小型宇宙衛星技術競争 ―NANO・PICOは国際標準技術化―(大型副次利用から最適小型利用へ)  
   (エアワールド2009年9月号抜粋):詳細は雑誌「エアワールド2009年9月号」をお買い求めください


 本稿では、海外の超小型衛星(ピコ、ナノ衛星、マイクロ衛星)の最新動向を紹介、日本に必要な施策を考えてみたい。

◎衛星サイズの整理(Pico、Nano、Micro、Mini/Small)

 過去の誌面で紹介したが、まずは衛星サイズの復習をしよう。日本では超小型衛星の育成に向けた計画が練られている。しかし、海外ではピコ衛星、CUBESATを含むナノ衛星、マイクロ衛星、ミニ・スモール衛星というサイズ別に育成戦略が立てられており、日本では一括して「超小型衛星の育成」という表現になっている。この、ナノ衛星やマイクロ衛星の重量数値については、アメリカ、欧州によって多少異なっているが、Johns Hopkins University APL、SSTLなどの資料を分析すると、ピコ衛星は1kg以下、CUBESATを含むナノ衛星は10kg付近、マイクロ衛星が50kg〜200kg付近(MYRIADEバス、SSTL-150バスなど)、ミニ・スモール衛星は300kg以上(SSTL-300、PROTEUSバス、TACSAT-2)となっているようだ。

 ジョンホプキンス大学の資料では、サイズ別に様々な衛星のベンチマークを示しているが、中国Bejing-1(SSTL製)、韓国KOMPSAT-2(バスEADS製・センサーElbit製)がアジア保有の実用衛星として評価され、日本の衛星(ALOS等)はどのサイズにも入っていないというのが、世界第2位の宇宙予算を有する日本への評価・現実と言えるのかもしれない。


小型衛星のサイズと役割(APL)

◎CUBESATが拓いた第四次宇宙産業革命(即席・低コスト・多頻度)

 宇宙産業の発展史を見れば、米国とソ連の宇宙開発競争が真っ先に挙がるだろう。この2大国は膨大な予算をつぎ込み、衛星とロケット打上で初成功もしくは重量的・性能的な一番とるべく競争し、さらには有人月レースも繰り広げ、数々の成功と失敗を重ねて成長してきた歴史がある。この蓄積された優位性は非常に高い。これら歴史を“産業革命”と評価するならば、

・ 衛星打上の初成功競争が第一次宇宙産業革命

・ 1960年代の有人月探査競争が第二次宇宙産業革命

・ 1980年代以降のシャトルや大型宇宙競争が第三次宇宙産業革命


と言えるのではないか?そして2000年に入り、「もしかすると、これが第四次宇宙革命ではないか?」と考えられているのがCUBESATをはじめとすしたナノテクを磨いて高性能化を目指す「小型衛星開発競争」である。このナノテク衛星開発が第四次宇宙革命であるというのは、後世の歴史研究家が評価すべきことかもしれないが、少なくともCUBESATの登場でお手軽宇宙システムの基盤開発が始まり、大学衛星開発が盛んになり、宇宙参入国も増加、宇宙企業も90年代より爆発的に増加したのは否定できない事実である。また、アメリカでは小型衛星の量産計画、規格化で多ミッションへ対応できる即応型宇宙政策を立てている動向もあり、高コスト化する宇宙システムを脱して新世代へ行こうとする動向が少なからず存在する。では、CUBESATを含むナノ衛星が宇宙産業へどのような革命をもたらすのか?この答えは筆者も十分に勉強し切れていない。だが、幾つかの答えは見え始めている。まずは海外事例を説明したい。

◎NASAはナノ衛星育成と低コスト即応衛星LCRRSを開発中

 アメリカのNASAのAMES研究所では、かつては航空機開発の実験施設で名を馳せたが、今ではIT大手のGoogleと共に共同所を建設したり、ナノ衛星を含む小型衛星の先端的技術開発を行っている。

