「ハリウッド映画界の政治的役割」

―民主党とハリウッドの蜜月―

                       中川慎也

序章

第1章 ハリウッド・リベラリズム

1節 プリンドルらの先行研究から

2節 なぜハリウッドはリベラルなのか

第2章 ハリウッドの政治活動

1節 ハリウッドと政治界の繋がり

2節 献金のデータから

第3章 ハリウッドをめぐる政治的争点

1節 ジョセフ・リーバーマンと2000年大統領選挙

2節 映画の中の女性に見る映画の性格の変遷

終章 

 

序章

 アメリカにおける映画は、単なる娯楽産業ではなく非常に大きな潜在力を秘めた宣伝機関である。このメディアの効果に関する研究には論争が絶えないが、大衆に対する強力な伝達手段としての機能は研究者の異論のないところである。

  副島隆彦氏は著書『ハリウッドで政治思想を読む』[1]の中で、「今のアメリカを支配しているのは、ワシントンD.C(政治)とニューヨーク(資金力)とハリウッド(メディア産業)の鉄の三角形である」と述べている。「鉄の三角形」という言葉は元来、利益集団と行政各省庁、関連議員の間の強固な同盟関係を示すものだが、副島氏はハリウッドの持つ世論への影響力と、それに対して資金を出すユダヤ系の財界人、そして政治家達のカネの繋がりをあえてこう呼んでいる。同著では、1999年に改革党から大統領選出馬することを表明し一時話題となったウォーレン・ビーティの監督・主演映画「ブルワース」を紹介し、この作品を「ユダヤ系の財界人たちに反旗を翻した掟破りの作品[2]」と述べ、アメリカ民主党を「ひどい被洗脳集団」と言及することでこの鉄の三角形を批判している。この著書は学術書ではないため、時に粗雑な表現も含まれるがも含まれているが、映画から政治思想を読み取るという点で本論文と方向性を同じくしていると考えられる。

 本論文ではこの「鉄の三角形」と呼ばれる繋がりの中で特に政治とメディア、つまりワシントンとハリウッドの結びつきを明らかにする。政治とメディアの関係は現代においてたびたび論じられるが報道ではなく映画という、娯楽の側面が強いメディアと政治界が結びついているということは非常に興味深い。

 従来、ハリウッドは「伝統的に」リベラルであり、民主党寄りであるとの考え方がなされてきた。各記事を見ても、「既存のもの」としてその偏りが述べられていることが多い。強大な影響力を持ちうる映画を製作する人々の間に、そのような思想的バイアスがあったとしたならば、世論にも少なからずその思想が反映されるということにならないだろうか。本論文では過去になされた先行研究からハリウッドの思想的偏りを明らかにし(過去の研究ははっきりとした証拠に基づかないものが多いが、この中でも特に調査にもとづきいた信憑性のあるものを扱う)、そのような偏りが生まれる理由をまず考察する。

 次に過去または現在において、実際行われてきたハリウッドと政治との交流(献金、寄付など)を探り、「ハリウッドから見た民主党」と「民主党から見たハリウッド」像を明らかにする。

 なぜ民主党はハリウッドに献金や寄付をするのかについて、また民主党にとってハリウッドはどのような存在なのかについて考察することは、ハリウッドに対し他の圧力団体との類似性と特異性、双方からアプローチする事を可能にするため、非常に意義のあることであると考える。

第1章ハリウッド・リベラリズム

第1節 プリンドルらの先行研究から

 ハリウッドの思想的偏りを明らかにしようとした研究論文としてまずロバート・リッチャー とスタンリー・ロスマンによるHollywood and America:The Odd Couple[3]が挙げられる。 リッチャーらは1982―84年に映画界の監督や脚本家、経営者などに多くの質問をし、その回答から経済・社会問題・外交という3つの領域でハリウッドの支配者(ハリウッド・エリート)達がリベラルな思想を持っているという事を解明した。しかし彼らの研究はハリウッド・エリートの価値観と大衆の価値観とを比べる実験をしなかったため、「リベラル」であるとはっきりと位置付けられるものではないといえる。このような時「絶対的にリベラル」ということ事はなく、他人との関係の中で相対的に、または特定の争点において初めて個人の位置付けができるのである。彼らの行った調査は「政府は富を再分配すべきか」といった質問にYesかNoかで答えさせる形式であったため、特定の争点におけるハリウッド・エリート個々人の立場を知ることができない。リッチャーとロスマンはハリウッドのイデオロギーと大衆世論との関係についての問題を残したと言える。

 この研究の問題点を補う形で発表されたのがデビット・プリンドルとジェームス・エンダ―スビーによるHollywood Liberalism[4]である。リッチャーらの研究と違う点として、調査対象となるサンプルが今回の方が少ないこと、プリンドルらの研究ではサンプルに関してビジネスでの成功よりも政治的イデオロギーに重点を置くことなどが挙げられる。

 プリンドルらは、ハリウッドでのオピニオンリーダー、つまりハリウッド・エリートが誰であるかを探るために2つの方法をとっている。1つ目は「制度化した手法(institutional method)」である。ハリウッドに関わる組織は多岐におよび、映画を製作する組織やどんな内容を映画に盛り込むかについて影響力を与える圧力団体などがある。例えば黒人をテーマにした映画を作る場合には初期の台本がNAACP(全国黒人地位向上協会)のリーダーに渡され、それに対する返答が映画に盛り込まれることによって黒人のリーダーによって映画は影響を受けているということになる。このような組織のリーダーはオピニオンリーダーということになる。

 2つ目の方法は「評判を基にする手法(reputational method)」である。これは映画に関する会議に参加した人の名前、そしてその人々の口から出てくる名前をリストアップしオピニオンリーダーを見つけるものである。「予想に反して、この手法で作成したオピニオンリーダーの名簿と、1番目の手法でリストアップされた名簿の間に非常に多くの重複した名前が出てきた」とプリンドルは述べている。

 結果的に彼らはそのリストから35人を選び出し、質問を行っている。その中には16人のアーティストがおり、35人ほぼ全員が高い教育を受け少なくとも大学を卒業しているか、学位を取っていた。しかも彼らはビジネスの成功者であるため非常に裕福な人々であった。35人中女性は9人、ハリウッドにはユダヤ人が多いという評判を裏付けるように14人がユダヤ教系であった。

