ジャパン・エアロスペース・イノベーション戦略(革新的技術の取得を目指して)
エアワールド2005年8月号抜粋版(詳細はエアワールド8月号をお買い求めください)

 本稿では「小型衛星」、「UAV(無人機)」、「空飛ぶ自動車(エアカー)」海外の動向を紹介し、最近では崩壊危機が囁かれている「モノ作り大国日本」強化のために方策と、エアワールド6月号に引き続き公共衛星の利用検討も行いたい。

◎小型衛星の動向と基準


 この表は衛星を重量別に表したものである。この数値は必ずしも定義されているわけではなく、英国サリー大学が設立したサリー・サテライト・テクノロジー社(SSTL)が定義したり、アメリカで定義されたりしているものを総合的に考えた数値であり、必ずしも筆者の定義は正しいかどうか分からないが、本稿ではこれを基準に考えてみたいと思う。

◎小型衛星のメリット&デメリット
 では、小型衛星のメリットはいったい何だろうか?と考えると「コストが低い」と「製造期間が大型と比べ短い」事がまず挙げられる。このため海外では“QUICK & Low Cost(早くて低コスト)”といわれている。その一方、小型衛星は重量や形状が限定的なため、「多くのペイロード(搭載機器)が搭載できない」というデメリットがある。また小型衛星専門の打上げロケットがないために「ピギーバック(副衛星)として扱われている」ため、プライオリティーは低く見られがちだ。


ロケットに取り付けられる小型衛星(出典:ArianeSpace)

 しかし、それが隠れミノとなって特に近年フランスや米国では積極的な技術実証が行われている。

◎小型衛星の事例
 では、小型衛星の事例を述べたい。ます最初に挙げられるのはCanSat及びCubeSatだ。これは1998年と1999年にスタンフォード大学のTwiggs教授が提唱し、宇宙工学専攻の日米学生の会議であるUSSS(University Space Systems Symposium)にて採択されたもので、小型衛星開発を行う日米の大学を中心とした国際的な教育プロジェクトである。このプロジェクトの目的は学生に衛星開発を体験させる機会を設け、民生品の利用を視野に入れた低コストの小型衛星を製作することである。このうちCanSatは宇宙空間まで衛星を打上げるわけではなく、観測ロケットで高度4000m程度に打上げ、様々な実験をすることにより「人工衛星を作る技術を習得する」という意味合いがある。
 CubeSatは始めた1999年当初は20程度であったが最近では米国や日本の他にカナダ、オーストラリア、台湾、韓国、マレーシア、中国、トルコ、ノルウェー、ドイツ、イタリア、ポルトガル、デンマーク、南アフリカ、アルゼンチン、ブラジルの70以上の大学、企業、宇宙機関が参加している。また、アメリカでは大学のほかに高等学校もこの計画に参加しているのだ。そして打上げも2003年6月にロシアのドニエプルで初打上げがなされ、東京大学の“XI(サイ)”と東京工業大学の“CUTE-I(キュート)”を含む6基のCubeSatが軌道投入された。また将来的にも、日本大学や創価大学のCubeSatを含む多くの衛星が打上げ予定だ。このCubeSatはビジネスという領域ではなく学生の「モノ作りの実践教育」という色彩が強いが、教育や人材育成という観点ですれば魅力的なツールであると思われる。

           
東京工業大学製作CubeSat「CUTE」(出典:東京工業大学) 東京大学製作中CubeSat「XI」(出典:東京大学)

 次に重量100kg未満のマイクロ衛星であるが、日本国内では打上げに成功した千葉工業大学の鯨観測衛星をはじめ、JAXAマイクロラボサットが挙げられる。また、将来打上げ予定のJAXA科学衛星「インデックス」、東大阪「まいど衛星」、九州大学「QUEST」、北海道衛星「大樹」もこのマイクロ衛星という分類に当てはまる。

    
  韓国KitSat                 マレーシアTiungsat

(詳細はエアワールド2005年8月号に掲載中)

