'netfish01' from txt up;970801 num;L- 363,364毎回、担当(原案/監督/執筆)を変えながら続ける連載役割分担による個性の伸ばし合い/補填し合い/今までした事のないスタイルへのトライのやり合い が狙い


SUB:ネットフィッシュ:第1話 前
     ネットフィッシュ
         〜電子情報空間を泳ぎまわる魚にまつわる物語〜

  第一話:ネットフィッシャーズ
                   FILE 1 : Net Fishers in Cyber-Space.
  原案:黒猫                    Original by Kuroneko
  監督:楡岡 輝山              Directed by Nireoka.Kizan
  執筆:一歩                      Written by IPPO
 制作:闇工房                  Produced by Night Factory
 ======                  


 俺。
 俺の中を駆け巡るリズムが判る。俺の中を走る光達が見える。
 俺、という存在を例え様も無く、自覚する一瞬。
 ダイヴ・イン。
 そして俺は又生まれ変わる。

「本部! 聞こえているのか!」
 舞い散る街灯だった物の破片。それらは虹色の光を発し、更に細かなボクセルへと姿を散らして行く。やがては輝きだけになり、消える。
 着地した俺の足元の石畳が姿を消して触手に変わった。俺はそいつにブーツで蹴りを入れる。手応えはあった。が、ちぃ、効いちゃあいねえ。
『聞こえている。今他の皆に連絡を取っている。』
 大平の冷静な声がどうしようも無く憎たらしくなるのはこんな時だ。隣で相棒のダムが悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃ! お、俺はさあ、蛇とかなんとか、こういうニョロニョロしたのが苦手なんだよぉ!」
「てめえが突ついた藪から出てきた蛇だろうが! なんとかするんだ!
 《散》!」
 俺は更に襲い来る触手へ向け、分厚いグローブを差し向けて叫んだ。だが、そこから放たれた音波は、虚しく奴の体を突き抜ける。
「くそ、奴には実体属性が無いのか? いや、部分的に制御してるのか!」
 だとすると、非常にやっかいだ。奴の喰い込んでる階層は、相当に深い。
「だあ、駄目! もう駄目! 逃げよう、無理だよ!」
 こいつは。時々俺はこのダムの首を絞め倒してやりたくなる。要らぬトラブルを見つけ出す才能と愚痴を泣きわめく技能について、こいつの右に並ぶ者はない。
「ハァイ!」
 と、中空に突然人影が現れた。みゆきだ。
「熱いラヴ・コールに超特急でお答え! 援護に来たわよ!」
「お前、なんだその格好?」
 俺はポカンと口を開けて見上げてしまった。バニー。
「せっかく”ショートカット”までして駆けつけたのに、第一声がそれ? レディへの礼節ってものが判ってないわよね」
「それより後ろ!」
「え? きゃあ!」
 かわした空間に触手がうねる。さすが腐ってもフィッシャー、みゆきの動きは達者なものだ。降りてきた彼女と背中合せになり、足場を確保する。
「はん、どう見てもフィッシャーの仕事着には見えねえよな。」
「それを言うなら自分を見なさい。」
 確かに。ジーンズに皮ジャンじゃ偉そうな事も言えないか。
「それでもその格好は常識越えてるぜ!」
 そう言いながら触手の一本を狙う、と、それは空に姿を消した。くそ! せめて奴の核[コア]がどの辺りにあるのかだけでも判れば。
「あのねえ! 私の受持区画は今日はカーニバルだったの! あのどんちゃん騒ぎの中じゃこれぐらいでないと普通でないの。なによ、せっかく助けに来てあげたのに。それにねえ、と、えい! あ、逃げたか、服装を云々するんならあんたの相棒をまずなんとかしなさいよ!」
 そう言って、顎でダムを示した。相変わらず派手に泣きわめいている。肌が黒いしサングラスをかけているので、そのよく動く口だけが闇に浮かんでいる様に見える。いや、訂正。口とその派手な服だけが闇で踊っている様に、だ。
「ピエロ? それともコメディアン?」
「あんな奴は俺の相棒じゃないね。」
「あ、ひでえ! 今のは聞こえたぞぉ!」
「言われたくなきゃなんとかしろって!」
「できねえ!」
 あいつは、全く。
「株式会社トロールは、社員に服装規定[ドレス・コード]を押しつけない! だからこれでいいじゃない!」
 そう言いながらみゆきはトランプを投げた。そのカード裁きは絶妙、さすがはバニー。触手が這い出ていた地表に突き立ち、瞬間爆発光を播き散らす。
「やった! これは効くみたいね。」
「馬鹿野郎! 周囲の被害を考えろよ!」
 確かに奴にも効いたが、トランプの突き立った周辺の「奴以外」のオブジェクトも散々だった。
「そうも言ってられないぜ、リュード。」
 背後から野太い声。降り向けば巨体が見降ろしている。
「徹さん!」
「あら社長、遅かったじゃない。」
「すまんな、これでも大急ぎで駆けつけたんだが。ちょいと準備に手間取ってな。」
 この人の目が笑ってる? て事は、やっぱり……
「こいつは想像以上に根が深そうだ。根性据えてかからにゃならん。」
 相当にでかい仕掛けになるって事だ。
「俺の”陣”を張る。それに、頭数がそろい次第この地区を”ロック”だ。」
「”ロック”?」
 外界との接続を断ち、街一つをくり貫いてしまう。そこまで事態は深刻なのか。
『リュード君、現実47の件を知っていますか?』
 ピアスから大平のアクセス。
「ああ。まるごと街一つが潰されたんだ、覚えているさ。」
 今でもあの地区[アドレス]は封鎖されたままだ。
『あの時のフィッシュと、非常にタイプが良く似ている。』
「!」
「どうだ、区画閉鎖[ロック]も冗談じゃないのが判ったろう。
 大平、至急一般市民に退避勧告。ぐずる奴が居たら強制的にでもダイヴ・アウトさせろ。」
『もう始めてます。』
「よし、それから、上の連中は……例によって、間にあわんよなぁ。」
 国営機関は立ち上がりが遅い。
『余裕があれば対処しときます。』
「あれば、な。」
 無いに決まってる。
『私が人柱[バイパス]になっても、今回の”ロック”が間に合わせなのに変わりは無い。稼げる時間は知れてますよ。』
「やるしかない。ま、いつもの事さ。じゃ、始めるぞ! 所定の位置へ急げ!」
 その声に合わせて、俺達はすぐに跳んだ。
 そうさ。この街を、たかがバグ共に明け渡したりはしない。絶対に負けない。

