Future Solid LVS Vision (将来固体燃料ロケット計画)
  (エアワールド2006年9月号抜粋):詳細は雑誌「エアワールド2006年9月号」をお買い求めください

 日本が国産技術で育て上げた固体燃料ロケット技術は数々の科学衛星を打上げてきた。本稿では固体燃料ロケット技術の海外動向を踏まえながら国力消耗型ロケット開発とならないような次世代固体ロケット戦略を考察したい。

固体燃料ロケットの機能拡大

 固体燃料ロケット技術は、大型ロケットを補助する役目とする“補助ブースター”や、M-Vやペガサス、ベガ等の“ランチャー(ロケット)”として利用されている経緯があるが、ここ最近では貨物輸送や人員輸送用として利用が検討されている。それがNASA提案のSDLV(Shuttle-Derived Launch Vehicles)とEagleロケットだ。これら開発には様々な利点や問題があるが、固体燃料ロケット技術はコスト競争力があり、技術は必ずしも枯れていないことを意味している。

     
   NASA -SDLV計画案(NASA)       Eagleロケット(E’Prime)

NASA、SDLV計画(Ares計画)

 まずSDLV(2006年7月にAresと発表)は、有人宇宙船CEV(Crew Exploration Vehicle)や貨物船打上げ用として検討されている。このコンセプトは、スペースシャトルで使用されている補助ブースター(SRB)とスペースシャトルのメインエンジンであるSSME(Space Shuttle Main Engine)、さらに1960年代アポロ計画で開発されたサターン5ロケットで開発されたJ-2エンジンの派生型であるJ-2Sを使用する計画である。つまり、実績のある技術を使えば有人宇宙活動の安全性を担保でき、開発費も安く済ませられるという思想だ。しかし、今年に入ってからその既存流用思想論理が早くも崩壊、物議をかもしている。まず、J-2Sエンジンは技術者もノウハウも既に解散していたため、新たに製造ラインを作らねばならず、過去の実績を使用して信頼性を確保する論理が事実上崩壊した。次にSSMEはスペースシャトルの再使用エンジンのため、実績はあるがSDLVでは“使い捨て利用”のため、量産をかけてもコストがろくに下がらない事実が露呈、コスト削減の論理が崩壊。このため、アメリカ空軍主導で開発した最新のボーイング社デルタWロケットエンジン「RS-68」を使用する方向となった。

 そして最後の極めつけはスペースシャトルの補助ブースターSRBの流用思想だ。Ares計画では現行のスペースシャトルのSRBを一段目とし、2段目をJ-2Sとした人員輸送船(CEV)打ち上げ用と、貨物輸送ロケット用にシャトルのSRBを流用する発表をした。既存ブースターを他のロケットへも流用すればコスト競争上の優位性を言える方法論だった。しかし補助ブースターとして製造されたSRBは、M-V・ベガ・ミノトウルのようにロケットとして必要で十分な姿勢制御装置は持ち合わせていない。持っていても補助ブースターとしてのレベルであって、ロケットシステム全体を制御する設計思想ではない。結果、現行のシャトル用SRBのブースターはそのまま流用できず、ゼロから設計変更と同レベルになった。さらに既存SRBは出力が足りず、ロケットのモータセグメントを現行の4つから5つに変更した。これは、既存の直径を維持してモータ長を延伸するだけと言い訳をしたが、モータ内の燃焼室が変更になれば燃焼圧も変化するため、実際はロケットモータの設計・製造・試験のやり直しを意味する。さらにセグメントを4つから5つにした結果、既存の輸送船にも搭載できず、設計・製造・輸送が3拍子揃って狂ってしまった。よってNASAが主張する既存技術流用思想によるコスト削減策は発想が安易過ぎたため、全て論理崩壊している。

NASA神話の崩壊か?

