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城での晩餐の数日後、フローラとコリンの婚約が公に発表された。2人は馬車に乗り、近衛兵を従え、街をパレードすることになった。2人の通る道には美しく花が飾られ、街中の人たちが、自分たちの敬愛する王子と、その花嫁となる美しいと評判の皇女を一目見ようと、通りの両側に溢れていた。コリンは身支度を整え、自室の大きな窓から外を見た。美しく調えられた庭、澄み切った空、燦々と輝く太陽…美しい眺めも、今日のコリンには何の感慨も与えなかった。自分の気持ちとは全くかけ離れたこの天気に、かえって腹立たしさを覚えるほどであった。もし雨でも降っていたら、屋根のある馬車が使われていたことだろう。そうしたら、街の人々に対して、無理に微笑む必要もなかったものを…コリンは白手袋をはめた手で、軽く窓を叩いた。その時、コリンの部屋の扉が叩かれ、エドの声がした。
「殿下、時間ですが」
「今行く」
コリンはもう一度鏡を見た。ここ数日でかなりやつれたように自分でも思えた。襟元を整えると、軽く笑ってみた。何だか張り付いたような笑顔で、自分でも可笑しかった。最近、心から笑えることがあっただろうか。自然に出る笑顔になったことがあっただろうか。
(今日は我慢しなければ)
コリンは自分に言い聞かせた。扉を開けると、そこにエドと数名の近衛兵がコリンを待っていた。エドはコリンに近づき、小声で囁いた。
「殿下…お体の具合が悪いのでは…」
コリンはエドに微笑んだ。
「大丈夫だよ。数時間くらいはもつだろう。でも悪いが、パレードの後の晩餐は失礼させてもらうつもりだ。こう何日も続けて大勢に囲まれているのは、気が疲れてね。お前から両陛下にそう伝えてくれないか?」
エドは神妙に頷いた。
「かしこまりました。折を見てそうお伝えしておきます」
コリンはもう一度エドに微笑むと、フローラの待つ広間へ向かった。広間の扉が開けられると、一番高くにある玉座には王と王妃が並んで座り、一段低くなったところにフローラが座っていた。コリンは玉座に向かって軽く礼をすると、誰とも目を合わせないように歩いていき、フローラの手を取り、その甲に口づけをした。
「それでは行って参ります」
コリンは王を見て、そう言った。隣にいるソフィアのことは見ることが出来なかった。王が頷くと、コリンは踵を返し、フローラを連れて広間から出て行った。美しく着飾ったフローラの輝くばかりのその姿は国民を魅了することであろう。皆から愛されている王子の妻として、歓迎されるに違いない。コリンは横目で、並んで歩くフローラを軽く見た。彼女を心から愛することが出来れば、どんなによかったことか。しかし現実は、フローラを騙し、父王も国民も騙し、そして自分の気持ちをも騙しているのだった。そしてソフィア…コリンには彼女の本心が全く見えなかった。彼女は幸せなのだろうか。王妃として、これ以上ない地位にあり、その美しさと賢さから皆に愛されている。そして今、義理の息子が素晴らしい花嫁を迎えようとしている。ソフィアには今が最も幸せな時なのだろうか。それとも自分のことを義理の息子以上に思っていて、少しは悲しんでくれているのだろうか…もし自分の本当の気持ちを知ったとしたら、彼女は不幸になるのだろうか、それとも…コリンには自分の考えがばかばかしく思えた。そんなことはあり得ないとわかっているのに、まだ自分は希望を持っているのか。コリンは軽く頭を振った。フローラが馬車に乗るのを手伝い、それからその隣に座った。美しく飾られた馬車に並ぶ2人の姿は、まるで絵に描いたようであった。両脇にエドや近衛兵が付き従い、馬車はゆっくりと城を離れて行った。城の正門を出ると、街の人々の温かい歓迎を受けた。彼らが憧れと尊敬の眼差しでコリンとフローラを見つめるのを、コリンは罪悪感を持って見ていた。人々は心からコリンの婚約を祝ってくれているのに、当のコリンはそれを全く望んでいないのだった。それでもコリンは、彼らに対して笑顔で応えた。そして出来るだけ早く、このパレードが終わってくれることを、笑顔の仮面の下で祈っていた。