 ”ショートカット”で跳んだ先の路地裏に、座標を確認してから黄色いコーンを固定する。すぐにピアスから徹さんのドラ声。
『全員、ポインタは設置したな! 行くぞ!』
 天空からコーンに向けて、青い稲妻が一直線に光を描く。一瞬、世界は閃光で白と黒だけに色分けされた。更にその光柱は左右へと枝を拡げ、一つの区画を囲い尽くす。いつの間にか、そうして出来た光の網はその密度を上げ、光の壁へと姿を転じた。
『続けて区画の接続を独立させます。後は頼みましたよ。』
 そして、光壁の向こうの景色が消えた。これで、この区画でどれだけ暴れても外には被害が及ばない。通常この地区を通過して処理されるはずのデータは、代わりの結節点[ノード]が、つまり、大平が一手に処理する。だが、例えデータをスルーさせるだけだとしても、生身の人間が、街一つをいつまでも代理出来るはずがない。
『時間がない! 追い込みに入れ!』
 指示を待たずに俺は走り出す。光壁が、その中心、つまり徹さんの居る所へと縮退を始めた。奴の核[コア]をこうしていぶり出してやる!
 と、路地裏に銀色の影。浮力など存在しないはずの空気の中を、滑べる様にして泳ぎ去ろうとする。
「《散》!」
 すかさず俺はグローブを突き出して叫ぶ。銀色の魚影はその姿を散らした。いや、これは奴じゃない、雑魚だ。
『リュード、何遊んでいるんだ? 今はそいつらは放っておけ!』
「了解!」
 見えてる訳でもなかろうに、なんで判るんだか。
『あ! 見つけた! 多分これがアイツの核[コア]だよ!』
 みゆきの声がピアスから流れた。俺はみゆきの座標を確認し、跳んだ。

