しょうもない雑文っす。どうしようもないっす。
■2001/02/15 (木) 59.出る杭を打つのは 他人の不幸は密の味と言ふのださうである。内心でそのやうな感情を抱いたり、そこまでは行かずとも相對的に自らの幸せを噛み締めたことのない者はゐないだらうが、それでもそのやうな負の感情は、本來人前でおおつぴらに曝すものでもないし、できるだけ押さえる可きものだと思ふのだ。勿論そのやうな心理状態を表面上に引つぱり出して人間の感情を抉るやうな文學も存在するし、それ自體惡と決めつけることは出來ないのだが、少なくとも「良い感情ではない」といふ共通認識があつてこそ、そのやうな文學も成立するのである。それを、そのやうな感情を持つのが當然のことのやうに開き直つた態度で煽る報道を繰り返すのはとてもいただけないと思ふのである。何の話かと言ふと、最近の女性週刊誌における高橋尚子バツシングのことである。
通常のゴシツプ記事についても、「負の感情」の發露ではないかと思はれる記事は散見する。しかしある意味そのやうなやつかみ等を「有名税」として甘受する慣習・文化のある藝能界ならいざしらず(藝能界においても決して褒められたものではないといふ認識が必要なのは言ふまでもない)スポオツ選手しかもアマチユアを捕まえてバツシングをするのは、いつものこととは言へ氣分の良いものではない。
古くは長崎宏子、そして千葉すず、高橋尚子に至るまで、何故斯樣に女性週刊誌といふものは對象讀者と同姓の有名人に對して毀譽褒貶の時間差攻撃をするのであらうか。男性週刊誌はこれほど激烈に批判することは少ないやうに思ふ。自分の幸福を相對的に確認したがるのが多くの女性の習性なのだらうか。それともドラクエのやうに意に添わぬ展開だとリセツトしたくなるのであらうか。そんなことはないと信じる。
そもゝゝアマチユアスポオツ選手を過度に褒め稱え、行事に引つ張り回した擧げ句、練習に專念することを「いい氣になつてゐる」と批判し、實際練習不足で好成績が殘せなくなるや掌を返し、最後にはそのスポーツ選手を自殺に追ひ込んだ前科のある我が日本人は、同じ間違ひを繰り返してはならないのだと思ふ。圓谷幸吉の名を忘れてはならないのだ。
そして高橋尚子である。今は世間が彼女に飽きたふりをしてあげなくてはいけない。さうしてゐるうちに復活すればよし。復活しなくとも少なくとも彼女の精神上の安定は得られるだらう。
出る杭を打つてはいけない。ドラクエは賣つてもよいが。