◎小型衛星開発の障害
しかしこのような教育的、技術実証的に有利な小型衛星開発を進めると、幾つか障害が発生する。それは
・ 教育的な観点では、エンジニアを育成しても就職先が無い
・ 小型衛星の通信周波数確保が困難
・ 宇宙ゴミが増える危険性
・ 製造コストが低いため、宇宙産業基盤が崩壊する恐れ
・ 打上げ専用のロケットがない

という問題が発生するだろう。まず、就職先についてだが実際に大学で衛星を作ってしまうと宇宙開発の憧れは現実となる一方、宇宙開発の「様々な現実」を知ることが出来るため、意外に宇宙業界への就職希望者は多くないそうだ。したがって「就職口が狭いのに学生に衛星を作らせていいのか?」という議論には当てはまらないと考えている。
 またこのような低コスト・小型・短期間に衛星が積極的に推進されると大型衛星を製造している企業にとっては脅威となり、場合によっては売上が減少、短期的に見ればその国の宇宙産業基盤が崩壊する可能性がある。したがって小型衛星推進をむやみやたらに進める事は困難かもしれない。しかし小型衛星は実績を公共衛星などへフィードバックさせることが出来る点を考えれば、失敗しない衛星を作るためにも大手衛星メーカーにもメリットはある。さらに、衛星の概念はここ10年で劇的に変化する可能性は否定できない。
 最後に打上げロケットだ。小型衛星側から見れば、日本のロケットは使い勝手が悪いとも見て取れる。現にJAXA以外の小型衛星を開発している北海道衛星「大樹」、USEFのSERVIS衛星、東京工業大学・東京大学のCubeSatはユーロコットにて打上げ、もしくは予定をしているのが現状だ。したがって先月号で紹介した空中発射ロケットのような低コストロケットのニーズがあると考えられる。
 また将来的に衛星1kgあたりの打上げ単価が100万円〜50万円になるだろうという海外予測の中で、日本が達成できる方法は、世界最高技術を持つと言うM-Vロケット技術を使った空中発射方式ではないだろうか?したがって先月号でB-747やB-767旅客機ベースの空中発射を提案したが、小型衛星打ち上げ用に双発のガルフストリームやF-4ファントムの兵装を全部外して軽量化し、それに小型ロケットを搭載して打ち上げるロケットや、高度上昇率の良いMD−90型旅客機を日本の民間航空会社から購入して胴体をくり抜き半没式に搭載したロケットがあれば理想的である。つまり空中発射ロケットとして、
・ B-747、B-767ベースで1t〜3t衛星
・ MD-90、フォッカーF-100ベースで500kg衛星
・ ガルフストリームかF-4平和利用バージョンベースで10kg衛星


      
   B-747(Boeing)           MD-90(NASA)         ガルフストリーム


という方法論があると考えているのだ。この機体は、筆者の予測ではなく技術的に可能という海外研究機関からもたらされた情報である。これならば1kg打上げ単価100万円〜50万円が小型ロケットで可能となる可能性が高い。また空中発射技術は将来の打上げの主流になると筆者は考えており、場合によっては将来的には徐々に大型化し、低軌道の超大型衛星打上げや有人宇宙技術へ波及できる可能性もあり、低コストで様々な技術が取得可能と考えている。その一方、H-2Aは1kg打上げ単価100万円〜50万円への壁を越えることは現状の方式では困難だろうとも考えている。しかし液体酸素/液体水素エンジン技術は世界最高レベルであることと、静止軌道へ大型衛星を打ち上げる能力は空中発射では困難である事を考慮に入れれば、H-2Aは維持し追求する事も必要であろう。しかし、世界の大多数の衛星が小型化していく中でデルタ、アトラス、アリアンロケットのように重量級ロケットとして生き残るためには公共衛星戦略で打上げ需要を確保したり、税金を多くかけない開発をしたりと最高技術を維持させるためにも何らかの方策が必要となるだろう。

