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「やけに静かじゃないか?」

氷の魔女との契約を取り付けてきたリィンは黙って指輪を磨いている。
両の掌にはめられた色彩々 (トリドリ) の指輪は各々に呪文が封じ込められた物だ。
一つ、一つ、指から外し、毛皮にくるんで大事に磨いていく。
柔らかな羽毛が織り込まれた絹の拭布は、リゥンから贈られた品だという。
真っ白な拭布には小さな菫 (スミレ) の花弁の刺繍が施されていた。
リィンは謎めいた宝石たちに小さく息を吐きかけ、そっと曇りを拭き取っていく。。

「どうだったんだ?氷の魔女殿との御対面は」

リィンは少し微笑み、何か考え事をするような素振りで答えもしない。
いつもなら賑やかに振る舞う彼女だが、今日はどうにも大人しい。
珍しい事もあるものだと、ド ウル ワトーは不思議がった。
だが、確かに了解の返事はもらったようだ。
今夜、レイナ アッシュはこの宿にやってくる。
ヴァーンガルツは食事を終え、剣の手入れを始めていた。

「ねえ」

ふいにリィンが声を掛けた。

「あの女とは、どういう関係なの?」

瞬間、ヴァーンガルツとド ウル ワトーは顔を見合わせ揃ってリィンに顔を向けた。

「昔の恋人、とか?」

「ふざけるな!」

二人が声を揃えた。
リィンは少し驚いたが、二人の息の合った怒声がおかしかったらしく、
思わず吹き出してしまった。

「むきにならないで、、
 あの人とあんたたちじゃ美女と野獣よ」

「リィン、
 あの女はなっ」

ド ウル ワトーが声を荒げようとしたその瞬間、只ならぬ冷気が差し込んだ。
まるで蛇のように足下から絡み付いてくる空気、
その粒子一つ々々が皮膚を蝕んでいくような感覚、、恐怖。
誰かが扉を叩いた。間を空けて三度、重く、小さく、小さく。。

「レイナ アッシュか」

「他に客を呼んでいるのか?」

リィンが扉を開けた瞬間、一つの影が揺らいだ。
漆黒のローブに身を包み、風の如く入り込む魔導士、
最強の魔女レイナ アッシュ。
彼女はフードを脱ぎ、その長い金髪を降ろし、樫の椅子に深く腰をかけた。
微かに音をたてたアクセサリーは護符や攻撃呪文の触媒でもある。
最高度の魔法には言葉だけでは叶えられぬものも存在するのだ。
訝し気に部屋を見渡すと不機嫌そうに咳払いを一つ。
視線がリィンに向けられ、謎めいた微笑みが投げかけられた。
昨夜の接吻 (クチヅケ) を思い出し、リィンの頬はまた少し紅らむ。。

「こんな宿に泊まっているのなら
 あのまま引き止めればよかったな、リィン ルル」

「ここは、この人たちの部屋。私は上の階に借りてるの。
 少しは居心地が良いわ。花の香りもするしね」

「この娘に手は出すな」

親し気に話す二人の間を割ってヴァーンガルツがレイナに切り出した。

月の暦の上、五日後の夕刻には出発したい。
しかし、その前に優れた盗賊を一人雇っていきたいのだ。
伝説の武器ともなれば、どのような罠が仕掛けられているか想像もつかない。
最下層の宝箱には、石の中に跳ばされるような恐ろしい仕掛けも存在する。

「片腕のマグに声をかけるつもりだ。
 半年前に引退はしたが。奴ならまだ潜れる」

「マグはだめだ。『十階』で戦える者でなければ組めない。
 ・・一人いるよ。高いけどね」

「この町にか?
 そんな手練は聞いた事もないぜ」

「旅の戦士よ。彼なら確実だわ。
 封印の解除は手慣れたものだし、二日もマグに預ければ大丈夫。
 一度組んだ事があるんだ。頭も切れるし腕も立つ男さ、
 ・・あんたよりね」

最後の一言でレイナはヴァーンガルツを指差した。
こんな時、彼女の微笑みはまるで無垢な少女のようになる。

自分よりも?
そう聞いてヴァーンガルツは俄然興味を持った。

「いくらだ」

レイナアッシュは競り師のように指を動かした。
破格である。そんな報酬を要求する盗賊など聞いた事も無い。
一個小隊を雇える値段だ。
しかし、この氷の魔女が信頼を置く兵 (ツワモノ) とは・・

「どこにいる?
 値段の交渉をしたい」

鼻で笑い、小さく首を横に振った。

「この値段は変えられないわ。
 ・・払わない限り彼とは会えないのよ」

「まさか」

ド ウル ワトーの右手が宙で祈りを捧げる。
レイナの眼が険しく光った。

「そう・・カント寺院に。灰のままでね」


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