第一章 Adagiette −アダージエット−

第二節

コリンは毎日のように、練習場に来てヴァイオリンを弾いていた。練習する前に受付でアンナと30分ほど話すのも日課になっていた。アンナに差し入れてもらった果物を食べつつ、彼女にはいろいろと話すことが出来た…ヴィオレッタについては何一つ触れなかったが。アンナと悩みや相談や、時には思い出話をとりとめもなく話し、それから練習場へ向かうのだった。不思議なことに、彼が弾き出して1時間くらいすると、必ずヴィオレッタもやってきた。彼女は相変わらずコリンに関心を示さず、挨拶以外に言葉を交わすことも滅多になかった。団員が揃っての練習となると、ヴィオレッタはコリンを隣に座らせ、そして鋭く注意した。ヴィオレッタが出番の演奏会でなくても、その練習に彼女は顔を出した。もう一人のコンサートマスター、トニーは温厚なタイプで、コリンに何か言うことはなかったが、トニーがコンサートマスターの時、コリンは一番後ろで弾かされた。そうして、ヴィオレッタにまた厳しく言われるのだった。本番ではコリンは弾くことを未だ許されず、客席から聴くだけであった。入団前に思い描いていたものが全て崩され、その憂さを晴らすかのように、クリスティンを始め言い寄ってくる女友達と気軽な恋愛を楽しんだ。コリンのヴィオレッタに対する感情は複雑だった。顔を合わせたくないほど憎んでもいた。彼女ほどコリンのプライドを傷つけた人はかつていなかった。しかし、コリンはヴィオレッタの言うことが正しいということを認めざるを得なかった。最初は気が付かなかったが、何度も合奏を繰り返しているうちに、コリンは自分だけがなんとなくオーケストラの中で浮いているような気がしてきたのだった。学生時代に大学のオーケストラで弾いたときには感じなかったことだった。学生のオーケストラでもアンサンブルできていたと思っていた…しかし、実際はそうではなかったのだ。プロのオーケストラで弾いて初めて、本当のアンサンブルを体験したのだ。コリンが一緒に弾いている練習時にはなんとなく違和感のあるこのオーケストラも、本番では指揮者とヴィオレッタやトニーを中心とした見事なアンサンブルを聴かせていた。もちろん田舎の小さなオーケストラで、その実力は世界的に有名なオーケストラやロンドンのそれと比べると劣るが、地元の聴衆に愛され、オーケストラと聴衆と共に音楽を楽しんでいる雰囲気が感じられた。コリンは何よりも、舞台でのヴィオレッタに惹かれていた。その姿の美しさ、人を惹きつける雰囲気、コンサートミストレスとしての実力。彼女が弾くコンサートでは、コリンは彼女以外目に入らないほどだった。ヴィオレッタを憎む気持ち、憧憬する気持ち。この二つの相反する感情に、コリンの心は張り裂けそうだった。

