1.電子情報と紙情報〜リスク社会の中で
| 11月14日の日記に就職活動用のノートをつけ始めた、と書いたが何故この時代にノートなのだろうか、と自分も考え込んでしまった。パソコンで管理したほうが使い勝手が良いし、データ管理は格段に楽である。企業別のリストなどもエクセルに落とせば50音順に並べられるし、日程別に整理することも簡単である。就職活動の記録をノートに残すのはただ単に持ち運びが簡単という利便性の問題もあるが、実は本音はそれだけではない。情報の存続の確実性・またそのリスク管理の容易さにおいて紙情報のほうが安心感を与えるからである。 オーストラリアに留学して情報管理において困ったことが2つある。ひとつはパソコンの故障によりデータの取出しが不可能になったこと、もうひとつは携帯電話の電話帳リストのデータ消失である。 パソコンの故障と言うのは、3月はじめにラップトップの液晶ディスプレイが突然暗転し、液晶パネル熱を持ち始め焦げ臭いにおいが部屋に広がったことがあった。すぐにメーカーに電話を掛けて事情を告げ、海外保障に加入していたことから無料で新品の代替品を送ってもらい事なきを得たのだが、以前のラップトップに入っていたデータはすべて取り出すことが不可能になってしまった。メーカーの要望で故障品を送り返すようにいわれた際に、「ハードディスクが故障したのではないからメールアドレスのリストくらいは取り出せないか?」と聞いたのだがそれは無理な相談、と断られてしまった。おかげで多くの友人の連絡先を失い、いくつかのワードファイル・音楽ファイルを失った。幸いにして、そのラップトップは渡航直前に購入したものだったため損害はそれほど大きくは無かったが、それでも喜べたものではない。 携帯電話のケースというのは、こちらに来て半年以上たった先月、とある必要から初めて充電を試みたところディスプレイに表示される日付・時刻が「00月00日00:00」になっていたのである。驚いた私は久しぶりの慣れない手つきで「電話帳」を確認するとデータは0(ゼロ)、今までの受信メールやメールアドレスもすべてなくなっていたのだ。おそらくこれはあまりにも長期間受電をせずに放っておいたために機械が出荷時の状態に戻ってしまったものだと思われるが、おかげで200件以上あった友人たちの電話番号・メールアドレスを失ってしまった。そもそも日本を出るときに(200件もメモを取ることは面倒だが)携帯電話の情報をパソコンに落とすソフトを買っておけばよかった、「たかだか3000円くらいでできたことなのに・・・」と後悔は尽きないが(しかし、それをフロッピーやCDにバックアップを取っていなければパソコンが故障したわけであるから同じ結果に終わったのかも知れないが・・・)すべて後の祭りである。せっかく持参した携帯電話は「ただの箱」「無用の長物」と化してしまったのである。 ここで敢えて反省するならば、バックアップをとっていなかったと言うことであろうか。もしフロッピーにすべての情報を収めていたならば問題はそれほど大きくはならなかったのかもしれない。ひとえに自身のリスク管理の甘さ、という言葉で片付けられるのかもしれなが、しかし日常的な情報すべてにバックアップをとるなど、至極面倒なことである。もっと日常から戦略的に生きていれば問題は最小化することができるのかもしれないが、常にリスク管理を強いられるのはまことに面倒なことだ。 話はそれるが、こう考えてみると現代社会というのは本当にリスクにあふれている。私たちを取り巻くもの、すべて不確実性の高いものばかりである。Yahoo!Japanに「リスク社会」と入れてみると486件ヒットする。この用語はドイツの犯罪社会学者U.ベックによる「リスク社会」という本が出版されて以来ポピュラーになった言葉だが、ベックは産業革命以降の近代社会は財の生産が拡大された反面、その代償として生産の過程で生み出された放射能や化学物質などのあらゆる人工的なリスクをコントロールできない社会が出来上がってしまった、と言っている。まさに、私の「データ消失事件」もリスク社会の賜物なのである。9月11日以来、危機管理という言葉が声高に叫ばれるようになったが、21世紀の高度情報社会においては情報の危機管理・セキュリティの重要性は増すばかりである。民間でeビジネスが拡大すると同時に、各国政府においても行政手続の簡素化・効率化のために電子政府が構築されているが、セキュリティはシステム構築の中での最重要課題である。まさに、危機管理・リスク管理という言葉が国家運営や企業統治において大きな鍵を握るようになってきているのだ。 確かに、情報の電子的管理は非常に便利である。しかし、それにはリスク(データ消失・データの覗き見・改ざんなど)が伴う。その情報の重要性が高ければ高いほど、それに対するリスクも高く、危機管理の重要性も増してくる。ただ、この危機管理にそれほどの労力を割こうと思えない場合・あるいはそれが不可能な場合は、必ずしも情報を電子化することが得策とはいえない。そういった際に紙情報の重要性に気づく。紙情報は電子情報に見られるようなリスク・不確実性が少なく、使い方によっては電子情報をも上回る利便性を備えているのだ。リスク社会の中で絶対的な「安心」がそこにはある。こののような理由から就職活動の記録はノートにつけることにした。ただでさえ不安が多い就職活動にそれ以上の余計な不安はご免である。そんな時、デジタル社会のなかでアナログなものに「居心地のよさ」を感じてしまう自分を見つけた。 2002年11月14日 |