平成15年9月4日
意見陳述書
陳述人 被控訴人 カルトハウス オラフ
1.「原告が自己宣伝を目的としていた」との主張に対して。
私達が湯の花に行くことを決めた時、北海道新聞社の記者から電話がかかって来、同行しても良いかときかれた。私達は承諾したが、それは誰か第三者の存在があれば何か起った時証人になってもらえるかもしれないと考えたからである。湯の花に「Japanese
only」の札が掲げられていることはもちろん知っていたが、私はマネージャーとじかに話し合うことで、その札が道理に合わないものであることを示せると思い、それで、足を運んだのである。特に、私の日本人の妻と3人の日本人である子供達を連れていけば、私が北海道民であり、入浴マナーの知識もある者だということを示すのに十分と思っていた。
2.「600円の入場を断ったことで100万円の罰金を科せられるのは法外である」との主張に対して。
この主張はどんな適切さも欠いている。侮辱の多くはお金などかからないのである。金銭的に損害を与えていなくても、人の尊厳を傷つけることは立派な刑法上の暴力である。入場料が600円であろうと6万円であろうと精神に受けたダメージには関係はない。埼玉県の不動産業者に対する判決を例に取る。あるインド人男性がアパートを借りようと電話をした時、「おたくの肌の色は普通なのか」と質問された件である。彼は訴え、50万円の賠償金を得たが、この不動産屋の質問自体は何のコストもかかってはいない。金銭的損害を与えていなくても、これは人種差別という暴力なのである。
私の3人の子供と妻の目の前で、私は辱められた。私の子供達は自分の父親が人種差別を受ける人間だと目の当たりにしなければならなかった。子供達は片方の親の国籍や人種によって全く違った扱いを受ける現実があることに直面した。電話で単に一つの質問をされ50万円の損害賠償金を得た埼玉の外国人のケースに比べて、直接話しあった後、結局妻と子供の前で湯の花から拒絶された私の場合、事態はより深刻でより悪質である。このことで私は「自分は日本では歓迎されない存在だ」と感じた。公共の場で人間として当然誰もが受け取れるものを自分は享受できず、それを助けられる人もいない。この無力感と疎外感から、私は日本を去りドイツに帰ることまで考えた。この入浴拒否以来、ホテルを予約する時や温泉地に行った時はいつも、また拒否されのではないかという恐れが頭をよぎるようになった。
さらに2000年夏、入浴を拒否された日から11ヶ月後、息子ダニエルが亡くなった。かれが湯の花からの一切の謝罪をきくことなしに亡くなったことは、私にとって大変重い意味を持っている。障害を持った小さな子供であっても、ダニエルは謝罪を受ける価値のある人間である。彼が亡くなりそのショックからようやく立ち上がった時、私は裁判に訴える決心をした。
3.控訴理由のモラル面での正統性について。
湯の花が控訴することはもちろん法的に保証された権利であるが、それでも私は問いたい、あなた方が控訴するどんなモラル上の権利があるのか、と。湯の花は外国人拒否(それはその日本人の家族をも閉め出すことになる)が人権に対する暴力であると認識していない。
今この控訴審において、あの時湯の花で何が起ったのか、私はまた一つ一つ証言していくことになる。私と私の家族にもたらされた恥、息子の死など、つらい体験をもう一度直視しなければならない。これは、湯の花が控訴という手段に出たことで私を二重に傷つけたということである。私の心は今悲しさと共に怒りで一杯である。
4.故に私は一審での判決を支持すると共に、賠償額も私達の元々の主張通り一人当り200万円を要求する。私がこのことを決めたのはひとえに湯の花が控訴してきたことによる。もし彼等が控訴しなかったのだったら、私も一審の判決(賠償金100万円)に従うつもりでいたのだ。