Interviews in the Japanese Music Press Part Two

1988年、アルバム「スターフィッシュ」でようやく日本でもデビューを果たした彼ら。
ここではその頃、日本の音楽誌に載ったいくつかのインタビューを集めました。
Part2はミュージックライフ誌に掲載されたスティーヴ・キルビーのロング・インタビューです。


僕の歌詞は誰にも解らない。理解する必要なんてないさ。
インタビューと文:林 洋子/在ニューヨーク本誌レポーター
by Yoko Hayashi/New York Correspondent


今、チャーチのヴォーカリスト、スティーヴ・キルビーの声にとりつかれている。彼の声、フレージング、いくつかの言葉の言い方、そうしたものがひどく魅惑的なのだ。彼のヴォーカルを聴いていると、ゆっくりと深海に沈んでいく魚にでもなったような気がする。夜空を見上げ、星の微かな光に耳を傾けている昆虫にでもなったような気がする。そしてチャーチの新譜がなぜ「スターフィッシュ」と呼ばれるのか、ほとんど本能的に納得する。スターフィッシュはヒトデのことだが、私には魚と星が見える。宇宙が見え、地球が見える。チャーチの音楽には懐かしいものと未知なものがあり、夢と心の風景がある。
スティーブ・キルビーに会った。彼の話し声もまた魅惑的だった。知的で複雑であるにもかかわらず、そういうものを信用せず、本能をシンプルさを求めているのがいかにも詩人らしかった。物事をつき離し淡々としていて、へんなロマンティシズムや甘さのないのが彼の魂の自由さと孤独さを思わせ、ますます魅かれた。

−日本ではオーストラリアのバンドというとある種のイメージを持っている人も多くて、そのイメージにチャーチが合わないということで、あなたたちをイギリスのバンドだと思っている人もいるようよ。
スティーヴ(以下S):日本の人がオーストラリアのバンドにどんなイメージを持っているのか知らないけど、イギリスやアメリカに色々なバンドがあるように、オーストラリアにも色々なバンドがある。僕らもそのひとつに過ぎない。

−あなたたちの音楽をサイケデリックetc.と色々な言葉で表現する人がいるけど、2つのスタイルの異なったギター・サウンドが混じっているということが、チャーチ独特の世界を作っているような気がするわ。
S:マーティ(g)は速くて騒がしくて荒っぽいものを持っているし、ピーター(g)はスローでメロディックで夢見るような、エコーが広がっていくようなところがある。そしてこの2つの世界が混じる時、そこには3つ目の世界とでもいうものが生まれる。つまり各々の異なった2つの世界に加えて、もうひとつ別の世界が出来上がるわけさ。そうした様々な世界に、リズム、ヴォーカルが絡み、まとわりつき、相反してチャーチのサウンドが築かれていく。
−あなたとピーターって割りと近い世界にいるような気がするんだけど、ライブで見ているとマーティだけ違う世界にいるみたいね。
S:陰と陽の世界だろう?その違いがチャーチのエネルギーであり、面白さなんだと思うけど。
−今はその違いが大きなプラスになっているけど、引き付け合うという関係が、引っ張り合うという関係になるという危険性はないのかしら?
S:僕らの間には大きな違いがあることは確かさ。でも1本の映画が面白いものであるためには、コメディアンも悲劇的な人物も当たり前の人間もいなければならない訳で、バンドも同じだと思う。このバンドではファンの知的要求、フラッシーで派手なロック・スターへの要求、ミュージシャンシップへの要求etc.と色々な要求を満たすだけの多面性を持っている。
−あなたの詞はとてもユニークな世界を持っていると思うけど、歌詞カードをつけないのはなぜ?
S:歌においては曲と詞は常に一緒に扱われるべきであり、聴かれるべきだと思うんだ。詞として別に読まれるようになったら、それはもう歌ではない。聴いていて歌詞が聴き取れないとしても、それは重要なことじゃない。その曲を聴いて何かを感じる。そのことが大切なのさ。
"Hotel Womb(邦題:君の中へ)"って変わったタイトルね。
S:僕は再生説に興味を持っているんだけど、そういうことを求めてホテルにチェックインしたり、チェックアウトしたりするイメージ(つまり生まれること、死ぬことをそういうイメージで捕らえている)が浮かんだ。僕らは旅人であり、いつも行く先にはホテルがあって出たり入ったりしている訳だけど、僕らにとってホテルはしばしの休息を取るところ、安心して身を横たえるところ−つまり母胎にも通じるところである訳さ。
−どれか身近に感じている歌はある?
S:僕にとって歌は告白でもなければ何か自分の中にあるものを浄化するための手段でもない。だから書いてしまった歌はただの歌でしかないんだ。
−聴いている人があなたの書いた歌詞を理解するのに役立つヒントみたいなものはないのかしら。
S:僕の書いた歌詞は誰にもわからない。僕自身にさえね。だから理解しようなんて考えなくていい。理解することなんて何もないんだ。その曲を聴いて何かを感じ、何かを考えたら、それこそがその曲の言おうとしていることなんだと思う。
−チャーチっていうバンド名は何がインスピレーションになったの?
S:僕らがこのバンド名を考えた頃は、他に宗教的なアングルをカバーするバンドはなかった。だからいい名前だと思ったんだ。でも今じゃ何百というバンドがそうした含みのある名を持っている。ジーザス&メリー・チェインとかね。だからチャーチという名も、人々を苛々させたり、"気に障るような"バンド名という本来の意味を失い、今じゃ無意味と言ってもいい。例えば、スターフィッシュでも何でもいいから他の名前にしたいけど、チャーチとして親しまれてきた僕らとしては、今さら名前を変えるわけにも行かないジレンマに陥っているわけさ。