 現在では、低コスト即応衛星(Low Cost Rapid Response Spacecraft :LCRRS)を2007年1月より開始し、そのプロトタイプとしてコスト最適アビオニクス&技術試験衛星(Cost Optimized Test for Spacecraft Avionics and Technologies: COTSAT)の製造中で、2009年にFALCON-9ロケット打上を計画している。この低コスト即応衛星LCRRSのすばらしいとことは、性能とコストを明確にしていることだ。それはRitchey-Chretien系望遠鏡(0.5m口径)をペイロードにして1.5m解像度の性能をもつ衛星を部品代$500,000(5000万円)、人件費$2,000,000(約2億円)で製造することを目的にしている。つまり衛星製造費は2億5千万円で1.5m解像度衛星にロケット打上費用をプラスすれば、10億円で軌道投入できるということになる。非常にコスト&性能競争力ある衛星である。

 実現方法はCOTS(民生規格品)、MOTS(軍規格品)、GOTS(政府規格品)を組み合わせて実現しているとのことで、例えば通信装置はGENESAT-1(2006年12月打上)というバイオ実験ナノ衛星のシステムを向上したものを採用している。また民生品ではIMU(慣性計測装置)は“Microstrain 3DM-GX2”という40gのMEMSベースのセンサーを採用、トランスミッターはSpaceQuest radio(サンタクレラ大と政府出資で開発)で1.4Mbpsデータレートのモノ等を採用、オンボードコンピューターもPC/104を採用、製造時のコネクターはUSB2.0を採用している。また、政府規格品(GOTS)はリアクションホイール、星センサ、電力供給装置を採用することで、手堅い設計を実現しているとのことだ。そして衛星の重量は最大400kgまでとし、ペイード搭載可能重量は100-200kgを想定している。NASAではこれは様々な実用ミッションへ使用する計画を立てている。つまりNASAでも商業転換可能な産業宇宙基盤開発が始まっているのである。


      COTSATと衛星バス部(SSC08-IV-7)           ナノ衛星技術が革新宇宙の基盤へ(NASA)

◎カナダも戦略的ナノ衛星開発でスラスター搭載も達成(衛星群の道が出来る)

 ナノ衛星開発が「革新的な宇宙実証である」と注目されているのがカナダのCANX-2である。カナダではナノ衛星の技術が実用衛星(SAR衛星など)の基盤技術になるとし、ナノ衛星の開発を大学と民間企業の共同開発で実施している。

 2008年4月、CANX-2(重量3.5kg)は副衛星として日大SEEDS衛星やCANX-6/NTS(船舶位置追跡衛星/20cm立方、6.5kg)らと一緒にPSLVに搭載、打上げられた。このCANX-2は10cm立方サイズのCUBESATを3つ組み合せた3連CUBE衛星でありながら、ナノ衛星としては姿勢制御に必要なリアクションホイール、オンボード実装技術で作られたイメージャーや太陽センサ、CUBESATの通信速度向上をめざしたSバンドトランスミッターやパッチ型アンテナなど、先進的な小型高性能技術が搭載されている。さらに注目すべきことは、スラスターを搭載していることにある。

 後述するが、ナノ衛星による衛星群が検討されており、衛星コンステレーションの軌道維持にはスラスターは不可欠である。また、宇宙ゴミの観点からもミッション終了後は自己廃棄(逆噴射)する機能がナノ衛星に限らず要求される時代は近い。これらミッション需要と宇宙デブリ問題からカナダではナノ衛星用スラスターを搭載している。

 このCANX-2搭載スラスターはガスを噴射する方式で実用化したが、カナダではこのスラスター技術を搭載したCANX-4とCANX-5を製造、軌道上で“ナノ衛星フォーメーションフライト”を実施するそうだ。そこでは、衛星1機重量が5kg以下でスラスター性能は総加速量35m/s以上、比推力(ISP)は50-100sec、推力50-100mN性能のスラスターを搭載するそうだ。

