カンザス州教育委員会の決定

―決定の背景と要因―

舛田勇介

序論

第一章:カンザス州教育委員会の決定

  第一節:進化論対創造論の論争

  第二節:カンザス州教育委員会の組織・委員の紹介

  第三節:決定の内容

第二章:カンザス州科学教育カリキュラム作成委員会草案の作成

第一節:カンザス州科学教育カリキュラム作成委員会の発足

第二節:改訂の過程

第三節:カンザス州科学教育カリキュラム作成委員会草案に対する賛成派の活動

第三章:小委員会草案の作成

第一節:市民作成委員会の発足と草案作成

第二節:小委員会の発足

第三節:草案改訂と提出

第四節:小委員会草案に対する賛成派の活動

第五章:妥協案の作成

第四章:決定の要因

第一節:委員自身の信念・信条

第二節:地区の要望

第三節:圧力

結論

 

序論

  本論文では、カンザス州教育委員会(the Kansas State Board of Education以後BOE)による1999年8月の、進化論や、地球の起源などについての学問範囲を州の統一テストから削除するという決定について、その決定に至る要因を考察する。その方法として、それが一体どのような決定であったのか、その過程と共に詳細に述べ、更にその背景にどのような団体が、どのように活動を行っていたのかを明らかにする。そして、電子メールを用いBOE委員個人に対して行った個別質問を通じてその決定に至る要因が何であったのかを考察する。

  BOEの決定に関しての情報源としては、主にインターネットを中心とした。対象が新しいもの故に、それについての先行研究もほとんどないことから、その決定についての事実関係、背景描写などが行われているカンザス州地元の新聞記事を活用した。さらに、BOEの議事録もインターネットで公開されており、この議事録には、時間経過と共に決定されていく過程が記されている。最終的に1999年8月の議事録では、10人いる委員がそれぞれどのような立場に立って、賛成、反対の票を投じたのかが記されている。

  創造論派の団体の活動については、これも、その団体のホームページを中心に情報を集めた。そこには基本的な政治目的や、そのメンバー、活動、学者などによる論文掲載、出版物についての紹介が掲載されていた。ホームページの他に、創造論派団体から出版されたもので、カンザス州教育委員会の決定における周辺人物、団体の動きを詳細に記したKansas Tornado[1]を用いることによって、委員との接触、関わりといったことが明らかとなった。進化論派の団体についても同様にホームページを情報源として、同様な情報を入手することができた。

世論調査として、ギャラップの調査[2]も用いた。これは、1999年8月11日のBOEの決定の後8月30日に行った調査で、進化論と創造論を両方教えることを支持する結果を示している。さらに、10月にThe Kansas City StarThe Wichita Eagleは共同で「1999年8月のカンザス州BOEによる決定を支持するかどうか」という問いに対し、32%の人が「強く支持する」「ある程度支持する」であったのに対し、「全く支持しない」「ある程度不支持」という立場の人は52%と過半数を超えた。[3]

  また、BOEの委員自身の政治的信念、教育についての考え方、宗教的思想が、どのように影響を及ぼしたのかという点についても明らかにるため、BOEの委員紹介のホームページも活用し、さらに、直接委員に電子メールで質問した。

  これまで、進化論と創造論の対比についての研究は数多くなされいるが、双方の主張を述べるという形式のものが大半を占め、宗教的、神学的な側面から書かれたものが多く、その政治的な側面からの研究は少ない。その少ない政治的な側面からの研究としては、宗教保守の政治的勢力拡大を強調したものや、年代的に以前のもの、例えばスコープス裁判、1982年のアーカンソー州などについてのものに限られ、1998年のBOEの決定について焦点を絞ったものとしては、ごくわずかである。

  代表的な先行研究としては、BOE1999年の決定に特化したものとして、Dr. P. AckermanB. WilliamsによるKansas Tornado[4]が挙げられる。小委員会によるカリキュラム(The Sub Committee Version)がどのようにして作られてきたか、どのような目的を持って作成されたか、彼らがどのように考えて行動を起こしていたのかといった行動の内面まで描かれている。またそれに関与した人々の名前が具体的に示されながら、詳細に記されているという点で貴重な文献である。しかし、「創造論研究所」(Institute for Creation Research[5])という創造論派の団体から出版された本であるため、その情報、論調は客観性、中立性に欠けると言える。

その他には、Steve BenenによるEvolution Evasion[6]がある。この論文は、BOEの決定を起点とし、その決定を、内容、批判、法的問題、政治的影響、大統領選挙への影響、世論などといった流れで再評価する構成となっている。しかし、この論文では、その決定の要因や、彼らがどのように考えて行動したのかは明らかにされていない。

Kansas Tornadoではプレイヤーの内面が描かれているが、しかしそれは、創造論派に限ったものであるし、Evolution Evasionでは、内面的な決定要因は明らかにされていない。以上の先行研究を踏まえた上で、本論文のオリジナリティーは、なぜそのような決定が為され得たのかという要因を考察する点に求める。更にその方法として、電子メールを用いて、直接委員にその決定の要因を質問する形式を採った。どの程度委員が本心のまま回答するかは定かではなく、しかも10人全員からの回答は得られなかったが、これまでの先行研究とは異なり、推測に基づきその決定を評価するのではなく、本論文では委員自身がその決定の評価と要因の断定を行うという点で論文としての存在意義を見出すことができる。

第1章ではカンザス州教育委員会による決定の内容と共に、それを決定した委員を紹介する。そして第2章と第3章で、2つの草案がいかに作られ、提出されてきたのかをそれぞれ明らかにし、第4章で、最終的にどのような要因からその2つの草案のうち一つを採択するに至るのかを述べる。

 

第1章:カンザス州教育委員会の決定

  第1章では、第1節でこれまでの進化論と創造論の論争を紹介し、第2節で、どのような思想、信念、経歴などを持った人がその決定の場のプレイヤーであったのかを明らかにするためにKansas BOEの委員の人物紹介をする。更に決定の場となった教育委員会という組織の制度も紹介する。さらに第3節で1999年8月に決定された内容を述べる。

 

第1節:進化論対創造論の論争

  進化論と創造論が、公立学校においてどのように教えられるべきなのかということについての最初の裁判所による判決は1925年のスコープス裁判であろう。キリストが万物を6日間で作り上げたという聖書の「創世記」を文字どおりに解釈する創造論者と、長い年月をかけて生物は進化を遂げて現在の形になったとする進化論者が、種の起源について対立する最初の出来事であった。被告、高校の教師ジョン・スコープスはその年の3月に成立していた「反進化論法」に違反し、生物の授業で進化論に触れたとして有罪となった。

  その後、1957年にソ連の人工衛星打ち上げで科学教育の遅れが指摘されることとなったスプートニク・ショックが起き、それを機に、アメリカの公立教育改革が始められた。

  そして、1968年、最高裁判所は、進化論教育を禁じていたアーカンソー州法を違憲とした。その後、創造論派は、1980年代の社会の保守化を背景に支持を拡大し、ルイジアナ州、アーカンソー州などで、創造論を科学とみなし、進化論と同等の授業時間を割くという宗教的信念の平等な扱いを求めて、創造論教育の義務化を主張し、立法化までこぎつけた。1981年に制定されたルイジアナ州法は公立学校の理科教育のカリキュラムとして生物の進化論と同様に、天地創造説を教えることを教員に義務づけるものであった。しかし、それも1987年に、ルイジアナ州最高裁判所は「天地創造説の教育強制は、国家と宗教の分離にもとる」との違憲判決を下した[7]