コリンが本番で演奏することなく、3ヶ月が経とうとしていた。日は短くなり、低い雲が垂れ込めていたが、街中クリスマス一色となり華やいでいた。オーケストラもクリスマスコンサートの練習にかかっていた。コリンは相変わらず、練習前に受付でアンナと話していた。このオーケストラの昔の写真を見せてもらい、その中にヴィオレッタを見つけた。10年ほど前だろうか、今より髪が短く、愛らしいヴィオレッタだった。
「…ヴィオレッタはこの頃からいるんだね。彼女はいくつくらいなのかな」
「女性の年齢を聞くなんて、マナー違反だね。まあ調べればわかることだからいいけど。コリンより11歳上だよ」
11歳…手が届きそうで届かない、微妙な年齢差だった。コリンはヴィオレッタの姿を求めて、次々と写真を見ていった。その中に、ヴァイオリンを構えている高校生くらいのアンナの写真があった。
「…アンナ、ヴァイオリン弾くのかい?」
アンナはコリンの質問にびっくりして、その写真をコリンの手から取り上げた。
「やだなぁ、昔の話だよ。ほんのちょっとね、兄貴がヴァイオリニストだったから…」
コリンはアンナが過去形を使ったことに気を留めた。
「ヴァイオリニストだった?もう違うの?」
アンナは暫くその古い写真を見つめていた。その横顔はいつになく淋しそうに見えた。
「…死んじゃったんだよ、病気でね、8年前に」
「ごめん…僕が悪かったよ」
コリンは後悔した。アンナの陽光のような瞳に、憂いの影が差すのを見たのは初めてだった。アンナは少し無理をして笑った。
「ちょっとね、コリンに似てるんだよ。背が高くて、ハンサムだったんだ。やっぱり手が綺麗でさ。歳はずっと上だったんだけど、子供みたいに無邪気な人で…」
アンナは少し間を置くと、コリンを真っ直ぐに見つめた。その瞳は潤んでいたが、いつも以上に力強さがあった。
「私はもうヴァイオリンは弾けないんだ、辛すぎて。でも、何より音楽を愛してる。自分で弾くことが出来なくても、弾く人の手助けをすることは出来る。喜びを分かち合うことは出来る…コリンにも、喜びを持って弾いて欲しいんだ。弾くことの出来る喜びをね」
コリンはアンナの言葉に胸を突かれる思いがした。弾くことの出来る喜び…今まで弾くことはコリンにとって当たり前のことで、出来ないなんて考えたこともなかった。そしてなぜ弾いているのかも。
「さあ、もう行った行った。クリスマスコンサートの準備は大変なんだから」
アンナは涙を拭うと写真を片付け、仕事に戻って行った。コリンは何も言えなかった。

クリスマスコンサートが終わると、2週間のクリスマス休暇となった。コリンは休暇になっても家族の元へは帰らなかった。今のような半人前の状態で、帰りたくはなかったのだ。ホールの練習場も本当なら完全に閉められるのだが、アンナに頼んで開けてもらっていた。さすがに誰も来ないと思っていたのだが、驚いたことにヴィオレッタも練習場にやって来た。ヴィオレッタはコリンから少し離れたところで練習していた。今までも毎日のように練習場に二人きりだったが、今日はこの後、誰も来ないであろうことは確かだった。コリンは気まずさを感じて、前から聞いてみたいと思っていたことを口にしてみた。
「ヴィオレッタ…恋人とか、家族とか、いないんですか?」
ヴィオレッタは練習の手を止めて、コリンの方を向いた。コリンは慌てて付け加えた。
「いや、あの、クリスマスだから、家族のところに行くのかと思って…」
ヴィオレッタはコリンが思いも寄らなかったほど、優しく微笑んだ。
「恋人は、いるわよ」
そう言うと彼女はヴァイオリンを軽く掲げて見せた。その答えに、コリンはほっとしたような、がっかりしたような、複雑な気持ちがした。誰か特定の恋人がいないのは、コリンには嬉しいことだった。しかし、ヴィオレッタの「恋人」がヴァイオリンだというのは、予想していたにもかかわらず、なぜだか期待外れな気がしたのだった。
「あなたこそ、家族のところへは戻らないの?」
「…元々頻繁には会っていないんです。それに…戻り辛くて」
ヴィオレッタは静かにコリンを見つめていた。そして突然、すっと立ち上がった。
「コリン、今日は練習をやめて、外に行かない?」
コリンは驚いたが、黙って頷いた。

