セネガル概観
〜セネガルという国〜■1、一般事情
セネガル共和国(Republic of Senegal)は、アフリカの西の端に位置する面積19万7161平方キロ(日本=38万平方キロの半分)、人口1058万9571人(2002年7月)の国であり、首都ダカール(Dakar、人口約200万人)はアフリカ最西端のヴェール(緑)岬半島にある。人種構成はウォロフ族43.3%、プル族23.8%、セレール族14.7%、ジョラ族3.7%、マンディカ族3%、ソナンケ族1.1%、欧州人及びレバノン人1%で、かつては華僑も多くいたが、独立後セネガルが中華民国(台湾)と国交を結んだ(その後、中華人民共和国承認に切り替えたが、1996年、再び中華民国(台湾)を承認。2001年7月にはワッド大統領訪台、翌年7月に陳総統訪セ)ためその多くは出国したという。言語は公用語のフランス語の他各部族語、宗教はイスラム教94%、キリスト教(カトリック主体)5%、伝統的宗教1%で、南部のカザマンス地方や西セネガルのバサリにはキリスト教徒、伝統的宗教が多い。15歳以上の識字率39.1%。通貨はCFAフラン(Communaute Financiere Africaine Francs。旧仏領系諸国と旧ポルトガル領のギニアビザオで流通しており、「西アフリカ諸国中央銀行」が発行)を使用しており、1ユーロ=655.9CFAフランの固定レートである。
国土はサハラ砂漠の南端に位置し、北部はBS(砂漠)気候、南部はAW(熱帯サバナ)気候(夏は雨季、冬は乾季)。北部はセネガル川を国境線としてモーリタニアと、東部はセネガル川の支流にあたるファレメ川をはさんでマリと、南部はフンタジャロン山系の支脈によりギニア及びギニアビサオと国境を接している他、南部ガンビア川流域一体はガンビア共和国となっている。主な河川としては北部国境を形成するセネガル川、中部(ダカールの南)を流れるサルーム(Saloum)川、(セネガル領土ではないが)中南部のガンビア(Gambie)川、そしてガンビアとギニアビザウに挟まれたカザマンス(Casamance)川がある。主な山地としてはフンタジャロン山系の支脈があるだけで、最高峰は500メートルの丘陵(名称なし)である。
国名の「セネガル」はセネガル川に由来するが、語源ははっきりせず、ベルベル語のサナージャ(「川」)の意味、あるいはウォロフ語のスヌガル(「私の舟」)の意味だと言われている。■2、歴史
●1、前近代
現在セネガル領土となっている地域には、口頭伝承等によれば北部と東部から来た移民がはじめて住みついた。8世紀から12世紀までガーナ帝国(中心地は現在のマリにあった)の支配を、14世紀から15世紀までマリ帝国の支配をそれぞれ受けたが、マリ帝国の衰退に伴い、15世紀には、セネガル川とガンビア川の間の地域にウォロフ族によるジョロフ(Djorof)王国が成立(16世紀には、内乱により国境線がいくらか後退する)。また、ガンビア川南岸にはガボン(Gabon)王国がマリから分離・独立した。11世紀にはイスラム教が伝播し、北アフリカや中東との結びつきが生まれた。1512年、長い民族大移動の末に、プル族がフタ・デヤンケ国を建国し1776年まで続いたが、彼らを支配下に置こうとするモール人との間で激しい争いが続いた。18世紀になって、ジョロフ王国をはじめとするこの地域の国々は幾つかの部族毎に分裂した。
1444年、ポルトガル人が欧州人としてセネガル川河口にはじめて到達(翌年、エンリケ航海王子がヴェルデ岬を探検)。その後、オランダ、イギリスが進出し、1659年には北部サンルイ(St. Louis、セネガル川河口)にフランス人入植地が出来た。1700年代にはサンルイやヴェール岬半島内側のゴレ島(Ile de Goree。1617年オランダ占領、1678年フランス占領)を中心に新大陸(アメリカ)との間で奴隷貿易が始まったが、19世紀初頭まではフランスの影響力は限定的だった。この間、セネガルではイギリスとフランスの植民地獲得競争が続き、1763年にはサンルイが一時英領となった。