「きゃあああ!」
 途端に、絹を割く様なみゆきの悲鳴。
「大丈夫か!」
「大丈夫じゃないぃ、私の、私のバニーちゃんスタイルがあ」
 そう言いながら、欠けてしまった耳飾りを寂しげに触る。いや、それよりも。
「ば、馬鹿! お前、前!」
 奴の一撃は、どうやらみゆきのすぐ側を通過したらしい。兎耳だけでなく、その下にも被害を与えていた。
「え? 前……あ、やだ!」
 ずれていた胸パッドの部分を慌てて押さえる。遅すぎ。
「リュードぉ。見たなあ。」
「みてないみてない」
「嘘つき!」
 じゃ、なんて答えればいいんだ。大体、なんでバーチャルの胸観たくらいでそこまで責められるんだ。容姿設定はみゆきの専門だ、いくらでも改変を加えているのだろう、と、そう言うと余計に角が立ちそうなので止めた。
「今はそんな事言ってる場合じゃ無いだろう!」
「あ、逃げたな!」
 そう言いつつもそれ以上は追求してこない。そうさ、奴との決着がまず先だ!
「奴は?」
「あっち!」
 片方が欠けてしまった兎耳を、器用にぴょこんと曲げて、みゆきが方向を示した。なんだかんだ言いながら、うまく誘導している。
 俺はすぐに駆け出した。みゆきも後に続く。
「徹さん、そっちに行ったぞ!」