 これが、過去の紙面で申し上げた“マッチ棒ロケット”とアメリカ国内で揶揄されている背景でもある。アメリカ国内では「日本のNASDAが開発したJ-1という失敗作ロケットとほぼ近い路線を走っている」という意見が噴出、NASA能力不足の批判が出始めている。つまり、H-2ロケットのSRBを1段目としたJ-1ロケットは反面教師として見られており、SRB流用思想は「コスト削減効果上、良い結果をもたらさない」として見られているのだ。さらにJ-1は“やってはならない失敗事例”として海外のロケット教本にも載っているとのことで、世界へ悪いロケット開発例を示したという点で日本は高く評価されるべきだが、今後は同じ事をやってはならないだろう。しかし、JAXA宇宙基幹システム本部ではH-2AのSRB-Aを1段目とし、M-Vの2段目以降を使用する方針で次世代固体燃料ロケット計画を進めようとしている。これは失敗作路線一直線と言われているが、SRB-A流用思想はノズル制御部がゼロから設計変更となるか、過去のJ-1改の技術成果を流用することを意味しており、M-Vより性能が落ちる事に加えて地上燃焼試験のやり直しも確実で、H-2Aと次期固体ロケットのパーツ共通化によるコストダウン論理も崩壊する可能性が高い。恐らくSRB-A設計変更の開発費はそれだけで100億〜200億円かかると見られ、H-2Aと共通化するという論理も机上だけの話であり崩壊することは必然である。

 つまり、最終的に違うブースターとロケットを製造することを意味しており、JAXAのコンセプト提案能力不足と言いざるを得ない。よって固体燃料ロケット技術を“コスト・機能”を意識して次世代化を進める案は後述するが、NASAが計画したAres計画は必然と言えるコスト増を招いており、彼らのコスト削減論理は崩壊したことを知っておくべきだろう。また、将来的にH-2Aの次世代型が出てきた場合、ブースターはフライバックブースターとなる可能性も考えられ、そうした場合にM-V次世代型とH-2A次世代型のブースター量産によるコスト削減効果理論が崩壊する可能性がある。このような将来的に両者ロケットの自由度を奪う開発体制は、リスク管理の観点から賢い選択とは言い難い。それと同時に日本ではNASAの華々しい歴史からNASAを神聖化する傾向があるが、NASAのコンセプト能力の実態が本当にすばらしいのか皆さんも考えて欲しいと思う。

 それよりも、Responsive Space(即応型宇宙)を進めて次世代のスタンダードを狙うアメリカ空軍やDARPAの戦略的活動の方がすばらしいと言えないだろうか?彼らは徹底的にコストを意識し、世界動向を前提にして目標を定めたロケットや衛星開発を合理的に進めている。開発組織は“ミリタリー(軍)”だが、思想や戦略を日本が参考にして学ぶだけなら、決して悪くないはずだ。

EPAC社のEagleロケット

 次に固体燃料ロケットの機能拡大例として示されているのが、E' Prime Aerospace Corporation(EPAC)という企業が開発する固体燃料ロケットである。過去の紙面(エアワールド2006年6月号)で述べたがEPAC社はピースキーパー弾道ミサイルのロケットモータを流用し、そのロケットモータを組み合わせる戦略で様々なEagleロケットを提案している。その打上げ能力は極軌道(SSO)ならば、430kg〜12,000kg(12ton)、静止トランスファー軌道ならば1.3ton〜8.9tonのペイロード(衛星や貨物)を投入できるロケットを提案している。

 その開発段階として現在ではEaglet、Eagle、S-I、S-IIが計画されており、下表へ示すような既存ロケットよりも低価格で実現可能であるとしている。

 このコンセプトの最大アピールポイントは、“余計な開発をしない”ことであり、ピースキーパーロケット化を研究したジョージア工科大学の研究成果を参考にしながら、改造する必要のないロケットモータを使用することでエンジニアリングコスト低減を図っている。このため、EPAC社の主張では、Eaglet(イーグレット)ロケットであれば、ペガサスロケットと比較しても、打上げ性能が高いにもかかわらず価格は最大3分のT、Eagleロケットでは、トーラス2型ロケットと同等の打上げ性能で価格は半値以下としている。

       
            Peacekeeper第1段モータ製造        第2段モータ燃焼試験  
(出典:Peacekeeper ICBM History Website)

