ペナンの怪談話
 

ペナンの華人の間で、幽霊の存在は否定されていない。毎年一ヶ月間に渡り、悪霊が現世にさまよい出るとされる「ハングリーゴーストフェスティバル」が催される。この期間華人の家々では、飢えた幽霊が家に住み着かぬ様、お供え物をする。ただし、私は幽霊や霊魂の存在は一切信じない。それは人間が本能的に持つ恐怖心と思っている。ある人はその存在を遠い昔の天敵の記憶とも言う。原始時代の肉食猛獣とも、異星人とも言われる。

私はペナンでその存在に恐怖し、身の凍る思いをしようとは、夢にも思わなかった。それは2001年8月3日、宴会を終え深夜2時過ぎに帰宅したの際の出来事である。

私の住むアパートは幹線通りから、少し入った所にある。静かである反面、深夜は人通りは全く無い寂しい処である。4階建て8世帯のこじんまりしたアパートは、4世帯しか入居していない。つまり半数は空家である。駐車場に車を収めた私は、パスワードでセキュリティーゲートを開けた。この時間のエレベータホールは静まり返っており、当然ながら人の気配は無い。皆寝静まっている為、エレベータの使用を躊躇したが、一階にとまっていたので使うことにした。エレベータは数時間使われなかったと見えて、ドアが開いてから内部の照明が点灯した。

そしてエレベータに乗り込んだ瞬間、私は全身に鳥肌が立つのを感じた。私の左肘を誰かがそっと触れたのだ。女性と思われる柔らかくも冷たい感触だった。エレベータホールには一瞬前まで誰もいなかった筈である。アパートの住人が足音も立てずに忍び寄り、無言で何かを語りかけているのか?そんな神業は不可能である。女房が私を驚かそうとしているのか? そんなはずは無い、彼女は一週間前から日本に帰っている。

そして私は反射的に振り向いた。薄明るいエレベータホールには誰もいない。しかし気のせいではない。その柔らかい指先は、今も私の左肘をそっと撫でている。つまりその指先の主は、すでにエレベータに乗り込んでいるのだ。私は一瞬にして酔いが覚めた。

さて、人気の少ない夜に現れる、このゴーストの正体とは? もうお解りでしょう。そうです、ペナンに住む人は必ずといっていいほど対面する「ヤモリ君」である彼はエレベータ扉付近に潜んでいた。そこに突然扉が開き、照明が点灯して私が入って来た訳である。驚いた彼は咄嗟にジャンプしたが、誤って私の左肘に着地してしまった。彼はしばし私の腕を歩き回った後、床にジャンプして物陰に去っていった。

彼らは光に集まる昆虫を餌にするため、人間の住む明るいところに好んで棲息する。建物外壁はもちろんの事、わずかな隙間から民家に入り込み、人の気配を感じるとすばやく物陰に隠れる。そして寝静まったころ徘徊し「クエッケッケッ」と泣き声をあげる。ごま粒大の糞の有無でその出現を確認できる。

体長は子どもは2〜3cmで、大人でもせいぜい10cm程度である。体にうろこは無く、色は透き通るようなピンク色から、グレムリンの様なまだら模様まで様々である。

手足には吸盤になっており、天井だろうと壁だろうと、自由自在に駆け回る。小さな体で3〜5mは平気でジャンプする。体の側面に脱皮した跡の様に皮が捲れあがっており、これがパラシュートの役割を果たすそうだ。

ペナンに長く住む人の中には、私と同じ経験をした方もいる様である。キッチンで手の甲に落ちてきたとか、屋台で首筋に飛びついてきた等、シチュエーションは様々である。蚊などの害虫を食べてくれる、愛すべき夜行性の益獣だが、嫌いな方にとっては誠に気の毒な話である。

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