第二話   北海道

 
 
BGM

「ふあぁ――じゃあ・・・行ってきます・・ね」
寝惚けまなこの五代くんが欠伸をしながら言った。
「いってらっしゃい」
向かい合わせに、屋内の響子さんは明るく元気な声で彼を見送った。
五代くんはとっても重い足取りでゆっくりと一刻館から出掛けた。
「あわわっ!」
五代くんの叫び声がした。
「どうしたの?」
響子さんは五代くんの悲鳴を聞くと、慌てて確かめに外に出た。
「な・・・なんでもないよ、ただ・・・寝不足なんで、躓いて転んだ・・だけ」
五代くん痛めた箇所を揉みながら、ゆっくりと立ち上がった。
「もう少し気を付けて下さいね!」
「ああ・・・分かってるよ・・・」
響子さんは心配そうに五代くんを見ていたが、彼の足取りがふらふらと自分の視界から消えると
ひとつ大きく溜息を点いた。その直後、電柱の辺りで金属がぶつかる音がした・・・五代くんの悲鳴と共に・・・。
「本当に心配ばっかり掛けるんだから!」
響子さんは思わず、愚痴をこぼしていた。
「お早ようございます!管理人さん」
背後から二階堂くんの声がした。
「まあ!お早ようございます、二階堂さん」
「あら?二階堂さん、何でそんなに元気なの?あなたも皆さんと一緒に朝まで大騒ぎしてらしたでしょ?」
「ははは。実は僕、夜中にはこっそり五号室まで逃げて寝ていましたからね、だから今日は五代さんとは同じ状態じゃないですよ」
「本当に要領がいいわね、どうやって皆さんの悪魔のような手から逃げたのかしらね」
「どうやっても何も、結局は昨晩、僕は皆さんの生贄の標的ではなかったですから」
「ふふ、それもそうね」
響子さんは微笑みながら相槌を打った。
「あ!遅くなっちゃった、出勤しないと。それじゃあ、管理人さん」
「いってらっしゃい」
響子さんが身を振り返すと、急に四谷さんが目の前に現れたので、響子さん驚愕。
「私も仕事に行かねば」
四谷さんは帽子を手にして口を開いた。その黒い帽子を被ると、黒色のコートを羽織り、黒色のスーツケースを手に持った四谷さんが
出掛けて行った。
「い・・・いってらっしゃい」
驚愕の状態から回復した響子さんが、やっとの思いで挨拶の言葉をひとつ搾り出した。
一刻館の中に戻り、二号室内がお酒の瓶で敷き詰められているのと、グースカと鼾を掻いている一之瀬さんと朱美さんを見て、
響子さんは思わず苦笑いをしていました。
「こんなに賑やかなのは久し振りね、以前の生活が戻って来たみたい」
 
 
 

BGM

「ほ・・・北海道ですか?」
五代くんは驚いて尋ねた。
「そうなんだ。私の親戚の一人が北海道でこないだ保育園を開いたばかりなんだ、だけどねぇ、そこは保母さんが一名怪我で入院して
しまって、人員が不足してしまったんだよ、だから君がそこへ行って2週間その代わりをして欲しいんだよ」
保育園の園長さんは説明した。
「し・・・しかし・・・・」
「心配しなくていい。宿も食事も私が既に君の代わりに手配したから、これが飛行機の切符だ」
園長さんは切符を取り出して、五代くんに手渡した。
「何ですって?二日後に出発?」
五代くんはその切符の詳細を見て、驚いて叫んだ。
「私もこれがちょっと急な話しであることは承知している、しかしその保育園は本当に保母さんの人手が不足しているんだ、
君にちょっと手伝って欲しいんだ。頼むよ!」
「そ・・・それはその・・・」
「五代くん。頼むよ!」園長さんは手を合わせた。
「・・・分かりました」
五代くんは園長室から退出すると、一言嘆かずにはいられなかった。
「どうしたものかなぁ、結婚して以来こんなに長い間、響子と離れるなんて無理だよ、響子が悲しまないようにするには
どうすればいいのか思い付かないな・・・。ああ、凄く悩むなぁ、本当にどうやって響子に説明したらいいのか分かんないよ・・・」
五代くんは想像した。
 
『響子、事情はこの通りなんだ』
『・・・・・』
『響子・・・・?』
『・・・・・・』
『響子、君・・・悲しいのかい?』
『ああ・・・』
『わあっ!な・・・泣かないで!』
 
『うう・・・春香ちゃん・・・パパはもう私達と別れるんですって・・・これからはもう私達だけで暮らしていかなくちゃ
いけないのよ・・・』
『そんなこと言わないで・・・ごめんよ、響子・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい』
 
「・・・・くん」
「・・・代くん」
「五代くん!」
「え?な・・・何ですか?」
五代くんは妄想の夢から覚めた。
「君ねえ何をしているのよ?ずっと麻美ちゃんに向かって泣かせたことを詫びてたわよ・・・」
保育園の同僚の保母さんが疑惑の目を向けた。
「へっ?」
五代くんは現実の世界に戻ると、麻美ちゃんが驚愕の眼差しで自分を見詰めていた。
「あはは!お兄ちゃんってすっごく面白いね!」
麻美ちゃんは嬉しそうに言った。
 
 

その晩、一刻館。
「なあ・・・響子」
管理人室内で五代くんはお茶を啜りながら正面の響子さんに語った。
「何かしら?」
「いや・・・その・・・君は北海道は好き?」
「そこって景色がとても綺麗よね」
「そ・・そうだよね!あそこの風景は素敵だよね・・・僕も・・・大好きなんだ」
「少し寒いのが難点だけど」
「今はもう春だし、既に少しは暖かくなってると思うんだ、今だったらそんなに簡単に風邪は引かないって思うよ。ははは」
「それもそうね。そうだわ、あなた、私が中学の時に行った北海道旅行の写真ご覧になる?写真の風景本当に素敵よ」
響子さんは嬉しそうに言った。
「んん・・・そ・・・そうだね」
「しまった!またプロポーズの時の失敗を犯してしまった、響子がとっても鈍いのを忘れていた・・・分かってもらえるように
ストレートに言う必要があるんだった!」
五代くんは写真を手にして思った。
「響子!」
五代くんは勇気を振り絞った。
「ほぎゃぁぁぁ・・・・・」
春香ちゃんが突然大きな声で泣き出した。
「あらあら、春香ちゃん。ママがすぐにオッパイあげましょうね」
響子さんはすぐさま愛娘をあやした。
「響子、実は今日園長さんが僕にね、自分の親戚も北海道で保育園を開設したばかりなんだけど・・・そこに2週間、助っ人として
僕に行って欲しいという話しをしたんだ・・・」
響子さんが春香ちゃんをあやして寝付かせた後、五代くんは戦々恐々しながら説明した。
「まあ、それはいつ発つの?」
「二日後に・・・・」
「大変!それじゃあ急いで荷物をまとめる必要があるわね」
「君、怒らないの?」
「何言ってるの?訳が分からないわ」
「いや・・・何でも無い・・・・」
五代くんは思いっきり脱力して答えた。
 


次回へ続く

第三話   衝撃
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