ロケットと補助ブースター(SRB)の違い

 このEPAC社によるピースキーパーICBMのロケット化と、SRBロケット化の違いは、ロケット制御能力の差にある。まず、Eagleロケットのコンセプトは、そもそもロケットとして推力制御能力を有したピースキーパーICBMを使用しているため、ユニット&モジュールの組み合わせが比較的容易である。よってピースキーパー各ステージモータを組み合わせたバリエーション豊かなロケットシリーズ化が可能だ。しかし、SRBをロケット化する方法は、そもそも補助ブースターとして製造(最適化)されたため、ロケットとしての姿勢制御能力は不十分である。このため、推力制御装置を新たに付加するか、あっても取り替えて新規調達する必要があり、SRB流用型ロケットは最終的に開発費が膨れ上がる。つまり、ロケット用として開発された技術は補助ブースターや他のロケットへ流用可能だが、逆に補助ブースター(SRB)をロケット化した場合は“大幅な改造が必要”なのだ。よってH-2AのSRB-Aをロケット用にした場合、制御装置は搭載されているが能力不足のため、結局は「ノズル周りの設計変更が必要」であり、設計変更すれば数回の地上燃焼試験を実施せねばならず、H-2AのSRB-Aとは全く違うもので余計な機能をもったブースターが出来上がり、M-V後継機の性能は降下するという、コスト削減効果どころか国費浪費型ロケットとなることが予測できる。

   
デルタ-2ロケットのSRB(出典:JPL)

 また、欧州の固体燃料ロケット“ベガ”に使用されているP80型第1段モータをアリアン5ロケットの次期SRBへ使用できる可能性があると欧州宇宙機関ESAのホームページでは述べている。つまり補助ブースター(SRB)を廃止してベガのロケット用モータを使用するNASA・JAXAとは逆の発想だ。これはP80型モータの性能と現行アリアン5の補助ブースター技術をトレードオフして検討すべき課題だが、もし現行のアリアン5のブースターよりも全体の打ち上げ能力が上昇するならば、VEGAのコストダウン効果を含めてアリアンスペース社は検討してくるだろう。

 以上のように、固体燃料ロケットは様々な利点・弱点があり、中小型衛星打上げ用から物資・人員輸送へ至るまで使用が検討されている。また固体燃料ロケット本体と補助ブースター(SRB)は根本的に仕事が異なり、「細く長く燃焼するのがブースター」で「太く短く燃焼するM-V第一段ロケット」というのが利用実態であり、安易に両者を同じとして扱う事はやってはならないと考えている。

既存改良型LVSシステムの現状

 固体燃料ロケット技術の方針を間違えると、価格や性能バランスの悪いロケットとなるのだが、固体燃料ロケット技術を伸ばす方策は、アメリカや欧州で進められている。アメリカではEPAC社が既存ロケットモータをクラスター化もしくは組み合わせによるアプローチ手法を模索し、オービタルサイエンス社がミノトウルWロケット・ハイペリオン・F-15空中発射ロケットなど様々な固体ロケットを開発している。また、欧州(伊・仏)ではベガ開発によって固体ロケットと最終段を液体化することにより、軌道投入精度向上と複数衛星を軌道投入できる機能を搭載、続に言うハイブリッド型ロケット(固体+液体)を開発している。この活動は、日本のM-Vという全段固体燃料ロケットの弱点を突く戦略活動と見るならば、M-Vの後継機戦略は最低限、世界を見ながら考察する必要があるだろう。このM-Vの欠点を見ながら海外が実施している改善事項を考えると、以下のキーワードが考えられる。

・ 固体モータのクラスター化や組合せ手法

・ 固体は音響や振動環境が厳しいという難点

・ 最終段液体という柔軟対処機能の追加

・ 衛星複数搭載装置(マルチアダプター)の登場

・ 空中発射ロケットシステムへの模索

・ 製造・構造の次世代化

となるだろう。固体ロケットモータのクラスター化や組合せ手法について、日本ではM-V各段ロケットモータが優秀なため、組合せやクラスター化を深く考える必要が短期的にはないだろう。

 「振動対策」

 次に固体ロケットは音響や振動環境が厳しいという問題があるが、海外動向を見ると、オービタルサイエンス社がハネウェル社とともに、振動抑制装置を開発している。これは、1990年代後半から液体ロケットのデルタ2やペガサス向けに衛星とロケットを結合する装置付近に振動抑制装置を取り付け、打上げ時衛星にかかる力学的負荷を軽減させるために開発したシステムで、Softride® PAF (ELVIS)と呼ばれている。当初はパッシブ(受動的)な振動抑制装置としてデルタ2やペガサスロケットにて搭載し、衛星にかかる振動や衝撃の緩和をしていた。しかし近年では受動型の開発が行われており、液体ロケットやペガサスよりも振動環境がさらに激しい固体燃料ロケットへも適用すべく、アクティブ(能動)型Softride®の開発が行われており、2005年6月には開発状況が発表された。

