----------   考えを変える                                   By 一歩 ---------- 「こんにちは。あのう、ここに来たら、所長さんに会えるって聞いて来たんだけんど」 「はい、私が所長ですが」 「え? ……し、失礼しただ。て、てっきり男の人だとばかり思ってたんで」 「女性でも、能力があればいいのです。私が所長です。で、なんの御用で?」 「……で、こんな機会はめったにねえ。それに、村の皆への土産話にもなるだ。そういう訳で、村に帰る前に、妹の働いてる、科学のさ、最先端って所を見学させて貰いに来ただ。門番さんにそう言ったら、まずは所長の許可が必要だってんで」 「そうですか、貴方が。お話は妹さんからうかがっています。今丁度手が空いてるので、私がこの研究所を一通り御案内しましょう」 「そ、それは光栄ですだ」 「生化学部門です。最近の成果の一つは、高圧縮カロリー食ですね。これです」 「この、キャラメルみたいなのが、ですだか?」 「そう。科学の勝利です。たったこれだけで、20才男性が一日に必要とする全カロリー、それからビタミンや希少元素まで含んでいます。つまり、一日にこれ一つを頬張るだけで、充分に生きていけるのです。非常食としてや、重量制限のある宇宙船での活用が注目されています」 「本当に、それ一個で?」 「そうです。完全に空腹感の無くなる事も確認されています」 「ああ、お腹一杯になっただ、て、感じれるんですか?」 「満腹感があるかどうかについては、個人差により変わる様ですが。それがなにか」 「おいしいんですか?」 「基本的に無味無臭です」 「……オラは、どうせなら、ステーキの方がいいなあ」 「こちらの部門では建築用新素材の開発に成功しました。この桂素系金属は従来の200倍の強度と堅固な腐食耐性を持ちます。衛星軌道サイズの巨大建造物も夢ではなくなりました」 「えいせい、き、どう?」 「ああ、そうですね。数百、いえ、数千階以上のサイズに及ぶビル、を思い浮かべて下さい」 「オラの村には、村長の所に2階建てがあるで、それで充分ですだ。  そったら背の高い建物いらね」 「……では、この金属で屋根をふけば、ひ孫さんの代まで雨漏り修理をしなくて良いのだとでも思って下さい」 「雨漏りの修理、出来ないだか? 都会の人は、屋根に登るのが恐いんだべか」 「ここは、転送実験の区画です。右の部屋、左の部屋、どちらもほぼ密室状態に保たれています。両方の部屋にある、テーブルの様なものが判りますか? あれが転送ステージです」 「はあ」 「ステージ上の物質の構造は解析分解され、波動関数として超電導ケーブルの中を伝達されます。それが受信器において逆関数をかけられて物質に戻り、時間的にはほぼ同時にもう片方のステージの上に再構成されるのです」 「はあ」 「所要電力は約3億……ちょっと、聞いています?  この電力は、おそろしく膨大なものなのですよ。街一つ賄えます」 「へえ」 「もう。  ですが、このシステム、現在の所生物を転送できるまでには至ってません。無生物、それもできるだけ単純で純粋な構造をしたものでなければその成功率はおぼつかなく、失敗した場合の電力のバックラッシュも相当のものです。判りますか?」 「あの……つまり、こっちの部屋から、そっちの部屋へと、ものを移すんですよね?」 「そうです」 「で、その、オラとか、貴方だとか、うちのキャシーみたいな、人とかなんかは移せない」 「キャシー?」 「ああ、うちの、めんこい牛ですだ」 「……そうです。移せません。そして現在の所その解決方法は判っていないんです。あと少しとは確信してるのですが」 「その、簡単じゃないですか」 「え! 判るんですか!?」 「どうして部屋の間にドアをつけないんです?」 「さあ! これがこの研究所の、一番新しい成果です! 部屋にいる彼が見えますね?」 「ええ。二枚目の、気持ちばよさそうな人ですね。ここの職員さんですか?」 「いいえ! 職員ではないのです。成果なのです。  彼になにかおかしな所はありますか?」 「おかしいって……いいえ、判らないですだ」 「そうでしょう。実は、彼は人間ではありません。研究所が全力で完成させた、人工知能、つまりロボットなのです。思考回路にはカオス理論から導かれた新型ニューロ素子を利用、無意識の衝動までも忠実に算出していますし、身体回路の方も感覚機器を人の平均値の以上でも以下でも無いものに調整開発、運動機器の能力や重量に関しても、驚く程に基準値以内です。  あらゆる状況判断、会話から行動に至るまで、全く毛ほども人間と変わりません。この意味が判りますか? 全く人間と同じものを人間の手で作り上げる事が出来る、人は神にもなれるという証拠なのですよ。彼を作りだす為にどれほどの才能と資金がつぎこまれた事か。  我が研究所の長い歴史を通じても、最も輝かしい成果の一つなのです」 「そったらお金をかけんでも、そんなのオラにだって出来るだに」 「ええ!」 「いや、貴方の手助けがあればだけんど」 「私の?」 「そう、その、ホテルで」 「都会の科学って、もっとすごいもんだと思ってたんだけんどなあ。考えを変えないといけんだべか」 「私もよ。田舎の農夫に何ができるものかと思ってたんだけど、ああっ、すごいわ。  考えを変えなきゃ」 ---------------------------------------------------------------------------- Reference(書く前に意識したモノ、描いた後思い出した事) (小説)流星航路/田中芳樹