
1日目
5ヶ月前のあの日、腹部に銃弾を受けた太一君を美帆君が運んできた時は流石に息が止まる思いだった。
しかも美帆君まで肩にボウガンの矢を貫通させられていた。
事件の経緯が気になったが、それより何より二人の怪我を治療する方が先決だった。
特に太一君の方は可成り危険な状態だった。
美帆君の手術は幸い矢の摘出、傷口の消毒、縫合だけで済んだ。
しかし太一君の手術は8時間にも及んだ。
一時は心拍停止の一歩手前まで至っていたものの、何とか手術は成功し、太一君は一命を取り留めた。
美帆君は手術自体は比較的短時間で終わったが、どうも様子が変だった。
事件の経緯を訪ねても上の空で何やらブツブツ呟いていた。
注意深く聞いてみると「弟を・・・弟・・・を・・・」と、繰り返し呟いているようだった。
「大丈夫、太一君は必ず助けるよ」
そう声を掛けると安心したような様子で眠りに就いてしまった。
太一君は意識が戻ると直ぐに美帆君の事を気に掛けた。
しかし私は病院に来た時、美帆君と2つ約束をしていた。
それは、太一君を助ける事、そして、太一君が回復しても美帆君の居場所を絶対に教えない事だった。
私は彼らの能力を知っていたから見破られる事を恐れていたが、
太一君は私の嘘をすんなりと信用してくれた。
美帆君との約束が守れて安心した反面、太一君に対する罪の意識を感じずには居られなかった。
風の噂では今も太一君は美帆君を捜し続けているらしい。
そしてその美帆君は今日、5ヶ月の昏睡状態から目を覚ました。
2日目
美帆君は昨日目を覚ましたが、精神的な原因からか、自分の名前以外すべて忘れてしまっていた。
話し掛けても殆ど返事も出来ない状態で、半覚醒状態に近かった。
ロールシャッハテストや心理テストで精神状態を調べてみたが結果はどれも芳しくない物ばかりだった。
どのテストの結果も精神に異常をきたしているという物だった。
その中でも過去に関係のあった人物の写真を見せて反応を見るテストでは酷い結果を見る事になった。
御両親の写真、幼少期の美帆君の写真、祖父母の写真を見せた時は知らないという答えが返ってきたが、
太一君の写真を見せた瞬間、叫び声をあげ、まるで自分の姿を隠すかのように部屋の隅で縮こまってしまった。
そして結局美帆君が落ちついたのは日付が変わった今日の午前10時26分頃だった。
しかし今度は患者の様子を見るために取り付けてあったマジックミラーに映った自分の姿を見た途端、
怒りとも恐怖ともとれるような反応をし、マジックミラーに殴りかかった。
暴れる患者は少なくないので病室にあるマジックミラーは簡単には割れない様になっているが、
5ヶ月間の昏睡状態にあった美帆君の体は可成り弱っていた為、直ぐに医師が駆けつけて止めさせた。
そうして一旦美帆君をマジックミラーの無い個室に隔離し、病室のマジックミラーを布ですっぽりと隠してしまった。
是で隣室から美帆君の様子を見る事は出来なくなってしまった。巡回の回数を増やすしかないだろう。
3日目
午前中、美帆君の様子は落ちついていた。
巡回の医師や看護婦が話し掛けると、頼りないが返事は帰ってきている。
しかし、目の焦点は常に合わず、ぼんやりしている。
取り敢えず午前の巡回で異常は見られなかったので安心していた。
しかし、昼の巡回に行った看護婦が酷く狼狽した様子で医局に連絡を入れていた。
美帆君が自分の腕に何カ所も噛み傷を付けていたと言う事だった。
4日目
昨日の美帆君の行動の原因は恐らく、一昨日の写真のせいだろう。
今の自分の姿を太一君に見られる事を心から恐れている。
マジックミラーに映った自分に対して殴りかかったのも、自分の腕に噛みついたことも、
どちらも自己否定の行動と捉える事が出来る。
今日は比較的落ちついているようだったが、報告によると部屋の中をうろうろしているとの事だった。
どうも浴室に繋がるドアに関心を示しているらしい。
直ぐに美帆君を散歩に出し、浴室の鏡を外させ、水道の元栓を閉め、浴槽のゴム栓を外しておいた。
まさかとは思うが溺死の可能性は否定できない。