かつて日本が大型衛星(ETS-7)でランデブードッキングをやっていた時代からみれば、ナノ衛星技術のレベルはここまできたのかと思わされる。2000年当初のCUBESATはビーコン通信(UHF)しか出来ず、何もできやしないと揶揄されたナノ衛星が、今では着実に進化を遂げているのである。


CANX-2のサイエンス観測機器(トロント大)        ナノ衛星にスラスターも搭載(トロント大)

◎DARPAはMEMSを含めて新計画発表(機能&ミッション追及)

 カナダのスラスター搭載ナノ衛星の刺激もあり、アメリカでは電気推進搭載ナノ衛星の検討が発表されている。それは、MEMSや先端研究をしているDARPAだ。DARPAでは革新的に太陽熱推進(Solar Thermal Propulsion: STP)装置を開発する計画を発表している。この太陽熱スラスターをナノ衛星(15kg)〜スモール衛星(300-500kgか?)サイズまで搭載可能とすべく、重量を軽くして容積も小さい高ΔV(総加速量)を目指した小型ハイテクスラスターを開発、推力は50mN以上、500回以上の噴射能力と噴射時間が10秒以上というスラスターを要求している。既存化学推進よりも高性能なスラスターを要求しており、軌道マニューバによる軌道変更可能なスラスターを開発する計画を立てている。

 DARPAでは、“軌道上サービス衛星(部品交換や燃料補給)のオービタルエキスプレス”や即応型打上システムのFALCONロケット計画を過去実施してきた。その次を担う宇宙先端開発はナノ衛星にからむ関連技術を育成しているようだ。

 また、これら技術を組合せながら、実用ミッションとしてFAST/FRENDミッションを計画している。このFASTは小型衛星(216kg)であるにもかかわらず、高電力(30kW)を搭載して従来よりも5倍の比推力をもつ電気推進を搭載、早急な軌道間飛行を行う衛星を計画、通信やレーダーミッションなどを想定している。

 次にFRENDは宇宙ロボットサービスを計画しており、恐らくオービタルエキスプレスミッションの後継だろう。このロボットサービスでは衛星の修理・燃料補給・機能向上などを行なえる計画で、将来的にはこのFASTとFRENDを組み合わせて実用ミッションを展開、軌道上ビジネス展開の早期打上・早期サービス開始・修理・補給・機能向上ができることを想定しているようだ。

もしこれが実用化されれば、静止通信衛星の市場構造へも大きな影響を与える可能性を秘めており、宇宙マーケット構造が大きく変わる可能性が考えられる。もしかするとDARPAは「使い捨て衛星でなければコストが合わない」という概念を、小型革新技術・即応宇宙システム・コンセプトを取り入れて経済性が合うスキームを目指しているのかもしれない。過去の誌面で紹介したように「小型化しなければ生き残れない」という概念を実践しているのだろう。


次なる革新宇宙はナノ衛星基盤開発(DARPA)            次期サービス衛星ミッション(DARPA)

◎プラグ・アンド・プレイ衛星はナノ衛星でも(ナノ新世代標準を狙う空軍)

 アメリカのナノ衛星技術の追求はさらに加速している。それは、即応型衛星で検討されているプラグ・アンド・プレイ(PnP)衛星がナノ衛星の世界でも採用されていることである。その図が以下である。携帯電話のサイズから想像が出来るだろう。このPnP衛星は即応型衛星と同様に、モジュール組み込みできる衛星として設計されており、太陽電池などの溶接という熟練した半田技術がなくとも容易に衛星へ実装でき、通信アンテナもあらかじめ標準化された衛星交替パネルの穴にアンテナと通信ケーブルを這わせて容易に搭載できるよう「ミッションが損なわれない範囲で標準化し、製造期間を短期化しながら自由に衛星製造ができる体制」を目指しているようだ。

確かにこれからの時代は「衛星を作って歓喜」する時代ではなく「ミッション内容重視」の時代へとなる。この発想で標準化による部品量産体制を作り、コスト競争に勝てる宇宙産業の育成をかけようとするAFRLは非常に合理的で面白い。