しかしながら、19世紀中期以降、産業革命により一次産品の獲得を目指した植民地主義が高揚したことに伴い、欧州勢力が拡大。1854年から64年までの10年間でセネガル川とサルーム川の間(ダカールを含む)の沿岸が全てフランスの支配下に入り、ダカールその他の都市やダカール港、サンルイ・ダカール間鉄道の建設などが進められた。1876年にはフランスの勢力は(セネガルの東、マリ中央部を流れる)ニジェール(Niger)川に到達、その後は反乱の鎮圧作戦が展開されたが、これも1891年までには終了した。●2、近代(植民地時代)
1895年には仏領西アフリカ(l'Afrique occidentale francaise、French West Africa)の一部となり、1904年には全土がフランス領に。1902年にはダカールがセネガル本土と分離されて仏領連邦の首都となり(旧首都サンルイは引き続き1957年までセネガルの首都であった)、フランス植民地支配の中心地となった。植民地支配下のセネガルでは、総督に全権が委任され、ダカール、ゴレ、サンルイの3自治体(市)(1887年からはルフィスク(Rufisque。ダカールの東約15キロ、ヴェール岬半島の付け根にある都市)も加わる)の市民のみが、自治体の議会議員を選出し、フランス本国の国会に代表者を送ることを許されていた(1872年)。
▲大統領官邸(旧フランス植民地総督官邸)
1945年、第二次世界大戦の終結後招集されたフランスの第4共和政制憲議会に、ラミン・ゲイ(Lamine Gueye)とレオポルド・セダール・サンゴール(Leopold Sedar Senghor)の2人がセネガル代表として出席。セネガルは他の仏領西アフリカ同様「フランス連合の海外領土」となり、全セネガル人に参政権が認められ、セネガル領土集会(Assemble territoriale du Senegal)において議会の設置や植民地諸制度の改革(結社・表現の自由、強制労働の禁止等)を定めた。この時期にはセネガル人による政治活動も活発化し、1948年には都市政党「セネガル民主連合」(Bloc democratique senegalais)が結成された他、サンゴールらによる黒人精神復興運動「ネグリチュード運動」が展開された。1956年に領土議会の権限は強化され、1958年9月には住民投票によってフランス共同体内の自治共和国として出発。1959年1月にはマリと共にマリ連邦(Federation du Mali)を結成し、1960年4月4日(この日は現在、独立記念日となっている)、独立主権国家としてフランスより独立した。
しかしマリとの連邦は長続きせず、同年8月20日、セネガルは連邦解消と独立を宣言した(同年、我が国も国家承認、1962年ダカールに大使館を開設)。初代大統領には、1946年のフランス制憲議会に出席し、その後も保守派、イスラム勢力、社会主義勢力等を巧みに操りながら独立運動を進めていたサンゴールが選出された。●3、独立後
就任後、サンゴール初代大統領は約20年間の長期政権を担当。「4ヵ年計画」を中心に政府の経済に対する関与を強め、国有企業によるラッカセイ生産を行い、「アフリカ社会主義」を唱えて権威主義支配を続けた。反対政党の非合法化などを経て、1966年には左派系の与党・セネガル進歩同盟(UPS)以外の政党を非合法とする一党独裁制を導入した。
しかし、1973年、オイルショックと特産品ラッカセイの国際価格低下を受けて、他の旧仏領系6ヶ国と共に西アフリカ経済共同体(CEAO、West African Economic Community。94年1月より西アフリカ経済通貨同盟(UEMOA)に移行)を創設。彼の提唱する「アフリカ社会主義」路線も修正され、ラッカセイ生産に加えて観光と漁業を新たな中心産業に据える政策転換を行った。1976年、国民の要求を受けいれてセネガル民主党(PDS)など3政党(2年後に4政党)のみを合法とする複数政党制を導入(UPSは社会党PSとなった)。直後大統領として三選されたが、1980年12月、経済の停滞と人気の低下を前にして、高齢を理由に辞職した。
