ユーザーサイドのための宇宙利用戦略(公共衛星戦略)
   
エアワールド2005年06月号抜粋版(詳細はエアワールドを御買い求めください)


今回は宇宙利用時代へ向けて気象衛星のような公共衛星の検討をしてみたい。

◎環境モニタリング衛星
先日、気象衛星“ひまわり6号”(MTSAT-1R)は無事打上げに成功したが、海外の気象衛星の開発はさらに先を進んでいる。実は米国NOAAが気象衛星の後継機の開発を現在進めているのだ。その新型気象衛星の将来計画では2012年に初打上げが予定されている一方で、
 ・衛星寿命は20年
 ・解像度50倍アップ
 ・観測頻度5分
 ・ハイパースペクトラルセンサー搭載
という驚異的な能力をNOAAが要求しているのだ。現行の観測頻度では正確な天気予報が困難になってきているからである。従って正確な天気予報をするには、解像度を上げて頻度を高くすれば良いとされ、NOAAは今回のスペック要求をしたと考えられる。NOAAの新規開発計画では長寿命・高性能の衛星を要求しているではないかと思われる。そしてこの性能要求に対し、「ボーイングサテライトシステム社」、「ノースロップ・グラマン社とレイセオン社の合同チーム」、「ロッキードマーチン社」、「スペースシステムロラール社」が開発に名乗りを挙げている。
今回この気象衛星開発プログラムの中で筆者が最も注目しているのはNOAAが要求している観測頻度と解像度である。この5分に1回の撮影というのは驚異的頻度であり、実質地球映像を生中継しているのと等しいのではないか?つまり、気象衛星という枠組みではなく環境監視衛星ではないか?しかも解像度が50倍アップしたら並みの低軌道地球観測衛星の能力を上回ってしまう。これは実現できるか分からないが、イメージャー技術、姿勢安定技術、大容量通信技術など革新的な技術開発が行われるであろう。可能であれば、日米共同開発としてわが国もこの気象衛星の能力を手に入れたいものだ。もしこのような高機能の衛星が使用できれば台風の進路予測はより精度が向上し、大都市で発生するスコールも予測が容易となるだろう。現状の気象衛星は国民一人当たり1ヶ月1.25円(1日0.04円)と筆者は試算している。毎日殆どの人が見る天気予報でしかもアジア・オセアニア地域の人々にも配信している気象衛星が1ヶ月1.25円なのだ!!これは決して高くはないはずである。国民生活のため、そして国家戦略的観点に立ち、国土交通省(気象庁)、環境庁、経済産業省との合同チームを結成してほしいものだ。もしくは気象庁を環境省へ移管して規模を増強する方法論もあるのでは?と考えている。

◎防犯・消防・安全衛星
 次に防犯・消防・安全衛星が考えられる。これは何か?と思われるだろうが、警察、消防、海上保安庁が使用する暗号秘話通信とデータストレージ衛星である。現在警察、消防、海上保安庁では、通信回線の確保に衛星回線を利用しているのが現状である。しかしこの通信回線は専用回線ではなく民間の商用通信衛星を利用しているのが現状だ。
例えば海上保安庁ではN-STARと呼ばれる衛星通信装置を全船舶へ配備している。しかし民間衛星の通信費用が高い上に通信速度もISDN程度というブロードバンド時代に対して遅れた通信速度のため、もっと大容量通信が出来る手段がほしいという話を個人的に船員から聞いたことがある。また、不審船監視や海賊対策、離島の灯台に不法上陸した人を通報するシステムとして秘話通信と映像電送システムが可能な高速通信衛星が必要だという話も聞いたことがある。また、日本にとってはシーレーン確保が重要である。3月にマラッカ海峡にて「韋駄天」乗組員が拉致された事件や、積載積荷を奪う海賊行為によって「民間海運企業の救難信号を探知する機能」もあれば、関係国と連携して現場へ急行できるシステムができるだろう。これは海賊やテロリストがタンカーや貨物船に進入した際にその異常を通報するシステムである。このような通報を衛星が受信できて付近の海上警備機関へ通報・出動すれ海運業界にとって大きな助けとなるだろう。
次に警察庁や都道府県警でも同様に捜査活動の上において携帯電話のほかに応急通信に通信衛星を利用する一方、災害時の被災現場状況把握のために撮影した映像を捜査本部へ転送するために民間通信衛星を利用している。可能であれば携帯電話の他に大容量の通信回線と秘話通信衛星システムがあれば、より警察活動の発展に宇宙技術が貢献できるだろう。また捜査上、捜査員がいつでも地図、犯人情報及び捜査本部からの伝言を受け取れるようにパソコンのハードディスクのようなものを搭載したストレージ衛星があったほうがいいかもしれない。さらには大災害発生における救援部隊である広域緊急援助隊の活動にも通信衛星による専用回線は重要であると考えられる。