 
 ミニチェア・リアクション・ホイール(AFRL)                         PnPナノ衛星(AFRL)

◎米国海軍はナノ衛星トラッキング群(30機)を計画発表

 その一方、アメリカ海軍研究所(Office of Naval Research: ONR)では、全地球追跡&データ通信衛星網(GLobal AIS & Data-X International SatelliteConstellation:GLADIS)の計画が検討されている。日本へはどこへ打診しているのか分からないが、資料を読み込むとアメリカ・イギリス・日本でシステムを構築したいと考案している。

 このデータ通信衛星網はナノ衛星30機を打上げてコンステレーションを構築し、全世界へ展開する船舶位置・ステータス情報及び海上ブイ等の観測データをGLADIS衛星網(UHF帯を使用)に集め、そのデータを地上にある移動式簡易アンテナ(ヤギアンテナ)網で受信、Panasonic製のノートパソコンからインターネット網を通じて任意の地上指令局へ暗号通信する衛星&地上のハイブリッド通信網を考案している。このシステムを30機構築することで、海域によっては最短3.4分(最悪でも8分)で動態情報が中央監視局へ伝達できる。ナノ衛星でこれだけの短期トラッキングを実現するコンセプトはすばらしい。

 しかもこの衛星はバス部が26cm立方のナノ衛星にスラスターまで搭載され、ミッション用の通信アンテナが取り付けられるというシンプルな設計思想である。現在は試験実証機6基の製造が進められている。


GLADIS衛星網/30機(ONR)         ナノ衛星/50kg以下(ONR)


地上局もシンプル/ノートPCとヤギアンテナ(ONR)

◎陸軍は戦域通信ナノ衛星(気象悪化時・災害へも転用可能)

 海軍がデータ通信網を検討する一方、陸軍でもデータ通信ナノ衛星の開発が進められている。打上基数は不明だが、公開資料を分析する限りでは1度の打上で8機軌道投入するとしている。初打上は2009年を予定しており、衛星名はUS Army Space and Missile Defence Command Operational Nanosatellite Effect(SMDC-ONE)である。

 このSMDC-ONEはCANX-2と同じように3連CUBESATのサイズで製造中であり、バス部とミッション部に分かれ、バス部は構造系・GN&C(ガイダンス・ナビ制御)、熱制御系、電力系、CD&H(コマンド&データハンドリング系)で構成され、スラスターは搭載されていない。また、このSMCD-ONEの目的は、

・ 軍が低コストの衛星開発を研究開発すること

・ 主ミッション目的として地上観測データを受信して地上局へ送信する

・ 可能ならばリアルタイムで音声とデータを受信して地上局へ送信する

・ 運用期間は12ヶ月かそれ以上


としている。このように、戦域という地上通信システムが混乱している地域と通信することは、気象悪化時や災害発生時でも同じなため、NOAA(アメリカ海洋大気圏局)とFEMA(邦緊急管理庁)が注目しているそうだ。もし、SDMC-ONEが実用レベルへ達することができれば、即応型ロケットでコンステレーションを1日で構築し、災害時などと混乱時の通信確保が可能となる。問題はコストだが、ナノ衛星と小型ロケットの組合せなので、採算が合う可能性も考えられる。

 この影響もあり、コストを開示して衛星開発が行われている。それによれば、衛星1機ごとの太陽電池は約278万円、バッテリやバス機器に約130万円、ミッションペイロード開発費は約8000万円としている。またNASAマーシャル宇宙センターの試験コストは衝撃試験が約260万円、振動試験が約360万円、熱真空試験が710万円で合計約1330万円かかるとしている。衛星がナノ衛星のため、まとめて試験できると考えられ、低コストの衛星ができようとしている。発表資料ではすでに試作機が完成しているとのことで、今後の動向が楽しみである。