フローラが城に来てから、コリンは出来るだけ城にいないようにした。彼女に対しては申し訳なく思っていたが、それでもずっとフローラに気を遣っていることはコリンの気持ちを消耗させ、部屋に戻り1人となった時に倒れかけることもしばしばだった。そしてソフィアの存在も、コリンを城から遠ざけていた。実の父親の妻…それだけでも充分コリンを苦しめていたが、更にソフィアはよくフローラと共に行動するようになり、ソフィアの側にいるためにはフローラの側にも同時にいなくてはならなかった。2人の女性に囲まれている状況は、コリンにとって地獄のようなものだった。表向きは婚約者であるフローラを慈しまなければならない…それもコリンが本当に愛するソフィアの前で。ソフィアはコリンがフローラに優しくするのを、どういう気持ちで見ているのだろうか。本当に心から、義理の息子の幸せを喜んでいるのだろうか。それとも少しは嫉妬してくれているのだろうか…コリンは常にソフィアの気持ちが気になってしょうがなかった。彼女はいつもと同じく、温かい微笑を浮かべ、知的で節度ある態度をコリンに対してとっていた。ソフィアの心の内はコリンには計り知れないものだった。ソフィアと出来るだけ一緒にいたいという気持ちもあったが、フローラと彼女との板ばさみになることは、コリンには苦痛以外の何物でもなかった。そしてたとえフローラがソフィアと一緒にいなかったとしても、ソフィアがもう手の届かない女性であることには変わりなかった。想いは募る一方であるのに、この気持ちが叶うことは決してないという事実が、コリンを苦しめていた。ソフィアに会いたい、彼女を出来るだけ見つめていたいという気持ちは強かったが、それでもかえって会わないほうがコリンの気持ちが楽になることは確かだった。それでコリンは、城にいる間は自室か図書室に籠もることが多く、また頻繁に遠乗りに出かけていた。これ以上、ここにはいられない…コリンはそう思っていた。出来るだけ早く、区切りがついたら、留学先に戻ろうと彼は決心していた。
城にいない代わりに、コリンは親友であるエドの家にほぼ毎日行くようになった。彼の父親である宰相エセルバート公爵の壮麗な屋敷のある広大な敷地の中に、慎ましやかなエドとその妻アリスの邸宅があった。帰国して最初に彼らの屋敷を訪れた時はアリスに会うことが目的だったコリンだが、エドとアリスの家の居心地の良さに安堵感を覚え、城から逃げるように彼らの所へ来るようになった。アリスはソフィアやフローラと比べるとそれ程美しい女性ではなく、彼女たちのように高貴な出身でもなかったが、控えめで温かい人柄と愛らしい容姿の素晴らしい女性で、コリンは彼女に対し好意を持った。アリスはコリンが来ると、必ず手料理をご馳走してくれた。そしてエドとコリンの邪魔になってはいけないと、常に静かに控えていた。今までコリンの周りにいた宮中の女性たちとは、全く違うタイプの女性であった。コリンは時折彼らの家に泊まった。エセルバート卿は、コリンに離れではなく本屋敷の客間に泊まるよう懇願したが、コリンはエドとアリスの所を好んだ。華やかではあるが心安らぐ場の少ない宮中に比べ、エドとアリスの家は温かさと家庭的な雰囲気に満ち溢れていた。生まれた時から将来の国王として城で育ち、一般的な家庭とは全く違った環境で過ごしていたコリンにとって、それは初めて経験するものであった。コリンとエドは、内政や外交の話、詩や文学などの芸術論から、各国の王族・貴族にまつわる噂話まで、様々な話に花を咲かせた。
「その詩集の初版本が私の図書室にあったはずです。美しい挿絵のあるもので、もし殿下がお望みなら持って参りましょう。しかしどこに置いたか失念してしまったので、少しお待ちいただかなくては」