用心に越したことはない。
5日目
今日も美帆君の様子は落ちついているようだった。
しかし食事は相変わらず殆ど採らない。
仕方がないので今日も栄養剤を何種類か投与させた。
カウンセリングの結果は相変わらずだった。
美帆君は精神的に可成り深い傷を負っているらしい。
一体何が、彼女にあれ程の傷を負わせたのだろう。
6日目
美帆君がまた自分の腕を傷つけた。
切欠は不明だが、午前の巡回の時に自分の腕に噛みついている所を発見されたらしい。
毎日のカウンセリングから来るストレスだろうか、取り敢えず今日のカウンセリングは中止する事にした。
7日目
美帆君の体調は相変わらず芳しくない。
食事は一口二口食べるだけで、後は水と栄養剤だけだから仕方のない事だが
是ではいつか体を壊してしまうだろう。
そこで、明日から食欲増進剤を新たに処方する事にした。
是で食事を採ってくれる様になればよいのだが・・・。
8日目
食欲増進剤の効果は多少だがあった。
食事を半分ほど食べてくれた。
消化器官も弱っているようだから、いきなり多量に食べるのも良くないだろう。
今日は是でよしとしよう。
精神状態も比較的落ちついているようだ。
カウンセリングもスムーズに進行し、若干だが回復の兆しが見えるという結果が出た。
今は全快を願うばかりだ。
9日目
恐れていたことが起こってしまった。
太一君が病院を訪れてきた。
どうも美帆君が此処にいる事を突き止めたらしい。
院長室に来た太一君の表情は硬かった。
部屋に気まずい空気が流れ、口を開く気になれなかったが太一君も同じなのだろう、俯いて黙っている。
私は意を決して口を開いた。
「美帆君の居場所を突き止めたらしいね・・・」
太一君の表情は私の言葉を素直に受け取っていない事を物語っていた。
「はい・・・。情報が嘘でなければ、の話ですが・・・」
厭な予感は当たった。しかし美帆君に太一君を会わせるわけにはいかない。
「そうか。では言っておくが、此処には美帆君はおらんぞ」
「其れは本当でしょうね?」
「ああ。本当だ」
無駄な抵抗だとは分かっていたが嘘をつかないわけにはいかなかった。
そんな私の考えを察したのか、太一君は私に止めを刺した。
「僕がその気になれば、貴方が嘘をついているかどうか
簡単に見破ることが出来るんですよ?
其の事は御存知ですよね」
もうこれ以上悪あがきをしても仕方がない。是が最後の抵抗だと思った。
「真実を知れば傷つく事になるぞ。・・・君だけじゃなく、美帆君も、だ」
是で太一君の答がYESならば、会わせるしかないだろう。
私は祈るような気持ちで太一君の反応を待った。
しかし太一君の答は私の希望とは正反対のものだった。
「今、此処で真実を知らないと
僕はこれからもずっと姉さんを捜し続けなければいけません。
構いません。教えてください」
此処まで言われて私に断る権利はもはや無いだろう、私は渋々了解した。
太一君を精神科病棟に連れていき、美帆君の病室の前で病室のカギを手渡した。
太一君は戸惑いを隠せない様子だった。しかし意を決したようにカギを開けた。
美帆君を見た瞬間、太一君は固まってしまった。
見てみると、今はもう落ちついているが腕から血が流れていた。
「またやったのか・・・仕方ないな」
私の言葉に疑問を感じたのか、太一君はその意味を聞いてきた。
私は簡単に美帆君の自傷行為について説明し、その原因に心当たりがないか聞いた。
「・・・この人は、僕の本当の姉ではありません・・・・・・・・・」
その答の意味を私は直ぐには理解できなかった。更に説明を求めると信じられない答が返ってきた。
美帆君は実はクローンだった事、本当の美帆君が御両親を殺害した事、
羅教という裏社会の組織、その組織との戦い・・・。
美帆君や御両親とは以前から知り合いだったため、エンパスという能力についての話は聞いていたが、
まさかこの様な事実があるとは予想だにしていなかった。
太一君の話が終わった時、美帆君がゆっくりと此方を向いた。
まずいと思い、咄嗟に太一君を部屋の外に出そうとしたが一瞬遅かった。