 以上より「宇宙は金がかかる」という概念が変わろうとしている中、日本もコストを開示できる宇宙開発利用体制が必要と同時に、防衛省だから防衛利用のみ、文部科学省だから技術開発のみという、視野が狭く戦略性もコスト概念もない衛星開発が起こらないよう監視が必要である。


陸軍戦域データ通信ナノ衛星(Miltec)        ナノ衛星の製造コストと試験コスト(Miltec)

◎ナノ衛星の基盤技術競争が始まっている(大手も参入)

 ナノ衛星開発を行う背景には、量産・低コスト化競争で優位に立てる背景がある。このためノースロップグラマン社では、ナノ衛星用のシステムや実用ミッションの開発を進めている。

 公表資料によればその開発は、姿勢検出装置(ジャイロ、地球センサー、太陽センサ、星センサー)、オンボードGPS機器、オンボード増幅器、X線ナビゲーションシステムなど多岐にわたる。見る限り今後のナノ衛星へ必要な機器ばかりであり、推進器の開発はない。そもそもノースロップグラマン社は気象衛星センサーなどを開発していた旧TRWを買収した経緯もあり、センサーに関する技術知見は豊富にある。これにナノテクを加えてナノ衛星の基盤技術を開発しているのだろう。

また同社の実用ミッションも計画発表されている。それは、搬送波位相DGPS(誤差4mm程度)を使用して、全自動で任意の衛星へ接近して画像撮影する小型衛星「CUsat」である。この撮影は単に接近して撮像するのではなく、最終的には衛星の撮像と地上の画像解析で3次元モデル図まで作成できるコンセプトで設計・製造が進められている。このCUsatは上記のバス系機器を搭載する一方、電気推進PPTを搭載している。また、重量は不明である。

以上から、CUsatはノースロップグラマン社のナノ衛星基盤技術開発と実利用ミッションが着実に進められているのは明らかだろう。



CUsatの目的 2機のCUsat/電気推進搭載(NorthropGrumann) 

◎ナノ・サイエンスミッションは欧米でも展開中(宇宙太陽発電の技術実証)

 カナダのCANX-2ミッションは推進器を搭載しながらサイエンスミッションを行っている動向があるが、ナノ・サイエンスミッションは欧米でも進んでいる。Johns Hopkins University APLでは、宇宙天気予報に必要なセンサーとしてイオン密度・電子密度・中性子密度やドリフト速度を測るためにCUBESATの3連掛へ搭載するセンサー開発(WISPER)を進めている。このWISPERは重量0.5kg、サイズ1000cm3、消費電力0.9W、センサー数7、イオンエネルギー検出能力0-2000eVという性能をもち、小型低消費電力型のセンサーである。計画では2009年12月に打上げて技術実証を行い、そのごコンステレーション(群)を構築する計画だそうだ。このようにナノ衛星によるサイエンスミッションが進んでいる。

 また、宇宙基本計画で一部騒がれている太陽宇宙発電の基盤技術開発もナノ衛星で行われている。太陽宇宙発電は、宇宙空間で発電された電力をマイクロ波もしくはレーザーで地上へ送信する計画だ。原子力よりも発電単価が高いことから、クリーンであることを売りにしているのに加え、技術的成立性・コスト面から見ても費用対効果が必ずしも釣り合わないことから、特別に優先度が高い宇宙計画ではないというのが一般的な見解だ。

 だが日本では、巨大公共宇宙事業を見込んで毎年10億円近い検討予算がつぎ込まれている。その割には何ら宇宙実証が行われていないが、アメリカと欧州ではナノ衛星を使って膜面展開技術の実証が行われている。

 聞くところによれば、仮に太陽宇宙発電を実現するならば、ロケット輸送能力の限界・コスト面・発電効率を鑑みて、膜面を展開した構造物で構築するのが現実的では?との見解がある。しかし宇宙空間は真空&無重力環境のため、展開実験の必要があるそうだ。このため欧州やアメリカNASAでは、CUBESATの3連掛け筐体をベースに膜面展開実験を行うため「ソーラーセイル(太陽帆)ミッション」という名の下で基盤技術の確立を進めている。