エドは居間から出て行った。コリンとアリスが2人きりになり、暫く沈黙の時間が流れた。部屋の隅の椅子に大人しく座っているアリスに、コリンは思い切って声をかけた。
「そんな遠くにいらっしゃらないで、こちらで一緒に座られたらいかがですか?」
アリスは驚いた顔をしたが、すぐに恥ずかしそうに微笑んだ。
「でも、お邪魔をしたくはありませんわ。殿下とエドワードのお話にはご一緒することが出来ませんし」
「全く邪魔ではありませんし、私は怪物じゃありませんから、そんなに恐がらないでも大丈夫ですよ。詩や政治の話とは違う話をしましょう」
コリンが自分の側の椅子を指すと、アリスはゆっくりとそこへ移動して座ったが、すぐに下を向いてしまった。コリンは微笑んだ。
「貴女の作る料理はいつもとてもおいしいですね。今日のデザートも最高でした。どうやって作るんですか?城の料理人もこう上手に作れればいいのですが、彼らは見た目を華美にするのは得意なのに気持ちがこもってないのですよ」
アリスは軽く笑った。
「国王陛下の料理人は選りすぐりですのに、殿下の舌は贅沢ですのね。それに、殿下が作り方に興味を示されるなんて意外ですわ。ご自分で料理されるお姿を想像することは出来ませんもの」
2人は顔を見合わせて笑った。それからアリスは少しずつ彼女の料理について話をしてくれた。彼女の料理の腕は母親譲りであること、自分で市場へ赴き材料を仕入れること、義理の父親であるエセルバート公爵も彼女の料理を褒めてくれることなど、自慢気になることなく控えめに語った。
「でも一番の調味料は空腹と愛情ですの。私はいつも、エドワードや殿下に喜んでいただくことを考えてますし、それにお2人ともいつも長い間議論なさって、とてもお腹をすかせていらっしゃるんですもの」
コリンは珍しく声をたてて笑った。エドの家で彼は何の枷を自分に嵌めることなく、素直になれることが出来た。アリスはようやく少し警戒心を解いたのか、コリンを見つめて微笑んだ。
「エドワードが、婚約なされてから殿下は元気がなく、気が滅入っていらっしゃるようだと申してましたが、お見受けするところお元気そうで嬉しいですわ。私のような者には想像出来る事ではありませんが、高貴な方々にはまた違った物思いがおありになるのでしょう。こちらへいらっしゃることで殿下のお気持ちが晴れるのであれば、エドワードも私も喜ばしく思いますわ」
コリンの表情が少し変わったことを見て取り、アリスははっと息を呑んだ。
「申し訳ございません、出すぎたことを申し上げました」
「いえ、仰る通り、ここを訪れることは私にとって楽しみです。ご迷惑でなければまたぜひお邪魔させていただきますよ」
コリンはアリスを安心させるために微笑んだ。エドはコリンの気持ちをすぐに察してしまう…いつか彼のソフィアに対する想いも気づかれてしまうかもしれない。その時、居間の扉が開き、エドが戻ってきた。
「お待たせしました、見つけるのに苦労して。これです。殿下が読み終わるまでお手元にお置きください」
エドは一冊の本をコリンに差し出した。
数週間して、コリンの婚約に関する一連の儀式がようやく一段落ついた。父王は一刻も早く式を挙げることを望んだが、コリンは勉強途中であることを理由にそれを断り、留学先へ戻る許しをなんとか得ることが出来た。かの地へ出立する1週間ほど前に、コリンは城の敷地内にある王族の墓地へと赴いた。彼を誰よりも慈しんでくれた母…かつての王妃の眠る所へ。その日は彼の母親の命日だった。木々の間を抜ける爽やかな風がコリンの頬を撫でた。静寂に包まれた墓地にある美しく飾られた墓碑の前でコリンは立ち止まった。
「お久しぶりです、母上」