  このように、一連の流れは、スプートニク・ショック以降、科学知識の一般化によって社会が世俗化し、それと同じく、公立学校における教育も唯物的な傾向になりつつあった。実際それを裏付けるように、裁判所による判決も、そのような流れとなっていた。しかし一方で、近年のアメリカ社会の保守化傾向によって勢力を拡大してきた宗教保守勢力は、宗教的な価値を重要視し、政治的影響力を持つようになってきている。

  また、公立学校がリベラル化する傾向に危機感を抱く親達によってホームスクーリングという制度が広まっている。このことは、「子供にどのような価値や文化を教えるか」ということをリベラルな教育エリートによって決められ、政府主導のもと手の届かないところに置かれてしまっているという、アメリカの公立教育における保守的な親の危機感を表していると言うことができるであろう。[8]

  そして、特にこのような傾向が強いのは、バイブル・ベルトと呼ばれる宗教的に保守な南部の地域である。

 

第2節:カンザス州教育委員会の組織・委員の紹介

  第2節では、本論文が研究対象とするカンザス州BOEの組織構造とそれを構成する10人の委員を紹介すると共に若干の教育委員会という組織の制度的考察も述べる。

  カンザス州教育委員会は、カンザス州を10の地区に分け、その地区ごとで選挙を行い、その地区の代表を決める。そしてその代表10人が集まりカンザス州BOEが構成されている。州のBOEの下に更に地区ごとのBOEが設置されており、カリキュラムの内容に関して決定権を持っている。10人の委員の任期は4年で、その半分の5人が2年ごとに選挙にかけられる。またその選挙に対する住民の関心は低いか全くないという状況でその投票率は低く毎回30%程度である。[9]

  次にカンザスBOEを構成している10人の委員を紹介する。

@ジャネット・ウォー(第1地区)

彼女は専門的な教育者ではないが、これまで30年にわたって学校でボランティアを行ってきており、その中でもPTAで20年以上の経験を持っている。その他にも16年以上地区のBOEの委員として、そしてその内の7年間は委員長として活動してきた経験を持つ。彼女の子供は2人とも教師で、息子は音楽、娘はコンピューターを教えている。専門的には、中古車販売業を行い、2つの販売所を持ち30年以上営んでいる。[10]

  Aリンダ・ホロウェイ 委員長(第2地区)

彼女は1997年1月に選ばれ、BOEの委員長であった。約20年間教師としての教務経験を持ち、主に、障害を持つ生徒に対しての教育に携わってきた。そして、視覚障害や、聴覚障害を持つ生徒に対する教育運動に関わっている。[11]彼女は、聖書に書いてある創造論を信じ、宗教的に保守思想を持っている。[12]

  Bジョン・W・ベーコン(第3地区)

  彼についての紹介はBOEのホームページに掲載されておらず、電子メールの返信もなかったため不明。

  Cビル・ワグノン(第4地区)

  彼は委員として1998年1月に選ばれた、大学で歴史を教える教授である。1991年にはカンザス州議会と知事との連絡係ボランティアとして活動し、1995年にはトペカ地区市民顧問委員(the Topeka School Board’s citizen advisory commission)として、務めた。[13]

  DI・B・ソニー・ランデル(第5地区)

  彼は1989年以来、カンザス州の東側3分の1を代表する、成功した農場経営者でビジネスマンである。彼はシラキューズ地区のBOEのメンバーとして初めて務め、「高原教育組合」(the High Plains Education Cooperative)の会長となった。その他にも1994年に設立された「カンザスビジネス教育連合」(the Kansas Business-Education Coalition)の創立メンバーであるなど、地域との密接な関わりを持ち、教育におけるリーダーとしての長い歴史を持つ。[14]

  Eスコット・ヒル(第6地区)

  彼は共和党員で、1997年1月に委員として選ばれた。州議会の立法コーディネーターであり、その他にも、カンザス州高校活動連合委員会(the Kansas State High School Activities Association Board) や「授業での農業」(Agriculture in the Classroom)において責任を有している。彼は成功した農場経営者で、田舎の地区に住み、郡区のBOEの事務員である。[15]さらに、科学教育のカリキュラムの書き換えに積極的に協力した3人の委員によって組織された、小委員会(the Subcommittee)のメンバーの1人である。そして、カンザスにおける有名な在宅教育者でもある。[16]

  Fハロルド・L・ヴォス(第7地区)

  彼は共和党員でBOE副委員長であり、科学教育のカリキュラムの書き換えに積極的に協力した3人の委員によって組織された、小委員会メンバーの1人である。彼はそれまでBOEの、進化論をめぐる5対5の勢力拮抗状態を壊し創造論派へと転向した、6対4という創造論派優勢を決定付けた投票を行った人物であると言われている。[17]

  Gメアリー・ダグラス・ブラウン(第8地区)

  彼女は共和党員で、1997年1月に委員として選ばれた。最初のキャリアは教育であり、小学校で教え、美術と人類学を中等学校で教えていた。最近は、インテリアデザインのビジネスを運営している。[18]

  Hヴァル・ディフィーバー(第9地区)

  彼女は夫と2人の娘と1人の息子を持ち、娘は、それぞれ医師と研究員、そして息子は生物学を専攻し大学を卒業した。彼女は、音楽関係のビジネスを運営しており、長老派教会信者である。[19]

  Iスティーブ・アブラムズ(第10地区)

  彼は共和党員で、1995年以来、BOEでカンザス州の南部から中部を代表してきた。それ以前には、彼の地元であるアーカンソー市において地区委員会で4年間務めた。さらに、州教育委員会の全米団体の政府内業務委員会(the Governmental Affairs Committee of the National Association of State Board of Education)のメンバーでもある。そして、科学教育のカリキュラムの書き換えに積極的に協力した3人の委員によって組織された、小委員会メンバーの1人であり、そのなかでも創造論派団体の要請を受け入れた最初の人物である。[20]

  以上が10名の委員であるが、見てきたように、皆様々なバックグランドを持ち、様々な仕事を持っている人々である。その仕事を持った上で教育委員会の委員としても活動をしているのである。委員としての給与はほとんど与えられず、会議に参加するたびに日払いの支払いを受ける[21]だけで、自宅などで資料を集めるといった時間は全くの無給となるのである。委員として得られる金銭をあてにして生計を立てることは難しい。つまり、委員をしている人々はむしろボランティアのように教育委員会に関わっていると言える。

 

第3節:決定の内容

  第3節では、具体的に、1999年8月Kansas BOEでの決定がどのようなものだったのか述べ、更に、その決定がどのように評価されているのかをメディア、世論調査などを通して述べる。

  BOEでは、1999年8月に決定が下される前の数年間、この問題について論議がなされ、BOEの委員10名が宗教的に保守、穏健で5人対5人に分かれてしまっていて、全く法案が進まない状況が続いていた。[22]BOEによって正式に任命、組織されたカンザス州教育委員会科学教育カリキュラム作成委員会が提示したカリキュラムと、委員数人によって自主的に組織されたそれに不満を持つ民間の市民作成委員会が原案を作成し、それを教育委員会の小委員によって提出されたカリキュラム、この2つのどちらを採用するかで対立した。そのなかでも特に進化論をめぐる取り扱いについて対立していた。そのような状況の下で半年以上かけて論議され、時には妥協を図るために会合を開くなどしてきたが、1999年8月の委員会で、自主的に組織された小委員会が、カンザス州教育委員会科学教育カリキュラム作成委員会のカリキュラムを独自に改訂したものが提出され、最終的に決裂したまま投票が行われた。その結果小委員会によって改訂されたカリキュラムが6対4で採用された。[23]その内容は、進化論や、地球の起源を説明するビックバン理論などを州の統一テスト範囲から除外するというもので、特に進化論を教えることを禁止したものではない。更に、進化論を教えるかどうかは、州の下のレベル、地区のBOEが決めることができるとして、その選択肢を残している。[24]しかしその選択の余地の設定に関して、それは特に新しく設置されたものではなく、その前から既に存在していた、という反論もある。[25]

