冬休みを利用してキューバを旅しました。
(アンティールの真珠) と呼ばれるCuba は今なお残る数少ない社会主義国家の一つ、
隣国アメリカ・フロリダ沖からわずか170kmの距離に位置するにもかかわらず 諸々の政治的経緯から未だ米国と公式国交の途絶えたままになっている国でもあります。
そんな近くて遠いキューバには前々から少なからぬ興味を持っていました。
"アメリカからの渡航が許されていない国"
でもその点自分は日本人、なんの支障も無くいける筈です。
いったいどのような所なのだろう?
渡航御法度のこの国を訪れることに
僕は一抹の不安を感じながらも、冒険心をくすぐられていました。
通っているUniversity
of Rochester の建つロチェスター市はNY州の北西にあり、名だたる豪雪地帯。
冬になるとCNN等で近くバッファロー市の大吹雪きの様子が全世界に映し出されたりしています…
この極寒の地から見ると もう南のカリブの海はまさに楽園!
さっそくインターネットで天気を調べてみても
ハヴァナの平均気温は25度。
あぁ、なんと理想的な気候なんでしょう。。。
幸い出発はロチェスターから電車で直ぐ行けるカナダのトロントLester
Pearson 空港。
さぁさぁ、いざ行かん、南の楽園ハヴァナへ!
トロントから飛行機で5時間余り エメラルド色に染まったFlorida
Keys を抜けてすぐ、
雲の下 きらきらと輝くカリブ海に
ポツポツと最初の小さな島々が見え始めると
早々と飛行機は下降を始めます。
La Habana
16世紀から米大陸スペイン領の要海洋拠点
であったLa Habana は人口220万余りのカリブ海最大の都市
予め予約しておいたCasa Particular
キューバ新市街の坂上にある典型的な
これまた普通のアパートに住む家族の一部屋を予め予約していました。
お世話になる家族−夫婦とお子さん−に簡単な挨拶を済ませて、
荷物を下ろして
早速 ハヴァナ市街へ
波しぶきの上がる防波堤沿いを流れるMalecon 通りや
La Habana Vieja (旧市街) 、そしてハヴァナ大学をスケッチブックを持って歩きまわりました。大きな戦火を免れたこの町は一時代前の町並みが現在に残っています。
たとえば20年代のマフィオソの屋敷であったのではないかと思わせるような豪奢なアパートも、今となってはもうボロボロでしたが、依然キューバ市民の住居としてまだまだ現役でした。他にも西半球で最もふるい現役の劇場であるGran
Teatro de la Habana (写真)やかつてアーネスト・ヘミングウェイが滞在し"For
whom the bell tolls" を書いていたHotel Ambos
Mundos などこの町ではちょっと昔の時代へ立ち返るような建物にたくさん出会えます。
ハバナは想像していたよりも大都会でした。200万の人口のため郊外ではコンクリートでできた簡易高層アパートもたくさん建っており、大きな大きな市バスが循環しています。2つ連結されたまるでダンプカーのような大きな車がモクモクと煙をまき多数の人を乗せて走っていました。このような大都市は余り得意でないこともあり早々と離れましたが、特に旧市街La
Havana Vieja ではまだまだ見るものがあったと思います。
Trinidad
Havana と同じくUNESCO の世界文化遺産に登録されているスペイン・植民地時代の面影を色濃く残す人口5万人の中都市。
Trinidadは教会そしてPlaza
Mayor を中心に広がっており18,19世紀から当時のまま。
品の良い肌色に統一された建物
町はスペイン・コロニアル時代の面影を見事に保っていました。
教会前の広場Plaza Mayorは辺りに椰子の木が茂り、
四方を白く塗られた柵に囲まれた小さな公園。
毎晩夜になると目前の教会横の段々広場に
即席 ステージとBar が立ち
年末ということもあって
町の人々は明け方まで思い思いに踊り明かしていました。
生の演奏はSalsa 、カクテルはMojitos
そしてまた踊る人たちの上手なこと
キューバでは人々が踊る場面に幾度も出くわしました。
離れて見ていたり 一緒に踊ったり
旅行中、Barで、広場で、街角で、
昼も夜も、そして食事中でも嬉しいことあれば即興で踊りはじめたり...