 これらの人々に対して行った調査の結果は次の通りである。アメリカ人全体のうち自分がリベラルであると答えた人は3分の1しかいなかったのに対し、ハリウッドでは60%の人々が自らをリベラルであると答えた。[5]さらにハリウッドの中で、共和党に忠誠を誓うものは10%しかいなかったのに対し、ほぼ半数は民主党への帰属感を示していた。プリンドルらはハリウッドのリベラル志向を解明することができたと言えよう。

 「リベラル」「保守」という定義については解釈論争が絶えない。プリンドル自身も述べているように、同じリベラルでも経済的リベラリズムと社会的リベラリズムはまったく違ったものであり、時にその主張は食い違う。

 タイム・ミラー社の統計によれば、アメリカ人の大半は経済問題に対してはリベラル、社会問題に関しては保守的であるとされている。しかしプリンドルによれば、ハリウッドは経済問題でも社会問題でもリベラルであると言う。Prindle曰く、「妊娠中絶に対してはハリウッド・エリート達はプロ・チョイスの立場を取り、同性愛者にも寛容である。彼らが政府の規制について賛成するたった1つの例が銃規制であり、一様にNRAに対して敵意を抱いている。」ということである。このような社会的立場は民主党リベラル派の思想と一致するものであり、民主党とハリウッドの共通点が見つかったといえるであろう。

  

第2節 なぜハリウッドはリベラルなのか

 ハリウッドのオピニオンリーダー達が大衆よりもリベラルな志向を有することは明らかになったが、なぜそういった思想的偏りが生まれるのであろうか。プリンドルらは前掲の論文の中でこの問いに答える試みを行っている。彼らが立てた仮説は「教育」「芸術」「ユダヤ」[6]の3つである。まず「教育」についてであるが、前にも述べたようにハリウッドのオピニオンリーダー達は高い学歴を有している。この高い教育水準がリベラリズムを生んでいるのではないかと彼らは考えたのである。しかし彼らの研究結果においてこの仮説は不適切であることが明らかになった。社会問題において、高水準も教育を受けた人々(ハリウッドとかかわりのない人々)はハリウッドのオピニオンリーダーよりも保守的な傾向を示したのである[7]

 次に「芸術」であるが、これはハリウッドがリベラリズムを必要とする芸術的コミュニティーであるとする仮説である。俳優や作家、ミュージシャン達がその芸術性のためにリベラルな政策を受け入れているとするならば、回答者の中に含まれている管理職や経営者の人々は彼らよりも保守的な態度を示すはずである。しかしながら芸術家とそうでない人とを分けた統計において、管理職や経営者の人々は芸術家の人々よりも経済分野において幾分右よりの傾向を示したが、それでも一般の人々に比べれば明らかに左よりであった。よってこの仮説も不十分であると言えよう[8]

 最後に「ユダヤ」についてである。この調査での回答者であるハリウッドのオピニオンリーダーのうち5分の2がユダヤ系であった(アメリカ社会全体でのユダヤ系の割合が2%であることを考えれば、これは顕著な数字である)。このサンプルでのユダヤ系の多さがリベラリズムの要因であるとも考えられるであろう。しかし、確かにユダヤ系の人々はリベラルであるが、カトリックやプロテスタントの人々も同様にリベラルである[9]。つまりハリウッドにユダヤ人がいなかったとしてもリベラルな傾向は変わらない、ということになる。

 このようにプリンドル自身が挙げた仮説はすべて彼自身の調査によって真実ではないことが明らかになった。 さらにコロンビア大学教授であるハーバート・ガンズはリッチャーらの研究と、このprプリンドルらの研究の問題点を次のようにいくつか指摘している[10]

@  なぜハリウッドにユダヤ系が多いのかという疑問について触れていない。

A  調査に使ったサンプル数が少ない。

B  ハリウッドの商業性を無視している。

 @に関して、プリンドルの用いた35人のサンプルのうち14人がユダヤ系であり、ハリウッドのリベラリズムを生む要因としてまでユダヤを挙げていながらハリウッドにユダヤ系がなぜ多いのかという疑問には答えていないのである。ガンズによればその答えは映画産業の初期にあるという。アメリカの映画は貧しい移民のための娯楽として始まり、正規の劇場に入る事を許されていなかったユダヤ人たちは映画製作に乗り出したのである。それまでユダヤ系の人々は衣料産業で地盤を固めており、映画という最適な分野を見出すことによって低レベルの労働からの脱却を次第に図ったのである。しかし彼らは脚本や監督・プロデュースの職にとどまり(俳優として彼らが重要な位置を占めることはなかった)、他の民族や宗教を持つ人々を受け入れた。

その当時の流れが今も続いている、というのがガンズの見解である。

 次にAについてであるが、前にも挙げたようにプリンドルが扱った調査は35人のサンプルをもとにしており、

その絶対的な数の少なさをガンズは指摘している。さらにそのサンプルとなった人々は社会問題に対して活発であり抗議集会などに参加しているハリウッドの人々であるが、プリンドルは共和党の選挙運動や資金集めなどに参加しているハリウッドの人々に対しては質問を行っていないと批判する。つまり、「ハリウッドはリベラルである」という実験結果を得るために、ある種の主観的選択が行われていると言うのである。このような理由からガンズはプリンドルのいう「ハリウッドがリベラルであり、彼らによって内容的にリベラルである映画が作られるという結論を信じない[11]」としている。しかし、 確かにサンプルの少なさは気にかかるが一般大衆と比べて明らかにリベラルな傾向を示しているプリンドルの調査結果は、十分「ハリウッドはリベラルである」という仮説を証明するものであると考える。

 Bについてであるが、ガンズはリッチャーやプリンドルは「映画が製作者と彼らを取り囲む圧力団体だけによって作られていると考えている」と批判している。つまり映画と関わって生まれる劇場収益やスポンサーの収入、取引先銀行との関係などを彼らは無視していると言うのである。ハリウッドの映画製作会社は第2次世界大戦後すぐに市場調査を開始したといわれている。そして最近でも、観客が望む内容にするために2種類のエンディングを用意し、市場調査をした後にエンディングを決めたという例がある[12]という。このように、営利団体として観客のニーズに答えていく必要性はハリウッドにも当然あるはずである。それでは観客は何を望んでいるのだろうか?答えは明らかである。人気のある映画やTV番組は「どこにでもある結婚」を描いたものではなく「激情的な、暴力的な事件」を描いたものであるし、「窃盗」を描いたものよりも「殺人」を描いたものの方が大衆には受けるであろう。観客は娯楽に非日常性を求める。もしもハリウッドの映画作品が大衆の行動を反映したものであるならば、社会学者だけが鑑賞するドキュメンタリーになってしまうだろう。娯楽としての側面を持つ以上、刺激のあるものが望まれるのは当然である。そういった映画の「独特な」商業性のために、彼らは時に大衆の価値観と全くかけ離れた作品を作ることもあるのである。