「《雷神》!」
 徹さんのその大声と共に、天空から稲妻。角一つ向うから大音量と閃光が溢れた。
「だあ、ハズレ!」
 なにやってんだか。角を曲がって広場へと駆け込む。先程の稲妻の落下点あたりを予想して見てみると、ベンチ二つ程が完全に崩壊していた。断面から七色のボクセルを散らせながら消えていく。そして、陥没した地面。被害が他に行かないからって、派手にしてるぜ。
 イサムがキンキン声で文句を言っている。
「徹さん、雷神使うなら外さないで下さいよ! どうやって治すんですかあ」
「誰も外すつもりなんぞなかったわい」
 彼等の視線の先を探す。何も無い。いや、居た! 半ば空間に融けている。時々爆発的に明滅する瞬間に浮かび上がる。
「で、でけえ。」
 向うの角に現れたダムがそう声を上げた。確かに、こいつは例外だ。人の倍以上のサイズがある。おまけに縦横無尽に地区を覆い尽くしているその触手。
「でもよう、こいつは”フィッシュ”って感じじゃないなよあ。どっちかっつうと、そう、クラゲ。」
 とぼけた事を言っているが、まさしくそんな感じだった。半透明な、というか、完全に透明なその姿、内部を迷走する様々なライン。ラインは判然としない体の輪郭を突き抜けて、やがて周囲の空間の何処かに潜り込み消える。
「……いや、やはり”フィッシュ”さ。それもとびきりの難物だぜ。」
 俺は調べてみたから知っている。現実47の奴も良く似た外見属性をしていた。外観は機能をも表す、というのは、特にこの情報現実では、一面の真実なのだ。
 ”フィッシュ”。何時の間にかこの世界の中に現れ出していた原因不明のバグ達。何が由来なのか、何処でそんな技能を見につけたのか、こいつらは様々な形態へと日々変化を続けている。だが、こんなやっかいな「周囲の空間を呑む」タイプが現れるのは稀だ。
「何処が弱点なのか、どんな技能を持っているのか、皆目検討がつかんな。」
 と、奴の体の中のラインが激しく光り出した。今まで半透明だった突出ラインが、急に色濃く染まって実体化を始める。
「やべ!」
 奴はどうやら攻撃に転じた! 今までに倍する触手が、周囲のあらゆる空間から無節操に伸び始める。素早く飛びすさった後の俺の位置に、絡む様に襲いかかる。
「俺達ゃフィッシャーだあ、クラゲ狩りは範疇じゃねえぞお!」
 ダムがまた泣き事をあげている。派手にわめくアイツはそれだけに目立つらしい、俺以上に猛攻を受けていた。お、逃げるのうまいな。
「助けてえ!」
「やかましい、フィッシャーなら泣き事言わずにクラゲ狩りぐらいしてみろ!」
 すかさず徹さんの罵声が答えた。それでも捨ててはおけない。イサムの援護射撃がダムの周囲に撃ち込まれる、が、半ば周囲に融けてしまっている奴には通用しない。
「駄目です、半分以上が擦り抜けちまう! 当たっても雀の涙!」
「ちい、ダメージのいく実体化してる所がほとんど無いのか。となると……」
 徹さんがニヤリと笑う。
「目には目を、だな。アレ、やってみるか。ダム、暫く引きつけてろ!」
「嫌だあ!」
 更に声を上げて叫ぶ。わめく程に奴はダムに夢中になった。学習しろよな、ダム。
「イサム、来い!」
 そう言って、徹さんは俺にも目を向ける。
「リュード、こないだのフィッシュを覚えているか? 場当たりなワクチンが偶然効いた奴だ。あれの分析はまだでな、今、俺が持ってる。」
 そう言いながら、2つの”アンプル”を取り出す。
「一応不活性にしてるし、核[コア]は分割してる。それでも死なずに休眠なだけと言うから、タフな奴だよ。」
「……徹さん、待って下さいよ。」
 やって来たイサムを見て、”アンプル”を振りながら問う。
「イサム、お前の銃、これと口径が合うはずだよな?」
「待って下さいよ!」
「リュード、俺の銃を持ってけ。こいつも口径は合う。俺自身は奴の足止めに回るから、うまく当てろよ。」
「だから待って下さいって!」
 そううまく共喰いをするか。したとしても、万一変質されれば、いや、その可能性は充分に高い、そしてワクチンが効かなくなれば。アイツの増殖スピードは並じゃなかった、狩るのは無理だ。
「外側が無理なら、内側から喰わせるしかない。あのタイプは根を残すと再発しそうだしな。仕方なかろう? それに、どうせこのままでも、街は沈む。」
 反論出来ない。
「頼んだぞ。」
 そう言って銃を押しつけられた。
「くそ! 俺は射撃苦手なんですよ!」
「外すなよ、予備なんてないからな!
 行くぞ、《光陣》!」
 瞬間、又も天空から閃光。今度は奴の周囲を渦巻く網へと変化した。
 だが、完全に奴の動きを押える所までは行かない。触手の動きも衰えない。
「かあ、二枚目になるとさすがに威力が落ちるなあ。おい、これで精一杯だ、なんとか頼む!」
 徹さんのその言葉に、俺と反対側に駆け込んでいたイサムが反応。すぐに銃を構えて撃ち込む。”アンプル”が奴の体に突き刺さった。どこが口なのか判らないが、奴の叫びがこだまする。
『キシェァアアアア!!』
「よし、当たった! リュードさん、あの周囲はかなり硬い、行けます! それにこの感触、どうもいい所突いたみた、あ!」
 奴はダメージを与えた相手を許さなかった。鋭い一撃がイサム襲う。
「イサム!」
 叫ぶ暇も無かった。次の標的は、同じダメージを与え得る武器=銃、を持つ俺だったのだ。ほぼ同時に、もう一本の触手が俺をも襲う。
 やばい! そう思った時には遅すぎた。