 
パッシブ型Softride®            アクティブ型Softride®
(出典:SC/LV Dynamics Environments Workshop)

 「最終段液体化」

 次に、ロケットの最終段動向である。固体燃料ロケットの「ベガ」や「ミノトウル」では、衛星を軌道投入するための装置を搭載している。例えばベガは最大5回噴射可能な液体推進装置を搭載しており、主推進としてウクライナのKB Youznoye社からRD-869を購入し搭載している。

     
       ベガ最終段AVUM(VEGA user manual)           RD-869エンジン(yuzhnoye.com)

 また、ミノトウルでも最終段が「Orion38固体モータ+220Nヒドラジンスラスター」もしくは「Star-48固体モータ」という選択が可能だ。以上、固体燃料ロケットのベガやミノトウルは、最終段に液体エンジン等をプラスすることによってロケットシステムの能力向上や付加価値を上げている。これは今後のM-V後継機戦略で必要な視点だろう。

 「マルチアダプター」

 次に衛星複数搭載装置(マルチアダプター)の登場である。これは過去の誌面でも述べたがESPA(EELV Secondary Payload Adapter)と呼ばれるもので、下図へ示すように小型衛星搭載用スペースを用意したものだ。近年では小型衛星開発が活発であり、今後の需要拡大に対応するため、アメリカではデルタW・アトラスXロケットへ使用可能であり、2006年中に初使用が予定されている。現行のロケットは、小型衛星をピギーバック(副衛星)で打上げる場合、ロケットとの結合装置を一品一品が工芸品で製造されている。H-2AやM-Vのピギーバックもそうであり、これではコストが下がらないため、アメリカではESPAという規格化をすすめて、ユニバーサル型インターフェースを構築、顧客(衛星)のための使い易いサービスを展開している。

  
       ESPAと分離プレート              ロケットへの衛星取付例
(出典:AIAA/USU SSC03-II-7)

 このような視点もM-V後継機を検討する際には重要であり、M-VやH-2AにもESPAが搭載されれば宇宙振興へ役立つだろう。例えば、ESPA規格を国際宇宙協力の観点で規格化すれば、ロケット同士の相互補完協定の観点からもすばらしいだろう。ベガ(イタリア)やミノトウル(アメリカ)と協力しあってもいいのではないか?ぜひともM-V後継機戦略で検討して欲しいものだ。またM-Vロケットは、H-2Aよりも素材ベースで国産化比率が80%と高いため(H-2Aは30%)、パーツ供給国の輸出管理に左右されない日本唯一のロケットである。このため、発展途上国の衛星打上げや国際貢献として他国の小型衛星搭載が搭載できる自由度がある。よって筆者はM-Vという固体燃料ロケット技術とその後継機戦略は安易であってはならないと考えている。

 「空中発射システム(コンパクト・打上システム)」

 次に空中発射システムへの模索である。空中発射ロケットは、航空機がロケットの第一段目の役目を担う(すべて担えるわけではないが)事と膨大な地上設備を建設・維持する必要がないため、将来有望な「コンパクト打上システム」として宇宙先進国が開発している。これらの動向は過去の紙面で述べたが、空中発射技術を確立するならば、開発リスクの低い固体燃料ロケットで実践してからステップアップしようとする発想があるようで、戦闘機(Mig-31、F-15)を用いた空中発射ロケットを開発しているロシア・アメリカ・イスラエルは、全段固体のロケットを開発中だ。しかもロケットモータは既存のロケットモータやミサイルモータを組み合わせる発想で開発している。これらの技術が確立した後に液体ロケットや大型化を進めて地上発射型ロケットの価格を下回る打上システムを構築するのだろう。

空中発射ロケットシステムのステップアップ

(画像出典:Flight international , Boeing , Northrop Grumman , Lockheed martin)

 実際に最近の報道では、アメリカ空軍が空中発射ロケットの発射母機を新規開発させる研究をオービタルサイエンス社、ノースロップグラマン社、ロッキードマーチン社へ発注している。一見スペースシャトルと似ているが、有翼機が宇宙へ行かずに帰還するため、スペースシャトルと逆の概念であり、空力加熱設計要求もスペースシャトルと比較して厳しくないそうだ。初打上げは2018年に予定されている。