サンゴールの跡を継いだアブドゥ・ディウフ大統領(Abdou Diouf、当時首相)は政党の自由化(1981年)、国営企業の売却等政治・経済の自由化を推進し、自身も大統領として三選された。1981年、隣国ガンビアで発生したクーデターの鎮圧にセネガル軍が協力したことがきっかけとなり、翌年「セネガンビア国家連合協定」が成立。両国の政治的統合が一歩前進したが、ガンビアの最終的な合併を主張するセネガルと、主権国家としての独立を維持したいガンビアとの間で合意に達せず、1989年協定は廃止された。同年、国境紛争をきっかけとしてモーリタニアとの外交関係が断絶したが、1992年には再開されている。サンゴール、ディウフ政権を通じてセネガルは、アラブ系の国であるモーリタニアと黒人系のギニアに挟まれていることもあり、イスラム教徒を多数抱える国としてイスラム諸国とサハラ以南の黒人諸国との橋渡し役を務めてきた他、旧仏領諸国の中でも最も積極的にフランスとの関係を維持し、フランス文化を受容して来たといえる。
1996年11月、地方選挙で与党・社会党(PS)が圧勝したものの、野党は不正選挙(独立した選挙管理委員会が無いことを指摘)として批判。翌年8月、独立機関「国民選挙監視団」が設置されたが、その後の大統領選挙でも投票用紙等を巡って野党が政府を強く批判。社会党は長期政権に飽きた国民やイスラム教勢力の支持を失った。2000年3月、大統領選挙で野党セネガル民主党のアブドゥライ・ワッド(Abdoulaye Wade) が、5回目の挑戦にしてディウフ大統領を破り当選(決戦投票の結果、ワッド氏58.49%、ディウフ氏41.51%)。同国初の民主的な政権交代が実現したが大きな混乱は無く、セネガルにおける民主制の定着を内外に示した。2001年1月7日、新しい憲法が施行され、結社の自由の保障、男女の所有権の完全平等化、大統領任期の短縮(7年から5年へ)、国会議員定数の削減(140議席を20議席削減)などが実施された。その後、2001年4月の国会議員選挙を巡って連立与党「改革連合」内での対立が発生、ニアス首相(「進歩勢力連合(AFP)」党首)の罷免に繋がったが、2002年5月の地方議会選挙では与党連合が勝利を収めた。
▲アブドゥライ・ワッド大統領
このように、独立以降、軍事政権やクーデターを経験していないセネガルではあるが、ガンビアとギニアビサウに挟まれた南部カザマンス地方(カザマンス川流域)では、独立を主張する「カザマンス民主勢力運動」(MFDC。推定兵力2000〜3000人)が武力闘争を実施。同運動を蔭で支えていると言われるギニアビサオを聖域に、政府軍との間で断続的に戦火を交えている。1999年、同運動を支援しているとされるギニアビサオ軍のマネ将軍が射殺され、MFDCは政府との平和交渉のテーブルに戻ったが、2001年にはMFDCの内部分裂が表面化。内戦終結の目途は立っていない。
2001年12月20日、サンゴール初代大統領が静養先のフランス・ノルマンディー地方で95歳で死去した。■3、政治
●1、大統領(Le President de la Republique)
共和国大統領は憲法の守護者であり、セネガルにおける芸術及び文学の第一保護者である。大統領は国家の統合を体現し、諸制度の正常な機能、国家の独立及び領土の一体性を保証し、国家の政治を裁断し、閣議を統括する。
大統領は国防の責任者である。大統領は国防最高会議(Conseil superieur de la Defense nationale)及び国家安全保障会議(Conseil national de Securite)を統括する。大統領は国軍最高司令官であり、全ての軍事要員及び軍事機構を指揮する。
大統領は全国民を有権者とする直接選挙によって選出され、任期は5年。再選は一回だけ認められている。
大統領は、その権限を行使するには、政府(le Gouvernement)、内閣(le Cabinet)、大統領府官房(le Secretariat general)その他の部局及び大統領府を通じてこれを行う。大統領府は、国家元首(である大統領)が憲法上の任務を遂行できるようにするための全ての部局を含む。これらの部局は内閣総理大臣(Directeur de Cabinet)である国務大臣(Ministre d'Etat)の権限の下に置かれている。国家元首(大統領)は、私的補佐官、専門的補佐官、技術的補佐官および大統領決定によって指名される特別任務の責任者によって補佐される。大統領は、全ての省庁間会議を代表する。大統領府には、内閣及びその付属機関、大統領府官房及びその付属機関が含まれる。▲1、内閣
