私は15歳のときにクリスチャンになりました。それから私は大好きな化学を勉強するために大学に行き、現在も大学で教鞭をとりながら研究を続けています。26歳の時、私にとって世界で最も美しい女性と結婚し、結婚生活13年になります。私は幸せな人生を送っており神様の祝福をたくさん受けております。これ以上の人生は望めないという感じです。ところが、私たちの人生を激変させたことが起きたのです。
結婚して一年後、長男のダニエルが生まれました。私はとっても幸せでした!しかし、誕生の数時間後、妻から電話がありました。「ダニエルに異常があるの。」私は急いで病院に着くと、何人もの医者がダニエルを囲んで集中治療室に運ぼうとしていました。結局、ダニエルはとても重い先天的な心臓疾患があったのです。最初の手術は生後三日目に行われました。その後数年のうちに四回の手術が行われました。心臓が弱かったにもかかわらず、彼はとても明るい男の子でした。彼は友達が多く、教会に行って牧師のメッセージを聴くのが好きでした。ダニエルが神様を愛しているのを見ることは私たちにとって大きな喜びでした。8歳のとき彼は洗礼を受ける決心をしました。しかし洗礼の直後彼の健康状態は悪くなりました。肺の血圧が高くなることによって、内臓が冒されてしまいました。その後彼は何度も入退院を繰り返しました。2000年夏ダニエルは再び体調を崩し入院しました。それから、彼の腎臓,肺、肝臓はだんだん機能しなくなりました。
ある日、人工呼吸器をつけるまでになったものの、かえって呼吸が安定したと、その日に限って私も妻も家に帰りました。翌日病院に戻ってみると、主治医から思ってもみなかった言葉を聞きました。「ダニエルの心拍が急に弱まり、夜中から彼の心臓はただ薬によって動かされている状態だ。」と。・・・
結局この投薬を中止しわずか10分で彼の心臓の鼓動は止まってしまいました。その場にいて自分の心臓も凍りつくようでした。私にとってこの痛みは耐えがたいものでした。私はクリスチャンになって20年以上たっており、神様はダニエルを癒してくださるという大きな信仰がありました。しかし突然私の人生に暗く冷たいページが開かれることになりました。私はそこで再び、いかに自分たちが自分たちの人生を支配していないかに気づきました。私の科学の知識も、医師の知識も技術もダニエルの命を救うことができませんでした。たとい私の持っているすべてのお金を医者にかけたとしてもダニエルの命を救うことはできませんでした。わたしは、新たに、又強烈に、私たちの未来と命は神様の手の中にあるということを思い起こされました。
ダニエルの死という悲しみの嵐の中でも、次の二つのことを思い返すことによって私の心は大きな慰めを得ました。それはまず,私はダニエルに対してよい父親であったことです。私は彼と多くの時間を過ごし、多くのことを分かち合いました。「おまえを愛してるよ」と私が言うと、ダニエルは必ず「ぼくもパパを愛しているよ」と答えました。二つ目に私がうれしいことは、ダニエルが神様を知っていることでした。彼はイエス様に対する強い信仰があり、よく祈り、すべての人に対してオープンであり、フレンドリーで、学校でも良い生徒であり、友達がたくさんいました。これは、病気であるにもかかわらず、あるいは、病気であったからからこそ、こうだったのかもしれません。今、ダニエルは神様と共に、天国にいるということを私は知っています。そしてさらに、私達はいずれ天国で再会できることも私は知っています。
しかし、ダニエルの話はここで終わりません。ダニエルが亡くなったとき、私の妻は四人目の子供を妊娠して5ヶ月がたっていました。やがて妻は元気な男の子を生み、私たちは彼をミシャと名づけました。今ミシャが育っていくのを見ると、驚くほどダニエルに似ているのです。私はダニエルを癒してくださいと、何度も神様に祈りました。神様は癒すことを選びませんでした。神様はダニエルを天国に引き上げ、その代わりに元気な男の子をくださいました。ダニエルを失ったことの悲しみは私の思いから消えることはありませんが、神様が約束を守ってくださる方であることを知るのは、これほど人生で力強いことはありません。神様は私と共にいてくださり、導き、苦しいときは助けてくれると約束なさる方で、このとおりのことが私たち家族に起こりました。
神様はご自分を信じる者と共にいてくださると約束してくださいました。死の陰の谷を歩くことがあっても神様は共にいてくださいます。
「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れま せん。あなたが私とともにおられますから。」 詩篇23:4
神様は私たちの問題よりも大きいお方であることを決して忘れないでください。私たちの次男ミシャは神様が配慮ある愛のお方であることの最高の証しです。あなたも神様を求めてください。たとい苦しみの中にあっても、です。神様は、あなたのことを待っていると約束してくださいました。イエス様があなたの心の扉にノックしたらどうぞ入っていただいて、癒していただいてください。