しょうもない雑文っす。どうしようもないっす。
■2001/06/13 (水) 77.そして僕は途方に暮れる そもそも男女の違いというものは、最近巷で言われているところのジェンダーとか言うヤツ、つまりは育ち方や文化的影響によって後天的に獲得される男らしさや女らしさの違いによるのではないのではないか、と最近しばしば思う。
質問の仕方にも現れていると思うのだが、女性はしばしば自分で回答を決めているものごとについて、試すような質問をする傾向にある。
てっきりこちらの真意を知りたいのだろうと思って、本当の気持ちを言ってしまい、痛い目にあった男子の人は、かなり多いのではないだろうか。
忘却にしてもそうだ。
苦痛に思うほどに大喧嘩した後、その原因を解明して、自分が怒った原因も分析して、相手の言い分を認めた上で相手を許すというのは、男子特有の現象なのかもしれない。
はっきり言えば、女性は相手を真に許すのではなく、自分が怒ったこととその原因を忘れているに過ぎないのである。
特に、論理立てて自分の意見を主張した場合の相手の対応を見てみるとよく分かると思う。
本当に納得してくれるのは男子に多く、女子は一般に納得せずにこちらを自己主張の強い、アクの強い人間と評価して終わりになるのであって、時間が経って記憶が薄れると元に戻るものの、結局納得していないのだから一寸したきっかけで怒りが復活したりする。
嘘を付かざるを得ない状況で嘘を付いたことについて、相手が男子なら納得してくれるようなことも女子が相手では怒りが治まるのは納得に依ってではなく時間の経過に依るのであるし、自分が見た夢の中での相手の行動に本気で腹を立てることが出来るのも女性特有のことなのではないだろうか。
にもかかわらず、一般的には女性と男性の性格上の違いは後天的なものだと社会学者達は言う。
口にするのは簡単だし、先達が提起してきた学説を類型的に踏まえているだけなのかもしれないが、実体験で経験の上で本気でそう思っているのだとしたら、その学者達は異性との語らいが不足しているのではないだろうか。
レッテルを貼るつもりはないが、そんな学者達は同性同士でしか会話が出来ないようにも思われる。
類はホモを呼ぶ。