  更にその内容に関して、進化論を教えることを直接的に禁止したものではないが、結果的、間接的に進化論を教えることをやめさせる方向に向けるものである、との批判が多くのメデイア、宗教穏健派、進化論を支持する団体等からなされている。さらに、全米レベルの教科書をランク付けする機関によってカンザス州の科学のカリキュラムは最低ランクに位置づけられた。[26]世論調査によるとアメリカの国民は創造論と進化論を同等に公立学校で教えることについては賛成68%、反対29%と答えているのに対し、創造論を進化論の代わりに公立学校で教えることについては賛成40%、反対55%と答えている。[27]つまり、宗教的価値に対する理解、寛容性は持ちつつも、それに対する一定の歯止めはかけたいという意図があるといえる。

  全般的にこの決定についての評価は、ほとんどが批判的であり、その批判は日本の新聞[28]でも取り上げられるなど世界各国からも寄せられている。一方創造論派からの反論は主にキリスト教系団体によるもので少数である。さらに、本論文では取り上げないが、2000年秋の予備選挙では創造論派に回った委員3人は再選されることなく、逆に穏健派議員が当選している。[29]この選挙結果は、1999年8月の委員会による決定の評価を的確に表していると考えられる。

 

第2章:カンザス州教育カリキュラム作成委員会による草案作成

  第2章では、BOE内で検討されていた2つの草案のうち、カンザス州教育カリキュラム作成委員会によって提出された草案について述べる。第1節では、その草案を作る団体がどのような人によって構成されているのか、第2節ではその草案が改訂されていく過程、そして第3節ではその草案を支持する市民団体等の活動を明らかにする。

 

第1節:カンザス州教育カリキュラム作成委員会の発足

  Kansas BOEは4年ごとにそのカリキュラムを見直すことになっており、カンザス州教育省(the Kansas Department of Education)によって、カンザス州科学教育カリキュラム作成委員会(the Kansas Science Education Standards Writing Committee以下、州作成委員会)を構成する27名の教育者、科学者、生物学者などが任命された。[30]

  州作成委員会は最初の集まりで、全米科学学会(the National Academy of Science)の指針に沿って新しいカリキュラムを作っていくということで合意した。[31]これらの全米レベルのカリキュラムは4年以上にわたって開発され、22の科学の団体によって批評を受け、それが受け入れる前におよそ18000人もの人が署名をしているもので、それらのカリキュラムは、進化論を科学の主要な構成要素として捉えている。[32]作成委員会による草案は約2ページにわたって進化生物学を載せ、それを「明らかな、統一的な理論的枠踏みである」と説明した。[33]

 

第2節:改訂の過程

  州作成委員会は最終的に4回の改定を行い第5版の草案まで提出した。

  最初の草案は、199812月に、公開討論会のために発表されたものであった。しかしその後、第2版が作成され、その第2版についての公開討論会が開かれた。第3版はその公開討論会での意見を取り入れたものとなった。その後、5月の会議で第4版が提出され、同じ5月の会議で提出されたスティーブ・アブラムズの草案と比較し、双方が説得力を持ち、異なった視点から書かれたものであるとの評価がなされ、双方の妥協を探るよう指示された。[34]委員長リンダ・ホロウェイの指示により、会議後双方は会合を開き、改定を行い、それが6月の議会に第5版として提出された。[35]その草案は小委員会にとっては不十分なものであったために、第5版の草案に彼ら自ら改訂を加えることを決定させる最終的な引き金となった。[36]

 

第3節:カンザス州科学教育カリキュラム作成委員会草案に対する賛成派の活動

  第3節では、州作成委員会草案を支持する人々、団体の活動を紹介し、どのような人々、団体が支持していたのかを見ることで、その州作成委員会によるカリキュラムの中身が、どのような傾向を持つのかを述べる。

州作成委員会によるカリキュラムに対する支持は最初の第1版提出の際から多くの人々が、BOEで発言をするなど、活発であった。具体的には、カンザス大学の数名の教授、アメリカ市民自由組合(The American Civil Liberties Union)、主流連合(The Mainstream Coalition)、牧師などが、3月の会議に出席し、州作成委員会によるカリキュラムを支持している。その後5月の会議では、更に多くの人が出席し、カンザス大学の教授らも出席した。

  もともと、州作成委員会は州内の科学者、生物学者、教育者など、27名の識者から構成され、そういった人々が作る草案を支持するということで、支持している人々は大学教授や、教育者、教育者団体といった人が多い。

  彼ら大学教授や、教育者といった人々はリベラル的な思想を持つ傾向がある。それは、第1章1節のところでも述べたが、スプートニク・ショック以来教育改革が進められ、学問のリベラル化が進められたからである。そのような学問のリベラル化のなかで、リベラルは、いつしか穏健とみなされるまでアメリカの社会は変化してきていると言える。

  さらに、1999年8月のBOEの決定を受けて、その決定の後ではあるが、カンザスで「科学のためのカンザス市民団体」(Kansas Citizens for Science[37]以後、KCFS)が発足し、それ以来、BOEの監視を続けている。彼らの団体のホームページでは、その決定について多くの反証が行われており、KCFSへの加入や寄付を募り、進化論擁護の書籍を販売している。投票促進運動も熱心に行い、2000年秋の予備選挙の直前に、スコープス週間(the Scopes Week)と呼ばれるイベントの共同スポンサーとして参加している。[38]

  その他、全米レベルの3つの教育団体が共同で、BOEの決定に対して、その決定されたカリキュラムのもととなった資料の使用の禁止を求めるなど、連携し、対抗を図っていた。[39]

  しかしこれら進化論派の周辺団体の活動はあくまでカリキュラムが採択された後のものが主なものであり採択前にはBOEに対して有力な影響を与えていなかった。一般にキリスト教保守運動を見ると、穏健派は無関心であるか、もしくはテーマを理解していないのに対して、保守派は一致団結して草の根運動を徹底し有権者を動員する。[40]

 

第3章:小委員会によるカリキュラム(The Subcommittee Version)作成

  第3章では、BOE内で検討されていたもう一つの草案であり小委員会によって提出された草案について、時系列的に各節に分けて述べる。第1節ではその草案の基となった原案を作成した市民作成委員会を紹介し、その結成の経緯を明らかにする。第2節では、BOE内で委員によって自主的に組織された小委員会の発足の過程を明らかにする。更に第3章では、その小委員会によって草案が改訂され、提出されるまでの過程、そして第4章では、小委員会によって改訂、提出され1999年8月に実際に採択された妥協案の改訂の過程を明らかにする。

 

第1節:市民作成委員会(The Citizen’s Writing Committee)の発足と草案作成

  市民作成委員会(The Citizen’s Writing Committee[41]以後、CWC)の発足へつながる発端は、199812月にさかのぼり、カンザスの地域新聞の記事、新しいカリキュラムの作成のために公聴会が開かれる予定があるという記事に対して、セルティ・ジョンソンというカンザスの主婦が、興味を持った時であろう。しかし、その時1人では何もできないと思い、彼女は何も行動を起こさなかった。しかしその後、彼女はBOEの関係者から電話を受け、科学のカリキュラムは進化論の部分で独断的になっているということを知らされ、もし、進化論を科学として教えることに対して挑戦する気持ちが彼女に、そして他の同じような興味を持っている人にあるならば、今がその時であると忠告された。[42]その後、セルティは州作成委員会草案の第2草案のコピーを手に入れ、協力してくれそうな人に電話をかけ、協力を求めた。

