しょうもない雑文っす。どうしようもないっす。
■2000/11/15 (水) 34.ある彫刻家の有名な作品に題して 録音録画技術の進歩は凄まじい。この文を読んでいる皆さんは当然パソコン乃至携帯電話のWeb機能を駆使しているであろうからお分かりのことと思う。エジソンが蓄音機を発明してから120有余年、錫箔、蝋管から蝋円盤、シェラック、合成樹脂と移り変わり、途中磁気テープが加わったものの、今ではCD、MDが主流となっている。MP3の記録媒体はフラッシュメモリなどであり、もはやレコード型の痕跡すら見えない。
録画もフィルム、磁気テープ、途中でレコード形式もあったもののLDに淘汰され、現在ではDVDと未だ健在の磁気テープが主流である。勿論MPEGなどの電子情報もかなり一般的になってきている。
さて、斯様な科学技術の産物は、えてして複雑なフォーマットに基づいて作成されるものであり、その様式自体は取り決め当時のシェアや企業の政治力などによって選択されることもままある。ベータとVHSの争いやDVDのフォーマット争いは記憶に新しいところである。
と、そこまで考えていらぬ心配もしてしまうのだが、仮に現在の技術が全て忘れ去られた未来において上記の様々なソフトが発見されたとき、果たしてそれを再生することは可能なのであろうか。勿論ハードが存在していれば問題ないのだが、ない場合どうにもしようがないのではないだろうか。解析を試みて再生することは可能だろうが、それが現在我々が聴いている再生結果と同一のものになる保証はどこにもない。もしかしたら全く別の奇妙な音楽を再生し、それが現在の音楽であると誤解されるかもしれない。
そこまで文化の断絶がなくとも、似たようなことは想定できる。ある日1本のカセットテープを渡されて中に何が入っているか告げられずにチェックする時、普通は音楽、落語や会議など音のデータと考えて再生を試みるだろう。しかしその中には実はBasicで作成された放物線を描くプログラムが入っているのかも知れない。発掘された楽器の様な古代の遺物も本当に楽器なのか。
現在では先程挙げた蝋管を損ねずにレーザーを当てて音を読みとる機器すら出来ている。しかしその目的は極めて特殊で一般の人には説明なしでは理解できないだろう。
そのように検証の部分で人間の想像力や推理力、直感が介在しないと再生できないようなデータの何と不確かなことか。思考に予断が大切なこともあるという数少ない実例だろう。今日のテーマは、予断を考える人であった。