7/02/01
Newark空港から
さっそく すがすがしい旅立ちだった。
空港の案内のおじさんが一人 道行く 旅立っていく 人々に
歌いかけていた。
何を歌っていたか今となっては忘れたが
僕が微笑みかけると
おじさんも笑顔で手をふってくれた。
笑顔を作るのが下手だと写真を見て分かり
よく笑顔を作るために「二ッ」と歯を見せる練習をしているのだが
着々と成果が見えてきた。。気がする。
そんなわけでデルタ機はアトランタ経由 2時間ほど遅れたのち、リマ国際空港へついた。
まったくの善良市民にしか見えない僕は税関を難なく通過、
Cadorette教授とIsmael Munozさんという方が迎えに来てた。
午前1時ごろホテル Hotel PeruPacifico着。
車の中でMunozさん相手にしきりにスペイン語超初級会話を実践してもらっていた。
自分なりに 「俺って案外 できるんじゃない」と うぬぼれていた。
まったく もって眠いので 直ぐに べっどに 「バタン キュー」 眠りについてた。
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滞在先 Hotel Peru Pacifico
Avenida Cuba 127, Jesus Maria
Lima Peru
Jesus Maria は リマ市の中級商業地区 ちあん も 余り悪くなく 夜歩いても一応大丈夫だった。
滞在先ホテルは確か ☆☆ 一応 お湯もでるし テレビはケーブルなぜかNHKも。
大体清潔で居心地も悪くはない、ただホテルの食事はまず。。。
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ペルーの基本通貨単位
Nueva Soles
1980年代のハイパーインフレーションでデノミ政策をとり今はNueva(新)Soles
交換率 Nueva Soles対USD は約3.5:対 1 (2001年夏現在)
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7/03/01
午前中 町の公園・動物園 Parque
de las Leyendas へ
途中バスでペルー市街を通ったのだけど
町の感じをなんとなくすきだなと思った、
何かを特に指し示すことはできないのだけど。
この時期(7月南半球の冬)のリマは灰色の空に覆われている
でも かといって 町に活気を感じれないわけではない。
分かった
何が好きかって 町歩く人々の そして 付け足すなら 動物園に来ていた園児たちの表情だ。
ここで見る人たちの表情には繕った感じの表情は余り見受けられないのだ。
屈託の無い笑顔、一生懸命働く人のかお、疲れたかお、みんな自然体。
みんな 自然体の表情をさらしている気がする。
まだ 一日目だけど そんな第一印象をもった。
Parque de las Leyendasにて

Museo Arqueologico Rafeal Larco Herrera へ その後 寄った。
7/04/01
トロント大 陣営と合流
はぁ みんな 大人や〜 (学生は二人だけ あとは尼さん神父さん)
学生はぺトラという学部生と まりお という博士課程の生徒のみ

-Scott (U of R) -Kelly (U of R) -Kim (Toronto)
-Dan (U of R) -Brooke ((U of R) -Petra (Toronto)
-Ajay (U of R) -Jack (U of R) -Mary (sister, Minnesota)
-Becky (U of R) -Mary Ellen (sister, Minnesota) -Mario (Toronto)
-Torvald (U of R) -Melanie (U of R) -Terry (chaplain, Toronto)
-Joe (priest, Toronto) -Curt (prof. U of R)
7/5/01
授業を聴講して、そして町を歩いて すごい量の情報が入ってきて
また 見るものすべてが新鮮で夜はぐったりして寝てしまう。
Barioへ行く今週末そして来週からはさらにたくさんのことを見て感じることだろう。
あ〜 なにより楽しみだし、そしてすごく勉強になる。
良い。良い。良い感じだ。
しかし口内の調子が悪い、特に舌と唇。
あと せっかく日本で買った鞄がもうすでにすごく汚い。。。
7/6/01
今日見たものをどう整理しよう
まず ペルーはここ50年で人口が90万⇒800万へと9倍に膨れ上がった。
その「つけ」が町のいたるところに見受けられる。
水道も電気もままならない
多大な都市人口に追いつかない麻痺した社会インフラストラクチャー。
その追いやられた地区の一つにあるGonzalezさんの家にScottと一緒にお世話になっている。
リマ市の西の外れ
掘り尽くされ炭鉱の在ったはげ山の麓に町というか人間の集落がある。
けっして恵まれてない状況下の生活だ。向かうバスから見ていてとても衝撃を受けた。
ただGonzalez家は暖かく迎えてくれて、二人の息子も気持ちの良い人たちそうだ。
明日は彼らとともに行動をする。
10数年前まで リマ市までもが
革命テロ集団 MRTA や Shining Pathのため 戒厳令がしかれ 政府軍と衝突が相次いだ。
革命派はしばしば市郊外のこのようなBarioに巣食っていたという
教授Curtもこの時期のLimaを体験している。

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