 視界にきらめく閃光。
「くあ!……」
 俺は本社端末[ポッド]の中で、背中を反り返らせて意識を取り戻した。
 ぎりぎりの所で”リミッター”が効いて、強制退避をくらったらしい。命拾いだ。
 息が思う様に出来ない。奴の触手を受けた左手から、そのまま肘、肩を抜けて首筋から背骨にまで激痛が走る。突っ張った指先が自由を取り戻すまでには相当に時間がかかるだろう。
「く・そ……」
 喋る事さえままならない唇を、無理矢理に動かしてそうつぶやく。瞬間口の中でイオンの香りがした。思わずつぶった瞳の裏には虹色の輝きが渦巻く。やばい、感覚誤換まで引き起こしている。
 それでも体を引き起こし、外したメットをポッドに叩きつける。奴は手強い。急がなければ。皆がどれだけ保つか判らない。
 ダイヴ・ルームに2列に並ぶポッドの、一番奥に据えられているテーブルに向かう。普段ならここには大平が座って、俺達の体のモニタリングや、活動のバックアップをしてくれている。だが、今は居ない。並ぶポッドの深く青いガラスの向う側で人柱[バイパス]になっている。まだ戻って来ていない。なら、間に合うか?
 テーブルの赤十字が塗られているボードを引き上げ、中にあった注射器を何本か掴み出してすぐに腕に突き刺した。痛みの変わりに色が見える。俺は椅子の上へとずり落ちて、薬が充分に効くのを待つ間、目の前のマシンを叩いてイサムの身体状況をチェックした。大丈夫だ、気絶してるが、死んではいない。だが、俺よりもダメージは深い。今無理に起こせば、精神障害が残る可能性がある。
「安心して寝てろ。起きた頃には決着をつけておいてやるからな。」
 心拍グラフにそう語りかける。掠れた声だ。だが、充分に機能は回復し始めていた。いける。
 と、ディスプレイの片隅で、激しくフラグが回り始めた。こちらの気をひこうと精一杯だ。俺の自宅からのアクセス……
「悪いが、今はお前の相手をしてる暇はないんだ。大人しく留守番してろ……」
 そうつぶやいて、ディスプレイを閉じて再びポッドに向かった。いつもの俺の指定席、右奥2番目のポッドの掌紋スイッチを押す。ガラスの蓋を開くのももどかしく中のベッドへと倒れ込み、クリップを体の各点に貼り付ける。メットを被る。照明が落ちて、ガラスの蓋が閉じた。

 白と黒。プラスとマイナス。精神と物質、狩るものと狩られるもの、そして、現実ともう一つの現実。
 俺の目前にチェッカーボードが拡がって行く。意識が変換されて行くのが判る。
 ダイヴ・イン。
 そうさ、俺は何度だって生まれ変わる。

                                  
/E

RE:363
SUB:ネットフィッシュ:第1話 後
                                

 目前には、見なれた銀色の壁。すぐにその壁は開いた。当然だが、フィッシャーマンズ・ルームには誰も居ない。俺はピアスに語りかけた。
「徹さん! ダム! 誰か! 無事なのか!?」
『リュード! 無事だったか!』
 徹さんの声が返ってくる。
「そっちこそ! で、状況はどうなんです?」
『うまくない! やっこさん、姿を消しやがった!』
「……見失った、って言うんですか?」
 あの徹さんが、あれだけの手勢を連れていて、尚その監視の目を潜り抜ける?
『……面目無い。』
「……面白え。」
 二つのつぶやきは同時。俺の中で何かのスイッチが切り替わった。
「徹さん、特権、借りますよ。
 《窓》!」
 俺はそう言いながら、指で空間に四角を描いた。そこに”ウインドウ”が現れる。徹さんの許可が出ようと出まいと構わない。”ウインドウ”の中に表示されたマークを片っ端からONに変えていく。
『おい、ちょっと待てよ、大体お前はなんでそう捨て身が、うわ!』
 通信が途切れる。
「徹さん? 徹さん! ちぃ!」
 玄関へと駆け出す。本社内では”ショートカット”出来ないのがもどかしい。と、突然に物影から黒い影が飛び出して来た。俺の足元にまとわり付き、共にしなやかに走り始める。
「アピ!」
 俺の黒猫。俺の本当の相棒。
 だが、こいつは自宅のマシンに閉じ込めたままで来たはず。
「お前、あのカゴ[セキュリティ]も突破したのか!」
 愚問だな。
 その輝く黄色い瞳がそう語る。
「来るのか? 今回はちょっとやばいんだぜ。」
 ぴくりとその長い尻尾が揺れた。
 楽しんでるらしい。
「ふ、判ったよ。好きにしな。」
 全く、いかにもこいつらしい。なんだかこっちまで楽しくなってくる。
 外に出た。
「跳ぶぜ、ついて来い!」
 俺は相棒と共に跳んだ。