既存の固体燃料ロケット技術は次世代のコンパクト打上システムにとって重要であり、技術をステップアップさせるための“入り口”でもあるのだ。よって将来性のある固体燃料ロケット技術の扱いは決して軽視してはならない。

 「製造・構造の次世代化」

 最後はロケットの製造・構造の次世代化である。アメリカの固体燃料ロケット開発はオービタルサイエンス社は固体モータの種類を多く保有しているため、重量バランス・目標・戦略を練って開発している。よって日本のように無理やり組み合わせてコンセプト能力の低いロケットを開発しているのではない。またベガは、イタリアが日本のM-V技術を学んで製造した経緯もあり、自動車会社フィアットの関連会社Fiat-Avioが中心となっている。またロケットモータは1段目〜3段目まで全てカーボン繊維/エポキシ樹脂をフィラメントワインディング成形したモノリシックモーターケースと呼ばれる“複合材モータケース”を製造している。つまり世界最新を行く固体燃料ロケット「ベガ」は、すべて複合材料のモータケースなのだ。

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   VEGAと各段モータ                地上燃焼試験(ESA)

 ではM-Vはどうだろうか?M-Vは1段目が高張力鋼で製造され、2段目と3段目は複合材化させている。1段目が高張力鋼であるのは、大型で燃焼圧が高い事と開発費が十分確保できなかったため、実績ある高張力鋼で製造したと思われる。このM-V1段目の高張力鋼モータケースは三菱重工業(株) 高砂研究所が製造している。この高砂研究所は高張力鋼モータケースを数多く製造した実績があり、日本初の人工衛星”おおすみ”を打上げたラムダロケットのモータケースも高砂研究所が製造している。しかし高張力鋼モータケースは信頼性があるが、一品工芸品であるためコストが高く、複合材モータケースよりも重いという難点もある。それでも高い性能を誇っているのは驚きだが、M-V後継機を検討するならば、海外動向を踏まえてモータケースを複合材料化する方法も考えられる。また、複合材料技術はボーイング社の最新鋭旅客機B-787にも採用されており、日本の繊維メーカーが得意としている。さらに近年ではピッチ系炭素繊維が注目され、従来のPAN系炭素繊維と比較して高強度なものが開発されている。高張力鋼のモータケースを軽量化できるため、これら新規技術とJAXA複合材モータケース製造技術を合わせて、次世代M-Vの1段目モータと同等クラスのモータを製造する方法も考えられる。これならば、M-Vの性能を落すどころか、軽量複合材モータケースによって、性能向上も期待できる。場合によっては、将来の“国際固体燃料ロケット連合”を目指して、アメリカのオービタルサイエンス社やイタリアのFiat-Avio社と共同開発する方法は考えられないだろうか?

抜本改良型の固体ロケット

 以上から大々的な新規開発をせずに既存の固体ロケットを国際基準や将来要求に応じたシステムにすべく、さまざまな開発が行われている。この“事実”から固体燃料ロケットを「枯れた技術だ」とする表現は必ずしも正しいとは言い切れない。それに加えて、海外では抜本的に固体燃料ロケットを次世代化させる開発もなされている。その理由として

・ 固体ロケット技術は構造がシンプルで価格勝負できる

・ 小型高機能衛星の登場や即応型宇宙時代到来の観点から需要がある

・ 推薬によっては液体ロケットよりも環境負荷低減が期待できる

・ 国を守る技術を内外へ示すことができる

という利点があり、「まだまだ固体燃料ロケットは使えるぞ!」という確証があるのだろう。

 「推薬の交替」

 このため、海外では固体ロケット推薬の次世代研究を開始しているそうで、低融点推薬やバイオ系推薬の研究が密かに進められている。ある海外の研究組織は日本のケミカル系企業やバイオ系企業等に参加してもらい、次世代推薬を研究している。また、民生品による固体燃料ロケットのコストダウンを狙うため、低融点推薬の登場を見込んで一般使用されている耐火塗料をモータケースの内側へ塗布したり、高分子材料や昆虫系推薬を開発したりと次世代化の模索をしているそうだ。そしてもし次世代推薬が完成すれば、ケミカルメーカーがその分子構造を解析し、複製して量産化した推薬が登場するだろう。このように、現行の推薬を抜本的に変えようとする研究開発が行われ、高い技術を持つ日本企業が一本釣りされているのだ。しかしJAXAは次世代の波から取り残されているようで、レベルの低い次期固体ロケット戦略をしようとしている。これは技術開発を目的とした組織(JAXA宇宙基幹システム本部)として、情報収集不足・コンセプト能力不足・組織的な限界を迎えていると言えるだろう。

