第三話   衝撃

 
 
BGM

「おばさん、この2週間、響子と春香のことをお任せしますから宜しくお願いしますよ」
空港内で、五代くんは一之瀬さんにお願いした。
「安心しなって!あたしがちゃんと二人の面倒を見るからさ」
一之瀬さんは言い放った。
「何ですか!人を子供扱いして」
響子さんは不満気に抗議した。
「だってこんなに長く離れ離れになるの初めてだろ、僕はまだ少しね、心配なんだよ」
五代くんはそう言った。
「心配なんか必要ありません!たいして長期間でもないし、私は自分で自分の面倒くらい見れます。それよりもあなた、
向こうの気候に注意して下さいね、寒くないか心配なの・・・」
「分かってるよ。そうだ、僕にちょっと春香を抱っこさせてよ・・・」
五代くんは響子さんの懐から大事に腫れ物に触れるように春香ちゃんを抱きかかえると、彼女をあやした。
「うわぁ!こんなに重くなったんだね。ほら、パパにはっきり君を見せてよ」
春香ちゃんは五代くんにあやされてニコニコと微笑んだ。響子さんはその光景を見て、思わず笑みをこぼした。
「この子の笑った顔って本当にママそっくりだねえ!」
一之瀬さんは感想を漏らした。
「その通りですよね!」
五代くんもその意見に賛同して言った。
「時間もあんまり無いみたいだね」
一之瀬さんは腕時計を見て言った。
「そうですね」
五代くんも腕時計を目にして、春香ちゃんを響子さんに手渡した。
「それじゃあ、行って来るよ」
五代くんは響子さんにそう告げた。
「気を付けてね。・・春香ちゃん、パパにお別れの挨拶をしましょうね」
響子さんは春香ちゃんの小さな手を取って、バイバイの仕種をした。
「バイバイ、春香。ママのこと宜しく頼むね」
五代くんの離れて行く背中姿を見て、響子さんの目から涙がはらりと溢れ出した。
「あれ?一体・・私どうして?」
響子さんは涙が溢れた目を擦りながら言葉を漏らした。
「実はあんたさぁ、五代くんを手放したくないんだろ?何でそんなに耐え忍ぶ必要があんのさ?」
一之瀬さんはそう言った。
「分からないんです・・・ただあの人の離れて行く後ろ姿を目にしたら、私、我慢できなくなって・・・・」
音無惣一郎が亡くなったという暗い影が終始、響子さんの心中に存在し、彼女に孤独な感覚への恐怖感を感じさせているんだろうと
一之瀬さんは心の中で思った。
「ようし、あたし達も帰ろうじゃないか。帰る前に市場まで買い物に行くからあたしに付き合ってよ」
一之瀬さんは響子さんにそう話し掛けた。
 
 
 

「最近管理人さん全然元気がないみたいじゃない、ホントに心配だわ」
朱美さんが語った。
「そうですね!既に管理人さんの笑う姿を見なくなって久しいですもんね」
二階堂くんもそう答えた。
「最近は宴会にも参加して頂けませんし」
四谷さんもそう言うと、酒を一口飲んだ。
「これはさぁ、五代くんの不在に由縁があるってのが一目瞭然よね。五代くんが北海道へ仕事に行ってから、管理人さんずっと
あの調子だもんね」
朱美さんが呟く。
「何で五代さんがいないことが管理人さんを悲しませるんですか?」
二階堂くんが問うたが、皆に無視される破目になってしまった・・・・。
「どうしたらいいのかさぁ、何かいい方法が無いか考える必要があんじゃない!」
朱美さんは叫んだ。
「だけど、どうすればいいのさ?とにかく五代くんが帰って来るっていうこと以外考え付かないよ、あたしゃ」
一之瀬さんがそう言った。
「五代くんときたら、ここ数日電話すら寄越しませんしね」
四谷さん、続けて語った。
「2週間もあっという間よね、とにかく二日後には帰ってくるんだしさぁ」
朱美さんも続ける。
「話しはそんなに簡単じゃないよ、だけどこのままじゃ、すぐに管理人さん本当に壊れて潰れちまうよ」
一之瀬さんは心配そうに言った。
「管理人さんがこんなに心を痛めているのを考えますと、宴会するのも止めといたほうがいいですな」
四谷さんは言い終わると、また酒を一口含んだ。
「あたし明日管理人さんを捕まえて世間話してさ、ちょっと彼女に憂さ晴らしをして貰おうかね?」
一之瀬さんが言い放った。
「それぐらいのことしかできないよねぇ」
朱美さんがどうにもならないっていう感じで答えた。
「早く教えて下さいよ!まさか五代さんが何か悪い事をしたんで、管理人さんにはっきりとゴメンって謝れば
収まることじゃないでしょうね?」
二階堂くんが問うたが・・・・・・・・・・
 