二人は軽く昼食をとり、街を歩いた。ヴィオレッタはコリンに街の建物の歴史や、そこに住んでいる人の話をした。すれ違う人々がヴィオレッタに声をかける。コリンは彼女がどんなに街の人々に愛されているかを感じていた。ヴィオレッタがコリンのことを「うちの期待の新人よ」と紹介するたびに、コリンはくすぐったい気持ちがした。ヴィオレッタに期待されているのだろうか…ヴィオレッタの表情からは、お世辞を言っているとは思えなかった。教会前の広場ではクリスマス市が開かれていた。クリスマスツリーの飾りや、色とりどりの蝋燭などが売られていた。コリンとヴィオレッタは、売られている物を見ながら屋台の間の狭い通りを歩いて行った。
「見て見て、これ、コリンに似ていない?」
ヴィオレッタは、木製の小さな天使の人形を手にした。その天使はヴァイオリンを弾いていた。
「そうですか?」
「そうよ、そっくり。瞳が似ているわ」
コリンは苦笑した。確かに髪の色は同じだが、目と頬が単純に丸く彩色されているだけの人形に似ていると言われるとは、どう反応していいかわからなかった。コリンはその傍にあった、薄茶色の髪の天使を取った。
「じゃあ、これはヴィオレッタですね。ヴァイオリンは持ってないけど」
「あら、そうね。楽譜を持っているから、歌っているのかしら」
ヴィオレッタは無邪気に笑った。練習の時のヴィオレッタとは全く違う彼女を、コリンは眩しそうに見つめていた。普段とは違い、手を伸ばせば届きそうだった。彼女の薔薇色の頬に、亜麻色の髪に、そして華奢な手に触れたい衝動に駆られた。ヴィオレッタは人形を元に戻すと、人通りの少ない丘へ向かう道へ歩いて行った。街はもう薄暗くなっていた。丘の上から見ると、家やクリスマス市の明かりが宝石のようにきらきらと輝いていた。
「綺麗ね」
コリンは街ではなく、ヴィオレッタを見つめながら答えた。
「そうですね…とても」
ヴィオレッタはコリンのほうへ向き直った。その瞳は、いつもの威厳を湛えたものだった。
「コリン、あなたはロンドンが好きなのね?」
突然の質問にコリンは驚いたが、彼は静かに頷いた。
「私はほんの数回しか行ったことがないけど、確かにいい街ね。でも…なぜあなたがこの街を選んだのかはわからないし、都会に比べると何もない街だけど…この街を好きになって欲しいの。街の人を、そしてこの街のオーケストラを。今あなたはここにいるのだから」
ヴィオレッタの心地よいアルトの声が、コリンの心の奥にまで響いていった。ヴィオレッタは微笑んだ。
「明日から私は家族のところへ行くわ。また休暇後にね」
コリンは自分の頬に、ヴィオレッタの冷たい指先が触れるのを感じた。ヴィオレッタはコリンに背中を向けると、静かに来た道を戻って行った。コリンは暫くその後姿を見つめていたが、彼女が暗闇に消えると、広場のクリスマス市へ戻って行った。そして先程見た、木製の人形二つを再び手にした。

休暇が過ぎ、年末年始の特別なコンサートも終わり、普段どおりの日々が戻ってきた。コリンは未だに、本番で弾くことはなかった。オーケストラを憎む気持ちと愛する気持ち、ここを去りたいという気持ちと離れがたい気持ち、そしてヴィオレッタに対する嫌悪と憧憬の気持ち…様々な相反する感情が、益々コリンの中で強くなっていった。更に、今まで自分でさえ気が付いていなかった自分の中の子供のような部分が、アンナの前では制御できずに素直に出てきてしまうことに、コリンは驚きもし、また戸惑った。オーケストラのメンバーも、コリンのそんな不安定な感情に気が付いたのか、いろいろと気を遣い、話しかけ、何とかしてオーケストラに馴染ませようとしていたが、コリンにはその気遣いすら余計なことに感じられた。何度もこのオーケストラを辞めてやると思いながらも、踏み切れないでいる日々が続いていた。合奏前に練習場でヴィオレッタと二人、練習することも相変わらずだった。一緒に弾くことはなかったのだが、ある日コリンは突然思い立って、ヴィオレッタにあわせて弾き始めた。暫く弾いてから、ヴィオレッタがその手を止めた。
「私と一緒に呼吸しなさいって何度も言ったでしょう」
「してます」
「出来ていなければ、していないのと同じよ」
コリンは何も言い返せなかった。ヴィオレッタは軽く息をつくと、少し柔らかい調子で続けた。
「コリン、あなたは誰よりも上手に弾けるわ…もちろん私よりも。技術も音楽性も素晴らしいわ。でもあなただけがそういう風に弾いているのでは駄目なのよ。オーケストラ全体にそう弾かせなければ…あなたのレベルまで引き上げなければ。残念ながら、今はまだ無理だわ…だから…」
「だから、僕がレベルを下げろと?」
「違うわ、そうじゃない」
「こんな下手なオーケストラにあわせるなんて、僕には無理だ。皆がもっと上手ければ…」
ヴィオレッタの右手がしなやかにコリンに飛び、彼の左頬に激痛が走った。ヴィオレッタのグレーの瞳には、怒りの色が浮かんでいた。
「私のことならいくらでも侮辱なさい。でもオーケストラのことをそう言うのは、私が許さないわよ」
コリンは言い返そうとヴィオレッタを睨み付けた。しかしコリンが何か言うより早く、ヴィオレッタが言葉を続けた。
「そんなにオーケストラが嫌なら、辞めてしまいなさい。今からでもソロになればいいわ」
ヴィオレッタはそう言うと、ヴァイオリンをケースにしまい、練習場から出て行った。コリンは頬より、心が痛むのを感じていた。