  1999年1月中旬から2月上旬にかけて、多くの場所で公聴会が開かれた。そこで、セルティを中心とする人々によると、BOE側の人の過半数は州作成委員会の人であり、何も言わずにただ座っているだけで、聞く気がなかった、と主張している。[43]彼らは2月9日のBOEの会議でカリキュラムに対して不満を述べた。当初、科学カリキュラムの改訂はBOE内では関心の低い議題であった。その会議後、数人の反対者は草案に効果的に対抗する計画を立てることを決定した。[44]その後の集まりで、彼らのなかでの大体の合意としては、州作成委員会は、多少言葉を変えるだけで、内容に関してはほとんど変えないだろうということであった。そのため、1つの案として、独自のカリキュラム草案を作るということがあったが、それについては、時間がかかり、実質的にそれが受け入れられる可能性が低いという反対意見もあった。しかしとりあえず、もととなる草案を作り、その後、合意が得られるならば、本格的に独自のカリキュラムを作っていくという方針が採られた。その草案をBOEの委員で提出してくれる人がいるかということが問題となったが、それにはスティーブ・アブラムズがもし、彼がそのカリキュラムに満足するならという条件付きで応じた。[45]

3月の議会で、州作成委員会が提出した第3草案は、ほとんど変更がなく、それに失望したCWCは、州作成委員会が妥協するつもりがないことを悟り、独自の草案作成を決定した。[46]

 

第2節:小委員会(The Subcommittee)の発足

  第1節で述べたCWCによって作られた草案はスティーブ・アブラムズとスコット・ヒル、そしてハロルド・ヴォスの3人によってBOE内に設置された小委員会によってBOEに提出されることとなった。

  BOEには公開会議法(the open meetings law)と呼ばれる法律が存在し、これは、10人の委員のうちの定足数の過半数に達した時、会合は公開で行わなければならないという法律である。よって4人以上でこの法律が適用され、3人以下であれば、公にしなくてもよいということになる。小委員会は3人で構成されていたため、公にされることはなかった。3人が委員会内での妥協点を探るために集まっていることは知っていたものの、それが小委員会であったということ、さらにはその小委員会の存在すら知らない委員もいた。[47]

  小委員会の3人のうち、中心的な人物はやはり、CWCとの接触のあったスティーブ・アブラムズであろう。その後、どのようにして、残りの2人が選ばれたのかは不明である。だだ、ハロルド・ヴォスに関しては、BOEが正式に設置した州作成委員会の草案に当初は支持を表明していたものの、その後、小委員会メンバーとしての任命を受諾し、その後は、州作成委員会草案には一貫して反対の姿勢を取っている。このハロルド・ヴォスの転向こそが、それまで5対5という勢力拮抗状態を、6対4の創造論派優位の状況へ変えた重要な要素であると言える。[48]

  小委員会の結成時期は、5月12日時点では、まだ5対5の拮抗状態で、スティーブ・アブラムズが6人目の票を探していると新聞記事[49]に記されており、委員会の議事録によると小委員会という名称が使われるのが、1999年7月である。[50]その内容は、州作成委員会と小委員会が妥協点を探るために会合を開いたというものであった。[51]つまり、7月の会議の前には既に存在していたことになる。さらに、その5月の会議の一週間後には、既に小委員会が存在していたという記述もある。[52]小委員会の結成はその前、5月前半であると思われる。

 

第3節:草案改訂と提出

  第3節では、CWCと小委員会によって草案が改訂されていく過程を時間の流れの中で明らかにする。

  3月のBOE会議の後の一週間、セルティ・ジョンソンは、会議に参加した人、草案作成技術を持つ人、草案作成に関しバックグラウンドを持つ人などに参加を呼びかけ、3月27日にトム・ウィリアムズ[53]の家に集まった。

  草案作成にあたって、CWCは、彼ら自身の信念を文章に組み込むことは誤りであり違法であると認識しており、州と宗教の分離に留意して、バイアスがないように取り組んだ。[54]具体的には主に3つの方法によってその正統性を見出そうとした。1つめが、目的文章に、宗教の促進を目的とするものではないということを付記した。2つめとして、科学を哲学的、宗教的に中立に定義し、反証できるかできないかが科学の重要な点であるとしている。3つめとして、宗教的、哲学的な用語、概念を使うことを避け、すべての科学資料の紹介を考慮した。

  作成の最初の段階で、CWCは州作成委員会の草案を原案として使うことが可能であると仮定していたが、唯物的思想が文章に深く影響を及ぼしているので断念し、結局、CWC自ら作ることになった。その後このCWCによる草案が、スティーブ・アブラムズの同意を得て、提出に至った。[55]しかしその時点で、彼はCWCとの関与には触れず、その提出された草案は著者の名前などがなく、その信用性などについて議会で論議された。[56]

 

第4節:小委員会による草案に対する賛成派の活動

  第4節では、第1節、第2節、第3節でみてきたような小委員会草案作成の動きを支持する団体の活動を明らかにすることによって、創造論派の連携、取り組みについて述べる。

  1999年1月から2月にかけて9回開かれた公聴会に出席し、州作成委員会草案の進化論の取り扱いについて疑問を投げ掛けてきたのは、セルティ・ジョンソンなど、多くの人々であった。[57]その中には、創造論者などによって構成されているキリスト教団体も含まれていた。具体的には、「中部アメリカ創造科学協会」(The Creation Science Association for Mid-America以後CSAMA[58]や「科学と文化再生センター」(Center for Renewal of Science and Culture以後CRSC[59]などである。

  CSAMAは、第3章3節で述べたように小委員会によって提出された草案の原案を作るために結成されたCWCの中心的な存在であったトム・ウィリアムズが所属する団体である。この団体の草案作成への関与は、第3章1節、2節、3節で既に述べたが、小委員会に草案を渡した後、5月の公開討論会にも出席し、州作成委員会草案における進化論の扱いについて議論している。[60]小委員会の3人は第1章2節で紹介したように、進化論教育のカリキュラム作成の専門家ではないので、最終的に可決された妥協案(the compromised version)の作成には、彼ら3人以外の人物が関わっていると考えて良いだろう。その最も可能性が高いのが、原案も作成したCWCであり、その中には当然CSAMAのトム・ウィリアムズも含まれ、その基本的思想である創造論はカリキュラムの中に組み込まれていると思われる。

 

第5節:妥協案の作成

  ここでは、小委員会によって作られた妥協案作成の理由、過程、そして内容を明らかにする。

  第2章2節でも述べたが、7月の州作成委員会による第5版の草案が、小委員会との共同会合の努力の甲斐なく、ほとんど変更がなされていなかったことで、小委員会はそれまでのスティーブ・アブラムズの草案をあきらめ、その第5版草案に独自に改訂を加えた。そしてできたのが、妥協案(the compromised version)と呼ばれているもので[61]、8月11日議会代替案としてスティーブ・アブラムズによって提案された。[62]妥協案によって加えられた変更は8項目で、この変更について批判もあり、委員からは、具体的に主に8つの質問が小委員会の3人に対して行われた。[63]委員からだけでなく、反対派の団体からも批判は行われ、それについてはすでに第2章3節のKCFSで触れた。

 

第4章:決定の要因

  第4章では、電子メールを用いた委員に対する個別質問で得た情報をもとに、なぜ彼らがそのような決定を下したのか、その要因を明らかにする。要因別に第1節、第2節、第3節と述べる。電子メールの質問では、既にメールアドレスが変わっている人が一人おり、更に、返事が得られなかった委員もいるなど、完全に10人の全員から回答が得られたわけではないが、実際のプレーヤーとしての委員自身からその決定の要因が聞けたことは意義深いと考える。

 

第1節:委員自身の信念・信条

  第1節では、決定の内容、つまりカリキュラムの内容が、委員自身の信念や考えに照らして、賛成するべきか反対するべきかを左右する要因であった、という回答を得たことについて述べる。