 このように考えてみると、ハリウッドがリベラルである理由が少しずつ見えてくる。プリンドルが掲げた3つの仮説はどれも彼自身によって否定されたが、全くこれらが関係していないとは考えにくい。映画作品をはじめとする芸術にはリベラルな思考が必要であろうし、これら3つは少なからず影響としていると言えよう。この論文ではこの「教育」「芸術」「ユダヤ」という3つのファクターに加えてビジネスとしてのハリウッド、つまりハリウッドの「商業性」と「表現の自由」という2つをハリウッドのリベラリズムを構成する要因として考える。これについては第3章に詳しく述べることにするが、観客のニーズに応えるための刺激的なシーンが政府によって検閲され規制されることは自身の死活問題にもなってくる。そのためハリウッドにはリベラルな風潮が漂い、表現の自由を推し進める民主党との結びつきが強いと考えられる。アメリカのジャーナリストがリベラルな傾向を示すこともこの「表現の自由」に関するものであると考える。映画同様、大衆が望むのは平凡なニュースではなく、驚きを伴うようなスキャンダラスな記事なのである。

 

第2章 ハリウッドの政治活動

第1節 深い親交関係と血縁関係

  第1章ではハリウッドのリベラルな傾向とその理由について述べ、民主党との思想的類似性と表現の自由というファクターが民主党との結びつきを強くしていることを明らかにした。ここではいったいどのような形でハリウッドは政界、とりわけ民主党に働きかけをしているのかを見ていくことにする。まず最初に、ハリウッドと民主党との血縁関係・友好関係について論じる。ジャーナリストの広瀬隆氏は「ハリウッドが仕掛ける米大統領選のマインドコントロール[13]」という記事の中で「ケネディー・グループ」と呼ばれるハリウッド内の民主党を支持する人々が、民主党のイメージを上げ、共和党のイメージを下げるような内容の映画を作っていると主張している。「ケネディー・グループ」には、映画『JFK』や『ニクソン』で知られるオリバー・ストーン監督や赤狩りに抵抗した『12人の怒れる男』のヘンリー・フォンダ、『アメリカン・プレジデント』で大統領役を演じたマイケル・ダグラスなどがいる。広瀬氏は「ケネディー・グループ」は民主党寄りの映画を大統領選挙の直前に公開することによって国民をマインドコントロールしている[14]とまで主張しているが、映画の内容の受け取り方は人それぞれであるし、映画館に行くかどうかは観客側が決めることであるので広瀬氏の主張ははなはだ大げさであると感じざるをえないが、ただハリウッド内に民主党を支持するグループがあることは事実である。現に、FECのデータによればオリバー・ストーン監督は1998年の4月に民主党の議会選挙委員会に5000ドル、1999年の10月にアル・ゴア民主党大統領候補に1000ドルというように2年間で計9500ドルの献金を民主党関係者に与えている[15]

 このように血縁関係や友好関係を探る際にやはりカギとなるのが、パーティーへの出席や献金・寄付である。アメリカにおいては候補者個人への献金、いわゆる「ハードマネー」には上限があるが、政党運営費などの名目であれば青天井であるので、法にかからない「ソフトマネー」としての寄付や資金集めのためのパーティーが多く行われている。後に詳しく述べることにするが、先の選挙で上院議員に当選したヒラリー・クリントンの昨年の誕生日には3晩連続で誕生パーティー(実際には資金集めパーティーであるが)が開かれ、ハリウッド関係者が多数詰め掛け計300万ドルを集めたという[16]

 また友好関係を探る際に触れなければならないのがマイケル・オービッツ氏の存在である。彼はCAA(Criative Artist Agency)というタレント事務所の創業者であり、会長である。ケビン・コスナーやロバート・デニーロなどのタレントを抱え、タイム誌によれば「ハリウッドで最も権力を持つ男[17]」といわれている。ヒラリー・クリントンを映画監督スティーブン・スピルバーグに紹介したのもオービッツであるといわれており、以来ヒラリーとスピルバーグは友好関係を築いている。93年の春にはクリントン大統領の初期の大きな政策であった医療保険改革に関するマーケティングの依頼がオービッツに寄せられた。オービッツはホワイトハウスとハリウッドの橋渡し役として重要な役割を果たしているといえる。

 このような友好関係には双方の利益が絡んでいると考えられるだろう。政治家にとってハリウッドの人々は金銭面での援助になると共に「イメージ作り」に大きな役割を果たしうる。ハリウッドのハンサムな俳優や美しい女優と親しげに話す姿は好感が持てるだろうし、憧れの念を抱くかもしれない。「イメージの政治[18]」と呼ばれる現代にあって、メディアが国民に与える影響は計り知れないものがある。現に映画でも共和党保守派が悪党として描かれるケースが少なくない。リベラルで知られるティム・ロビンスの映画や『X-MEN』

(この中で共和党は主人公であるミュータント達を「魔女狩り」によって捕まえようとするが、「思慮深い、思いやりのある」民主党員が平等を唱え彼らを助けるのである)などこれらの作品が国民に民主党に良いイメージを抱かせることになりうる。

 資金源としてのハリウッドはAFL−CIO、Trial Lawyerについで民主党への貢献を果たしている(データ参照)。上でも述べたように1996年大統領選挙において、民主党全国委員会への献金が前回の5倍にも達し、2000万ドル以上あった共和党との差を一気に1000万ドルにまで縮めた最大の要因は、ハリウッド人の献金が増えたことであった。2000年選挙においてもヒラリー・クリントンへの献金は、弁護士についで第2位にランクしており[19]資金面では「ハリウッド頼み」であることがうかがえる。

 次に考えられるのが雇用創出源としてのハリウッドである。全編がコンピューター・グラフィックで製作された映画「トイ・ストーリー」の制作会社である「ピクサー」に代表されるように、近年ハリウッドとシリコンバレーが結びついたいわば「シリウッド」が現れつつある[20]。娯楽情・報産業はアメリカ経済にとって重要であり、近年のシリコンバレーとの融合はハリウッドを大統領にとってより魅力的なものとしているといえるだろう。この他にももちろん映画の持つ宣伝機能なども考えられるが、やはり民主党にとってもハリウッドは重要な存在であるといえるだろう。

