深夜の恐怖

日本からのゲストに「ペナンってどんな処ですか?」と聞かれた際、皆様はなんて答えるだろう。私は「観光地としては物足りないが、住むには良い処ですよ。」と答える。理由は物価が安い、治安が良い、対日感情が良い、等などである。ただし日本に比べ貧富の差が大きいので、治安、衛生面には配慮が必要である。特に路上ひったくり、空き巣、強盗被害、等の防犯に関して日常生活には注意を怠ってはならない。

私の住まいは幹線道路から1本入った処にある、4階建8世帯のこじんまりとしたアパートである。1階にオーナーの娘さん一家が住んでいる事もあり、華人のセキュリティーガードが24時間常駐している。更に建物に入るドアはパスワードで開錠する必要がある。玄関ドアはダブルロックで南京錠アイアン(鉄格子)が付いている。更に2階までの部屋の窓はアイアンが張られている。セキュリティーは万全であると思っていた。

「夜の訪問者・・・・?」

旧正月気分の抜けきらぬ214日の午後10時過ぎの事である。二日酔いの私は夕食後にソファーで寝入っていた。すると突然女房にたたき起こされた。彼女は「誰かが家の中に居る」と蒼ざめている。どこかの部屋で「ゴトン」と物が落ちる音がしたというのだ。安眠妨害された私は極めて不機嫌であったが、彼女は「お願い部屋を調べてきて。気をつけてね。」と脅えている。

そんな事を言われると小心者の私も心配になってきたが、勇気を振り絞って一部屋ずつ調べ始めた。「もし空き巣だったらどうしよう?」 華奢な華人だったらスイーパーホルドで締め落としてやるが、ごついインド人や凶器を持っていたらかなり危険な状況である。幸いにも全ての部屋を調べたが誰も居なかった。更には物が落下した形跡も無い。多分女房の空耳だったのだろう。人間の感覚なんて結構いい加減なものだ。彼女は脅えながらも11時前にはベットに入った。

一方私は食後に一時間ほど熟睡したので目が冴えてしまい、ソファーに寝転びNHKの深夜ドラマを見始めた。そして爆竹の音が収まった深夜1時過ぎ、部屋の隅で「ゴトン」という音がはっきりと聞こえた。スーツケースを床に置いたような鈍い音である。空耳ではないし屋外からの音でもない。「やはり誰か居るのか・・・・?」 手元に武器になる様なものは無い。私は心臓の高鳴りを感じながら、リビング隅で唯一死角になっている玄関に向かった。

薄暗い玄関には誰もいなかった。そして物が落下した形跡は無い。ただし「ゴトン」という音は確かにしたのだ、決して空耳ではない。確かにリビングルーム内で何かが起こっている。私はインドネシア駐在の友人から聞いた「とある可能性」を思い出し部屋を歩き回った。しかしその痕跡は見当たらなかった。

私はあきらめて再びソファーに横になったその瞬間・・・・。「カリカリカリカリカリカリッ」という細かな金属音が始まった。そして「ミシッ ミシミシミシッ」という連続したきしみ音が、更に「ゴトン」という落下音が続く。そして遂に「バキッ」 という音がしてフロアのタイルが砕けた。続いて堰を切った様に「バキバキバキッ」と大きな音を立ててタイルが隆起し始めた。

この地殻変動(?)は約20秒間続き、20枚ほどのタイルを隆起させ、そのうち4枚のタイルを砕いた後に収まった。この騒音に驚いて飛び起きて来た女房と隆起した床をしばし呆然と眺めた。

つまり最初の「ゴトン」という落下音は空き巣の発した物音ではなく、タイルを固定するコンクリートが床から剥がれる音であった訳である。フロアのタイルが突然盛り上がるこの現象は、東南アジアの住宅で時々起こる。ペナンの高級(と言われる)コンドミニアムでも時々起こる問題である。建物に生じた歪みがタイルに圧力をかけ、逃げ場を失った内部応力がタイルを破壊するのである。時には窓ガラスが割れることもある。これで深夜の怪音の正体が判明した。

「憂鬱な修繕工事」

空き巣でないことにほっとすると同時に、修繕工事のことを考えると憂鬱になった。なぜなら工事中は嫌がる女房に協力してもらう事になるからだ。なぜ嫌がるかというと・・・・あまり大きな声ではいえないが、ペナンの奥様方は習い事、ランチ、ゴルフ、ショッピングと非常に忙しいのである。業者は約束した時間に来ないし、来たら来たで騒音と粉塵に包まれた部屋で留守番しなくてはならない。

翌日、早速メンテナンスのMr.Chongに電話して下見に来てもらうことにした。勿論、約束の時間に来なかった。工事は数日間かかると言っていたので、家具電気製品類をベッドルームへ移動して工事に備えた。知り合いの方が同じ状況に遭った際はリビングルーム全てのタイルを交換したため一週間掛かったと言う。業者が来たのは10日後の125日であった。ただし修理するのは割れたタイルのみで、工事は一日で終わると言う。私は昼過ぎに全ての部屋に鍵を掛け、南京錠でアイアンの戸締りを頼みゴルフに行く事にした。夕刻に帰宅すると、交換したタイルの色は以前と違っていた。

(2002225)

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