内閣総理大臣(Directeur de Cabinet)である国務大臣(Ministre d'Etat)によって指揮監督される共和国大統領内閣(Le Cabinet du President de la Republicque)は、以下のように組織されている。
○内閣総理大臣補佐(le Directeur de Cabinet adjoint) 1名
○内閣書記官長(le Chef du Cabinet) 1名
○特別補佐官(l'Assistant special) 1名
○補佐官(les Assistants)及び特別任務の責任者(les Charges de missions) 若干名
○内閣参事官部(Cellule des attaches au cabinet presidentiel)
○個人的秘書官(le Secretariat Particulier)
このうち、内閣総理大臣補佐は政令により任命され、その他の官職は政令又は大統領決定により任命される。内閣総理大臣は直属する補助者を自由に使い、決定により任命する。
内閣に属する部局は、以下のとおりである。
○儀典部(La Cellule des affaires protocolaires):大統領の儀典
○安全保障部(La Cellule securite):国軍監察、国家安全保障、最高国防会議事務局、安全保障会議事務局等
○仏語圏会議担当外交部(La Cellule diplomatique)
○監察院部(La Cellule des corps de controle):財務監査、国家行政契約評議会、反汚職事務局
○法務調整部(La Cellule de coordination des missions regaliennes):司法官最高会議事務局、司法部
○文化・芸術家連絡部(Le Bureau de la culture et des relations avec des artistes)▲2、大統領府官房
大統領府官房は、政令によって任命され、内閣総理大臣たる国務大臣の権限下に置かれる官房長官(Secretaire general)によて指揮監督される。大統領府官房長官は閣僚と同等の地位にあり、閣僚と同等の歳費及び職務上の優越権を持ち、内閣総理大臣たる国務大臣の代理決裁権を委譲されることができ、閣議、大統領主催の会議、省庁間会議に出席することができる。
官房長官は政令によって任命される官房長官補(le Secretaire general adjoint)の補佐を受ける。官房長官補は各省事務総長(Secretaire general de ministere、事務次官)と同等の地位にあり、官房長官が欠けたとき若しくは弾劾されたときはその職務を代行し、内閣総理大臣たる国務大臣の代理決裁権を委譲されることができる。
大統領府官房に属する部局は、以下のとおりである。
○経済財政予算部(La Cellule economique, financiere et fiscale)
○情報技術・通信部(La Cellule des nouvelles technologies de l'information et de la communication):電信電話規制、大統領府情報部、国家情報課、ラジオ研究室、電話番号・電信技術
○広報部(La Cellule communication):映像係、写真係、報道課、文書課、報道官
○大統領報道官(Le porte parole du President de la Republique)
○国家投資促進・大事業部(L'Agence nationale chargee de la Promotion de l'Investissement et des grands Travaux.)