 またハリウッドの人々にとっては上に述べたような表現の自由、思想的類似から、寄付や献金をすることは利益を生み出すものであり、献金を通じて政治に参加することの意義も少なからずあると言えよう。

 ハリウッドと民主党の繋がりを語る際には米ソ冷戦期の「赤狩り」

も重要な要因である。当時ハリウッドにも広がっていた広範な進歩思想に恐怖を感じた保守派がおこなった、陰湿なイデオロギー調査摘発によってチャップリンや当時の映画界を支えた「ハリウッド・テン」と呼ばれる監督達はアメリカから追放されてしまった[21]。このときの保守派の行動への反発がハリウッドのいまだ残っているといことも否定できない。

第2節 献金から

 第1節でも述べたように、ハリウッドからの献金が注目を集めたのは1996年の大統領選挙であった。クリントン大統領の対立候補であったボブ・ドール上院院内総務ら共和党首脳陣はその前年に「映画・音楽に暴力・セックス描写が多い[22]」と猛烈なハリウッド批判を展開した。それに対しマザージョーンズ誌96年4月号によれば、95年のハリウッド関係者からの献金は民主党に対して約61万ドルにものぼり、わずか5750ドルだった共和党への献金を考えれば非常に好対照な結果となった。

 96年の選挙時には、前回92年の選挙の5倍の6510万ドルもの献金が民主党全国委員会に集められた[23]が、そのトップは映画大手会社のMCAを参加にもつシーグラム・MCAグループの62万ドルであった。その他にもウォルト・ディズニーや映画会社ドリームワークスSKGなどが並び、ハリウッドが民主党にとって大きな存在であることがうかがえる(データ参照)。

 98年には相次いでスキャンダルが発覚したクリントン大統領に対して、その訴訟費用を補うための信託基金にスピルバーグ夫妻やトム・ハンクス氏などから上限額である1万ドルいっぱいの献金が相次いで寄せられた[24]。何も見返りがなく、1歩間違えればイメージの低下につながりかねないこのような献金をする裏側には、やはりかねてからの大統領夫妻とハリウッドスターたちとの密な友好関係が裏に存在しているのだろう。

 次にopensecretsのデータ[25]による献金額を観てみると、映画会社の民主党寄りの傾向はさらに明らかになる。映画産業全体から寄せられた献金(個人献金・PACへの献金・ソフトマネー)のうち、1990年から1998年の2年ごとの集計で、民主党への献金の割合はそれぞれ88%、87%、90%、86%、78%と圧倒的なものである。2000年選挙においてもこれまでに全体の74%に及ぶ159万ドルもの献金が寄せられており、その主な受け取り手には民主党大統領候補のアル・ゴア、ビル・ブラッドレー、ニューヨーク州上院議員候補のヒラリー・クリントンなど民主党員が名を連ねている。ヒラリー・クリントンに対しては上院議員選挙としては破格の300万ドルが民主党から送られ、ウォルト・ディズニーやマイケル・ダグラス、トム・クルーズといった映画・音楽などのメディア・娯楽産業からも43万ドルを越える支援が集められた(データ参照)。

 このように見てくるとハリウッドは圧倒的に民主党支持のように見えるがもちろん共和党を支持する人々もハリウッドには存在する。ロナルド・レーガン元大統領は元ハリウッド俳優であるし、彼が大統領選に出馬した際、特に応援したのは女優エリザベス・テイラーの7度目の結婚相手であるジョン・ワーナー(ニクソン政権の海軍長官)であった。その他にもジョン・ウェインやエルヴィス・プレスリー、ゲイリー・クーパーといった黄金時代のハリウッドを動かした人々も共和党びいきであったと言われている。2000年選挙においても、ウォルト・ディズニー社のPACである Walt Disney Productions Employees PAC の献金の52%、ユニヴァーサルスタジオのPAC、゛Universal Studios Political Action Committeeの献金の56%は共和党に送られている。両方の党に同じ額くらいの献金をし、議会でどちらが多数派になろうとも変わらぬ恩恵を受けようという思惑がここに見られる。ただここで気を付けなければならないのは、民主党へ全体の半分の献金が流れるということは産業界全体から見れば珍しいことであり、やはり映画界の民主党寄りの傾向を示しているということである。

 

第3章 ハリウッドをめぐる政治的争点

第1節ジョセフ・リーバーマンと2000年大統領選挙

 ここでは具体的事例をもとに、ハリウッドと民主党との関わりを見ていくことにする。

 2000年8月7日、民主党大統領候補であるゴア副大統領が副大統領にリーバーマンコネティカット州上院議員を選ぶ方針を固めたことは、政界やメディア関係者に意外な選択であると受けとめられた。リーバーマン氏は副大統領としては前例のないユダヤ系であり、一部に反発も予想されたからである。ゴア氏がリーバーマン氏起用に踏み切った理由は「クリントン離れ」を国民に印象付けるためであるとされている[26]。リーバーマン氏は1998年のクリントン大統領の不倫疑惑の弾劾裁判の際、「不道徳で非難に値する[27]」と大統領批判を展開した人物であり、ゴア政権を「クリントン大統領の3期目」と感じている人にアピールするためには最適な人物であるといえる。

 「彼の同僚が彼ほどに良質であるならば、連邦議会はより良い所になっているだろう[28]」という新聞の記事が示す通り、彼の言動は周囲の尊敬を集め、道徳的高潔さに溢れている。しかしアメリカ社会には依然反ユダヤの偏見が残っているとされており、彼が副大統領候補に選ばれたことによって様々な論争が生じた。

 リーバーマン起用に対しまず反発したのが黒人層であった[29]。カリフォルニア州選出の黒人女性議員であるウォーターズ氏は「アファーマティブ・アクション」や教育に対する政治姿勢でゴア氏の人選には問題がある、と語った。リーバーマン氏はカリフォルニア州政府のアファーマティブ・アクションに公的資金は投入しないとする「提案209号」に、人種別クオータ制には反対の立場から賛同したことが発端であるとされている。この問題はリーバーマンが民主党の黒人議員の会合に出席し釈明したことで解決したが、さらに大きな問題が待ちうけていた。それがハリウッドとリーバーマンの対立である。

 リーバーマンは論文Revolt of the revoltedrevisited : Americas values vacuum and what to do about it[30]の中でメディアにおける暴力・性描写批判を展開している。彼が主張するのはメディアの支配者達が利益のために売り歩くテレビ番組や映画の中に一定の線引きをして殺人や性描写、下品な行動を子供達の心の中に刷り込むことをやめることであり、この運動に際しては共和党員であるウイリアム・ベネットと超党派的協力をしていると述べている。ベネットはレーガン政権下の教育長官であり、ベストセラーとなった「Book of virtue」の編者である[31]。この本は文字通り道徳読本であり、「自己修養」「他人へのいたわり」「責任」「仕事」など10項目にわけて古典的道徳話が幅広く載せられている。