         
       衛星通信車(岡山県警)          広域緊急援助隊(盛岡タイムス)


 最後に消防庁だ。阪神淡路大震災の教訓から地元防災機関のみでは対処出来ないような大規模災害(都市災害・工場火災・山火事)の発生時には全国へ駆けつける消防隊がある。大規模災害時に広域応援へ出動した緊急消防援助隊の通信と映像電送に通信衛星が使用されているのが現状だ。これは被災地において携帯電話が使用不可能な状態であることを想定し、衛星専用回線を設けているのだそうだ。また、阪神淡路大震災では広域から駆けつけた部隊の無線が混線してしまい、通信障害が発生、現場が混乱したという問題があった。したがって万全な救助活動を支援するために衛星通信は貢献できると考えられる。また、海外の消防通信では「有線・無線・衛星通信」という3点セットを使用しているのが現状であるとのことで日本も今後はこのような体制があれば良いだろう。
将来発生が予想される東南海地震や関東大震災において消防庁の活躍は重要なものとなってくることは予測ができる。そうした場合には統一通信システムとして衛星の活用は有効であり、通信費を心配せずに使いたい放題に衛星を利用できる環境があれば望ましいだろう。しかし消防庁における予算では衛星を調達できないのが現状である。


 
工場火災(出典:朝日新聞 報道写真集2004)        山火事(出典:NASA)


 以上のように海上保安庁、警察庁、消防庁では通信衛星を利用しているが、現状ではコスト高と技術的な問題により利用が限定されているのが現状だ。また国民の税金が日本の通信事業者へ使用料として支払われるのはいいが、海外の通信事業者へ支払われているのは“もったない“かもしれない。もし可能であれば、上記の警察庁や消防庁、海上保安庁が協力して少しずつ予算を出しあい、不足分を中央政府が補填して高速の秘話通信・データストレージ衛星が確保できれば通信費を気にせず多種多様な利用が出来るであろう。 衛星調達後の運用は官庁合同運用チームを結成するか、宇宙通信やJSAT社へ運用委託する方法も考えられる。とにもかくにもコストが低くなる方策を考えればよい。


◎国際人道支援衛星
 この衛星はいったい何だろう?と思うだろう。これは世界各国で紛争や貧困などの脅威にさらされている人々に対して支援活動をしている国連やNGOなどの組織を陰で支援する衛星システムだ。人道支援組織は非常に献身的な方々によって運営されている。彼らは衛星携帯電話を用いて通信手段を確保しているのも現状だが、通信内容は略奪組織や過激派に傍受され、知られたくない情報まで渡ってしまい、幾度となく危険な目にあっているのが現状である。この現状から「秘話通信衛星」を製造し、国連軍などからもたらされる危険情報を国連世界食糧計画やNPOやNGOへ対して連絡する衛星システムを構築し、その衛星を日本が国連へ提供するのはどうだろうか?また、地上のレシーバーは通信の他にGPSにて測位を行い、その情報は現地スタッフ、NGO本部、国連と3者で共有して状況を把握する。そしてもし危険と判断すればその情報を秘話通信衛星へ介して彼らへ伝達し、未然に危機回避を図ることが可能となるシステムだ。またレシーバーが不都合な組織へ渡れば、強制的に衛星から攻勢防壁のようにレシーバーを電気的に破壊させ、特定のレシーバーを使用不可能にするシステムもあれば望ましい。秘話技術開発においては上記に述べた防犯・消防・安全衛星の秘話技術と同様のため、もしかしたら衛星をファミリゼーション化でき、低コストで開発できるかもしれない。