 「コスト節約」

 また、固体燃料ロケットに限らずロケット全体に言える事だが、今後製造されるロケットは、過去開発したロケットより高コストシステムにすることはもう許されない。アメリカのデルタW・アトラスXロケットは、過去の名前を引き継いではいるが、ロケットシステム・製造・輸送・射場の全てを抜本的に見直し、次世代化させている。その結果、ロケットが性能向上したにもかかわらず、打上げ単価は実質ダウンしたそうだ。

 一般的には知られていないが、現行のM-VやH-2Aは、企業や宇宙機関間でロケットのパーツ製造・加工処理・組立てをするために、何度もやり取りしているのが実情で、複雑過ぎる輸送・製造体制だ。輸送費は以外に無視できないのである。アメリカのデルタWロケットで見れば、ロケットはアラバマ州の工場で組み上げた後にデルタマリナーと呼ばれる専用船で運河とメキシコ湾を抜けてケープカナベラル射場へダイレクト輸送されている。また、カリフォルニア州バーデンバーグ射場はメキシコ湾からパナマ運河を抜けて太平洋へ出た後、バーデンバーグ射場の港へダイレクト納入されている。一方、アトラスXは先月号で紹介したように、ブースターとCentaurがC-5ギャラクシーによる空輸体制で衛星搭載用アダプターは陸送体制だ。アトラスU/Vと比較して抜本的に輸送体制や組立てシステムを一新している。

よって日本も製造過程の効率化と輸送環境を徹底的に分析して次世代化する必要がある。 固体ロケットならば、IHIアエロスペース社の工場にてロケットを一括製造した後に、北関東自動車道の全線開通が2011年度内のため、このルートを使って大洗港や那珂湊港から搭載し、ダイレクトに内之浦港へ輸送して、射場へ運び込む体制が有効だ。

 
DELTA-4ロケット輸送船(出典:Boeing)

  
アトラスロケット空輸体制(出典:AIAA)        B-747LCF用リフター(出典:Boeing)

 また、推進剤装填は今後自動化が必要となるため、将来的には種子島宇宙センター内の固体燃料充填設備は旧型となり必要なくなるだろう。よって早く・安くなる固体燃料充填技術を今後検討すればよい。

 以上のように、抜本的にロケット製造・輸送体制を変えれば、性能は向上しても打ち上げ費用を下げたロケットが開発可能だ。これはH-2A・M-V後継機開発には最低限必要な要求事項であり、海外動向から見ても必然だ。国際基準に合ったロケット開発をJAXAが出来ないならば政府予算で新規ロケット開発を実施すべきでないと言える。日本にはコストをかけないイノベーション体制が不足しているのだ。

次世代Launch Vehicle system(LVS)の技術

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SHERPA(出典:AIAA SSC03-II-2)

 最後に射場である。現行の内之浦射場は、種子島射場コストと比較すれば低コスト射場と言えるが、既存流用で伸ばしてきたこともあり老朽化は否定できない。内之浦射場の今後を考えるならば、発射台は現行方式を含め、ミノトウルロケットやFALCONロケットを参考にしながら国際基準にあった低コスト射場にする必要がある。また発射管制システムは、固体燃料ロケットは地上・海上・空中発射が可能なロケットという特徴があるため、将来の商業打上げ市場を目指して「移動式(可搬式)」とし、少なくとも地上と海上打上げ可能な管制システムにしたほうがいいだろう。一部では海上打上げはコストがかかると言われるが、既存の大型貨物船をレンタルし、SPACEX社のFALCONロケットのような打上げシステムであれば、専用船を建造する必要がなく、貨物・打上げ双方で船舶を運用できるため、ライフサイクルコストを低減でき、汎用性のある海上発射システムができるため、貨物輸送船会社と共同事業化することも可能だ。これならば、液体ロケットと比較して地上設備維持費用が安く、ハンドリングコストも低く、即応性もあるため、十分競争力ある海上発射事業が可能なのだ。こういうコンセプトも日本の固体燃料ロケットが生き残るための重要な方策でもある。