 ソーラーセイルは、太陽から来る光子(フォトン)をエネルギーとして展開膜へ衝突させて推進力を得るコンセプトであり、太陽エネルギーを使ってヨット航行するイメージから名前が付いている。この膜面展開技術が将来太陽宇宙発電技術の基盤となるそうだ。このため、欧州はDRAGONFLY/DEMOISELLEというミッション名で開発中、アメリカはNASA−AMESがNanoSail-Dミッションで実施したが、FALCON-1ロケット打上失敗で喪失。再度作り直して打上げるそうだ。

一方、日本ではISASがM-Vの余剰スペースでソーラーセイル展開実験を行い、真空&微小重力環境で展開実験をしている。その結果、ある膜面は展開成功したものの、他の膜面は展開失敗したとのことで、日本でもISASが地道な基盤技術の確立は行っている。ちなみにこのM-V余剰能力活用実験にJAXA宇宙基幹システム本部(宇宙輸送ミッション本部)が反対したという当時の逸話は、今から見れば非常に恥ずかしい話と言えるだろう。(その後、JAXAは国際常識である余剰能力活用に動いている。)

 このように、太陽宇宙発電の基盤技術開発などにナノ衛星を使用したり、ロケット余剰活用はもはや常識だ。日本も巨大公共宇宙事業ばかりに目が行き、書類作りと論理作りで無為に予算を浪費するのではなく、予算が少なくても費用対効果に優れた中身のある基盤開発コンセプトが欲しいものである。


ヨーロッパ・膜面展開ナノ衛星(U3P)   アメリカ・膜面展開ナノ衛星(NASA)

◎小型衛星育成には、打上環境の整備が必需(搭載標準化のバリエーションも進む)

 CUBESATを含むナノ衛星(10kg付近)は、「学生衛星開発や技術開発」に加え「ミッション利用(中身勝負)へ」と拡大期に差し掛かっている。またマイクロ・ミニ衛星も着実に小型高性能化が進んでおり、低電力合成開口レーダー(機器重量35kg、消費電力160W)、低電力高速通信アンテナ(Xバンド、光通信)、小型高解像度カメラなど、10年前の技術では考えられないレベルの衛星開発が加速している。今後の小型衛星は

・ コンセプト発想力競争(中身勝負)が進む

・ さらにプレーヤーが増加

・ より高速へ(通信:kbps→Mbps→Gbps)

・ より小型軽量なカメラへ(m→cm解像度&バンド数増)

・ より小型軽量で総加速量の高いスラスターへ(高ISP化、電気推進)

・ オンボードチップ技術(実装技術)の競争

・ MEMS等の革新技術が投入

・ 低消費電力化(機器全てにおいて)


が進み、長期的には“静止衛星の依存度が低下”して“周回衛星の需要と数”が増える可能性が高くなってきている。事実、米国や欧州が開発する小型衛星技術(光通信・周回衛星関連技術の発展)がそれを物語っている。大型静止衛星等を1機製造して歓喜していては、人や技術が育たないという事実を証明してしまったJAXA大型宇宙プロジェクト(ISSとETS-8・WINDS)ではなく、小型量産(30機以上)衛星を製造し、マスプロダクション・技術育成・工場稼働率を上げて宇宙イノベーションを目指す第四次宇宙産業革命が静かに進行しているのだ。

 この衛星育成にとって重要なことは、如何に衛星製造者側へ“安くて容易”な打上環境を確保するか?である。無秩序に衛星を開発させ、ロケット搭載の手間が増えれば、ロケット・衛星側双方の手間とコストが増加する。この混乱を避けるため、アメリカでPPODという10cm四方のCUBESATが3機搭載できる装置が開発され、ロケットにパラサイト搭載されるようになった。こうしたことで、サイズ標準化の範囲で衛星を製造すれば簡単にロケット搭載できる環境が出来上がったのである。この動向に欧州も同調した。