コリンは肩膝をつくと、薔薇の花束をそっと置いた。もう大分昔のことになるが、コリンは今でも母親を失った時の哀しみを昨日のことのように思い出すことが出来た。王家に繋がる侯爵家の一人娘として、生まれた時から将来の国王の妻になるべく育てられた母。王位を継ぐ者としてコリンが感じる重荷を、彼女はよく理解していた。国王に相応しい品格と威厳を彼に求める一方、時折父王の目を盗んで2人でこっそりと遠乗りをしたり、市井へ繰り出したり、気分転換になるようなことをさせてくれる母親だった。コリンの深い色の瞳と髪、音楽の才能は彼女から受け継いだものだった。朗らかに笑う母は、不治の病になり息絶えるその日までコリンに泣き顔を見せることはなかった。
「母上、不肖の息子を叱りに来てください…私は相変わらず貴女のように強くはないのです」
父王と王妃は生まれながらにして結婚が決まっていた。親同士で決めたことではあったが、それでも父と母は強く愛しあっていたことをコリンは知っていた。子供から見ても理想の夫婦であった。しかし自分はそうなることが出来ない…コリンは瞳を閉じた。フローラは非の打ち所のない女性であり、妻としてこれ以上の人を望むことは出来ないはずだった。幸せな夫婦になれるように努力すればなれるのだろうか。しかしコリンのソフィアに対する気持ちは止めようがなかった。もしソフィアがこの城にいなければ…父王の後妻となっていなければ、まだ彼女に対する気持ちを抑え、フローラを受け入れることが出来たかもしれない。しかし彼女はこの城にいた。自分の義理の母として、そして父親の妻として。コリンは彼女の前で、美しい妻を持つ立派な息子を演じなければいけないのだ。そこまで考えた時に、ある疑問が浮かび、彼は目を開けた。
(何故父上はソフィアを妻に迎えたのだろうか。あんなに母上を愛しておられ、長い間どんな結婚話も断ってきた方なのに。父上は彼女を本当に愛しているのだろうか。それに…何故ソフィアはその求婚を受け入れたのだろうか…父上を愛しているのだろうか)
背後に人の気配を感じ、コリンは振り向いた。そこには父王が両手でようやく抱えきれる程大きな花束を持ち、供の者を連れることなく立っていた。
「城におらんと思ったら、やはりここだったか」
王はコリンの横に同じように膝をつき、最愛の妃の墓に花を供えた。コリンは彼を横目で見た。父の瞳は愛情に溢れ、妻を失った哀しみの色も帯びていた。父上は母上を今でも誰よりも愛している…コリンはそう確信した。国王はコリンの方を向いた。城で王として振舞う時とは全く違う、ただの父親としての優しい表情だった。
「お前がここへ戻ってから大分経つが、色々と慌しくてろくに話もしていなかったな。どうだ、もし時間があるなら少し座って話をせんか」
2人は少し離れたところにあるベンチへ腰を下ろした。そして久方ぶりに政治や婚約についてではなく、普通に父と息子の間で交わされるような、取り留めのない話をした。父王がこんなにも普通の親らしく振舞ってくれたのは、何年ぶりだろう…コリンはそう思った。このような時間ならずっと続いてくれてもいいのに。そう思わずにはいられなかった。
「しかし、もう留学先へ帰ってしまうとはな。お前はあれに似て頑固だから、一度決めたことはやり通さずにはいられないのだな」
国王は笑った。最愛の妃の残した最愛の息子。王はコリンの頭を軽く撫でた。その時、コリンに先程の疑問が再びわいた。これは尋ねてもいいことだろうか…彼は暫く考え、思い切って口を開いた。
「父上」
「何だ?」
「何故…新たにお妃をお迎えになられたのですか?」
何故ソフィアと結婚したのかと口に出かけたが、それを飲み込み、出来るだけ当り障りのない言い方に変えた。父王は軽く目を伏せ、それから先妃の墓を見つめた。その顔は、コリンには気持ちを読み取ることの出来ない、複雑な表情をしていた。
「彼女は頭が良過ぎるのだ」
それだけ言うと、父王は立ち上がった。
「風が冷たくなってきたな。雨が降るかもしれん」
国王は城へ向かって歩いて行った。コリンはその後姿をじっと見つめていた。