   
      SPACEX−FALCON(出典:SPACEX)   ミノトウルロケット(出典:OSC)

学術と技術開発を目的としたロケット開発体制の限界

 以上、海外の動向を踏まえながら固体燃料ロケットやそれを取り巻く周辺技術の次世代化動向を説明した。既存ロケットは、最終段構造を次世代化させロケットとしての生き残りをかけており、新規開発ロケットも打上げシステムの簡易化、低価格を狙った製造・輸送体制を実施している。このような次世代化動向を踏まえながら日本も国際基準に合ったロケット開発をしなければならないが、JAXA宇宙基幹システム本部のロケット開発における最近の動向は、明らかに情報収集不足・コンセプト能力不足と言わざるを得ない。この原因・背景には、学術目的や技術開発目的としたロケット開発体制にあるだろう。この学術目的のロケット開発は、宇宙研方式と呼ばれるもので大学教授とメーカーらが1からロケットを開発し、国産技術で固体燃料ロケット技術を開発した歴史をもつ。そして技術開発目的のロケット開発は、NASDA方式と呼ばれるもので、気象衛星を打上げるロケットを開発する目的でアメリカから技術導入を行い、液体ロケット技術を取得すべく技術開発を進めて一時は純国産ロケットH-2を開発した歴史をもつ。

 また、当時のロケット開発は「固体は文部省(宇宙研)」、「液体は科学技術省(NASDA)」という縦割り行政で開発された経緯があるため、宇宙研は液体ロケット開発をしてはならないという制約が加えられている。このため、宇宙研では当時液体ロケットエンジンを開発していたにも関わらず科学技術省と旧NASDAから「液体はうちの領分だからやめろ」と言われ、中止している。そして文部科学省となった現在でも、宇宙科学研究本部(宇宙研)が液体再使用ロケットRVTを研究しようとすると、JAXAの旧NASDA側から「液体はうちの領分だからやめろ」と未だに言われているそうだ。つまりJAXAとして統合された現在でも旧ISASと旧NASDAの縦割り体質は生きているのが実態だ。しかもJAXA統合してからの圧力がさらに強くなっているそうだ。このような制約から、海外ロケットのように固体燃料ロケットの最終段液体化という必然を宇宙科学研究本部が開発提案できない「事情」がある。これは制約をかけている旧NASDAとJAXAに問題があるが、宇宙科学研究本部側もM-Vの後継を議論するならば、学術ロケットとしてではなく、工業製品化させて2020年頃までには商業化させる視点が必要だろう。

 以上、JAXAはいまだに日本として国際基準にあったロケット開発体制にはなっておらず、SRB-AとM-Vの組合せロケットという「大いなる妥協ロケット」を計画し、輸入品が多く(素材ベースで75%)高コストで時代遅れ型のH-2B開発を計画している。海外動向から見れば日本の開発体制は組織的限界を迎えている事は明らかで、過去の負の遺産を引き継いでいるJAXAの「学術目的(宇宙研方式)」と「技術開発目的(NASDA方式)」のロケット開発体制には制度的限界があり、見直しの時期に来ていると考えられる。

M-Vロケット後継機と将来ビジョン案

 JAXAの制度的問題を考えずにM-V後継機を考えた場合、費用対効果と商業製品化を最終目標とするならば、下表の戦略が考えられる。これは、上記で述べたことをロードマップ的に示したものだ。