美帆君は叫び声をあげ、部屋の隅に縮こまってしまった。
写真を見せた時よりも酷い反応だった。
太一君は美帆君の姿を見て相当ショックを受けた様で、
帰ります、と呟くとふらふらと病院から立ち去っていってしまった。
それから半日ほど経って、急に美帆君は暴れだし、部屋の物を壊し始めた。
これ以上薬品を投与するのは避けたかったが、仕方なく鎮静剤を投与してベッドで眠らせて置いた。
矢張り合わせるべきではなかったのかも知れない。
10日目
最悪の事態になってしまった。美帆君が自殺を図ったのだ。
こうして文章を書く手が今でも震えているのが分かる。
朝の巡回では鎮静剤がきれていなかった為美帆君は眠っていた。
そして昼前の巡回では、美帆君はベッドに腰掛けてぼんやりしていた。
しかし、昼過ぎに巡回した時既に、美帆君は手首の皮膚を食いちぎってしまっていた。
直ぐに太一君に連絡を入れ、緊急オペを命じたが、急患で手術室は込み合って直ぐにオペが出来ない状態だった。
ともかく応急処置を施して、手術室が空くのをジリジリと待っていると太一君が病室に駆け込んできた。
太一君は涙を流しながら気を失っている美帆君に呼びかけていた。
出血は殆ど止まっていたが、流れた血液の量から可成り危険な状態だと予測された。
手術が終わらなければ美帆君は目覚めないだろうと思ったその時、美帆君の目がゆっくりと開いた。
そして太一君の顔を見た瞬間、涙を流して
「ごめんね・・・・・・ごめんなさい・・・・・・・・・」と、言った。
その時手術室が空いたらしく医師達の手によって美帆君は運ばれていった。
そしてオペが行われ、その後、美帆君はICUに入れられた。
太一君は美帆君の自殺未遂の原因を自分のせいだと思いこみ、可成り落ち込んでいる様子だった。
彼を元気づけるために、美帆君のオペを見守ってやるように薦めた。
太一君は暫く美帆君のオペを見守っていたが、途中で血相を変えて帰っていってしまった。
一体何があったのだろうか・・・。
11日目
幸い美帆君の回復は早く、今日の午前中にもICUから出られるとの事だった。
そして、何より驚いたのは、意識が戻った美帆君の精神状態が全く正常に戻っていた事だった。
是にはカウンセラーや精神科の医師も原因は突き止められなかった。
ともかく一般病棟への移動手続きを済ませ、見晴らしの良い個室を用意した。
その旨を太一君に電話で連絡すると、太一君は嬉しそうに、直ぐに見舞いに来ると言ってくれた。
そして程なくして太一君が見舞いに来た。受け付けた看護婦の話によると、マスクをした女の子と一緒だったという。
彼らが帰った後、美帆君に会いに行った。
ちょうど食事が終わった後のようで、見てみると残さず食べてくれていた。
「病院食って本当に不味いんだ、知らなかったな」
と、美帆君はイタズラっぽい笑みを浮かべて言った。
「でもちゃんと食べて早く元気にならないと、太一君が心配するぞ」
「そうね、今までの事で体が弱ってるから、沢山食べなきゃね」
美帆君の体は可成り痩せてしまっていたが、その笑顔は全快が近い事を物語っていた。
あれ程辛い経験をしたにも関わらず、美帆君の笑顔は以前より遙かに魅力的になっていた。
何が彼女を此処まで成長させたのかは知る由もない。
しかし以前の彼女に感じられた、危険な雰囲気はすっかり影を潜めていた。
今はこの彼女の成長を素直に喜ぶべきであろう。
18日目
あれから一週間、毎日のように太一君は美帆君を見舞ってくれた。
美帆君は病院食が不味い、退屈だとぼやきながらも病院生活を楽しんでいるようだった。
そして今日、美帆君は退院した。
左肩の傷跡は結局消えなかったが、
「こんなのほくろと一緒よ」
と言って美帆君は笑っていた。
玄関先で見送る時、
「院長、そんな寂しい顔しないでよ、また遊びに来るからさ」
と言いながら美帆君が見せた少し寂しげな笑顔が印象的だった。
美帆君と太一君が、是から先ずっと幸せに暮らせる様に祈っている。
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