 広場には誰も居ない。砕けた街灯とベンチだけが転がっている。
 そして、クラゲの姿は影も形も見えなかった。どんなに探り直しても、その痕跡すら判らない。先程までのいい加減な潜伏とは雲泥の差だ。
 ほんの短時間に、これだけの学習をしたのか。そして、徹さん達をどうにかしてしまった。”リミッター”は確認している、とすれば皆は今頃本社端末だ。イサムの様に気絶してるか、俺の様に薬を打って復帰を待ってるか、だろう。ならばそんなに心配はいらない。
「それにしても、大した野郎だ……」
 さっきまで、少なくとも徹さんは無事だった。あの人が簡単にしてやられる相手。
「……上等だよ……」
 徹さんの光陣は、その縮退こそ止めたものの、解けてはいない。奴はまだ身を潜めて居るだけで、逃げきれてはいないのだ。アピの張り詰めている耳が、その証拠だった。
 俺はアピと共に、一歩、歩を進めた。また一歩。一歩。
 出てこい。エサ[俺]はここだぜ。
 響く足音。

「シャァ!」
 アピの短い叫び。後ろか! 振り返りながら体をずらす。俺の背後だった空間から、唐突に、全く完全に唐突に触手が剥いでてきて、俺の首があった部分を苅って消えた。驚いた、ついさっきまであった様な、周囲と融けあっていた感覚が無い。まるで異次元断層から腕を伸ばしたみたいな切口だった。
「成る程、この手で徹さん達を狩り落したのか……」
 アピの低いうなりが周囲にこだまする。まだ居る。来る。
「カ!」
 又もアピの叫びと奴の触手は同時だった。俺は背後を振り返りながら、大声で叫ぶ。
「《雷神》!」
 徹さんの技をちょいと拝借。だが、アレンジはしている。天空からでなく、グローブから光は弾けた。実体化して俺を襲おうとしてた触手をその腕で叩き掴む。稲光がグローブから奴の触手へと走った。そして更にその奥へと。
「同じ手が二度も通用するかよ!」
 周囲の空間全てが叫び歪んだ。
「効いてるみたいだな、うまいか!」
 俺は更に力を込め、雷撃の出力を上げる。ふと、黒焦げの触手を残して手応えは消えた。
「まだだ、まだだ、まだだ……」
 周囲に気を配りながら振り返る。アピが毛を逆立てて空間の一点を見てる。
「よし、そこだな!」
 何も無い様に見えるその一点に、俺は拳と稲光を送り込んだ。
 再び周囲が悲鳴を上げる。
「苦しいだろう、出てこい!」
 そのまま掴んだ腕を離さず、俺は奴をこちらの実体空間に引きずり出す。幾つかの触手がこちらに襲い来る、俺はそれを避けて短く跳んだ。
 二度も与えた《雷神》の直撃は相当なダメージになったらしい。一度引きずり出された奴には、もう再び姿を消す力は無かった。活動する触手の数も少ない。
 俺は徹さんから渡されていた”アンプル”を取り出し、握り拳に埋めた。
「とどめだ。直接叩き込んでやる。」
 背後から空間を切りとる様に、一本の触手。アピがそれを歯で受け止める。
「後ろは任せたぜ、相棒!」
 俺はそのまま駆け込んで、奴の核[コア]へと握り拳を振った。
「おおらあああぁ!!」
 軟らかい感触。手首までめり込んだグローブの中で、”アンプル”が砕けた。
 イサムの打ち込んでいた”アンプル”のデータと合わさる。瞬間、奴がもがき出す。外から見ていても判る、とんでもない増殖スピード。仮眠から目覚め、実体属性の有無に関わらず、内側から奴を食い荒していく。
『プゥ、プルゥルゥゥ、クシャァャ……』
 周囲の空間からのつぶやきも弱い。今度は隠れるのでなく、本当に融けていく。
 弱々しく伸びてきた触手を叩き落し、ブーツで地面へすり潰した。簡単に壊れる。
「……徹さん、イサム、仇は取ったぜ。」
 奴を見ながら、俺はそうつぶやいた。
「うむ、確かに取られた。」
 え? 振り返った背後に巨体。
「徹さん?」
 いつの間に帰って、と、その背後には黒人。
「キッザだなあ、お前。」
「……ダァムぅ……」
 こいつは。こいつだけはきっと強制退避じゃないな、隠れてたんだ。
 更に背後から声。
「ほんっと、キッザよねえ。」
 ……みゆき。お前もか。

