cuba '01~'02


リュックサックにスケッチブックと文庫本、りんごを詰め
Trinidadから自転車で南へ
野外市場を
少し寂れた郊外の踏み切りも
そして小さな漁村
砂利道を半時ばかり下りカリブの海へ
Playa Ancon はエメラルド色に透き通っていました
何をするでも無く人気のない砂浜で本を読んでいると日は傾き始め、
海から眺める夕焼けは夕空の様子を刻々と変えていきました
それを見守りながら、ただ座っているのはとても心地よかったです。



Santiago de Cuba
Trinidad からSantiago de Cuba へは夜行バスで900km。

この国内長距離バスには2種類あり、もっぱら海外旅行者むけのVIAZULと
一般市民むけのASTROがあります。VIAZULは運賃も数倍、且つドル払いです。
一般の公務員がペソで実質10ドル余りの給料を稼ぐことを考えると
VIAZULは見事海外旅行者“専用”のバスとなっています。


さて、キューバの東端に位置する国内第2の都市Santiago de Cubaですが、
ここはキューバ革命の狼煙が上がった町でもあり、
またSalsa の前身であるSonの発祥の地であるなど
キューバ文化の中心的土地です。
Sonの音楽は普通の家の軒先から流れることもあれば、
どこの町にも一軒はあるというCasa de la Trovaと呼ばれる“簡易社交場”で聴くことができます。
またSantiago de Cubaの歴史を遡ればかつてメキシコのアツテカ帝国を征服したエルナン・コルテスが初代市長を勤めたという曰く付きの町でもあります。
またここはえらく坂の多いところです
急斜面から海に開けるところなんかサンフランシスコみたいでした。

ここでも20km余り離れた砂浜Maya Verdeまで自転車をこぎました。
自転車で走るとキューバは島国ながらその内陸部は山が多く、
起伏の激しい島であるのに気づきます。
牧場で放し飼いにされた牛の群れを横目にみながら汗をかきかき
真っ青に輝く海をめざしました。

 

今回の旅行では
なんの根拠も無くかすかに自信のあったスペイン語があまり通じなく
大変なこともありましたが、キューバを広く回ることができました。
また旅行中、個人宅を泊まり歩いたため、
彼らと意外と親しくなることができました。
また旅行中 同じように旅をしていた人たちと行動を供にしたりしてとても楽しい思いをしました。。
New Years Eve をCasa Particularの大家さんや旅行仲間と おいしいお酒と豚の丸焼きに舌鼓を打ちおしゃべりをし 踊りながらむかえたのを思い出します。

社会主義下のキューバを注意深く観察すると、我々の生活と違う点を発見できると思うのですが、
旅行者として少し歩いただけでは特に違和感を感じることはありませんでした。
むしろキューバのように教育・医療といった社会保障が行き届き、
また気候や自然などの環境に恵まれています。
歌と踊りを愛する国民性には物的にはつつましいながらもそこで営まれる生活の豊かさを感じました
以上旅行中付けていたスケッチブックや撮った写真を元に帰国後回想したものです。




余談: 
キューバでは米ドルとキューバ・ペソが共に有効そして流通してます。
しかしこれが思わない弊害を招いているようです。
社会主義体制下 公務員(つまりキューバでは大多数の労働人口)10ドル相当のペソ月給を稼ぎ、社会保障が行き届いたキューバでは普通の暮らしを営めるようになっています。
しかし外国からの旅行者の増加に伴うドルの流入は社会にひずみをもたらしつつあるように感じました。
旅行者が気軽にばら撒く1ドル紙幣を請う乞食が稼ぐ1ドルが医者を含む一般公務員の稼ぐ月収の1/10 に相当するという矛盾が生じています。
都市部では米ドル目当てに旅行者につきまとう
Jineteros
と呼ばれる人たちが、“稼いだ”ドル紙幣をせっせとペソに交換しているのをよく目にしました。この状態が続くとこの国の国家政策と相容れないお金の矛盾が表面化するのではないかと心配してしまいます。

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