  妥協案に反対した4人の委員は全員回答を寄せ、その4人全員が、カリキュラムの内容が賛成できるかできないかの要因であったと回答した。

  個別に見ていくと、ジャネット・ウォーは宗教と科学は一緒にすることはできないと考え、もし、親が子供に創造論を学んで欲しいと望むならば宗教学校に通わせるべきだと主張しており、それは彼女の個人的な考えでもあると述べている。[64]

  さらに、ジャネット・ウォーは、BOE委員としての責任について、委員はあくまでも素人であって、その任務は、専門家を任命することであると述べた。そして、州作成委員会こそがその専門家であるとし、そのカリキュラムの正当性という観点からも、妥協案に反対したと回答した。[65]

  I・B・ソニー・ランデルもカリキュラム自体を問題視しており、そのカリキュラムは専門知識などを有した専門家によって作られるべきであると主張し、3人の委員によって構成された小委員会によって作られたカリキュラムは認められるべきでないと回答した。[66]

  ヴァル・ディフィーバーは、娘の1人が医師で、もう一人の娘は、地域の病院で救急処置室とX線室の施設に関わる研究所の研究員であり、23歳の息子はカンザス大学を生物学の学位で卒業したばかりであるが、その彼らに、進化論を科学のカリキュラムから除くことについて話したら笑われたと述べた。さらに彼女自身は、長老派教会の信者であり、神がした事を進化論が解明するということを信じ、小委員会草案は明らかに宗教的な視点が含まれていると回答した。[67]

  ワグノン・ウィリアムは、決定の要因を3つ上げ、そのなかの1つとして、妥協案は科学のコンセンサスを知るということを認めないもので、子供を学力的に不利な状況へと追いやるものである、つまりがらくたのようなカリキュラムだと述べた。[68]

  一方、妥協案に賛成の票を投じた6人のうち回答を寄せた2名、当時委員長であったリンダ・ホロウェイは、彼女が反対した州作成委員会による草案は、進化論を事実として扱い、自然主義的原理、哲学を誤って促進させるものであったため妥協案のほうを支持したと主張した。[69]あくまで進化論は証明されたものではない、もし証明されていないものであるならば、説得力としては創造論と同じであるという理論を展開している。リンダ・ホロウェイによる回答は、この1点しか述べられていなかったため、彼女がこの1つの要因のみによって決定を下したのかどうか、この他に理由があったのかどうかは不明である。更にもう一人、ハロルド・ヴォスもカリキュラムの内容が不適切と判断し、主張を電子メールの回答[70]で行った。その内容は進化論を事実として教えることは認められないとし、その根拠として、いつ意識と魂が出てきたのかが証明されていないし、しかもなぜ今でも猿は存在しているのかということを述べている。もし進化論を事実として取り扱っていなかったとしたら州作成委員会による草案は認められただろうとも述べた。

  カリキュラムの内容が決定の要因であると答えた6人委員の内、この要因一つしか回答しなかったリンダ・ホロウェイを除き、さらに、それを前提として回答を寄せたI・B・ソニー・ランデルを少なく考慮したとしても、残りの4名は、その決定の要因の最初に、このカリキュラムの内容を挙げた。それはつまり、その要因の中でもカリキュラムの内容が最も重要であった要因であると捉えることができる。

 

第2節:地区の要望

  第2節では、委員がどの程度、地元の世論を考慮に入れたのかという点について述べる。更にカンザス州の住民を対象に行われた世論調査を用い、カンザス州BOEの決定は民意を反映していたのかどうか検証する。

  第1節でも触れたがジャネット・ウォーは決定の前に、教師、行政家、地域の委員会メンバー、親、牧師、そしてベネディクト大学(Benedictine University)[71]の科学の教授など、多くの多様な人と会い、彼らの要望を探った。それは、彼女が委員としての職務は専門家を任命することであり、地域を代表してその地域の意見を反映させることであり、決してどちらかの提案に対して、認可を下すというものではないと解釈しているからである。そして、その過半数は州作成委員会草案を支持するものであったため、決定を下したとの回答を得た。[72]

  ワグノン・ウィリアムは、BOEの運営の点からも回答を寄せ、BOEは、その責任の遂行をボランティアに多くを依存している状況を説明し、そのボランティアによって運営されていた州作成委員会が作成したカリキュラムを無視し、もう一方を受け入れることは、ボランティアの人々の意志を削ぐもので、今後のBOEの運営に大きな影響を及ぼすとの懸念を抱き、ボランティアの人々への配慮も決定の要因の一つとして挙げている。[73]

  さらにヴァル・ディフィーバーも、BOEの機能不全への危惧について述べている。州のBOEが設定したカリキュラムよりも、州の下のレベルである地域のBOEが既に持っているカリキュラムのほうが優れているとして、地域のBOEが州のBOEをリーダーとしてみなさなくなり、州としての統制が取れなくなるという機能不全への懸念を示している。[74]

  また、委員自身からの回答ではないのだが、ハロルド・ヴォスは地域の反応が小委員会のカリキュラムを支持していたため、彼は早く他の議題へと移らせ、5対5の拮抗状態からBOEを機能するようにと投票した、という情報もある。[75]

  進化論派の委員らは地区の要望を考慮に入れたと回答した。しかし、カンザス州の住民を対象に地元新聞社が行った世論調査によると、BOEの決定は民意を反映していないということが明らかになった。[76]1999年8月のカンザス州BOEによる決定を支持するかどうか」という問いに対し、32%の人が「強く支持する」「ある程度支持する」であったのに対し、「全く支持しない」「ある程度不支持」という立場の人は52%と過半数を超えた。この要因としては2つ考えられる。1つめは民意を委員が正しく得ることができなかった。つまり、今回電子メールでの回答がほとんど得られなかった創造論派の委員らが、地元の要望を考慮に入れなかったか、また考慮したとしても、主に問題意識の高い一部の圧力団体から民意を得ようとした、ということ。

  2つめは民意が委員に届かなかった。つまり、教育委員会が大衆の手からは遠いもとなっていて、大衆があまり関心持っていなかった。自分の知らないところで教育委員会の委員が選ばれ、教育について決められていくのであるが、住民は委員を選ぶ選挙にはあまり足を運ばない。[77]世論調査によると、「BOEの決定を良く知っていたか」という問いに対して「はい」と答えたのは72%、「いいえ」と答えたのが27%となっていたが、それはメディアによって事前に大きく報道されていたからであって、その委員等が選ばれた選挙の時にどの程度関心を持っていたかは疑問である。それを裏付けるように、同じ世論調査でBOEの決定を支持しない人の64%が、「次の委員選挙の時には前回よりも投票するだろう」と答えた。これが示すのは、いかに普段の委員選挙に対する関心が低いかである。[78]また、既に述べたが[79]、キリスト教保守運動を見ると、穏健派は無関心であるか、もしくはテーマを理解していないのに対して、保守派は一致団結して草の根運動を徹底し有権者を動員する傾向が強い。前回までの委員選挙ではこの図式通りに選挙が行われた結果、保守派の委員が多く選ばれることになり、19998月のBOEの決定に至ったと言える。

  さらに、興味深い調査結果として、その世論調査によって「人類は神によって創られた、もしくは進化してきたがその過程は神によって導かれた」と信じる人が88%にものぼっているが、一方では、「公立学校で生徒は進化論を学ぶべきである、もしくはテストの範囲に進化論を入れるべきである」とする人は57%と、過半数を超えた。つまり、自分の宗教的な信仰と、公立学校で何を教えるべきかという感覚は一致しなかったのである。

 