 M-Vロケットは旧宇宙科学研究所が開発したロケットであり、学術ロケットとして開発された。開発費もH-2やH-2Aロケットよりも20分の1以下だ。しかし、性能を重視した故に打上げ単価におけるコストパフォーマンスが悪くなり、社会的費用の限界を超えてしまったため、見直しの時期に来ている。しかし、性能を重視し過ぎたからと言ってコストを下げるために性能まで大幅に下げたロケットを射場含めて実質新規開発する必要はない。SRB-A流用思想も悪い事例として海外では評価されている。そのような計画を無理に推進するのではなく、欧米のロケット開発動向にならって段階的に改良を施して次世代化すればよいのだ。固体燃料ロケットM-Vは純国産ベースで開発され、殆どが外国製輸入パーツに依存しているわけではないため、唯一の自由度を持った外交ランチロケットとして使用可能だと考えている。輸入部品が素材ベースで半数以上を占めるH-2AやGXロケットは、輸出国の意向に左右されるため、Identity(独自性・個性)を持ったロケットになるのは現状困難だ。よって現役の純国産ロケットはM-Vだけとなっており、政治的に日本が世界のロケットと台頭に渡り合うためにも、純国産ロケット(国産固体ロケット技術)は絶対に放棄してはならないと考えている。

 これら背景から固体燃料ロケットM-Vの後継機戦略を考えれば筆者は現行含めて3つのフェーズを設定し、段階的にM-V固体燃料技術を発展させ、最終的な目標は「商業(商品)製品化」させる提案をしたい。

 M-Vロケットを突然商業化させることは困難だ。よって将来のライバルLVSであるベガやミノトウルWを横目に見ながら、コストパフォーマンスを意識して社会的費用にあわせればよい。具体的にはESPAや振動抑制装置を開発しながら、コストダウンのために構造と電装系を改良し、量産化をかけるためにM-Vの1段目のモータケースを複合材料化すればよい。もしくはオービタルサイエンス社が次世代ロケットモータを開発する情報があるので、双方に技術的メリットがあり政治的に問題がないならば、オービタルサイエンス社とIHIエアロスペース社間で共同開発し、その技術をクロスライセンスとすれば、対等な付き合いができる一方、将来のアライアンスの道ができるかもしれない。もし可能ならば日米間で宇宙技術協定を依頼する方法も考えられる。そしてコストダウンを目標にしながら輸送体制と射場システムを更新し、推薬充填方式を次世代化しながら次世代推薬(低融点・低毒)を開発すればよい。

 これは、筆者が勝手に想像しているのではなく、論文や海外の実情や様々な情報提供から提案しており、決して飛躍した発想ではない。そして海上発射は貨物・打上げ双方が出来るマルチ船舶利用方式なら商業事業化は可能で、貨物輸送会社が手を挙げれば、具現化すればいいだろう。このように世界を見ながら宇宙部落だけに留まらない発想でロケット戦略を考える視点が今後必要だろう。さらに固体燃料ロケット連合としてオービタルサイエンス社やFiat-Avio社らと協力関係を結び、電装品やアビオニクスで共通化できる部品は共同調達をかければさらにコストダウンが可能となり、相互補完打上げ協定・クロスライセンス・ユニット&モジュールの交換方式によって、バリエーション豊かでファミリゼーション化したロケット製品群を揃えれば良いのではないだろうか?これら提案は新規開発ではなく、「技術のリレー」をしながらロケット技術を段階的に発展させる方法論であり、これがM-V後継機ロケットの目指すビジョンだと筆者は考えている。


M-Vロケット(出典:ISAS)

まとめ

 固体燃料ロケットM-Vの後継機が議論されている中、海外のロケット開発動向を紹介し、固体燃料ロケットは決して枯れておらず、ESPA・振動抑制・推薬・材料含めて次世代化が進められている実情を紹介した。今後は国際基準に則ってコストパフォーマンス(社会的費用)を意識したロケット戦略が重要で、学術や技術開発を目的としたロケット開発体制は見直すべきだろう。そして打ち上げ能力は低くとも、非常に信頼性の高かったM-3SU型やH-1ロケットをもう1度振り返る必要もあるのではないか?過去の実績を振り返り、将来を展望する能力が今、日本の宇宙開発には要求されているのではないか?そして「要求性能」と「ミッション達成」のバランスのある宇宙計画(戦略)が今後必要ではないか?今回は、固体燃料ロケットを商業(商品)製品化させるべく、海外動向を見ながらロードマップを示してみたが、JAXAも短期的ロケット戦略を立案するのではなく、海外動向を見ながらコンパクトLVSシステムをもっと研究し、将来を見据えてロケットメーカーが事業化できるよう、合理的で段階的な向上を目指した戦略を考えて欲しいと思う。


H-1やM-3SUを振り返る視点も(画像出典:JAXA)


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