 俺達は広場の中心に生えていた、世界樹[ワールド・ツリー]の周囲へと集まった。
「大平、聞こえているか?」
『終りましたか? そろそろ私も限界です。』
 あの人も化け物だ。相当に時間が経つのに、その声には焦りや苦しみが無い。
「すまんがもう暫く堪えてくれ。例のフィッシュを使ってしまってな、相殺させたんだ。だから」
『ワクチンですね、了解。”ロック”を解く前にこの地区全域に流します。変質は、していませんね?』
「ああ。……その、多分、な。」
『……了解。』
 その言葉と共に、世界樹に変化が現れた。世界樹は、どの地区にもよく設置してあるオブジェクトだ。その地区全体のメモリ構成をそのまま枝に反映させている。茶色く立ち枯れていた枝の各部に、桃色の光粒が浮きだし始めた。ワクチンだ。その光粒は存在範囲を拡大し、枝全体へと拡がっていく。暫くそこに留まっていた桃色はやがて剥がれ落ち、空を舞って、地面へと消える。剥がれた後の枝には緑の新芽が吹き、新しい枝が伸び始めた。”ロック”が徐々に外され、通常の作業が回復しつつあるのだ。枝が増えるのはデータ構造[ディレクトリ]が変質、領域割当てが変わっていっている事を示している。こうして、この樹は世界を反映させながら成長していく。
「こうして見てると、ワクチンも意外と綺麗だなあ。」
 巨大な世界樹の、一番近くに陣どっていたダムが、そう、つぶやいた。同感だ。
 徹さんが、この人にしては珍しく、小さく声を出した。
「ああ。……桜に、似ているな。」
「サクラ?」
「俺が子供の頃には、まばらに河原に生えていた樹だよ。季節によっちゃあ、こんな色の花を咲かして、派手に散らしていた。あの下で、よく皆で宴会をしたもんさ。……なつかしいな。」
 じっと、舞い散る花びらを見ている。
 俺は黙ってそれを聞き、隣で一緒に見ていた。本当に散るサクラは、俺は知らない。
「宴会? 宴会するんすか?」
 ダムがそこだけに反応する。
「宴会するんですね? しましょう、しましょう!」
 お前は。一番やっかいを引き起こして、一番泣き事をわめいて、一番さぼって、それで尚一番に宴会だあ……
「やった! そうよね、これで仕事は終ったんだしね! そろそろ大平さんも手が空くでしょ、私、呼んでくるわね。ええと、他に準備するものって……」
 みゆきが同調してる。
 徹さんが小さく笑って、いつもの大声で喋り始めた。
「そうだな。一発派手に騒ぐか! 打ち上げだ!」
 あーあ。乗っちまったよ。
 と、イサムも帰って来た。
「すいません、遅れました! 奴は?」
「イサム! 大丈夫だったか。」
「ちょっとまだ頭痛しますけどね。で、」
 みゆきが割り込む。
「い〜い所に来た、イサム君! 君に重大な使命を与える! 私と一緒に買い出し部隊に志願しなさい!」
「え? 奴にはあの”アンプル”効かなかったんですか?」
「そうそう、そうなのよ。だから君の仕事が非常に重要に」
「え? え? じゃあ、大変じゃないですか!」
 混乱してる。
「安心しろ。決着はつけといたから。」
「え? え?」
 余計に混乱させたかな。
「あ! おい、リュード、来てみろよ!」
 世界樹の根元に貼り付いていたダムが、俺にそう声をかけた。
「? どうしたんだ。」
「ほらほら、ここ。青虫がいる。」
 楽しそうに指さしてそう話す。
 樹の根元、桃色の光粒に覆われている中に、小さく青く輝いている部分が見えている。
「……おい、これって。」
 茶色はメモリ、緑は活性、桃色はワクチン。青は、青は、ワクチンが派手に反応しているという意味であり、つまり……
 背後で徹さんの声がした。
「なんてこった。こんなに根幹の方[ポイント]で。」
「奴さんの子供[転移]だと思いますか?」
「だろうなあ。いや、判らん。確かめてみない事にはな。
 これだけ深いとなると、階層をシフトさせてからでないと手が届かないな。」
 真剣に話す俺達の隣で、ダムが不思議そうにしている。自分が何を見つけたのかまだ判ってないらしい。瞬間的に湧き出した殺意を俺は押えた。本当にこいつは、やっかい事をいぶり出すのがうまい。
「なんなんすか、これ?」
「……つまり宴会は延期、って事だよ。」
「えー!」
 我慢できない。俺は奴の頭を一発はたいた。
「てめえが見つけたんだよ!」
 徹さんが皆に声をかける。
「おい、後始末がまだ残ってた! すぐにするぞ、宴会はまた後だ!
 イサム、お前はまだ調子が悪いだろう、ここの壊したオブジェクトの始末を頼む。それから大平、聞こえるか?」
『なんです?』
「追加を見つけた、一つ下の階層に移る。なに、今は転移の可能性は無い小型だ。
”ロック”解除は続けて、終ったら一休みしてくれ。」
『判りました、私も後で追います。』
「だから、一息は入れろよ。」
『了解。』