 だが、衛星を作れば次なるチャレンジとして今よりも大型衛星を作りたい欲求が生まれる。PPOD搭載標準では不可能なサイズへ行こうとする衛星開発者も現れているのだ。このため、NASA−AMESでは2009年4月「次世代ナノ衛星のサイズ標準化計画案」を発表、それに合わせて「ロケット搭載装置の計画案」も発表、“様々な標準サイズで衛星が製造可能な環境”と“搭載環境の整備”を進めようとしている。こうすることで、ロケット側のコスト競争力低下防止と秩序ある衛星開発環境を整えて「国際スタンダード」を狙う戦略をアメリカは立てている。非常に賢い戦略だ。


次世代サイズ標準・拡張化計画(NASA)  放出装置標準化も進めている(NASA)

◎ナノ衛星コンステレーション時代も見据えた設計案も

 アメリカではナノ衛星開発が猛烈な勢いで進んでいると言っても過言ではない。日本では5年間で34機の衛星打上計画を謳っているが、数より中身が重要であるのは言うまでもない。ナノ衛星の開発拡大に伴い、衛星コンステレーションを軌道投入するため、カリフォルニア工科大、ユタ州立大、Space Dynamics LAB(米ロ静止気象センサー開発企業)では、PEGASUSロケットのアッパーステージにPPODを32個搭載してコンステレーション衛星を90機軌道投入する設計案を発表している。これは、5つの異なる高度(515〜675km間)と傾斜角(77.0°、77.7°、78.4°、79.1°、79.8°)にCUBESAT90機を配置し、地球の電界の影響(電界嵐などの観測)を調査するミッションを計画している。衛星1機では出来ないミッションを大胆にも90機でやろうというのである。

 このコンステレーションが実現できる目処が立ったのは、ナノ衛星にもスラスターが搭載できるようになったこと、観測機器の小型化技術が進んだことが背景にある。このような発想転換で従来にないミッションが実現できるようになり、宇宙イノベーションが発生している。


Pegasusへ32個PPOD搭載設計案も(ユタ州立大)     90機のナノ衛星による衛星群(ユタ州立大) 

◎ナノ技術基盤が次世代150〜250kg衛星競争の勝敗を左右する

 これから数年以内には、Minotaur、DELTA、ATLAS、FALCONシリーズのESPA、PPODなどの搭載標準装置と、高速航空機によるミニチェアランチャーなどの市場投入も重なってアメリカだけでも年間150機の小型衛星が打上がる可能性が出てきているそうだ。宇宙ゴミの問題が騒がしくなりそうだが、スラスターを搭載していることから逆噴射による早期大気圏突入処理という軌道離脱技術が進んでいるため大きな問題とはならないだろう。

小型衛星の機能向上時代を見据えれば、ナノ・マイクロ衛星(1kg〜50kg程度)を磨いて知見・技術基盤を確立しておくことが重要だ。ここで培われた技術が1サイズ上の衛星(150〜250kg)の性能差となって現れるだろう。恐らく近未来の国際標準衛星バス確立競争は、

・仏MYRIADE vs 米Commercial-TACSAT

となるのは明白で、その次を担う国際競争はもう始まっている。10年後には、この重量クラス(150〜250kg)で『光学衛星・電波傍受衛星・環境気象衛星・情報収集衛星(少し遅れてSAR衛星)』という実用ミッションを海外が達成してしまう可能性は十分考えられる。つまり衛星ダウンサイズ競争の勃発だ。上記で紹介したように、既にナノ衛星の世界でもプラグ・アンド・プレイ(PnP)化が進んでいる動向から見れば、標準化競争はもう始まっている。