コリンは練習後も一人で残っていた。今日は初めて、ヴィオレッタの隣では弾かなかった。彼女に打たれた頬の痛みより、「辞めろ」と言われたことが辛かった。そして、オーケストラを侮辱するようなことを言ってしまったことを後悔していた。あんなこと、言うつもりはなかったのに…コリンはヴァイオリンをケースにしまうと、誰もいなくなった練習場の明かりを消し、扉を閉め出て行った。受付にはまだアンナがいた。
「お疲れ様…コリンが最後だよね」
アンナは心配そうな顔をしていた。心なしか、声にも元気がなかった。受付の机に置かれたコリンの手に、彼よりずっと小さなアンナの手が重ねられた。
「コリン…辞めたりしないよね?このオーケストラにいてくれるよね?」
アンナはコリンの瞳を真っ直ぐに見つめた。コリンは、アンナがヴィオレッタから何か聞いたのだと悟った。
「…辞めないよ、アンナがいるからね」
微笑んでそう言ったが、アンナが複雑な顔をしたのを見て、コリンはまた後悔した。アンナのように自分の心に素直に生きている人には、こちらの気持ちも何もかも伝わってしまい、嘘なんてつけないということがコリンにはわかっていた。今も、コリンが正直には答えていないことがアンナにはわかってしまっただろう…コリンは彼女の赤茶色の髪をその長い指で軽くすいた。
「ごめん…」
コリンは受付越しに、アンナを抱きしめた。
「コリン?!」
「ごめん、アンナ…暫くこうしていて」
アンナを抱きしめていると、気持ちが和らぐのがコリンには感じられた。わだかまりを捨て、素直な気持ちになれる気がした。アンナの温かい手が、コリンの背中に回された。

