夢をめざして (その4)2003年5月バークレー滞在記

2003年7月2日 茂森 政


 今年も3月から5月中までアメリカのバークレー市に滞在し、英語学校に通いながら障害者へのボランティア活動実施の為の調査活動をやってきた。 日野自動車退任後、アメリカへ行ったのは4回でその内、長期は昨年の3ヶ月に続いて2回目となる。 この間、今までは息子の勇以外は知人も居なかったのが、今は多くの知人、友人、応援者が出来、その方々から心強い助言を頂いた。今回得られた情報も含め、昨年作成した今後の計画を、本文の最後で再策定したい。

 今回は2ヶ月と短期のため、アパートはやめ、安いホテルに泊まった。従って自炊は出来ないので、土日に勇のアパートで1週間分のおかずを勇の分も作り、それをレンタルの冷蔵庫で冷凍し、朝夕にマイクロウェーブで温めて食べた。前回は昼食もアパートに帰って食べたが、今回は学校の近くの食堂で安いランチメニューで済ました。

 前回はアパートから学校まで歩いて20分の所だったので、朝早めに家を出て大学のキャンパスを散策しながら通ったりして、一日一万歩は歩いたが、今回はホテルから学校までバスと電車で1時間半のところだった為、通学では歩数は稼げなかった。当初はホテルから電車の駅まで歩くつもりだったが、一度歩いてみて、思っていたより距離があるし、車はバンバンと通るのに、一時間歩いても誰にも人には会わないところだったので身の危険を感じ、バスで通う事にした。 そんな事でバスと電車を利用したが、これはこれで色々な体験をした。 ちなみにバス、電車とも65歳以上はシニア割引で半額以下だった。

 英語学校は前と同じバークレー市のダウンタウンにある、バークレー、イングリッシュ、アカデミーの下から2番目のレベル2に入った。ここで私より一つ年上の日本人の治夫さんと同級生となった。彼も会社をリタイアして昨年の9月からここで英語を学んでいる。昨年は20代前後の若者だけだったのに、同年代の日本語で話せる友が出来、しかも私程度に酒もたしなむ、と言う事で夕食をよく一緒にした。治夫さんは学生ビザを取得してきており、住まいも1DKのマンションのようなアパートをシニア割引で借りておられ、私も次回はぜひ借りたいと思った。 私が帰国するに当たっては、このシニア用アパートに付属したコミュニティ室でクラスの先生と生徒でパーティを開いてくれた。 わずか2ヶ月弱を共にしただけだったが、みんな良い人達だったし、私のやろうとしている夢に共感してくれていると感じた。

 学校は2時半に終る。そのあとは宿題、予習、もやったが、クラスメートとお茶もした。それから色々な人達とも金曜、土曜日も使い、精力的にお会いし、御意見を頂いた。重度の障害者でありながら、短大に通っているIさんとは彼のアテンダントをやっている日本人留学生達も入れて食事をしながら話をした。一度は日本から観光で来ていた養護学校の先生親子の観光案内をしながら、夜は前記Iさんとアテンダントグループそれに息子の勇も入れて食事を共にしながら、話をした。多分先生親子も頑張っている人達を見て単なる観光より勉強になったのではないかと思う。

 新たに出会った方や昨年に続き出会った方々とお茶したり、御自宅に食事に招いていただいたりした。保険業の方、不動産業、それのローンを紹介する人、お子さんが不自由なためアメリカに家族で移住され、その後アメリカで十分なサービスを受けられ、今は他の障害者のためにボランティアをされている方々、その障害者を行政との間で面倒見ておられるソシアルワーカーの方々など多くの方にお会いし御意見を頂いた。 その中でもベンチャー企業のコンサルタントをやられている山崎さんや留学希望者の面倒を見ておられる青木さんにはいろいろ相談にのっていただき具体的な提案も頂いた。

これらを現時点での結論として纏めると下記のようになる。

  1. アメリカでVISAを得るには会社を興し、それで経営者VISA を得るしか道は無い。
  2. 会社を興し、移民局からE ビザを得るには20万ドルの初期投資と事務所を開設する必要がある。 勿論事業計画書も監査される。 私の場合、営利を目的にしていないため、入る金より出る金の方が多くなる事は覚悟しなければならない。
  3. 事業計画の骨子としては、障害を持った留学希望者やアメリカでの生活体験希望者を支援する業務で、更にその障害者をボランティアでサポートしながら自らもアメリカ生活を楽しみたいシニアの方々の支援を行う事、等を業務とする。この業務を行う地域はあくまでも、世界で一番、障害者を物心両面で受け入れが進んだバークレーとする。シニアの方々も一年中気候もよくリベラルな町に満足いただけると思う。
以上の結論で一番の問題は資金をどう調達するかである。NPOを立ち上げて寄付を募るだけでなく、国等からの補助金も期待できないか帰国後検討したい。

追記
 前記、重度障害のIさんから相談したいとのメールを貰い、帰国前に会いに出かけた。その相談とは、今までは日本の自治体から重度障害の介護料として月50万円くらい出ていたのが、この四月から法律が変わり貰えなくなったとの事で、当面は親の遺産で何とかしのぐけど、小遣い稼ぎのために、私のやろうとしているボランティア活動を手伝わしてほしとの事だった。まだ私の活動はこれからなので、本格的に動き出したら、その時はお願いすると言う事にした。  しかしどうして、介護費用が出なくなくなったのか、そのほうが大いに気になると言うか、おかしな話だと思い、本人は諦めているが、私は帰国後調べる事にした。


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