しょうもな文

しょうもない雑文っす。どうしようもないっす。

 
■2000/11/01 (水) 28.翻案と言う現象

 ネタに詰まった時にパロディに走るというのは同人誌だけかと思っていたのだが、最近職業作家でも遙か昔の著作権の切れたネタを使うということを発見した。例えば近ごろ八犬伝がとんでもないことになっている。
 八犬伝と言ってもご存じのない方もあろうから説明すると富士山の8つの景色のことだ。それは富岳八景である。草野仁が司会者のスーパーひとし君などと言う人形を賭けたりする番組のことである。野々村真は馬鹿かとか、黒柳徹子は実は答を教えて貰っているんだろうと言う苦情が来て、それ以来わざとらしいボケをかましていたりする、あれ…ではなく、それは「日立世界ふしぎ発見!」だ。えーと、つまりあれだ、曲亭馬琴原作の南総里見八犬伝のことである。
 どうでもいいが、今Yahoo!で「はっけんでん」で検索したら巨乳発見伝と言うサイトが引っかかって、ふふんふふんとつい見に行ってしまったらテキストベースの情報交換ページでとても残念…いやいや、私がそんな低俗なことに興味を示す筈がないではないか?
 閑話休題、最近のTVドラマには八犬伝をモチーフにしたものが目立つのである。「合い言葉は勇気」「深く潜れ〜八犬伝2001〜」「神八剣伝」などである。これがコミックや一昔前の映画となると他に「里見☆八犬伝」「八犬伝」「新・里見八犬伝」…まだまだありそうである。江戸時代の小説がここまで翻案されると言うのも凄い。いや、これは作家の想像力の欠如であり、いやしくもクリエータならばしてはならないとんでもないことではないか?斯様に多いとは、かなりなことになっている。問題だ。許せん!責任者出てこい!
 いやいや、そう非難されるべきものではないと言う向きもあろう。歌舞伎の主要な作品が能の翻案であることは周知のとおりだし、芥川龍之介が今昔物語に範を取ったり、吉川英治や森村誠一などが平家物語を書いたりして、見事な作品に仕上げている例もある。しかしながら一つ時代に同じ原案の作品の翻案ものが重なると言うのは、些か問題ではないだろうか。椿説弓張月の立場は?
 八犬伝、それは現代に蘇った亡霊のようでもあり永遠のテーマのようでもある。だからと言ってテーマに選べば必ず当たるかと言えば、そうは言えないことは「合い言葉は勇気」の視聴率が低かったことからも分かる。そこはやはり翻案者の力量と言うものであろう。もしくは籤のようなものか。当たるも八犬、当たらぬも八犬。


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