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リレー小説
カフェ・エバーグリーン(3)
by The 8th Continent
第3章(続)
「いささかお邪魔してすまないが,少しお話しできないかな」
20代後半から30代に差しかかる年の頃と思われる男性がテーブルに向かって歩いてきた。グレンもアイリーンも驚きのあまり言葉が出なかった。
2人の前まで来ると男性は立ち止まり優しく微笑んだ。
「お嬢さんは少し前に襲われたフィッシュ&チップスのお店のところの娘さんかい」
「ええ,まあ…」アイリーンは戸惑いながら答えた。
「私はラピデという者だ。実は私はあの店の常連でね,お嬢さんが店を手伝ってるのをよくお見かけしてたんだ。今回の件には心からお悔やみを申し上げるが,どうかお父さんによろしくと,そしてお前さんのところのフィッシュ&チップスは私がここニュージーランドで食べた中で一番だった,だから元気になってまたあの極上のフィッシュ&チップスを作ってくれ,そうお伝えしてくれないか」
「まあ,どうもありがとうございます! 父には必ず伝えます! 絶対喜ぶと思います」彼女の顔に笑顔が戻った。
「英語がとてもお上手ですね。ここにはどのくらいいるんだい」
「そうですね,もう10年以上になります。私が家族に連れられて上海からニュージーランドに来たとき,私はまだ6歳でしたから」
「道理で。私はまだここに来て3年で,私の英語はお嬢さんより下手くそだ」男性も微笑んだ。「ニュージーランドにずっと住もうと思ってるのかい」
「正直なところ,そうですね」彼女は恥ずかしそうに答えた。「何故かというと,ほら,私はニュージーランドで育ち人生の殆どを過ごしてきたんです。ここで学校に通い始め,キーウィと同じように遊んだり,同じテレビや映画を見たり,同じ音楽を聴いたり,などなど。休みには家族で時々上海に戻ったりしますが,私どうも落ち着いてリラックスできないんです──私にとってはまるで外国なんです。私にとってはニュージーランドが唯一故郷と感じられる場所なんです。自分のこと,中国人というよりニュージーランド人じゃないかって気がします」
「そいつはよかった」彼は満足した様子だった。「とても自然なことだ」
「若いの」男性はグレンの方に向き直って言った。「これで判っただろ,彼女はキーウィなんだ」
グレンは驚愕した。アイリーンも同じように驚いていた。「で,でも,彼女はニュージーランド生まれじゃない…」
「それがどうした」男性はにやりと笑った。「それじゃ君は外見だけで誰がオーストラリアかイギリスかアメリカから来たって完璧に見分けられるのかい?」
「えーと,それは,とても難しいです,彼らが話してるところを聞かない限り…」
「君は何処から来たんだい」
「ニュージーランドです。この国で生まれました」
「ご両親は?」
「あ,父はイギリス人です。彼は15歳の時にここに来て,母もそうです。母はカナダで生まれましたが,彼女は自分のことをキーウィと呼んでます,家族に連れられてここに来たときはまだ3歳だったので」
「そうかい,それじゃ君の恋人とお母さんの違いは何だね?」
グレンは行き詰まった。「え,それは,あの,だから…」
彼の横でアイリーンはくすくす笑い出した。
「ある種の固定観念を持ってる者は外見だけで他人を決めつけたがる。文化の問題や厳密な定義は大抵ただの言い訳に過ぎない。君だけじゃないよ,若いの。マオリの地を侵略した白人,ヨーロッパ人だけがキーウィになれるという正当な理由が何処にある? マオリだって遠い昔にほぼ無人だったこの島を占領した者たちだ」
グレンは自分の国の歴史をそんな風に考えたことがなかった。彼は言葉に詰まった。
「心配ご無用。私はそこまで過激主義者じゃない。実を言うと,私はユダヤ人の血を引いているのだが,純粋なユダヤ人ではない。私の家族や祖父母はヨーロッパ大陸を転々とした,ナチスによる迫害も含めて。それよりずっと前にも,私たちの先祖は故郷,シオンから締め出された──今パレスチナ人が住んでいる場所だ。彼らは同じ区画の土地をそれぞれ自分たちの故郷だと言って争っているが,個人的にはそれは相容れないと思う──あのイスラエル人たちは彼らの祖先がされたことと同じことをしている。残念なことだ…」
「仰っていること解るような気がします」アイリーンが口を開いた。「人は長い歴史の間に移住し続け,そして現在はますます移住が進んでいて,どうやってある土地は永久にある人々のものだと何が何でも決められるというのでしょう?」
「仰る通りだ」男性は嬉しそうに言った。「一番大事なのは─いま─だ」
「いま?」グレンが言った。
「若いの,全てはいま君次第だ──君の国も,この多文化社会も,異文化理解と寛容も,そして全世界も,全て。君たち若者が今から世界と歴史を作り上げるんだ。そして君の恋人が例の悲しい出来事から立ち直れるかも君次第だ。人種や民族はいま君たち2人が分かち合い理解することよりも大事じゃない」
「その通り,グレン」ヴァーデンだった。「俺はお前たち2人を別れさせるためにこのカフェ・エバーグリーンを開いたんじゃないぞ,違うバックグラウンドを持つ人々が集まり,お互いをよく知ることができる場所を提供するためだ。お前さんたち2人は,出身が何処なのかに関係なく,違う点より共通点を多く持ってること,俺が請け合う」
「ヴァーデン,ありがとう。私たちはいつもそうだったの」アイリーンが応えた。「でも私は中国人の血を誇りに思うわ。私は中国語を使うのをやめなかったし,これからもやめない──グレン,あなたにも教えてるようにね」
「私もだ」ラピデが微笑んだ。「私はユダヤ教を信じそれを守っていくつもりだ。だがユダヤ人だけで孤立するよりも,他の文化にも通じていきたい」
グレンとアイリーンは手を繋ぎながら通りを歩いていた。
「アイリーン,もっと僕に中国語を教えて。すごく勉強したくなって」
「もちろんよ,グレン」アイリーンは微笑んだ。「でも私は厳しい先生だからね」
「おーい,勘弁してくれよ」しかし彼らはお互いの顔を見合わせ笑っていた。
「アイリーン」
「うん?」
「どうしてアイリーンはニュージーランドに来たの?」
「えーと,パパとママがいつか言ってた,もっといいチャンスを得る為って」
「でも中国や上海は今じゃニュージーランドよりも栄えてるよ」
「かもね」アイリーンは言った。「もしかしたらあなたに出会うチャンスのことかも」
グレンは彼女の手をもっと強く握りしめた。
全ては始まったばかりだ。僕たちが,今から未来を作り上げていくんだ。
(今号執筆者:メグ=グレース)
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