迷っているとお婆ちゃんを乗せたタクシーが「あんたも乗ってくかい?」というので同乗した。見れば運ちゃんもいい加減年寄りの爺さんだ。(この気の良さそうな爺さんなら大丈夫だろう)と思ったのだ。 お婆さんを住宅地で降ろすと「セントロでいいんだね?」といって走り出したのはいいけどものすごい安全運転だ。海沿いの大通りをトロトロ走っていると後続車がどんどん抜いていく。(まあ、ボラれるよりはメーターで多少損するくらいどうってことないさ)と思っていた。 空港を出て寄り道した分も含めて10分ほど走ると、やがてタクシーは城壁に囲まれたカルタヘナのセントロへと入っていった。 「ホテル探してるんだろ? 安くていいホテルへ連れてってやる。」というのでまかせておくと途中シティ・バンクが見えたのでホッとした。賑やかなホテル The first trouble in Colombia was coming on me,when I got Cartagena international air port. I got a taxi front of the air port,and asked the fare to the diver as I always doing. The driver said just $1 for central Cartagena. But, he change the saying on the half way to $5. He also tried that made me get a room in his recomend hotel. I knew what he wanted well. He needed a back from the hotel. I asked the cost to a hotel's staff. And she gave me $30 per night. At the time, a woman told me "They are clazy, the normal fee is $15." in English. I ran out from the hotel and biginning a hotel which is recomended by the lonly planet. The next trouble maker who looked veggor came and spoke something to me, and requred some money as his service when I got the hotel. The man of the hotel was so kindly to me, and told me not change bills on the street. When I saw a man who asked me change my TC and his Colombian Peso, I had forgot it completely. I thought change US$25 TC, but I had only US$12 worthy Pesos when I checked it after splited him. I may not keep my travel if I am not carefully more.



photo:El gran fortaleza
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