2001年タイプーサム
 

200126日早朝、リトルインディアのロード(神)ムルガ像が、シャリオット(山車)に乗ってウオーターフォールのスリマリアマン寺院に向かった。Jalan Utamaでは数日前からに屋台が立ち並び、道路に鮮やかなペイントが施されている。ジョージタウンにはケダ州、ペラ州からヒンドゥー教徒が集まり出した。今年も狂気の祭り「タイプーサム」が始まった。
     

Jalan Utamaの屋台(?)
深夜までインド音楽が・・・。

シャリオットの通る道を清める
ココナッツが山済みに

銀色に輝くシャリオットが2頭の
雄牛に引かれムルガ神を運ぶ
     
     
27日、今日ペナン州はPublic holidayである。夕刻、ローカルの友人が「タイプーサムを見に行こう」と嫌がる私を連れ出した。向かったのはJalan Dato Keramatのスタジアム前広場(ペナン刑務所の向かい)。ここにヒンドゥー教徒は集結し、スリマリアマン寺院までの旅の身支度を始めるのだ。

広場は既に異様な雰囲気に包まれている。カバディー(個人用お神輿)を担いだ男は、インド音楽に合わせ踊り狂っている。隣では「ホゥッホゥッホゥッ」と掛け声を上げながら男の背中にでかい釣り針を突き刺している。そればかりではなく、釣り針に結んだロープを後ろから力一杯引っ張るのである。一方では釣り針にマンゴーをぶら下げている者もいる。「奴らはマゾか!何でこんなとこに連れて来るんだよKanちゃん。」

広場にはマゾ男を励ますために家族、親戚、友人も集まる、そしてガールフレンドも・・・・。「んっ?今の娘可愛いじゃん。」 私の関心はマゾ男からインディアンガールに移った。「おやっ?こっちの娘は若い頃のシャデーみたいだぞ。」 何を隠そう私はインディアンが好きである。ヨーローピアンの様に彫りの深い顔、浅黒いがその分しわやシミが目立たない。サリはカラフルでファッショナブルで、ちょっとセクシーである。「やっぱり来て良かった。」

     

カバディー(個人用お神輿)を担ぎ
インド音楽に合わせ踊り狂う信者

背中にカジキマグロ釣り用(?)の針
を引っ掛け後ろから力一杯引っ張る

「お願いだから無理しないでね」
「大丈夫だよ、心配するなって」
     
     
2月8日夕刻、ウォーターフォールにいたロードムルガが、シャリオット(山車)に乗ってリトルインディアまで帰って行く。その行程のマカリスタ通りには信者が集まり出した。私もカメラを持って深夜のマカリスター通りに向かった。やがてシャリオットが到着するとココナッツクラッシュで道が清められる。シャリオットは時々停まり信者から奉納を受ける。そこにはマゾ男の荒行は無い。ひたむきに祈りを捧げる信者の姿に、神聖な宗教行事であった事を思い出した。キュートなインディアンガールを激写したかった私だが、ここは自粛することにした。

そして3日間に及ぶ2001年のタイプーサムは幕を綴じた。この晩マカリスター通りは閉鎖され、ジョージタウンは深夜まで激しい渋滞に陥った。

     

ココナッツクラッシュが終わると
ブルトーザがあっという間に清掃

そしてロードムルガ像を積んだ
シャリオット(山車)が到着する

一心に祈りを捧げる信者たち
     
     
「おまけ−タイプーサムの由来」

ある日ヒンドゥーの神「シバ」は、二人の息子に世界一周の旅を命じた。血気盛んな「ムルガ」は早速孔雀に乗り旅立った。一方要領の良い「ビィガナ」はシバに「両親と世界は同一概念であるか?」と問うた。シバは「同じである」と答え、両親の周り1周したビィガナは世界一周の旅を終えた。頭に来たのは苦行の旅を終えたムルガ、ビィガナの話を聞いていじけて山にこもってしまった。シバはそんなムルガを不憫に思い、ヒンドゥー教徒にムルガに祈りを捧げることを命じた。知恵比べに負けたムルガではあるが、彼の行為は賛美されることになった。「スポーツ根性」ドラマに馴染んだ日本人にも、なんとなく理解できるのではないだろうか。

タイプーサムでは願い事のかなったヒンドゥー教徒が、ムルガに敬意を払い、寺院まで苦行の旅を行う。しかしその苦行はあまりに危険なため、本国インドでは禁止された。今では世界中でペナンとKLでしかやらない貴重な祭りなのである。

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