翌日の練習前、ヴィオレッタは来なかった。コリンは夜眠れず、あれこれと考えを巡らせ、とりあえず昨日の発言については謝ろうと思っていたのだが、出来ずじまいだった。練習中もヴィオレッタの隣では弾けず、なすすべもないまま練習は終わってしまった。コリンはその場に一人残っていた。こんなにも自分が情けなく思えたのは、初めてだった。何十分かぼんやりと椅子に座っていたが、帰ろうと思い立ち上がり扉のほうを見ると、そこにはヴィオレッタが立っていた。コリンは自分の鼓動が速くなるのを感じた。一晩中かけてどうヴィオレッタに話そうか考えていたのに、今は言葉一つ出てこなかった。
「…ヴィオレッタ、あの…」
ようやくそれだけ言うことが出来たが、後が続かなかった。ヴィオレッタはコリンの側に歩いてきた。コリンが再び座った側に自分も椅子を引き寄せ、ヴィオレッタはコリンと膝が付きそうなほど近くに座った。コリンはヴィオレッタを見ることが出来ず、軽く下目使いに床を見つめていた。
「昨日はぶったりして、ごめんなさい」
意外な言葉がヴィオレッタの口から出た。コリンは驚いてヴィオレッタに顔を向けた。菫色がかったグレーの瞳が、コリンを真っ直ぐに見つめていた。
「かっとしちゃって…痛かったでしょう、ごめんなさい。それに辞めてしまいなさいって言うなんて…」
「いや、僕が悪かったんです。あんなこと、本心で言ったんじゃないです…僕こそかっとしてしまって」
「そうよ、あんなこと言うなんて、本心じゃなくてもひどいわ」
怒ったような口調で言ったが、ヴィオレッタの瞳は優しかった。ヴィオレッタは更にコリンに顔を近づけた。
「ねえ、コリン。あなたはなぜソロにならなかったの?どうしてオーケストラを選んだの?どうしてコンサートマスターになろうとしたのか話してくれない?」
「…どうしてって…学生時代の管弦楽の授業で、アンサンブルが楽しくって…」
コリンは戸惑った。これといった理由が思いつかなかった。幼い頃からヴァイオリンを弾き、数々のコンクールで入賞し、師事したヴァイオリニスト達からもソロでやっていけると言われていた。それなのに、なぜソロにならなかったのか。有名ヴァイオリン指導者たちの下でソリストとしてのマスタークラスを数々とったのに、いつの頃からかオーケストラで弾きたいと思っていたのはなぜだろう。コリンは気が付いた…自信があるつもりだったが、本当はソリストとしてやっていく自信がなかったのではないか。無意識のうちに、周りの重圧を避けようと、オーケストラの道を選んでいたのではないか。コンサートマスターになりたかった理由ははっきりしていた…なりたかったのではない、なるべきだと思っていたのだ。自分の実力なら、オーケストラではコンサートマスターが当然だと思っていたのだ。コリンは自分の考えに唖然とした。

沈黙が練習場を支配していた。コリンは何も言えず、ヴィオレッタも何も言わなかった。コリンの頭の中は様々な思いが交錯していた。今まで自分でさえ気が付いていなかった自分の臆病さに驚きもした。暫くして、ヴィオレッタが口を開いた。
「オーケストラは…皆でアンサンブルすることは、本当に楽しいわね。何種類もの楽器が合わさって、芳醇な響きを作り上げるのだから…何十人もの個性が溶け合って、1つの音楽を奏でるのだから。コリン…あなたがオーケストラで弾く喜びを感じているのなら、もっと楽しんで欲しいの。あなたの喜びを、楽しみを、オーケストラの皆や聴衆と分け合って欲しいのよ。弾くことの喜びをもっと出して欲しいの」
弾くことの喜び…以前アンナに言われたことをコリンは思い出した。ヴィオレッタの落ち着いた声は、コリンの心に染み透って行くようだった。
「前に言ったわね、あなたの実力に引っ張られてオーケストラが向上するかもしれないって。今でもそう思っているわ。あなたの素晴らしい技術や音楽性を、私たちに分けて…あなたの高みに近づけていって。あなたに比べると、確かに皆、劣るかもしれない。でも皆音楽を愛しているわ。それに、あなたの仲間なのよ…仲間として対等だわ。あなたにも仲間として認めて欲しいの」
コリンの頭の中に、クリスマス休暇にヴィオレッタに言われた言葉が蘇った。この街を好きになって欲しいの。街の人を、そしてこの街のオーケストラを。今あなたはここにいるのだから…そうだ、ここが自分の居場所なんだ。静かに話していたヴィオレッタが驚いた顔をした。
「…コリン…泣いてるの?」
「えっ」
コリンは自分の頬に涙が流れ落ちるのに気が付いていなかった。慌てて拭おうとしたが、それより早くヴィオレッタの繊細な手がコリンの頬を包んでいた。ヴィオレッタはコリンの涙をその指で拭うと、コリンの頭を優しく抱きしめた。
「コリン、あなたは一人じゃないわ…周りを見て。仲間がいるわ…皆コリンが大好きよ」
コリンの涙は止まらなかった。

 


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