 

支援の風景(出典:国連世界食糧計画)


◎国際水資源探査衛星
 水資源で不自由のない日本が中立的に立場で水資源の存在を監視し、その情報を国連へ提供して事前に紛争を防止することを目的とした衛星である。何処の国もしていない国際平和貢献ができるのではないだろうか?そして水をどのように配分すべきかを提言できれば日本として平和貢献ができ、国連へ提供する方法も考えられる。また水資源監視は当然ながら国内へも使用が可能であり、外交ツールの他に国内の灌漑監視にも使用することが出来る。したがって外務省、農林水産省、国土交通省とが協力し合えれば、双方にとってメリットのある衛星となるだろう。


農業・水産資源監視衛星
 近年の地球温暖化は大変な状況となってきているようだ。昨年の夏は東京で39度を記録して蒸し風呂のような暑さだったが、イギリスのある新聞では1月に地球温暖化が後戻りできない点(ポイント・オブ・ノーリターン)に達しつつあると報じている。この記事では産業革命前である1750年当時の世界平均気温よりも気温が2度上昇した時、ポイント・オブ・ノーリターンの兆候が現れると予測している。世界の平均気温は産業革命前よりも既に0.8度上昇しているのが現状だ。そして現在でも上昇している。したがってポイント・オブ・ノーリターンにはあと“たった1度しかない”とされ、あと10年でピンチになると予測しているのだ。
農業では温暖化が進むと作物の栽培に適した地域が北上するといわれている。つまり日本の主食である米を例にあげれば、高緯度地方(東北や北海道方面)では生育量が増加し、低緯度地域(九州や四国など)では高温により生育障害が発生すると言われている。小麦やトウモロコシでは重要な生産地と言われている中国やインドなどで、将来的に大幅な生産量低下が予想されている。同研究結果では2100年には現行の小麦生産量と比較してインドでは55%、中国では15%減少すると予測している。
 そして水産資源やサンゴ礁も環境が変化している。発展途上国などでは無秩序な水産開発を進めている一方、漁獲量の限界は1000万トンが限界と言われている中で実際の漁獲高は1億トンを超えているとのことだ。つまり供給に対して過剰に捕り続けているため、水産資源は天然資源のなかで枯渇がもっとも早く来ると言われている。
 以上のような背景から地球温暖化防止と農作物発育状況の監視及びヒートアイランド現象監視を目的とした“熱収支衛星”や漁獲資源・サンゴ礁の監視を目的とした“海洋気象・海洋資源監視衛星”が国際的に必要となっていると考えられる。したがってこのような衛星を製作し、その観測情報を日本の外交政策と国連へ提供できれば、国際社会へ大きく貢献できるだろう。また、このような海洋気象と熱収支衛星があれば、先月号にて提案した「弾道ミサイルを平和利用転換プログラム」と平行してミサイル発射を監視し、もし発射したならばその国は国際社会から永久追放される枠組みを国連で提案し、その結果弾道ミサイルと核兵器の処分を加速させる方策が出来れば、さらなる平和貢献ができるかもしれない。日本の宇宙技術を国際紛争防止、地球温暖化防止、農業・海洋・水資源監視へと使用することは何ら悪いことではない。



東京地域ヒートアイランド現象(出典:環境庁)


◎広域国際貢献衛星
 先日、マラッカ海峡にて発生した韋駄天乗員の拉致事件では、船舶会社の他に政府サイドも各国政府へ協力を要請したり、海上保安庁の艦艇を派遣したりと解決へ向けて陰の活躍があった。また、震度6弱を記録した福岡県西方沖地震でも発生後直ぐに現場入りして現状把握をする担当者や自衛隊による炊き出しなどが行われている。これらの情報収集において最も大切なことは「何時でも何処でもリアルタイム」で情報を救援本部へ伝達できる事が重要である。例えば、日本人旅行者がよく行くグアム・サイパン・バリなどのリゾート地において先日のスマトラ沖地震のように大災害が発生した場合に現地の状況を迅速に把握して急患搬送や救援物資輸送、邦人保護などが政府救援チームの初動として求められるが、情報収集手段は不十分な状態だ。
将来は映像を中継できる可搬式小型アンテナと大容量通信衛星がセットで必要となると筆者は考えている。もしこの衛星があれば、アジア・オセアニア地域の国家間で共有し、上記にて述べた漁業・農業の観測情報、地球温暖化情報(熱収支など)、経済情報などの提供と収集を交互に行い、そして緊急時にはホットラインのように情報のやり取りが出来る衛星があれば双方が迅速に行動できるであろう。アジア地域の国々と共有する国際貢献としての衛星専用回線を構築するのはどうだろうか?