 俺はまだブツブツ言っているダムの側を離れた。全く、アイツももう少しなんとかして欲しい。一緒に居るこっちが大変だ。あれ、そう言えば、アピは?
 すぐに、俺の目の前にアピが現れた。俺が探してるのが判ったみたいな反応だ。
 呼んだか?
 そんな表情で俺を見上げている。て、あれ?
「おい、アピ。お前、何を口にくわえてるんだ?」
 スルメのゲソに似ている。宴会も買い出しもまだのはずだが。
 見るか?
 自慢げに口を開き、その品を地面に置いてみせる。
 判った。さっきのクラゲの断片だ。
「アピ、やめろ。そんなもん喰うな。」
 不思議そうに見上げる猫に、俺は真剣に語りかけた。
「腹を壊すぞ。それに、万一お前にあんな変な属性が移ったらどうする。駄目駄目、飼い主としちゃとても賛成できんね。」
 そうか、では。俺は腹など壊さないが、お前がそう言うなら仕方ないな。
 そんなニュアンスが、その仕草からびんびん伝わってくる。
「頼むよ。すまんな。」
 思わず謝ってしまう。
 そんなやり取りを見ていたダムが感想をもらした。
「……お前のペットツール、表情豊かだなあ。」
「まあな。」
 適当に相槌を打つ。この話はあまり突っ込まれたくない。俺は急いで話題を変えた。アピに向かって更に話しかける。
「それより、だ。俺はこれからまだ仕事だ。どうする?」
 黒猫の目がキラリと光り、その背筋が伸びた。
 行く!
「だろうと思ったよ。ついて来い!」
 頼もしい奴だ。何故か笑いが浮いてくる。

 俺は相棒と共に跳んだ。

                               


  〜次回予告〜

 日曜日。それはフィッシャー達が各々の技術を練る為に利用できる有意義な時間だ。
 株式会社トロールのフィッシャー、カラチ・リュードも、黙々と自慢の技に磨きをかける。


 「《寒》!」俺は右手中指を突き出して、親指と小指をひらいた。あたりの空間が霜降り状態となり冷気のイメージを演出する。


 平和な日常。
 技術さえあれば、どんな事でも実現できる仮想現実の世界。


 重厚なエンジン音。タイヤが道路をつかみ後方へと押しやる。後ろへ流れ去る仮想ビル群。風圧。趣味の趣味による趣味のためのマシン。


 しかし、フィッシャーという仕事はどんな時にも油断できない。


 「くきゃぁぁぁぁああああああああああぁぁぁ。」長く甲高い悲鳴が、嫌な感じでマンドラゴラから漏れた。


 そして、いくつもの疑惑。


 アピが徹さんの”網”をすり抜けて、床にひょいと降りた。


 仮想現実:現実31。
 ようこそ、フィッシャーマンズ・ルームへ……

                   第二話:トロール 1997.08.15 UP予定
            ... To be continued next story 'FILE 2 : Love Game'.
/E



----------闇工房と呼ばれる Nifty の Patio での共同製作企画。黒猫さんに連絡を取る事。
----------�
Hosted by www.Geocities.ws

1