次章ではUAV(無人機)とAirCar(エアカー)の現状を述べて航空・宇宙・自動車産業の融合の可能性を検討したい。

◎UAVの現状
 UAVはUnmanned Aerial Vehicle(無人航空機)の略とされ、アメリカを中心にカナダ、欧州等にて開発が進められている。一般的な観点からUAVと聞くと、まず思い浮かべるのは「軍事偵察機」と「大きめのラジコン」というキーワードが聞こえる。これは間違いないなく、無人機は軍用としての使用用途がある。現にアメリカでは偵察機の他にミサイルを搭載した無人攻撃機、標的機が存在し、戦闘機としても開発が進められている。しかしその一方UAVは農薬散布機、気象観測機、自動車のスピード違反取締機、海上では不審船・違法操業者・不法入国者・密輸業者取締という様々な利用可能性が検討されている。また、アメリカの運輸省が2004年3月に発表したUAVに関するレポートによると、アメリカでは下表のように様々なUAVの開発が進められ、「高高度/高航続型UAV」、「中高度/中航続型UAV」、「小型UAV」、「マイクロUAV」という分類分けもなされている。



アメリカUAV比較表  出典:US-DoT(UAV 2003 Report), UAV Forum HP 

 
このデータを見て驚くのは、まずその飛行時間である。表の右側にある機体はグローバルホークやGnat 750であるが、連続飛行可能時間が何と40時間以上であり、Gnat 750に至っては48時間、つまり2日連続で飛行可能なのである。また、搭載できる重量もGnat750は64kg、グローバルホークは891kgもあるそうだ。
 次に小型UAVやマイクロUAVは比較的多くの国で開発が進められている。大きさは様々であるが、基本的に地上に通信用アンテナを設置し、モニターを見ながら操縦するか、自動で飛行するシステムが多く、飛行範囲も数キロ〜200km程度まで様々なタイプがある。種類としては典型的な主翼、水平垂直尾翼を持ち、プロペラや小型ジェット推進装置を搭載したタイプであるが、ヘリコプター型や全翼型、ティルトローター型のタイプもある。

  
    典型的UAV                   ヘリ型

 
ティルトローター型                    全翼型       

また、小型UAV発射方式もユニークだ。その例を挙げると下図に示すように、小型の固体燃料ロケットで打ち出す方式、手持ちで投げる方式、ガイドレールを使ったカタパルト発射など様々な方式にてUAVは加速され揚力を得て飛行しているのだ。また、写真にはないが、成層圏プラットフォームのような飛行船にくくりつけ、上空から落下発射する方式や将来的にはロケットの先端部に取り付けて弾道飛行をし、発射近辺でロケットを減速させてから発進させる方式など様々方式が研究されている。



UAV発射方式


 さて、加速発射されたUAVは作業終了後に地上へ戻って回収する必要があるのだが、その方式もこれまたユニークであり、その例を挙げると「ランディング方式」と「ネット回収方式」と「垂直着陸方式」がある。

    
ランディング回収           ネット回収          垂直着陸

以上のように様々な研究がなされている。では日本ではどうだろうか?日本でもしっかりJAXAで研究がなされている。JAXAでは重量約20kg、全長1.9m、翼幅3.27mの無人機を製作、大樹町にて試験を重ねている。打上げ方式はユニークで自動車の天井にUAVをセットし、自動車を走らせることによってUAVを離陸させる方式だ。2005年3月の発表資料によると、将来的には連続飛行時間24時間、巡航高度3000mを目標としている。またオートパイロット機能、GPSナビゲーション、UHF波帯によるデータリンクなど一通りの研究を行っている。世界レベルと比較して相応の技術研究をしているが、JAXA内部ではあまり評価されていないように思える。

◎UAVの技術の有望性
 さて、UAV技術というのはどのような効果があるのだろうか?筆者は後述するエア・カー(空飛ぶ自動車)の基本技術になると考えていると同時に、地震や津波などの状況把握及び農薬散布などの薬散機及び消防機等への利用効果だと考えている。しかし、無人という新たな航空機が登場した場合、墜落の責任所在、有人航空機との衝突の危険性、テロの兵器として使用される危険性などの問題が発生、現行法では縛りをかけられないのが現状であり、飛行範囲・空域の規制やサイズの規制、安全性、型式証明など日本を含む海外では明確な法律が決められていないのが現状である。しかし将来的に法的問題は解決されるであろう。

