ブラックバス釣りの雑談
書きたいことを適当に書いてますので、暇つぶしにどうぞ。
<昔から変わらないアメリカ製ルアーについて> (07/09/2000)
日本製のルアーというのはそれなりに移りかわりが激しく、ついこの間までメジャーだったルアーがもう売っていなかったりすることがよくある。例えばメガバス。ぼくがルアー釣りを再開した1990年ごろ、メガバスのプラグ系のラインナップは、ベイト-X(クランクベイト)、ライブ-X(ミノー?系)、バイブ-X(バイブレーション・プラグ)、ドッグ-X(ペンシルベイト)だったけど、今現在も売っているのはバイブ-Xとドッグ-Xだけである(と思う)。もっとも、この二つでさえも影が薄いけど。
それに比べて、アメリカ製のルアーは本当に息が長く(というか、改善がなされないといったほうが正しいかも)、今現在、うちの近所のディスカウント・ストアで売っているルアーのほとんどは、ぼくの小学生のころからあったものばかりである。例えば、ラトルトラップ。これなんぞは、ぼくが小学生6年生のころ、今はなき日本橋東急にあった釣り道具屋さんで、母親におねだりして買ってもらったルアーである。ほかにもホッテントット。このルアーも、やはりぼくが小学生のころ、当時バスがいた数少ない湖のひとつであった相模湖のヒットルアーとしてもてはやされており、自宅から自転車漕ぎ漕ぎ川口の東口にあった忠実屋(現バンドール)まで買いに行った記憶がある。
その他にも、ラパラ・オリジナルやポップR、フラ・ホッパーなど、もう20年以上も現役で居続けるアメリカ製ルアーはたくさんある。これらのルアーは、確かにいまだに釣れるといえば釣れるけど、それでも重心移動機能などの最新システムを搭載した日本製ルアーにはかないっこない。なんか、こういうところにアメリカらしさの一面が垣間見られる気がする。(おおー、社会派な文章!)
日本製ルアー:ライブ-X(上)は
DEEP X-100(下)に世代交代。アメリカ製ルアー:昔から現役のルアーたち。
わざわざ写真を貼る必要もなかったかな。。。。
<小さいころの話(たぶんその1)> (07/09/2000)
ということで、ぼくは小学生のころからブラックバス釣りに興味をもっていたわけなんですが、当時は地理的にも、技術的にも、バスが釣れるわけがなかったです。はい。それでも、ブラックバス釣りが好きで、幼いなりにいろんなことをやりました。
例えば小学校6年生のとき、自分でルアーを作りました。なんだかよくわかんないけど、学校で「みんなの時間」という何でも自由に好きなことをやっていい時間があって、そのときに工作室でルアーを作ったのです。電動糸鋸みたいので、材木を切って。。。 ちなみにプラグです(もちろん、ワームとか、スピナーベイトが作れるわけないです)。
もっとも、小学6年生のこどもにたいしたルアーができるわけもない。完成したルアーははっきり言って自分のこぶしくらいあって、色は緑色のマジックで塗った。お風呂場で浮かしたら、バランスが悪かったので、おなかのところを彫刻刀で彫って、ナツメ形オモリをくっつけた。
後日、できたルアーを投げに、友達と荒川に行った。ただでさえ大きすぎる自作ルアーは、1000円くらいの安売りスピニングロッドには明らかに重く、死ぬほどロッドがしなって、逆に死ぬほど飛んだ。アクションは案外まともで、ジッターバグのようにチマチマと水面を泳いだ。
こう考えてみると、小さいころのぼくは結構けなげだった。自分でいうのもなんだけど。あのルアー、とっておけばよかったな。。。
<むかし(1980年頃)の埼玉県南のブラックバスについて> (06/16/2000)
皆さん知っていると思いますが、昔はブラックバスというのはこんなに全国どこにでもいる魚ではなかった。ぼくがブラックバスに初めて興味をもったのは小学校4年生(1978年)のころだけど、そのときブラックバスがいる湖として挙げられていたのが、関東近郊では芦ノ湖、相模湖、津久井湖、それと富士五湖のいくつか(だけ)。で、新しい釣り場として、「こんなところにもブラックバスがいた!」という感じになったいたのが、神流湖と千葉の御蛇ヶ池。つまり、当時のブラックバスは、いくら道具を買い揃えたとしても埼玉の県南部(埼玉県蕨市)に住む小学生には釣れる魚ではなかったのです。地理的に。
ところがある日(小学校5年=1979年のときかな?)、ぼくの友達が「東京都の北区にある浮間が池(現在、埼京線の浮間船渡駅ができているあたり)でブラックバスが釣れるらしい」という情報を聞きつけてきた。わくわくしながら、竿を片手に自転車漕いで行ってみると、浮き釣りをしている人たちの間に混じって、ルアーを投げている子ども達がちらほら。この日は結局ブラックバスを釣ることはできなかったのだけど、これがぼくにとっての最初のブラックバス釣り。
そしてまたある日、同じ友達が、今度は「近所のおじさんが戸田ボートでハゼ釣りしてたら、ブラックバスが釣れたらしい。珍しい魚なので水槽で飼っている」という情報を持ってきた。友達と自転車漕ぎ漕ぎ行ってみると、確かに水槽のなかに、本で見たのと同じブラックバスがいた。30センチくらいだったかな? これがぼくが、最初にブラックバスを見たとき。
そしてちょうど同じころ、友達の間で「浦和の別所沼で、きれいな魚が取れる」という噂が広まった。学校の帰りか何かに別所沼に行って、四つ手網で魚を取っている人の見学をしていたら、その人の網にも、ちょうどタナゴくらいの大きさのきれいな魚がはいってた。数年後にそうだとわかったんだけど、これがぼくが最初に見たブルーギル。ブルーギルも、当時は静岡だか山梨のなんとか湖にしかいなくて、幻の魚扱いを受けていた。今では考えられないことだけど。
非常にありがちだけど、その後ぼくは中学校に入って、釣りというものからすっかり遠ざかってしまった。で、再びつり竿(といっても竹の延べ竿だけど)を手にしたのは、約10年後(1987年)の浪人生のときになるんだけど、そのころはもう、戸田ボートではブラックバスは簡単に釣れた(もっともミミズでだけどね)。朝からお昼まで釣って、15センチくらいのが、5、6匹は釣れた。ブルーギルはもっと釣れて、うちの奥さんはぼくと一緒に釣りに行って、1時間で30匹くらい釣った。
戸田ボートも、それから別所沼も、昔は手長エビが釣れることで有名だったんだけど、今は手長エビを釣っている人はすっかりいなくなってしまいました。。。
<「釣りキチ三平」におけるブラックバスについて> (06/16/2000)
釣りといえば、「釣りキチ三平」である(?)。「釣りキチ三平」にも、ブラックバス釣りは出てきた。ぼくの記憶が正しければ、たしか釣りキチ三平は、ラジコンのボートにルアーをくっつけて、トローリングをしてブラックバスを釣っていた(はず)。なかなかするどい釣り方である。