〜〜 エッセイ『道のり』 January, 2001 〜〜



渡米して、11年になろうとしています。私は、かなり重度の脳性麻痺で、電動車いすを運転し、字を書くにも、パソコンは左手の人差し指だけで、ゆっくり綴っていきます。言葉は言語障害がひどく、初めての人には聞き取ってもらうのが難しく、英語はトーキング・マシンを使っています。身の回りのこともアテンダントの方に手伝ってもらっていました。

そんな私がアメリカでの生活を一人で、まあ、よくもここまで生き長らえてきてしまったというのが、実感です。でもこれからも続きそうです。辛いこともあるけど、『成果』という満足感もあり、『これなら、できるかも?』と言う手応えを頼りにして、やってきました。

コミュニティ・カレッジのディアブロ・バレー・カレッジを経て、カリフォルニア大学バークレイ校を卒業して、働きはじめ5年が経とうとしています。アメリカは、物理的アクセシビリティは格段に進んでいます。気軽に助けてくれる人も多いです。行動という面から一人でどこでも行きやすいです。仕事でボスと2人だけで、ニューヨークまで出張したり、一人で零下30度にもなるミネソタまで行き、犬ゾリ・キャンプツアーに参加したりしました。

ただ、言い面ばかりでなく、アメリカでは個人主義の行き過ぎからか、本当に障害者を理解している人もさほど多くはいないように感じます。どこでも、たとえ健常者の中でも平気で入っていってしまう私を見ると、アメリカ人でも驚きます。でも、今、振り返ってみると、やはり大学の課題・宿題や仕事の中で、人と対話を重ね、心を合わせ、物を作り出していくことに価値があるように思います。

大学はコンピューターサイエンスが専攻でした。クラスは、普通のアメリカ人の学生でも、睡眠時間を削って、山のような宿題を片づけている状態ですが、パズルを解く根気とキーボードを叩くことさえできれば、何とかやって行けると感じていました。もちろん、障害者ゆえのサポートも必要で、クラスメートの中から有志を募り、小額ではありますが、有償のノート・テイカーになってもらいました。

問題はハードウェア(デジタル回路)の設計のクラスでした。私の苦手なマウスを使って設計図を書かなければなりません。担当教授は、はじめは相手にしてくれず、マウス操作を楽にしてもらおうと、クラスが始まる前に相談に行きましたが、だめで、クラスが始まった後で自分で使うマシンに特別のソフトウェアを入れ細工しました。これを見ていた、その教授は驚いてくれたのか、それ以降、親切にしてくれました。(最近では、こういった補助ユーティリティはパソコンやワークステーションには標準装備になっています。)

設計さえできれば、このクラスは、何とかなります。クラスのファイナル・プロジェクトでは、幸いにも、戦友とも言うべき最良のプロジェクト・パートナーにも恵まれ、コンピューターのチャットでキー・タイピングが遅い私相手に何時間も議論を重ね、二人でラボで夜通し何日も何日も作品制作に費やし、2ヶ月かけて、プロジェクトでの作品を完成させました。さすがにこのプロジェクトが終わったあとの数日は、戦場から返ってきた兵士のように放心状態でしたが。ちなみに、作った作品は、デジタル・シンセサイザーで、おもちゃの電子オルガンのようなものです。ただ、メモリー・チップを入れ替えるだけで、ピアノ、バイオリン、ベル等、さまざまな楽器の音が出ます。

大学に通っている時、父の仕事の関係で紹介してもらったコンピューター会社でインターン(見習い実習)をしました。これがきっかけとなり、この会社に就職させてもらい、約4年間、日本担当の部署でおもにインターネット関連のソフトを中心に仕事をしました。そして去年の夏からエンジニアリング部門に移動して、OSのメンテナンスの仕事をしています。前の部署では、格段の配慮を頂き、自宅勤務でした。これは有り難い反面、一日中、全くの一人なので精神的にも参ってしまいます。

だから、新しい部署では、ボスに頼んでオフィスをもらい、週3日は出社して仕事をしています。移籍当初は私自身、本場のアメリカのオフィス(職場)で、本当に仕事がこなせるか、不安でしたが、半年経ち、少しばかり、できるのではないか?という自信が湧いてきました。これは、実際に仕事をやってみて、判ってきたことです。

アメリカでは、まず仕事を与え、仕事の仕方で評価されることです。日本のように、はじめいろいろ研修などで教えられ、決まった形で仕事をやらなければならないということはありません。だから、まず与えられた仕事をこなせればいいのです。反面、経験が浅いものにとって、自分の判断で仕事を進められるということは厳しいことでもあります。”誰でも、間違えは冒す”というのが、アメリカのオフィスでの考え方で、”間違えから学べる人がえらい人”というわけです。私も、かなり痛い思いはしてきました。私は言語障害があり、同僚とは、ほとんどEメールでコミュニケーションを取っていますが、まだ、いろいろ質問のメールが耐えません。”質問しまくり状態”です。「ISAMUはコミュニケーションが上手だ。」とおだてられることもあるので、うれしく思います。


今年に入り、会社の技術研修(Technical Training)を1週間、受けました。この研修は、(UNIX, LINIX, Window 98等の)オペレーティング・システムの内部構造に関するもので、とても興味を持ちました。今、この分野で仕事をしていければいいな、と考えています。私のアメリカでの生活は、これからが本番です。


P.S. 上の文章、なにか格好ばかりつけていますが、生活面においては、ここ半年、アテンダントを取らず、気楽にやっています。週末は、お掃除とお買い物、たまにお掃除?に費やしています。夕食は、自分で炊いたご飯と、出来合いのサラダと、フライド・チキンやサーモン・ステーキ、ピーマンの肉詰めなど電子レンジで温めたメイン・ディッシュです。たまには、ウナギの蒲焼きや、中華の酢豚も食べます。(笑)

『訂正』:これを書いた当時(2001年1月)まだ、少し、ネガティブに考えていたようです。その後、前のオフィスの方に聞いたら、「イサムは、いつでも来てよかったのに。」と言われました。(2003年4月)


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