○人権・平和高等弁務官事務所(Le Haut Commissariat des Droits de l'Homme et de la Paix)
○公共管理部(La Delegation au management public)
○技術評議部(La Cellule des conseillers techniques)
○行政管理部(La Cellule administrative et de gestion):国家遺産管理、施設管理、国家遺産建設・修復計画、郵政総監室、駐車場、文書、翻訳、複写、標準
○後方支援部(La Cellule d'appui technique et logistique):大統領軍事居住区、大統領飛行隊、大統領官邸管理、迎賓館管理、建設事務所
○危機管理室(La Cellule de crise)●2、国会(L'Assemblee nationale)
国会は立法権を持ち、国民がその立法権を行使するために、代表を送りこむ。国会は法律を作成し、行政活動を監視し、国政調査の動議により政権の問題行動を指摘することができる。国会議員の任期は5年。
▲セネガル国会
立法活動としては、国会は法律を作成する。法案は大統領又は議員がこれを提案することができる。法案は国会で審議され、可決されると、交付のために遅滞なく共和国大統領に送付される。
行政活動の監視としては、議員は政府各部に対して口頭又は文書により質問を行い、政府はこれに回答しなければならない。文書による質問(質問趣意書)は国会議長より共和国大統領に送付される。質問趣意書が提出されてから15日以内に政府からの回答が示されなかったときは、質問趣意書は口頭質問に形を変え、議長・副議長会議で審理されることになる。国会はまた、内部で調査委員会の設置を指令し、国政調査の動議を可決することができる。
議長(Le President)は議事を整理し、議長・副議長会議等を統括する。国会の立法行政は議長の権限の下に置かれ、事務総長(Secretaire Generale)によって補佐される。3人の副議長は議長の権限行使を補助する。その他、事務総長補、参事、国会職員等が置かれている。
2002年の国会議員選挙の結果、現在の議席数は以下のとおり(定数120議席)。
政党名 議席数 改革連合(SOPI Coalition) 89議席 進歩勢力連合(Alliance of Forces of Progress、AFP) 11議席 社会党(PS) 10議席 その他 10議席 ●3、行政(Le Gouvernement)
行政は、憲法第85条及び第86条に基き、共和国大統領及び国会に対して責任を負う。
現在の閣僚は以下のとおり。
○イドリッサ・セック(M. Idrissa SECK) 首相
○マッキー・サル(M. Macky SALL) 国務大臣、鉱業・エネルギー・水利大臣
○ランディング・サヴァンヌ(M. Landing SAVANE) 国務大臣、産業・家内工業大臣
○ユッスファ・ンディヤンヌ(M. Youssoupha NDIAYE) 国務大臣、スポーツ大臣
○シェイク・ティジャンヌ・ガッジョ(M. Cheikh Tidiane GADIO) 国務大臣、外務・アフリカ連合・在留邦人大臣
○セリーヌ・ディオップ博士(Professeur Serigne DIOP) 国璽尚書、司法大臣
○ナマドゥ・ニヤング将軍(General Mamadou NIANG) 内務大臣
○ベカイユ・ディオップ(M. Becaye DIOP) 軍務大臣
○アブドゥライ・ディオップ(M. Abdoulaye DIOP) 経済財政大臣
○ママドゥ・セック(M. Mamadou SECK) 国土・施設・交通大臣
○ムスタファ・スラン(M. Moustapha SOURANG) 教育大臣
○モドゥ・ファダ・ディアンヌ(M. Modou Fada DIAGNE) 環境・自然保護大臣
○アワ・マリー・コール・セック(Mme Awa Marie COLL SECK) 保健・衛生・防疫大臣
○ハビブ・シ(M. Habib SY) 農業・畜産大臣
○アワ・ギュイ・クベ(Mme Awa GUEYE KEBE) 家族・国民連帯大臣
○パプ・ディウフ(M. Pape DIOUF) 漁業大臣