第3節:圧力

  第3節では、委員が、いかなる団体、人から圧力を受け、その圧力がどの程度決定に影響を及ぼしたかを、明らかにする。

  この圧力には2種類ある。議会や、公開討論会などで、圧力団体や、組織が公的に発言し、その発言が委員の決定に影響を及ぼす場合と、個人的に委員にコンタクトをとり、説得工作を行う場合。この2種類の圧力が、どの程度影響を及ぼしたかについては委員自身の本心と回答が一致しない可能性も考えられる。特に、多くの批判にさらされている創造論派の6名の委員にとっては、最も答えづらい質問であると思われる。このような、この質問が持つ若干の無効力性を踏まえたうえで第3節は論じる。

  ジャネット・ウォーからは、投票前に数多くの「電子メール、手紙、電話」を双方から受けたという回答を得た。[80]しかし第4章1節、2節で既に述べたように、彼女は地域の反応の過半数の意見を取ったと主張しており、その「地域の反応、世論」に、当然この「電子メールや手紙、電話など」も含まれていると思われる。よって、彼女自身の信念、考え方というものに既にこの「圧力」も組み込まれてしまっているためジャネット・ウォーに関しては、この圧力だけを取り上げてその影響を論ずることはできない。

  ワグノン・ウィリアム[81]とI・B・ソニー・ランデルからは、圧力はなかったとの回答を得た。[82]

  ハロルド・ヴォスの回答では、親達から、もし、進化論を事実として捉えるようなカリキュラムが認められた場合、子供を学校には行かせず、ホームスクーリングさせる、ということを言われたと回答し、そのことも要因の一つとしてあげている[83]。当然そのような要望を述べたのは宗教的な価値を重要視するキリスト教保守派の親であろう。そのような人からの要望も要因であったと述べている。それは、ある特定の宗教を促進させるような政策は認められないという州と宗教の分離の原則に反していると言えるのではないだろうか。しかし別の回答では、カリキュラムの内容と圧力では、カリキュラムの内容が優先であり、圧力に決定が左右されるべきではないとも述べた。[84]

  圧力について回答を得たのは以上の4名であり、ほぼ全員が圧力の影響は否定している。影響を受けていながらも、委員にとってはそれが、自身の信念や、もともと備わっている考え方であると答える場合があるのかもしれない。しかし言えることは、その決定の際の実際のプレイヤーであった委員にとっては、その圧力はなかったと受け止められた、という回答を得たということである。

 

結論

  これまで第1章では、BOEの紹介と、BOEによって決定された内容を紹介した。第2章では、州作成委員会がどのようにして発足し、その後どのようにして草案が改訂されていくのか、またその草案を誰が支持したのかを明らかにした。第3章では、最終的に可決された妥協案がどのようにしてできたのかを、CWCの結成にまでさかのぼり、その後のスティーブ・アブラムズを中心とする小委員会への継続、草案の改訂の過程、そしてそれを支持する人、団体を明らかにした。さらに第2章と第3章を通じて、その対比、つまり、宗教的穏健と保守の対立が明らかになった。第4章では、電子メールを用いた委員に対する個別質問で得た回答から、なぜそのような決定を下したのか、その要因を検証した。

  決定の要因は、少なくとも、宗教的穏健派の委員には、その科学カリキュラムの内容が、決定を左右する要因の前提であったと考えて良いだろう。なぜならば、それは既に第4章1節で述べたように、電子メールによる回答では、まずはそのカリキュラムの内容の不十分さを理由としてあげ、そしてその後で、その他の要因についても述べているからである。

  しかし、ジャネット・ウォーはあくまで、委員としての職務は、地域の要望を代表するだけで、自ら決定を下すものではないと言い切っている。[85]ここで、彼女の決定は地元の意見を第一に考えたものだというが、彼女は地元の要望を既に知っていて、たまたまその時は彼女の信念とそれが一致しただけではないのかということも考えられる。

  カリキュラムの内容が前提であったとするならば、委員自身にとっては自身の信念よりは、その地区の代表としての委員の責任遂行の意識のほうが強く働いていたと思われる。既に第1章2節で述べたようにBOEの委員は給与はないが、会議に参加するたびに日払いの支払いを受ける。それは最低限の金額のみで、それをあてに生計を立てる、もしくはその金銭的利益のために委員になる人はほとんどいないといってよいだろう。[86]つまり金銭的利益以外目的のために委員になっているのである。ジャネット・ウォーによると、彼女が代表している地区は経済的に裕福な地区ではないために、その生活の向上の唯一の方法は教育であるという。彼女はその教育に対する熱意から、教育に関しては、自分の信念を断固主張していると回答した。[87]このように委員になるメリットは経済的なものではないゆえに、委員は、教育に関して自分の信念に基づいたボランティアに近い感覚でBOEに仕えている。つまりそこには、圧力に簡単に屈することのない委員の独立性が存在していると言うことができる。その他の委員等も、それぞれ委員としてで生計を立てているわけではなく、自らビジネスを運営していたり、農場を経営していたりと、別の手段を持っている。つまり、委員としてはやはり、教育に関わる自らの意志に基づいたボランティアのような意識で働いているものと思われる。もちろん普通はその圧力の関与を否定するかもしれないが、ほとんどの委員がその圧力団体からの影響を否定した。圧力団体などによる圧力の影響の少なさの理由としては、既に述べたようにボランティアのような教育委員会という組織に仕える委員に対しては、その独立性、あまり影響力を行使する余地がなかったということであろう。決定に際しては何よりも委員自身の考え、意見が優先される。圧力団体や、世論といったものはあくまでそれを補助する程度のものであった。そのような圧力がかかりにくい状況の中でおそらく最も影響力を持ったものは新聞、インターネットなどといったメディアであったと思われる。1999年の決定の前からカンザス州教育委員会での進化論の扱いがアメリカ中、さらには海外でも報道され、しかもその論調はほとんど批判的であった。報道されるメディアがほとんど批判的な論調であったために、その影響力は小さくなかったと思われる。

  本論文を通じて、教育委員会の委員が、実に多種多様な人々によって構成されていることが明らかとなった。委員としての役目は地元の意見を反映させるにとどまると限定的に考えている委員もいれば、基本的には委員自らの考えに基づくが考慮する委員もいる。さらに、BOEのその活動の遂行を多くのボランティアの活動に頼っている現状、そのような状況から、彼らボランティアにも配慮しなくてはならないと考える委員もいるということも明らかになった。[88]

  更に本論文では、カンザス州教育委員会の決定はキリスト教保守派による戦術の変化の成果であると指摘したい。宗教保守派団体の政治目標の一つともいえる創造論を公立学校で教えることについて、これまで、一貫して創造論教育は禁止されてきた。しかし1999年8月のカンザス州の決定は、これまでの戦略とは異なり、創造論を公立学校に組み込むのではなく、逆に公立学校から進化論を排除するという宗教保守派の新しい戦略が効果的に作用した結果でもあるといえる。小委員会を作り、それが、CWCという創造論派圧力団体と密接に関係を持ち、宗教保守派の影響を組み込むことがなぜ可能であったかということについては、BOE内の公開会議法を上手く利用した結果であろう。[89]彼らは3人という人数に設定することで、干渉を受けることなく内密に活動を行うことができたのである。