このインタービューの前に色々不運なことがあって、スティーブ・キルビーとのインタビュー時間が大幅に短縮されてしまったが、わずかな会話の中にも彼への手がかりはあった。彼のほんの一部を見ただけなのに、或いはほんの一部を垣間見たおかげで。私はますますスティーヴにとりつかれてしまった。どんなに長いこと話しても平行線をたどりそうだから、スティーヴとの話は面白い。砂漠を越えたと思ったら、突然目の前に大海原が広がり、その大海原を乗り越えたと思ったら、そびえ立つ岩山が迫ってくる。現実の世界か未来の世界か、あるいは夢の世界なのかわからない空間で、どんどん変わっていく風景を目にしながら、スティーヴ・キルビーと言葉の遊びなどしながら旅したら、どんなに楽しいことか…。
「音楽には情熱がなくてはならない」と言うピーターは、情熱というような激しいものとは程遠いような静かでジェントルな青年だ。

マーティとは話をする暇がなかった。お寿司をつまみながら、歌い踊りまわっていたからだ。チャーチが全体として持っているイメージとは不似合いなほどロックン・ロールしていて、一時もじっとしていられないロック・フリークでもある。陰と陽の対照がこのバンドのサウンドをユニークにしていると聞かされてた後でも、なぜマーティがこのバンドの一部であるのか考え込んでしまうほど、マーティは異質ではみ出している。
にもかかわらず、あるいはだからこそチャーチはユニークであり、マーティが熱いロックン・ロールを展開するからこそ、スティーヴとピーターのこの世ならぬ世界がことさらクールに美しく広がり得るのだろう。スティーヴ・キルビーの歌う"ブラック・マネー"が聞こえる。私の頭は思考するのをやめ、彼の声を追う。

■アーティスト・ファイル
ようやく、本当にようやく本邦デビューが実現した。オーストラリアはシドニー出身の彼ら、結成は'80年と意外に古い。
一貫して掘り下げられるその冷ややかな叙情派サイケ路線が本国のみならず、ヨーロッパの一部愛好者の間でも絶大な支持を集めるまでとなったのは、
'82年の「The Blurred Crusade」や翌'83年の「Seance」あたりがきっかけ。これに美しいメロディ・ラインと彼らなりのポップ性、
さらには厚みとメリハリが加わり、最新作「スターフィッシュ」は実にまとまりのある好作品へと仕上がった。
ステージでは骨太のギター・バンドとしてのしたたかさを刺激的に垣間見せてくれるという。ルックスの良さも強み。

Interviews Top


HOME  Introduction  Biography Discography Photos News Links About Me BBS

Hosted by www.Geocities.ws

1