しょうもない雑文っす。どうしようもないっす。
でも赤ドラここだけ雑文祭に参加したっす。これがその雑文っす。
■2001/03/03 (土) 62.焼肉ファイト 彼は数羽の水鳥が浮かぶ川面をじっと見つめている。
会社をさぼってこの土手に来たものの、何もすることとてない。つややかに輝くチョコレート色の羽根が目に眩しい、名も知らぬ水鳥の戯れる様をただ眺めるだけだ。
だからといって、今更会社に戻って嫌々働いたからといって何になると言うのだ。ただ機械のように過ごすだけ、自分というものが何処にもない、そんなおぞましい毎日。楽しみを感じられないまま、やりにくくなった仕事が嫌になって出勤途中にふらりとここに来たのではなかったか。
彼は自問する。
このままでは無断欠勤が癖になる。癖になれば馘首になる。馘首になれば生活の糧が得られない。そうなったとき、妻は果たして何と言うだろうか。少なくとも、その形の良い眉が顰められるのは間違いない。いや、それだけならまだしも、何も言わずに家を出て行く事さえ考えられた。妻との現在のささやかな日常を維持するためにも、馘首になる訳にはいかないのではないか。
しかしそんな考えは如何にも小市民じみていて、何か心が卑しい感じがした。
土手の上を小学生たちが、橋の向こうからがらがら音を立てながら近づいて来る。音の正体は図工の絵画の時間で使用するプラスチックのバケツだ。野外写生にでも行くのだろうか。教師らしい大人の姿も遠くに見えた。
目の前を通り過ぎて行く子供たちの会話はたわいもない。昨夜のTVのバラエティの話、特撮番組の話、TVアニメの超合金ロボットの話、ゲームの話、その他様々な罪のない雑談を交わしながら通り過ぎて行く。
とりわけ元気な男子の集団が過ぎ、女子の仲良しグループらしき集団が続く。
お仕着せの制服の群れが、まるで数年前にTVで見た、ねるじぇらとか言うアイスクリームのCMのようだ。
奇妙にくすぐったい気持ちを彼は覚える。
あんな時代もあったんだな。
彼は回想する。彼の子供時代から基本的に変わらない黄金時代の一風景がそこにあるような気がした。風を追いかけることの出来た、夢を見ていられた、そんな時代を。
ふと、集団の中の一人の少女がこちらを見ているのに彼は気付いた。少女と彼の目が合う。
彼は既視感を覚える。
自分に似た目鼻立ち。
どこかで見たような懐かしい眉の形。頬の輪郭。
妻か。いや。
思わず少女の胸の名札に視線を移す。
彼と同じ姓が、彼の決して上手とは言えない筆跡で踊っていた。
小父さん、お父さんの昔の写真みたい。
少女の唇が開く。
彼は年甲斐もなく不用意に狼狽し、思わず立ち上がろうとして、
不意に、強烈な、眩暈に襲われた。
気が付くと辺りには誰もいない。彼は土手の坂になった芝生の上に俯せに倒れていた。
今のは何だったのだろう。
わずかな疑念が頭をかすめたが、不思議と気持ちは落ち着いていた。まだ出社時間には間に合う程度にしか時間は過ぎ去ってはいなかった。
今のが何だったのか、それは分からない。ただ彼が確信したのは、日々の暮らしを維持することが決してさもしい想いではないということ。
今夜は焼肉にするから早く帰って来てね。
妻が出がけにかけてくれた声を思い浮かべながら、さっきの少女が声まで妻に似ていたことを、今更ながらに思い出していた。
不承不承働くから嫌になるのだ。あの少女のために、妻のために、そして自分の未来のために、やりにくいと思わず、やりにくいものこそやり甲斐があると彼は思った。妻の声と少女の声が力を与えてくれる。
やりにくいと、ではなく焼肉ファイトだな。
彼は苦笑しながら会社への歩みを早めた。
どこからともなく、妻のか少女のか定かでない声が
ファイト
と聞こえたような気が彼にはした。