  最終的に、6対4という投票結果で、創造論派の草案が可決されたわけであるが、双方の見解は投票が終わり、1年以上が経つにもかかわらず、ほとんど変わっていないことが電子メールによる回答で明らかとなった。1つの事実について、2つの見方が存在し、双方がそれを信じて疑わない状況がある。そのもとなっているのは、やはり進化論を信じるのか創造論を信じるのかということであろう。その点で、やはりこのカンザス州教育委員会の決定は、進化論対創造論、または穏健派対キリスト教保守派という構図から成り立っているものと思われる。神は信じているが、宗教と公立学校で何を教えるべきかということは分けて考える、それはつまり進化論と創造論のどちらか片方だけ偏って教えることは望んでいないということは世論調査で明らかになっている。しかしそういった世論はBOEの決定には反映されなかった。それは第4章3節で述べたように、これまでBOE委員選挙に対する関心が低く、自らの利害の関わらないように運営されてきたが、今回の委員は新たに行動を起こし、住民にとっても直接利害が及ぶような問題が提起された。住民がそれに対抗しようとしても委員は既に決まっているのであるから、住民にできることは圧力団体などの草の根運動やロビイング活動に限られてしまう。そしてそのロビイング活動は一般的に穏健派団体は無関心である事が多い一方で、キリスト教保守派団体は長い間マイノリティーとしての権利獲得のために団結してきた経緯があるので、組織も豊富で活発に活動している。結局穏健派の住民は対抗手段をとろうとしても効果的に行えなかった。委員を選ぶ選挙の関心の低さと、圧力団体の力の差、これらによって、BOEの方針に反対しようとしても効果的に対抗することができず、そのまま決定されてしまったということであろう。

 

 



序論

[1] Paul D. Ackerman & Bob Williams Kansas Tornado : The 1999 Science Curriculum Standards Battle, November 1999

[2] http://www.gallup.com/poll/releases/pr990830.asp

[3] The Kansas City Star, Nov 7,1999.

[4] Ackerman & Williams

[5] http://www.icr.org/

[6] Steve Benen, “Evolution Evasion” Church & State, (October 1999)

[7] 『朝日新聞』 1987620

 

第1章

[8] 宮井 勢都子「多文化社会アメリカにおけるホームスクール運動―「価値」の継承をめぐる葛藤―」,『東洋学園大学紀要』71999

[9] Lawrence Journal-world, Aug 4, 2000

Http://www.ljworld.com/section/election/story/20210

[10] e-mail from Janet Waugh, October 16, 2000

[11] http://www.ksbe.state.ks.us/commiss/ksbe2.html

[12] One Wednesday night Ellsworth's lesson centered on the Apostle Paul's admonition to "rest not on the wisdom of men but on the power of God."........And the Bible tells the story of God's creation of the Earth and the universe. It does not mention evolution. Holloway nodded her head and smiled toward the pastor. This is what she believes.

-quoted from "Faith molds life, actions of Kansas school official", The Kansas City Star, May 08,1999.

[13] http://www.ksbe.state.ks.us/commiss/ksbe4.html

[14] http://www.ksbe.state.ks.us/commiss/ksbe5.html

[15] http://www.ksbe.state.ks.us/commiss/ksbe6.html

[16] http://www.sound.net/~bnpndxtr/gang-of-six.htm

[17] Benen ; e-mail from Janet Waugh , October 20, 2000 ; The Kansas City Star, August 1, 2000

[18] http://www.ksbe.state.ks.us/commiss/ksbe8.html

[19] e-mail from Val DeFever, October 21, 2000

[20] Willis, president of the Creation Science Association for Mid-America, said he and about two dozen other people evaluated the proposed state science standards and found them lacking. He declined to name his co-authors. Willis said he and his co-authors couldn't present new standards to the state board; that's where Abrams came in. When Abrams

saw Willis’ document, it was in its second draft. Abrams said he helped the writers edit and present the document in the proper format.

-quoted from "Revision of Kansas science standards to be discussed", The Kansas City Star, May 10, 1999.

[21] e-mail from Janet Waugh, October 24, 2000

[22] The Kansas City Star, May 11, 1999.

[23] KANSAS STATE BOARD OF EDUCATION MEETING MINUTES, August 11, 1999

[24] Ibid.

[25] E-mail from Val DeFever, October 21, 2000

[26] The Thomas B. Fordham Foundation

(http://www.edexcellence.net/library/lerner/gsbsteits.html)

[27] David W. Moore, “Gallup Poll Releases : Americans Support Teaching Creationism as Well as Evolution in Public Schools”, August 30, 1999

[28] 『朝日新聞』 19991227

[29] The Kansas City Star, October 01, 2000

 

第2章

[30] Benen ; e-mail from Verna M. Rundell, October 16, 2000

[31] The Kansas City Star, June 08, 1999 ; Kansas State Board of Education Meeting Minutes, November 3, 1998.

[32] The Kansas City Star, June 08, 1999.

[33] Steve Benen

[34] KANSAS STATE BOARD OF EDUCATION MEETING MINUTES, May 12, 1999

[35] Ackerman & Williams, p.19.

[36] Ibid.

[37] http://www.kcfs.org

[38] The Kansas City Star, July 09, 2000

[39] Bruce Alberts & Stephen J. Gould & Emma Walton Joint Statement from the National Research Council , American Association for the Advancement of Science, and the National Science Teachers Association Regarding the Kansas Science Education Standards, (the National Academies, September 23, 1999)

[40] The Kansas City Star, Jul 1, 2000

 

第3章

[41] この呼び方については、The Citizen’s Drafting Committee(CDC)というものもあるが、本論文ではCWCとする。

[42] Ackerman & Williams, p.13.

[43] Ibid. ,p.14. 公聴会の開催は法律上必須である。

[44] Ibid.

[45] Ibid., p.15.

[46] Ibid.

[47] The Kansas City Star, May 12, 1999 ; KANSAS STATE BOARD OF EDUCATION MEETING MINUTES, August 11, 1999 ; E-mail from Janet Waugh, October 20, 2000

[48] Benen ; e-mail from Janet Waugh , October 20, 2000 ; The Kansas City Star, August 01, 2000

[49] The Kansas City Star, May 12, 1999

[50] KANSAS STATE BOARD OF EDUCATION MEETING MINUTES, July 14, 1999

[51] Ibid.

[52] Ackerman & Williams, p.19.

[53] Ackerman & Williams, p.17. カンザス地区で長年創造論コミュニティーのリーダー

[54] Ibid., p.17.

[55] Ibid., p.18.

[56] KANSAS STATE BOARD OF EDUCATION MEETING MINUTES, May 12, 1999

[57] Ibid., February 9, 1999 ;March 9, 1999 ; May 11, 1999

[58] http://www.csama.org/

[59] http://www.crsc.org/

[60] KANSAS STATE BOARD OF EDUCATION MEETING MINUTES, May 11, 1999

[61] Ackerman & Williams, p.20.

[62] KANSAS STATE BOARD OF EDUCATION MEETING MINUTES, August 11, 1999

[63] Ibid.

 

第4章

[64] e-mail from Janet Waugh, October 20, 2000

I believe religion is something that should be taught in the home or the place of worship, not the public schools.  If parents feel strongly they want religion taught in schools, I believe they should send their children to a parochial school.

[65] e-mail from Janet Waugh, October 16, 2000

All board members are lay people who are elected to serve as policy makers on this board.  None are elected as experts in any field.  Therefore, it is my opinion that it is our responsibility to appoint experts to develop standards for the various curriculums.

I believed we were "lay" people elected to represent our districts.  Even though this committee of experts had been appointed and make a recommendation, I did not believe I should "rubber stamp" their recommendation.  I felt it was important for me to represent my district and therefore contacted various people in my district for their input.

[66] e-mail from Verna M. Rundell, October 16, 2000

Although there may be some people on the Kansas State Board of Education who have knowledge in these subject areas, I'm very sure that none of us would have the knowledge and expertise of that 27 member group.

[67] e-mail from Val DeFever, October 21, 2000]

I realized that those who were trying to remove evolution from our standards were telling  us and the public that they wanted world class standards, but in fact they wanted something that would reflect their religious views.  I am a presbyterain, and have no difficulty believing that evolution explains what God did.

[68] e-mail from Wagnon William, October 11, 2000

In short the adopted curriculum was junk science and unworthy of our fine Kansas schools.