 リーバーマンはV-chipにも賛成しているが、これを「メディアの支配者達の責任を肩代わりするもの」ではないとし、メディア主導での「価値観の空洞」を埋める作業を促している。リーバーマンは銃による暴力や10代の妊娠に関して、メディアが全ての責任を負っているとは考えていないが、行きずりの性交渉(casual sex)を肯定化するテレビ番組や映画、音楽が偏在していることから、メディアがその要因の中枢をなしているのは間違いないとしている。

  このような批判は、ハリウッドと民主党、さらには共和党にまで波紋を呼んだ。2000年9月中旬、上院商務委員会の第2回公聴会で民主党のゴア―リーバーマン陣営と共和党のブッシューチェイニー陣営はそろってハリウッド批判を展開した。その背景には公聴会に先だって連邦取引委員会(FTC)がまとめた報告書[32]が絡んでいる。

 これは1999年におきたコロラド州コロンバイン高校での銃乱射事件を契機に、クリントン大統領の諮問を受けた同委員会が映画や音楽などに現れる暴力表現を調べたものである。報告書は広告手法を特に問題視し、「R指定映画の8割、大人向けゲームソフトの7割が実は子供を標的に宣伝されている。17歳以下に人気のあるテレビ番組や雑誌、インターネットサイトで執拗に広告が流されていた」と結論付けたのである。

 銃犯罪に対する従来のスタンスは、民主党が銃規制、共和党がメディア規制を主張するものであったが、今回では双方がメディアを攻撃する形になった。これによって複雑になったのがゴア候補の立場である。副大統領候補リーバーマンのハリウッド批判に加えて、ゴア氏の妻であるティッパーはかつてギャングスター・ラップと呼ばれるラップ音楽などの暴力表現に反対する団体を創設し、歌詞検閲活動を行っていた[33]。このような非常にゴアに近い人々がメディアの規制を訴えていることは、ゴアに少なからず影響を及ぼしている。ゴアも「FTCにより広い範囲の権限を与え、娯楽産業に対する規制を強化する[34]」可能性を示唆した。これは民主党の路線から、一線を超えた発言とみなされている彼らはメディアの文化的影響を非難することで、大統領選挙に勝利しようという戦略を立てたのである。国民からもこの暴力描写を不安視する越えは出てきており、

ディズニーでは自社の作品の予告編にはR指定の映画を流さないこと、そして傘下のABCネットワークに午後9時以前のいわゆる「プライムタイム」にR指定の映画の宣伝を流さないことなどを約束した[35]

 またリーバーマンは子供を私立学校に送るために親に税金で集められたお金を渡すいわゆる「バウチャー制度」に賛成している[36]ことから、この論題に力を入れているカリフォルニア州のシリコンバレーの人々を味方につけているため、ハリウッドは必要ないのではないかという見解も出てきている。

 このような動きの中でゴア陣営はハリウッドに対してどのようなスタンスを取ったのかが注目されるところであったが、ゴア氏の態度は、2000年9月14日にニューハンプシャーの学校で300人の親と生徒に対し「今日の大衆文化のいくつかはあまりに下品で意味を持たないものである」と発言し拍手喝采を浴び、その数時間後にはニューヨークでの「ラジオ・シティー」でのジョン・ボンジョヴィやレにークラビッツらが参加した資金集めコンサートにおいては「子供に不適切な作品を市場に出すことは間違っている」と簡単に述べ、生ぬるい拍手を浴びるというように、どっちつかずのものであった[37]。リーバーマンも18日にロスで開かれたトム・ハンクスなど多くのハリウッドスターを招いたパーティーにおいて「私はハリウッドを検閲したいのではなく、許容できる方向へと映画や音楽をシフトさせたいのだ」というような婉曲した発言に終始した。それもそのはず、2つのパーティーで1000万ドルもの寄付がハリウッドをはじめとするメディア関係者から集められたのである[38]

 このようなゴア陣営の態度に対しては当然各方面からの批判が寄せられた。共和党全国委員会の委員長であるジム・ニコルソンは「ゴアが、ハリウッドにその精神をけがされている子供を持つ親の側に立っているのか、それともハリウッド・エリートの味方であるのかわからない」と述べ、共和党副大統領候補であるチェイニーはゴアがハリウッドから多額の献金を受けているにも関わらず、彼らの作品を批判していることを「a pattern of saying one thing and doing something else(言っている事とっていることが違う)[39]」と批判している。リーバーマンの発言に対しては、リーバーマン自身が「協力者」と論じた共和党のウイリアム・ベネットが「彼が(ハリウッド人に対する発言において)ごまかしているというのは明らかなことであり、残念だ」と述べている。

 ハリウッドをはじめとする娯楽産業からも「政治家は表ねらいで、安易な標的を攻撃している[40]」との不満が噴出している。民主党党大会で発言することを許された俳優はヘルスケアの議論をリードするジミー・スミッツとハーバードでの大学生活のルームメイトであったトミー・リー・ジョーンズだけであった[41]。このようなことから民主党はハリウッドとの結びつきを軽く見ている代わりに、労働者層と彼らの生活に影響及ぼす争点に重点を置いているとの批判を浴びても当然である。しかし、このようなメディア批判やメディアとの繋がりを軽視する民主党に対して多くのハリウッド・エリートは好意を抱いているという。この背景には個々人の友好関係や、共和党を支持するよりは民主党に肩入れをしたいという思いがあると考えられる。また民主党にとってもハリウッドは資金源として重要な位置を占めるため、選挙が終わった後はこのようなメディア規制論議の勢いも弱まると考えられる。大統領が決定した後の両者の動きを追いたいと思う。

 

第2節映画における女性の役割に見る映画の役割の変遷

 2000年上院議員選挙においてヒラリー・クリントンが当選したことによって、女性・およびフェミニズムというものがこれからの政治の1つの大きな争点となることが予想できる。

 ここでは現代において観客のニーズに応えるためにときに非日常性を求められる映画がどのような内容の変遷を辿ってきたかを「女性」という側面から、ステファン・パワーズらの論文 Transformation of Gender Roles in Hollywood : 1946−1990[42]をもとに見ていこうと思う。