○ウスマン・マセック・ンディアンヌ(M. Ousmane Masseck NDIAYE) 観光大臣
○マディック・ニャング(Me Madick・NIANG) 住居大臣
○イェロ・デ(M. Yero DE) 公共職業・労働・雇用・専門機関大臣
○マイムーナ・スラン・ンディール(Mme Maimouna SOURANG NDIR) 社会開発大臣
○アブドゥ・ファル(M. Abdou FALL) 文化・コミュニケーション大臣
○ママドゥ・ディオップ(M. Mamadou DIOP) 国会・地方・アフリカ連合関係大臣
○スーケイナ・ンディアエ・バ(Mme Soukeyna NDIAYE BA) 地方分権協力・地方計画経済大臣
○クリスチャン・シナ・ディアッタ(M. Christian Sina DIATTA) 科学技術研究大臣
○アイシャ・アニュ・プーイエ(Mme Aicha AGNE POUYE) PME・商業大臣
○セイドゥ・シ・サル(M. Seydou SY SALL) 都市・領土整備大臣
○サウダトゥ・ンディアエ・セック(Mme Saoudatou NDIAYE SECK) 女性起業・少額融資大臣
○アリゥ・ソー(M. Aliou SOW) 若年者大臣
○シェイク・ハジブゥー・スゥマール(M. Cheikh Hadjibou SOUMARE) 経済財政大臣代理、予算担当
○ティウェオ・シス・ドゥクール(Mme Thiewo CISSE DOUCOURE) 内務大臣代理、地域集団担当
○ジョージ・タンダン(M. Georges TENDENG) 教育大臣代理、専門能力・国語アルファベット化担当
○ンデイエ・カディ・ディオップ(Mme Ndeye Khady DIOP) 教育大臣代理、学校前教育担当
▲セネガル外務省庁舎
●4、軍事
セネガル軍は総兵力9400人で、この他に国家憲兵(Gendarmerie)5800人とセネガル駐留仏軍1170人(海兵隊歩兵大隊1個、海上哨戒機1機、輸送機1機、ヘリ1機。仏セネガル防衛協定に基く)がいる。
徴兵制(兵役2年間)を採用するも軍事力は小規模で、陸軍(兵力8000人)は7個軍管区司令部で機甲大隊4個(但し主力戦車なし)、歩兵大隊6個が主体であり(他に空挺大隊、砲兵大隊、コマンド大隊、大統領親衛大隊、建設中隊3個)、海軍もヨーロッパ製沿岸・内水哨戒艦艇10隻、空軍も対ゲリラ戦機8機が主兵力となっている。なお、国連コンゴ監視団(コンゴ民主共和国)にオブザーバー30人、国連イラク・クウェート監視団にオブザーバー6人を派遣している(以上、英国国際戦略研究所編『ミリタリー・バランス』2001〜2002年版)。
軍事予算は68.6百万米ドル(2002年)。●5、司法
司法は、フランス法を継受したもの中核とし、憲法院(Le Conseil Constitutionel。主として憲法違反や選挙関係の事件を扱う)、大審院(Le Conseil d'Etat)、控訴院(La Cour de Cassasion)、地方裁判所がある(1992年に制度改正された)。
▲ダカール港
■4、経済
国家予算は約413億CFAフランで、概ね東京都世田谷区の予算を下回る。予算年は暦年と同じ。
主要産業は農業(ラッカセイ、アワ、綿花)、漁業(まぐろ、かつお、えび、たこ)、鉱工業(燐鉱石、食品加工) で、一人あたり国民所得は490米ドル(2000年)。貧困に苦しむ人口は54%(2001年)あり、失業率は(都市部においては)48%に上る。
1994年、援助諸国の支持も受けた経済改革案を断行すべく、セネガルはCFAフランの50%切下げを行い、価格統制の段階的撤廃など緊縮財政、構造調整、民営化を推進。その結果、1995年から2001年まで年平均5%の経済成長(2001年は5.7%)を達成した。但し、年率1%以下だった物価上昇率は、2001年には3.3%になっている。
経済協力では、我が国はフランス(147.2百万米ドル)に次いで第2位の援助国(48.5百万米ドル)(2000年)。3位はアメリカ(22.9百万米ドル)、4位はドイツ(16.8百万米ドル)。
製作著作:健論会・中島 健 無断転載禁止
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