◎エア・カー開発の現状
 さて、エア・カー(空飛ぶ自動車)である。これは一体何だろう?と思われるだろう。空飛ぶ自動車と聞くと「自動車に飛行機のエンジンを取り付けて飛ぶ乗り物」という概念が考えられるだろうが、それをNASAのプレゼンテーション資料ではこう表している。


空飛ぶ自動車(NASAプレゼン資料)

 このようなユーモアさは是非とも日本にも欲しいものだ。自動車より大きなエンジンがロープで巻きつけられているのだから、、、、。ある意味強烈なインパクトを与える。しかし、実際のコンセプトでは下図にある。


エア・カー(韓国WEBサイト)

 このようなコンセプトモデルであればイメージが出来るのではないだろうか?これらの次世代航空機?はエア・カーともパーソナル・ビークルとも言われている。公的資料においてはNASAが公表しているが、技術動向については情報不足のため不明な点が多い。だがしかし、このエア・カーは航空機やロケットと違い自動車並みに販売数が期待できる側面がある。このためアメリカでは3年間で総額1兆数億円以上の研究費が投じられている。つまり、日本では燃料電池自動車の研究が盛んであるが、その先の技術がすでに検討されていることを意味する。これは将来航空機と自動車の垣根が無くなる可能性を表しているのではないだろうか?
 しかし、日本にも先見の明を持った優秀なエンジニアはいるようだ。実はJAXAにはそのようなエア・カーの技術を研究しているチームが存在し、他方で一部の産業界も研究しているとの噂は絶えない。このような先駆的な研究を行っている彼らへ敬意を払いつつ、今後の活躍を期待したいものだ。それと同時にUAV技術の研究が世界と比較して出遅れてしまったことは非常に痛い。ニーズや技術的・経済的波及もはっきり見えているUAVであることは認識して頂けたと思うが、今後日本でもエア・カーも見越したUAV強化策を至急検討してみる必要があるのではないだろうか?

◎産業基盤を強化するために
 では、日本はいったいどうすればよいだろうか?日本は緊縮財政下にあるため、バブル経済期のような資金投入は期待できない。しかし、北海道、東北、東京都大田区、横浜、浜松、名古屋、東大阪、中国地方、北九州には高い技術を持った町工場、大学、大手企業がある。したがってここに「革新的技術を地場産業の技術を使って研究開発する」リサーチセンターを愛知万博終了後に生じる廃材を利用して構築し、上記で述べた

・ 人材育成と教育を目的としてナノ衛星製作
・ UAV研究
・ エア・カー基礎技術研究

を研究してはどうだろうか?ここで、様々なモノ作りと基礎技術を研究して「熟練工の減少危機」を回避するのだ。

◎まとめ
 低コストの小型衛星やロケットの開発が進められている現状を述べ、日本も「熟練工減少の歯止め」と「エンジニア育成」のために小型衛星を数多く作ることも「戦略的・革新的な宇宙開発を行う有効策」であることを述べた。また、次世代の産業育成のためにUAVとエア・カー技術の有望性・波及性を述べ、産業基盤強化のために愛知万博の廃材を利用した格納庫やリサーチセンター構築案も考えてみた。
 近年の宇宙産業は、戦後高度成長期に宇宙開発技術を作り上げた方々の遺産と共に発展してきたものだと筆者は考えている。しかしその遺産の偉大さに目を奪われ、「日本にとって今後10年、20年、30年先の国際産業競争力を考えてどういう技術が必要なのか?」という視点がまだ不足しているのではないだろうか?上記の方策は日本の「熟練工減少の防止」や「モノ作り大国日本」強化に寄与できるものと信じている。既存の体質を守り、ただやりたいことを主張するのではなく、イノベーティブな JAXAへ今後変貌できるものだと期待したい。


Copyright Hideo.HOSHIJIMA all rights reserved 2005.
Hosted by www.Geocities.ws

1