 1946年から1990年までの映画の中で(この研究においては44年間に上映された映画の中から146本をサンプルとして用いている)、女性の役の出てくる割合はどの年代を見ても約25%と変わらない。しかし1940年から1970年代にかけて女性のキャラは男性の注目を、冒険や富などの追求から家庭生活に向けさせるようなものであり、そのため多くのキャラは魅力的で若い傾向がある。

 1946年から65年の映画を観てみると、女性はロマンスに没頭する姿が多く描かれている。女性のキャラの映画の中での目的は男を捕まえることであり、多くの映画では愉快なコメディとしてその姿が描かれている。また女性のキャラは男性よりも大きな割合で結婚し、しかも映画の前半部分で結婚することが多い。

 次に女性キャラの映画中での役割で比較してみると、主演・助演にあたる女性のほうがより大きな割合で非伝統的な職業についているという結果が出た。非伝統的な職業とは、大学の教授・弁護士・軍人・経営責任者などを指す。それに対して伝統的な職業とは主婦・小学校の先生・秘書・ウエイトレスなどである。

 そして非伝統的、つまりかつては男性の職業とされていたエリート職に就いている女性のほうが映画の中においてロマンスに興味を持ち、伝統的な仕事をしている女性のほうが映画の前半において結婚する、または結婚している割合が大きいという統計もある。

 このように見てくると1940年代から60年代の映画は結婚をした女性、またはキャリアウーマンとして働く中で男を見つける女性を描いていることが多いといえる。

 しかし1960年代半ば以降のハリウッドでの女性の表現の変遷を見ていくことは難しい。ハリウッド自身による検閲が可能になったため映画中の性的表現は増えたが、ここで見るべきは量的増加よりもどのように表現方法が変わったかである。

 60年代以降の映画において多く描かれるようになったのが、夫婦外の性交渉である。これにより夫婦外の性交渉は、特に注意を払うことのない、害のない行為として大衆に受け入れられるようになった。さらにはそういったシーンが劇場へと人を呼ぶ切り札にさえなったのである。このような状況を筆者は「ハリウッドが夫婦外交渉を支持した」と表現している。

 初期の映画において女性は、恋に落ちること、そして家庭を築くことに没頭する姿として描かれていることが多く、またハッピーエンドであることが多かった。しかし60年代になるとシナリオは急激に変わった。この時期においても女性のキャラが映画中においてロマンスを目的とする割合は筆者の調査で44%と高いが、「自己の利益」が40%と急激に増加している。ロマンスはその確固たる地位を失い、性的描写はスクリーンに増えた。女性の描写がリベラルな方向へ動き出したのは確かなことであると言えよう。

 ここで筆者が挙げている例は非常に示唆的である。この時期の大ヒット映画である「スター・ウォーズ」の中で、女王とハリソン・フォード扮するハン・ソロのロマンスは女王の大きな責任を果たすための障害として描かれている。女性は男性を捕まえることではなく、男性と協力して、また時には男性を利用して自らの利益となるものを追い求めているのである。

 そして70年代以降、女性がビジネスに参加する姿を描いた映画は増加し、そういったキャリアウーマンはポジティヴな姿として描かれている事が多くなった。さらに時代が変化するにつれて暴力に訴える女性のキャラが登場し始めたのである。筆者の研究によると、伝統的な職業に就いている女性よりも非伝統的な職業に就いている女性のほうが暴力的なキャラとして描かれることが多いようである。

  この論文は、ハリウッドに根付くリベラリズムの中でも特に女性の描写の変遷からその特徴を探るというものであった。筆者も述べていた通り、戦後アメリカ映画における女性の描写は時代が進むにつれて変化してきた。初期の頃は基本的には女性は主婦・秘書といった、いわゆる伝統的な女性の職業に従事する姿として描かれていることが多かった。ハリウッド・スタジオの組織全体が、父権的な機能形態と男性優位によって女性にとって明らかに抑圧的となっていたのである。

 しかし現在に近づくにつれて議員やスーパーバイザーといった本来男性の職業とされていた役割をこなす女性の姿がスクリーンに多く登場する。これにはアメリカ社会そのものが深く関係しているといえる。アメリカの社会が巨大なビジネスを行うようになり、女性に雇用の新しいカテゴリーを与えた、これは真実である。しかしこの問題を考えるとき、ある疑問に行きつく。「ハリウッドはアメリカ社会にとってどのような存在であるのか?」という疑問である。ハリウッドは現存する社会状況を映す鏡であるのか、それとも反動的な神話を作る要塞であるのか。

 1940年代から70年代にかけてはハリウッドは夢の缶詰であり、ロマンスなどは人々の憧れの的であったのだろう。しかし70年代から「アメリカとはなにか」という問い直しの中で、映画産業は「現実を映し出す鏡」としての役割を果たすようになったと考えられる。そして現代においては第1章で述べたような「非日常性」とともに「アメリカの理想」を映し出すものとして重要な位置を占めていると言えよう。映画の中に描かれている大統領の姿が、その性格を如実に示している。「インディペンデンス・デイ」や「エア・フォース・ワン」などに登場する強い大統領は、スキャンダルが絶えないクリントン大統領や決め手を欠く時期大統領候補に対する国民の不満を代弁した、国民の願う大統領の姿でもあるのだろう。

 

終章 

 ここまでハリウッドについてその思想的性格と民主党との繋がりを述べてきたが、根本的に「ハリウッドとは何なのか」という問題にぶつかる。時に大きな影響力を持つと言われ、時に強い批判を受けるハリウッドとはいったい映画界のどの部分、または組織や人物を指して述べられているのだろうか。

 2000年8月にサンタモニカで開かれたタイム誌主催の「ハリウッドとワシントンの関係を考える」パネルディスディスカッションで、Motion Pictures association のジャック・バレンティ氏はこう言った。「ハリウッドは(アメリカンインディアンの)イロクオイ連合のようなものである[43]」−つまり、独自のルールと習慣を持ったグループの集まりなのである。ハリウッドは450もの独立した製作会社と90000人ものメンバーを抱えた映画俳優組合を抱えている。ウォルト・ディズニー、ドリームワークス、MGM、パラマウント・ピクチャーズ、ソニー・ピクチャーズ、20世紀フォックス、ユニバーサルスタジオ、ワーナーブラザーズ、この8つの映画会社がその中心を占める。そのため「その映画を作るな」という権限は誰にもなく、ハリウッドには確固とした実体が存在しないということになる。