[69] e-mail from Linda Holloway, October 16, 2000

I voted the way I did because the proposed standards promoted evolution as a fact by raising it to a unifying concept of all science, and it promoted naturalistic philosophy as opposed to science.  What was presented to us was indoctrination--not education.

[70] e-mail from Harold Voth, Oct 31, 2000

I am not aware this has ever been proved.  Additional questions I raised included the following:  I addressed, above, the matter of man descending from  apes.   But even more difficult questions for which I did not receive an answer included--"If man descended from an ape when did man develop a conscience and a soul."  Also if man descended from apes why do we still have apes and from where did they come?  If the 27 member committee would have allowed  teaching theory and not insisted that it is fact it would have permitted the standards to be approved.

[71] ベネディクト会はカトリック宗派に属する

[72] e-mail from Janet Waugh, October 16, 2000

Overwhelmingly the response from the majority of my contacts

was to support the science committee recommendation.

[73] e-mail from Wagnon William, October 11, 2000

[74] e-mail from Val DeFever, October 21, 2000

The state board is supposed to set state wide standards that indicate to local districts that we expect high levels of education from everyone.  When the state passed out these weak standards the locals said they had better standards already and ignored our standards.  In other words, they didn't see us as being leaders.

[75] Benen

[76] The Kansas City Star, Nov 7,1999

http://www.kcstar.com/news/stories/evpoll.htm

[77] The Kansas City Star, Jul 25, 2000

Lawrence Journal-world, Aug 4, 2000

[78] Lawrence Journal-world, Aug 4, 2000

Http://www.ljworld.com/section/election/story/20210

[79] The Kansas City Star, Jul 1, 2000

[80] e-mail from Janet Waugh, October 16, 2000

I was aware there was much controversy regarding the evolution issue because of the number of people appearing before our board during the months prior to the vote and the number of e-mails, letters and calls I received from both sides of the issue.

[81] e-mail from Wagnon William, October 11, 2000

I was under no particular pressure from my constituents, because I had some on both sides of the issue.

[82] e-mail from I.B. “Sunny” Rundell, October 16, 2000

Q; Did you vote against the compromise version because of your religious belief?

OR

Did you vote against it because of your political persuasion?

OR

Did you vote against it because you were concerned about ramifications in your own local district in the next election?

OR

Did you vote against it because you took the consideration of the public opinion for example, critics by the media?

OR

Did you vote against it because you were persuaded by your friends?

OR

Did you vote against it because you had some pressure from lobby groups?

If so, which group was it?

A; I answered "No" to all of your questions because I did not receive pressure until after the vote to accept the compromised science standards and then most of the feedback agreed with my position in opposing them.

[83] e-mail from Harold Voth, October 31, 2000

I have been told by several parents if the standards include teaching fact, not theory, we will have an exit of students to home schooling. 

[84] e-mai from Harold Voth, November 2, 2000

Content of the curriculum was my priority.  Pressure from other people was heavy but when a person takes on a task their decision should not be made because of outside pressure.

 

結論

[85] e-mail from Janet Waugh, October 16, 2000

[86] e-mail from Janet Waugh, October 24, 2000

We are not paid a salary but do receive a daily pay when we attend a meeting.  Therefore, any work we do at home such as answering e-mails, talking on the phone, etc., we are not paid for.  The money is minimal; therefore, I can't believe anyone would do it for that reason.

[87] Ibid.

I love kids and want nothing but the best for them.  The district I represent is a low socio economic district.  The problems the children I represent face on a daily basis are many and varied.  I believe the only escape for these children is education and that is why I am so adamant about the education they receive being othing but the best.

[88] e-mail from Wagnon William, October 11, 2000

They demeaned the work of the volunteers who made up the science writing committee, who had done what the board had asked them to do and cast aspersions on their character and integrity. It was a terrible slap in the face of our own science folks in Kansas that would make it increasingly difficult to ask other volunteers to step forward to come up with recommendations for the board. In our system, we depend heavily on volunteers across Kansas to help the state board carry out its obligations for the general supervision of public education. Without the willingness of educators across the state to help come up with proposals, our system would be stifled and undermine school improvement.

[89] e-mail from Janet Waugh, October 20, 2000

In Kansas we have what is called the open meetings law which means that if a majority of a quorum meets it is considered an official meeting and therefore has to be held in the open.  Since our board is composed of 10 members - 4 would be considered a majority of a quorum.  Therefore, 3 members can meet at any time

and not be considered violating the open meetings law.

 

参考文献

佐々木毅『現代アメリカの保守主義』(岩波同時代ライブラリー  1993年)

佐々木毅『アメリカの保守とリベラル』(講談社学術文庫  1993年)

大嶽秀夫『政策過程』(東大出版会  1990年)

内田満『変貌するアメリカ圧力政治』(三嶺書房  1995年)

信田智人『アメリカ議会をロビーする』(ジャパンタイムズ  1989年)

森孝一編『アメリカと宗教』(日本国際問題研究所  1997年)

井出・本間・大橋編『アメリカの南部』(研究社  1973年)

森孝一『宗教から読む「アメリカ」』(講談社  1996年)

『アメリカ社会と宗教』(日本国際問題研究所  1996年)

 

 

卒論を書き終えて

舛田勇介

もう少しメジャーなテーマを選べば良かったかなとも思った。友達との卒論についての話になると、いつも説明するのに苦労してた。理系の実験で卒論書く人はどんな思いなのか。思えば1年半くらいかけて書いてきたわけだが、結構本当に頭を使った時間はその何分の1だろうか。本当に情報を集めるのに苦労して、これじゃない、これでもないとネットの前に座り込んで視力が絶対に卒論のせいで20%は落ちたと思う。本当に使える情報だけ集めてあるともっと時間は短縮できたのではと思うが、これだけ時間かかった、かけた理由は多分他にある。飲み会の誘いや、部屋でごろごろしてたり、でもどっか心の片隅ではやらなくてはとの思いもあって、特に卒論の締め切りが近くなる4年の年明けてからは、分かってるんだけど遊んじゃうということが多々あったように思う。所詮人間なんて弱いものだと言い訳しながら。

とにかく、本当に卒論書いていて情報の貴重さを痛感した。特にインターネットが普及して、ほとんどの資料がインターネット経由で手に入れられるようになって、図書館にわざわざ千葉県から通わなくてよくなったということは喜ぶべき事だけれども、逆に情報が多すぎて、選び取るのに時間がかかるようになったとも思う。情報収集能力がどうとか就職活動のマニュアル本に書いてあったと思うが、まさに卒論やりながら実感したもので、もう世の中全てが情報万歳か。

卒論なんて適当に本写して終わりくらいだろうと大学入った頃は思っていたが、実は全く違って、自分で課題を見つけ出し、情報を集めて、答えを導き出す、この一連の作業というのは本当にどんな場面でも重要だと思う、勉強においても、将来仕事をする上でも。そんなわけで、卒論を自分で1本書いてみるという作業は、自分にその作業の大切さに気付かせてくれただけでなく、そういった考え方を身につけるきっかけになって本当に、大変だったけれども実になったのではないかと思う。

なんか今さっきまで卒論で負い込まれてやっていただけに、なんだか文章が硬いというか、親しみがない感じがするがしょうがない。本当に小学生の夏休みの宿題から大学終わるというのに全く進歩がないのが悲しいところです。

数あるゼミの中でもここまで学生の論文に対して目を向けてくださるゼミは少ないのではないでしょうか。しかもいろんなテーマをみんな持ってくるのに全てに対してアドバイスをすることができるあたり、本当にびっくりしました。卒論書く時、もちろんその他のいろんなフィールドにおいても最高の環境にいることができたと思い、とても感謝しています。

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