コリンが留学地へ出立する前日の夜、家族だけのささやかな送別会が開かれた。国王の腹心エセルバート公爵夫妻、そしてその跡取であるエドとアリスだけは招かれ、食事の席を共にした。この日、コリンはソフィアから少し離れた席に座っており、この間の婚約披露の晩餐の時程は気疲れを感じることがなかった。出来るだけソフィアやフローラを見ることのないよう、隣に座ったエセルバート夫人を相手に話すように心がけた。食事が終わり、和やかな歓談が交わされている時に、ソフィアが突然コリンに話しかけた。
「コリン、そういえば以前、いつか貴方の演奏を聴かせてくださるというお約束をしましたよね」
コリンは一瞬表情を強張らせたが、無理に微笑んで見せた。
「そういえばそうでした。しかし折角の素晴らしい料理の後に、皆様のお耳を汚すようなことはしたくありません」
国王が笑った。
「何を謙遜しているのだ、お前の腕前は私が一番よく知っている。今日が最後の夜だ。是非聴かせてくれ」
「そうですわ、是非。フローラも聴きたいでしょう?」
ソフィアはフローラへ向き直った。フローラは控えめに頷いた。
「聴くだけではなくて、一緒に弾かれてはいかが?フローラもとてもハープがお上手だと聞き及んでますわ」
フローラはソフィアの言葉に、頬を赤く染めた。
「でも、そんなに上手ではありませんわ。こちらの方々にお聞かせ出来る程のものではありません」
「2人とも控えめなのは結構だが、あまり謙虚過ぎるのも後に国を率いる者としては考え物だぞ。親しい者しかおらんのだ、是非2人で弾いてくれ」
国王にそう言われ、コリンもフローラも断れ切れなくなった。内心ソフィアの発言を少し苦々しく思いつつ、コリンは冷静を装った。
「陛下がそう仰るならば、弾きましょう。楽器と楽譜を準備して参りますので、暫く御前を失礼致します」
コリンはそう言うと、フローラの所へ行き、彼女の椅子を引いた。そして彼女の手を取ると部屋を出て行った。音楽室へ行くまでの間、コリンは黙ったままいつもの通り早足で歩いた。どうしてこんなことになってしまったのだろう。一人で弾くだけならともかく、ソフィアの前でフローラと一緒に弾くとは!また仲睦まじい婚約者を演じなければならないとは!フローラは不安そうにコリンを見つめた。
「コリンさま、申し訳ございません。わたくしと弾くことになってしまって…」
コリンははっとした。フローラにまた不安な気持ちを抱かせてしまったことを彼は後悔した。立ち止まるとコリンは彼女に出来るだけ優しい口調で言った。
「いえ、こちらこそ申し訳ございません。また貴女に気遣いすることをせずに…貴女が謝る事は何もないのです」
コリンとフローラは何曲かの楽譜を選び、従者たちにフローラのハープを運ばせ、再び皆のいる部屋へ戻った。コリンは、留学先へも必ず持って行く程愛用している自分のフルートを組み立て、軽く息を吹き込んで温めた。整った唇を楽器にあてると、コリンは演奏を始めた。均整のとれた立ち姿も奏でられる音色も、その場に居合わせる全ての人を魅了するものだった。またフローラのハープも、コリンと初めて一緒に弾くにもかかわらず、まるで常に合奏しているかのように完璧に調和したものであった。2人の姿はまさに芸術の女神たちの創造物であり、世界中の詩人と画家が彼らを賛美する栄誉を争うことであろう。演奏中、コリンはソフィアが彼を見つめているのを感じていた。そして彼は彼女の為だけに、ソフィアの為だけに吹いていた。口に出すことは許されない彼女に対する想いの全てを、彼は音楽に託し、言葉ではなく音で表現した。留学先へ戻れば彼女に会うことはない。そして次にここへ戻って来た時には、フローラとの結婚が待っていることであろう。もうこの気持ちは終わりにしなければならない…これで終わりだ。コリンはそう決心していた。城の豪奢な部屋に、華麗でありながら哀しみを帯びた音色が響いていた。
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