 このように考えてみると、これまで述べてきた「ハリウッドと民主党の繋がり」は各映画会社と民主党のものであるのはもちろんのこと、俳優や監督、経営者などと各議員というごく個人的な繋がりが多数重なり合って構成されているものと言えよう。そしてそれは第2章で示しているように民主党とだけ結びついているのではなく共和党とも結びついている。しかし、「表現の自由」というファクター、ハリウッドの芸術的風土などが民主党との結びつきを強めていると考える。

 また彼らを結びつけるファクターとして同性愛も挙げることができる。ハリウッドや音楽業界では「ゲイ」や「レズビアン」の才能がヒット作には欠かせないというのは周知の事実であるようだ。ウォルト・ディズニー社は96年の1月から同性愛の社員の家族に医療保険を適用する事を決めた。同性愛者たちは法律上は結婚していないため、医療保険を受けるには夫婦、家族であることを会社に宣誓し、適用を申請しなければならないが、業界では社員のおよそ12%がこの申請をしたといわれている[44]

 こうした同性愛者に対しても民主党は寛容な態度を示している。今年ロスで行われた民主党党大会に参加した4370人の代議員の中で、212人が同性愛者であったとされている[45]。共和党党大会においてはその数が18人だった事を考えると、民主党とハリウッドの接点がここにもあることをうかがい知ることができる。

 政党と結びつく圧力団体は多くあるが、他の圧力団体とハリウッドの大きな違いは、その世論への影響力である。ハリウッドは時にその映画作品によって、また俳優の発言や姿によって多くの人々を魅了する。イメージが大切な今日の選挙にあって、民主党ならずともスターや映画の力を借りたいと思うのは当然のことである。

2000年選挙においてゴアーリーバーマン陣営はハリウッドをはじめとするメディア批判を展開した。票を得るために突き放されたハリウッドの人々は、選挙が終わってまた擦り寄ってくるであろう民主党に対してどのような反応をするのか注目されるところである。

 大統領選挙はブッシュ氏の勝利に終わった。共和党の大統領誕生によってハリウッドに対する批判は大きくなってくることになるだろう。特に上でも述べたように暴力や性描写に関してハリウッドに責任を求める声は強い。

 こういった状況の中でこれからのハリウッドと民主党の繋がりはより強くなるだろう。資金面などで民主党はハリウッドにこれまで

助けられてきた。今ハリウッドに強く吹き付ける風から彼らを守るのがこれからの民主党の役目であり、選挙においてハリウッド批判を展開した民主党にとって彼らの支持を得るために必要不可欠なことなのではないか。

 映画館に足を運んだ際、映画界の裏にある政治的背景を頭の片隅にでも思い浮かべて頂ければ新たな映画の見方ができるのではないかと思っている。これからも映画というメディアを通じてアメリカ政治とこれからも付き合って行きたい。

 

 



[1] 副島隆彦 「ハリウッドで政治思想を読む」 (メディアワークス 2000) p190

[2] 同上、p176

[3] Hollywood and America:  The odd couple   S. Robert Litcher / Stanly Rothman   1982・83

      『Public Opinion』  Dec-Jan  p54―58

[4] Hollywood Liberalism   David F. prindle / James W. endersby     

     『Social Science Quarterly』 March  1993 p137―149

[5] テーブル@

 General Ideological Positioning,American Public and Hollywood Opinion Leaders,1990-

                                           (前掲書、Prindle)

When it comes to politics, do you usually think of yourself as a liberal , a conseravative , or what?

 

 

 

Hollywood

 

American Public College Graduates Opinion Leaders
Liberal

30%

35%

60%

Conservative

43%

49%

14%

Other(volunteered)

3%

3%

23%

Neither/don't know

24%

13%

3%

                                          (Time Mirror、1987)

In Politics as of today ,do you consider yourself a Republican ,a Democrat ,an independent ,or what?

 

 

 

Hollywood

 

American Public College Graduates Opinion Leaders
Republican

28%

34%

9%

Democrat

33%

30%

49%

Independent

28%

30%

40%

Other

1%

1%

0%

None/don't know

10%

5%

2%

 

[6] 前掲書、              prindle p146

[7] テーブルA

Social Liberalism, American Public and Hollywood Opinion Leaders,1990

 

 

 

Hollywood

 

American Public College Graduates Opinion Leaders
Favor changing the laws to make it more

 

 

 

difficult for a woman to get an abortion

41%

32%

9%

Favor a Constitutional amendant to permit

 

 

 

   prayer in public school(Time Mirror 1987)

74%

54%

10%

Agree that "it's all right for blacks and

 

 

 

whites to date each other

53%

27%

6%

Agree that "AIDS might be God's 

 

 

 

 Punishment for immoral sex behavior"

42%

26%

6%

 

[8] テーブルB

Ideological Differences between Hollywood Artists, Hollywood Nonartists, and the American Public

 

 

Hollywood Hollywood

 

American public Nonartists Artists
Identity as Liberal

30%

50%

75%

Favor tax increase

30%

56%

75%

Favor more spending on homeless

67%

81%

92%

 

[9] テーブルC

Ideogy and Religion ,American Public and Hollywood Opinion Leaders

 

 

Hollywood Catholics Hollywood

 

American Public    and protestants Jews
General Ideology

 

 

 

 Consider selves liberal

30%

47%

86%

 Identify as Democrat

 

33%

 

41%

 

71%

 

 

 

 

Economic Liberalism

 

 

 

Favor increased funds for homeless

69%

82%

100%

         For healthcare

81%

82%

100%

         for defense

19%

6%

0%

Favor tax increase

30%

44%

92%

 

[10] Hollywood Entertainment:  Commerce or Ideology ?  Harbert  J. Gans 

      『Social Science Quarterly』 March  1993 p150―153

[11] 同上,p153

[12] 同上 , p 151

[13] 広瀬隆 「ハリウッドが仕掛ける米大統領選のマインドコントロール」 (『Sapio』 1996.7.24 p96)

[14] 広瀬、同上 p97

[15] http://www.fec.gov

[16] 朝日新聞 (1999、10、27  朝刊 p8)  「たった一晩で300万ドル集金?ヒラリー夫人の誕生会」

[17] 日本経済新聞 (1995、5、1 朝刊p40)「ハリウッドを動かす黒幕たちー人脈こそ力、政治に接近」

[18] Christian Science monitar (2000.8.15) p1

     イメージの政治と呼ばれる現代にあって、両政党ともハリウッドの「スターパワー」を必要としていると述べている。

[19] Foresights』 (2000、3)