また、ナノ技術基盤がない国は、例え宇宙先進国と言えども脱落する可能性が高い。今現在、ナノ技術基盤で優位性があるのは欧州・米国・日本であろう。ロシアは危機感を抱いて戦略転換をしている動向が見られ、大型万歳・有人万歳路線の中国・インドとは違う戦略をとり始めた。日本は後者を選択して脱落コースへ走るスタンスが見られるが、予算が続かずに頓挫する可能性が高い。だが、一部の省庁では「それではいけない」と感じて改革を模索する人もいるため、大きく悲観する必要はなさそうだ。「旧態スキーム(技術開発暴走主義)の時代は終わった」という鋭い視点を持つメーカー・大学・官庁・宇宙組織が新世紀宇宙時代(第四次宇宙産業革命)を牽引することになるだろう。

◎ロケット戦略の大幅見直しの必要性も

また、打上手段の大幅見直しは日本に限らず各国で進められることになるだろう。ロケット屋が大型万歳主義や技術開発至上主義で開発するという「贅沢な時代」は終焉した。ロケットは打上げるモノがなければ作る価値がなく、衛星が小型高性能化している国際事情から見れば、日本の旧型コンセプトロケットの継続は、意義そのものに疑問がつくのは避けられないだろう。ロケット名は挙げないが、衛星搭載の国際標準化(ESPAなど)にさえ付いて行けず、コストも高くて国際マーケットで受け入れられないガラパゴスランチャーは数年以内に消滅の可能性も考えられる。

 欧州はAriane-Vから固体ロケットVEGA積極利用へシフトしつつある。M-Vを止めた日本に、世界はM-Vと同じロケットを用意(VEGA、Minotaur-IV、-V)している事情から見ても、現状の次期固体ロケット計画は「これからの時代に必要な発想転換」が求められるだろう。また、H-2BにESPAを搭載することは好ましいことではあるが、ESPAも現状適用に過ぎないものであるという認識も必要だろう。高速航空機による民間ミニチェアランチャー市場が生まれている中、皆が必要とするランチャー市場はどこにあるのか?という先を見越した市場に見合う、ロケット戦略が必要だ。


大型ロケットのESPAも現状適用に過ぎない(CSA Eng)

◎まとめ

 ナノ衛星は大学教育・技術実証という領域から「ミッション利用(中身勝負)へ」と拡大期に差し掛かっている。また技術革新も進んでおり、カナダCANX-2にはナノ衛星スラスターが搭載され、衛星群や宇宙ゴミ低減の目処がついたことで、30機や90機というナノ衛星(10kg程度)コンステレーションを打上げる計画が生まれ、一部では開発も進んでいる。

この“ナノ衛星技術基盤”が将来実用ミッション衛星のペイロード効率(容積・電力・熱処理的)向上に寄与し、国際競争力向上につながるという理解が宇宙先進国で認識され始めている。このことから、各国では高速航空機によるミニチェアランチャーやロケット搭載標準化を進めて、衛星を低コストで容易に打上げられる環境整備を進めている。またNASAではナノ衛星の開発拡大へ備えて、次世代サイズ標準・拡張化計画も2009年4月に発表した。この事情からESPA利用も大型ロケットの一時凌ぎに過ぎず、最適なランチャー構築が急務なようだ。

第四次宇宙産業革命が静かに進んでいる。それに気付いて反応する動きが存在するが、宇宙基本計画(既存計画の羅列)の内容では商業宇宙開国に遅れ、意義の低い宇宙計画で国家予算を浪費する動向が見られ、日本は二足歩行困難となっている。特定歩行ロボットのみを過度に批判して、さらに問題のある有人宇宙計画やガラパゴス衛星計画は殆ど問題視しない潮流も奇異である。パリエアーショーでは、革新宇宙技術の国際提携を目指して欧米露が積極的に意見交換を行っていたという現地情報から見ても、宇宙基本計画の内容では日本は脱落路線を走る可能性が高い。新たな視点と既存概念を捨てる発想転換で新時代を切り抜ける宇宙企業育成のために、日本はさらなる宇宙改革が必要だろう。


Copyright Hideo.HOSHIJIMA all rights reserved 2009.

Hosted by www.Geocities.ws

1