 

翌日、管理人室にて。
「あら?一之瀬さんですか、どうぞお入り下さいな」
響子さんは言った。
「テレビ見てたのかい?」
一之瀬さんが問い正した。
「ええ。近頃は何もする気が起きなくて」
響子さんは一之瀬さんにお茶を注いで答えた。
「明日は五代くん、ご帰還だねえ」一之瀬さんは一口お茶を啜り、語り出した。
「ええ」
「この2週間が過ぎちまえばさ、あんたの気分もちったあ、すっきりと晴れるよねえ!」
「何を言ってるんですか?私はそんな・・・・」
響子さんは努めて朗らかに言い返した。
「誤魔化すのはよしな!あたしの目は節穴じゃないよ」
一之瀬さんも言い返す。
「・・・・」
「近頃さあ、あんた惣一郎にもエサを食べさすのも忘れてたことあったじゃない」
「・・・・・・」
「五代くんがいなくなってからさぁ、あんたの心の中、ずっとリラックスすることなかったんじゃない、
私の言うこと間違ってないだろう?」
「・・・何故か分からないんですが、結婚してからですけど、裕作が家にいないっていう時間が・・・
私の心の中に一抹の不安を涌き起こさせるんです・・・・」
響子さんは俯いて視線を下に降ろし、寂しそうに語り出した。
一之瀬さんは口を挟まなかった・・何故なら沈黙こそ、響子さんが継続して打ち明けることを促すのだということを知っていたのだ。
「・・・裕作を見送ってから、そういった不安がもっと絶えず増大するような気がして・・・毎日が落ち着かなくて、ずっと
情緒不安定みたいで・・・私、本当になんでそう考えてしまうのか分からなくて・・・・・」
響子さんの目に涙が溢れて光っていた。
一之瀬さんは又もう一度沈黙の間を取った。
「あんたさあ、五代くんが帰って来るのを待って、たっぷり休養しなよ!そんでもう、そんな事考えないようにしなよ・・・・」
ようやく、一之瀬さんはそんな提案を一言、喉から搾り出した。
一之瀬さんは自分の愛慕、隣人愛では助ける事は不可能であって、結局はこの種の心の病は響子自身で克服するしかなく、
自分の力では響子さんの苦痛を和らげる量が極めて僅かな分でしかない事を悟った。やっとのことで、一之瀬さんは先程の自分の台詞を
一言話すと、極めて重たげな足取りで管理人室を辞した。
 
 

ついにやっと、五代くんが帰って来る日が来ました。
「管理人さん、お邪魔するよ」
朱美さんと一之瀬さんはドアを叩いて言った。
「あたし達もさ、あんたと一緒に五代くんの帰りを待たせて貰うよ!」
二人はドアを開けて、管理人室へ入り、響子さんが呆然とテレビを眺めているままの状態に気付いた。
「ああん?どうしたのさ?春香ちゃん、泣いてるじゃないさ!」
「管理人さん・・・・・?」
一之瀬さんも硬直し凝固して動かなくなった。
誰もが口を開かず、一片の死んだような静寂の状態と化した・・・まるで時間が停止したかのようであった。
『・・・・現場の北海道です、午後2時発の東京行きの飛行機に重大なトラブルが発生した模様、大方の予想では乗客は既に
全員遭難との見方、我が局は引き続き最新の消息を追い掛けて報道致します・・・・』
管理人室内では、ただテレビ局のニュースが流れ・・・・春香ちゃんの泣き声が鳴り響いていた。
・・・・・・・・
「裕作が・・・・・・・死んだ?」


次回へ続く

第四話   消えた惣一郎さん
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