しょうもない雑文っす。どうしようもないっす。
■2000/11/28 (火) 42.シュハキマセリ また、街にジングルベルが鳴り響き、イルミネイションに彩られたクリスマスツリーが飾られる季節がやってきた。恋人がサンタクロースの人も自分がサンタクロースの人も、仏教徒だから関係ないと言う人も、それぞれが何となくそわそわする、そんな季節だ。
日本のようにキリスト教信者が少数派の国でこれほどクリスマスが広まったのは、おそらく戦後のことだろう。アメリカの風習をそのまま移入することで、新たな祭りを創設したような気になって、そのうえ何だか格好いいつもりになってるのは、何やら不思議なものである。
大体、キリストの誕生日をこのように祝うのならば、同じ趣旨の花祭りは何でお祝いしないのか。お釈迦さまの誕生日も恋人たちがプレゼント交換したり、デートしたり、エッチしたりする日にしたらいいのである。そもそもキリスト教のクリスマスは本来キリストのミサである。それなのに降誕祭が交歓会になっている。厳粛な宗教祭事がこのような浮かれたイベントになることが出来るのなら、花祭りに出来ないことはないであろう。
それだけならまだしも、最近ではハロウィーンまで定着させようとする動きがある。あんなものは日本のお盆のようなものではないか。
兎角最近はアメリカの休日の影響が著しい。勤労感謝の日すら、アメリカの感謝祭とごっちゃにしている人までいる。勤労感謝の日は、本来新嘗祭であり、農作物の収穫を神に感謝する神道の祭りである。それとネイティヴアメリカンに対する感謝祭とを混同する日本人が多数いる現状というのは、如何なものか。
基本的に諸宗教において、と言うことは民族宗教の影響の濃いもの以外の世界の諸文化においては類似の祭儀が行われるものであり、現在日本には神道、仏教、陰陽道、キリスト教の諸祭儀が複数併存している状況にある。同じ目的の祭儀を複数取り入れていては、そのうち1年中お祭りになってしまう。ここは伝統や実際の信仰する宗教に基づく祭りだけに留めておいた方が良いのではないか。
日本人なら、もっと盆と正月を楽しむべきだ。それが伝統文化を踏まえた日本人であり、そのような文化を大事にしない者は海外に向かって自己の属する文化を紹介もできない根無し草であり、外国人からも軽んじられるであろう。
と、私はずっと考えていた。
今の嫁の人が彼女になるまでは。
おそるべし嫁の人。神さんより偉いおかみさんであった。