◎地震探知衛星
 先日発生した福岡県西方沖地震や新潟中越地震では、発電所の異常現象や地震雲の発生、動物の異常行動などが報じられていが発生メカニズム解明には至っていない状況だ。この地震銀座と言われる日本ではその地震研究が進んでいることは間違いない。そうした中で地震発生の予兆を捕らえることが今後日本には必要だと筆者は考えている。例えば電磁パルスの発生や地磁気のズレを検知する衛星はどうだろうか?過去、旧ソ連より地磁気のズレを監視する衛星購入の打診があったそうだ。しかし発展途上である技術のため本当に地震が検知できるのか眉唾物だったそうだ。また、地震時に発生する電磁パルスは携帯電話や通信・放送電波などの周波数と重複する可能性もあるため、その雑信号を除去するフィルタリング作業を行わなければならないため、簡単に地震予知をすることはできないそうだ。しかし近年、地磁気や電磁パルスの検知技術は確実に向上してきているのが現状のため日本が独自に製作できる能力はあるそうだ。従って電磁パルスと地磁気のズレを検知する衛星を打上げ、地震発生前後の電磁パルスと地磁気センサーデータを検証し、また地震雲の発生の有無を環境モニタリング衛星データと比較し、そして動物や発電所の異常現象などの情報も集約して総合的な観点から地震予知を研究するのはどうだろうか?このような事例研究を進めれば地震発生のメカニズムを解明できる可能性がある。

◎これら公共衛星のキーワードは?
 これらの公共衛星はいったいどのようなキーワードが含まれているだろうか?筆者は「情報」、「ファミリゼーション化」だと考えている。国民生活向上、経済活動、人道支援、環境監視において重要なことは情報をどれだけ「迅速」・「独自」に収集でき、如何にその情報を利用して解決にあたることができるか?である。したがって上記の衛星を打ち上げるだけでは意味がなく、利用環境を整えることも重要である。またその情報収集において無原則に国家予算を使い込むことは好ましくないため、共通化できる技術(秘話通信やセンサーなど)は有効活用して各々の衛星へ搭載(ファミリゼーション化)させるのだ。しかしこの上記の衛星の実現には技術開発以外にも「各官庁の枠組み」を超えることが必要となるだろう。

◎省庁の枠を超えて協力し合えれば
 上記で述べたように人道支援衛星では内閣府、外務省の協力が必要であり、環境モニタリング衛星は気象庁、環境省、文部科学省の協力が必要であるように、宇宙は1省庁のみで進めることが今後困難となってくることを認識しなければならない。したがって今のうちに各省庁が既存の枠組みを超えて協力できる体制を構築することが国家戦略上重要となってくるだろう。これは国民や国際社会のためを考えれば十分国益に適っていることである。今こそ力を合わせるべきではないだろうか?従って今後のJAXAにも新たな宇宙利用時代へ向けて各省庁の取りまとめをする能力が要求されてくるだろう。
日本の衛星開発の今後は「ユーザーサイドに立った衛星戦略」が必要となるだろう。このような戦略は日本が最も得意としているものだと信じている。つまり米国のように予算はなくとも頭脳とアイデアで勝つ「頭脳大国日本」として今後勝負するのは面白いかもしれない。
グローバル社会の中で「情報を制する者は世界を制する」という言葉があるように宇宙技術は国家戦略上より重要なものとなってくるであろう。そして新たな宇宙利用時代へ向けて上記のような「国民へインパクトを与えて支持してくれる土壌」を作ることも今後の発展へ向けて重要な要素となってくるかもしれない。夢だけでなく国民を味方につける宇宙戦略を今後のJAXAにはできるものだと期待したい。


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