[20] 日経新聞 (1996、3、23 朝刊p9) 「シリコンバレーの次はハリウッドー娯楽・情報、民主党と蜜月」

[21] 『アメリカ・ハンドブック』(三省堂、1986)p494

[22] 同上、日経新聞

[23] 日経新聞 (1996、8、29 朝刊p9) 「民主党陣営へ企業献金急増―前回選挙の5倍、映画・娯楽目立つ」

[24] 日経新聞 (1998、8、22 夕刊p2) 「米大統領スキャンダル訴訟、応援団はハリウッドスターー基金に献金相次ぐ」

[25] http://www.opensecrets.org

[26] 『NEWS WEEK 日本版』 (2000、11、22)p65

[27] 朝日新聞 (1998,9,11 朝刊 p9) 「民主党、選挙控え危機感、姿勢厳しくークリントン大統領不倫疑惑

[28] 朝日新聞 (2000、8、8  朝刊 p7) 「民主党副大統領候補にリーバーマン氏」

[29] 朝日新聞 (2000,8,18 朝刊 p5) 「民主党のリーバーマン氏起用に黒人層が反発」

[30] “‘Revolt of the revolted revisited : Americas values vacuum and what to do about it  Joseph I.Lieberman

    『Harvard Journal on Legislation』 1998 Winter p51−62

[31] 朝日新聞(1994,8,31 朝刊 p4)  「米で見直される伝統的価値観―家族崩壊や犯罪深刻化の中」

[32] Hollywood Cash Poses Delicate Balance ( USA TODAY 2000,9,18 p A18)

[33] Gore Takes Tough Stand on Violent Entertainment ( New York Times 2000,9,11 p A1)

[34] 朝日新聞 (2000、10、9 朝刊 p35) 「暴力表現に規制の圧力―米大統領選で娯楽産業、『標的』に」

[35] http://www.voter.com

  Kalpana Srinivasan Industry Promises To Reduce Marketing Of R-rated Movies    

                      at Youth(2000.9.26)

[36] Hollywoods Take on Lieberman is that he is mostly an ally (USA TODAY 2000、9,15 p A6)

[37] 前掲、(USA TODAY 2000,9,18 p A8)

[38] “Battle Brews Between Violence Foes; Politics: William Bennett, who fought Hollywood with Sen. Lieberman,criticizes his friend   

    for trimming his views. Democratic candidate calls accusations partisan (Los Angeles Times 2000、9、21 p A18)

[39] 前掲、(USA TODAY 2000、9、18 p A8)

[40] 前掲、(Los Angeles Times 2000、9、21 p A18)

[41] Stars are everywhere, except the podium/ Hollywood connection will be hard to miss

      (Houston Chronicle 2000,8,13 p A27)

 

[42] Transformation of Gender Roles in Hollywood Movies: 1946−1990   Stephen P. Powers / David J. Rothman

    『Political Communication』 vol.10 p 259−283

[43] Democratic Convention / Its a Washington-Hollywood Lovefest (Sanfrancisco Chronicle 2000.8.15 p A25)

[44] 日経新聞 (1995.11.1 夕刊 p5) 「ディズニー、医療保険、同性愛者の家族にもー人材確保の一策?」

[45] Gays, lesbians enjoy several high-profile roles / But star treatment is seen as a mixed blessing by some

    (Houston Chronicle 2000、8、17 p A24)

 

 

卒論と映画と僕―卒論あとがき

中川慎也

 僕はミーハ―だ。どのくらいミーハ―かというと、踊る大捜査線の青島刑事の吸っていたタバコの銘柄を真似してしまうくらいミーハ―だ。そんな僕が映画について卒論を書くというのは、考えてみればあまりに安易であったような気もする。

 就職活動中、某映画会社で働いている先輩にOB訪問をした際に(OB訪問って響きが書いてて懐かしい・・)、先輩はこんな事を言っていた。「必ずといっていいほど合コンでは映画の話題が出る。それはどんな映画が好きかで、自分と合うかがわかるからだ。」―うーん。確かに映画というのはそういった場で話題に出ることが多いような・・。

 そんな不純な動機も含みつつ始まった卒論執筆であったが、その過程に於いて常に僕に付きまとったのが「政治学科の論文である」ということ。映画のことなんてあんまり知らないくせにウンチクをたれるのが好きな僕にとって政治と映画を絡めることはできないことじゃあない。でも「あの映画はねえ、今のアメリカの抱える社会問題を…。」とかなんとか得意げに言っちゃっても、根拠がない。論理性がない。したがって、久保先生やゼミ員達に通用するわけがない。んなわきゃないよ。今書き終えてその問題を解決できたのか、不安が残るところである。今後この研究で得た知識を女の子の前でうれしそうにひけらかしている僕がいたらグーで殴ってください。

 僕の論文では「ハリウッド」という言葉がやたらと出てくる。でも「ハリウッド」って何を指して言うの?と聞かれても返答に困る。真っ先に思い浮かぶのは、カラオケのモニターの歌詞のバックによく出てくる、有名な白い「HOLLYWOOD」の看板なんだけど。いろんな映画会社があって、いろんな人達がいて。実際行ってみてもきっと掴めないんだろうなあ。

 なんか自分の趣味と絡めて卒論を書きたいなあ、なんて漠然と思っていたので、先生が何気なく言った「ハリウッドは民主党に献金をしている」という言葉になんだか興奮したことを覚えている。自分の好きなテーマで書いている卒論に対して先生や他のゼミ員達からコメントを頂けるというのは今考えると幸せなことだ。友達の論文の短所を言うことや、自分の論文の欠点を言われることは決していい気分ではないけれど、時にはそれも必要なことなんだろう。それに気づいた僕は少し大人になれた気がする。

 卒論を読んだ多くの人が「テーマが面白い」と言ってくれた。確かにそう思うんだけれど、そう思いすぎちゃったゆえにそれで満足してしまった感がある。これを読んだ未来の久保ゼミ生が(読まないか・・。)、「この人の論文は詰めが甘い」とか思ってより良い論文を書き上げてくれればそれでいいんじゃないかな。

 卒論仕上げの時期に1人暮しをやめ実家の静岡からゼミに通うという、やる気があるとはとても思えない状況に及んでしまったが、それでも書き上げられたのは久保先生の配慮とゼミ員達の協力があったからだと思う。特にホカちゃんの豪邸にはホントにお世話になった。この場を借りて、ありがとう。

 

大阪にユニバーサルスタジオができる前に、本場のを見に行くぞ!

                                      2001.2.3          

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