FISHING with ABU

Talk About Fishing

2001 

トルメス川のカワカマス


“ルスィオがいるのさ”と、両手を大きく広げながら、ローマ橋の少し上流でぬかるみに釣り座を構えた釣師が教えてくれた。 古めかしいスピニングタックルにフロート仕掛け、大ぶりの針にはフナに似た小魚が背掛けにされていた。 “君も釣りをするの?” “うん、少し。 日本からルアーを幾つか持ってきたんだ。” “へぇ、ハポンか。 テンガ・スエルテ!(グッド・ラック)”

***

2001年春。 スペイン、マドリードからバスで2時間半、大学都市として栄える古都サラマンカで2ヶ月ほど過した。 街の中心マジョール広場から歩いて15分ほどの大通りに面したピソ(マンション)を借りていたのだけれど、3月のスペインはもう夜9時頃まで明るいから、それこそ毎日のようにのんびりと夕マズメの釣りを楽しむことができた。 もちろんシエスタの国だからお昼休み(大体2時から4時半くらいまで)にだって十分釣りになる。

2時過ぎにいつも通りのお昼を食べて、3時を待たずに部屋を出る。 サモラ通りを抜け、マジョール広場の真ん中を突っ切り、サン・パブロ通りをさらに南下すると街の切れ目でトルメス川にぶつかる。 そのまま橋を渡って川沿いに右へ進むとローマ橋を越えた後で、トルメスへ小さな流れ込みのある場所たどり着く。 急ぎ足の30分だから3キロ弱の距離か。 この流れ込みは地図で見て知っていた。 そこに流れ込みがあれば水中の酸素量が増え、プランクトンも多くなり、それを求めて小魚が集まるから、大きな魚も小魚を狙ってよって来る…と、絶好のポイントになるのは釣り師の常識だ。 途中に何人かの釣人と会った。 釣果を訪ねると、水につけたビクをあげて見せてくれる。 カルパ(コイ)が4,5尾重なっていた。 冒頭に紹介した別の釣人にもここで会った。 彼が教えてくれた魚は“ルスィオ”。 その魚を僕はまだ知らない。

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ディパックから釣り竿を取り出してリールをセットし、ラパラを結んだ。 1投目にガツンと当たったけれど、ビックリして合わせられずにバラシ。 何投か投げているうちにまたもやガツン。 2度目だからね、と落着いて合わせるとギュンギュンと竿を絞り込む。 ドラグを鳴らす。 ひょっとしたらさっきのおじさんが言っていたルスィオかな、と思いながらリールを巻くと上がってきたのは、、、“パイクだっ!”。 ワニみたいな平べったい口と歯、モスグリーンの体色は間違い無くヤツ! もちろん日本にはいないから初体験。 やや興奮しながら写真を撮っていると、釣り師らしきおじさん登場。 がらがら声で“ルスィオ”と一言。 こいつがルスィオか。 いつかパイクを釣ってみたいと思っていたけれど、まさかここで実現できるとは思わなかった。 手のひらを当てると、一つ二つ三つ…60cmだ!

一通り写真を撮り終えて、緩やかな流れに魚を戻し終えてからどきどきばくばくと心臓が響きはじめた。 まさかはじめて来た国のはじめて来た川で日本にはいない憧れていた魚をはじめて釣っちゃったんだから、これが興奮せずにいられようか!! それに僕の釣り竿は上流域ででマスを釣るための物だ。 60cmの魚が掛かったんだから、そりゃぁぐいぐいしなったのもうなずける。 何が釣れるかわからないからと、ソルトウォーター用の8ポンドラインを巻いておいたのが救いだ。 しかしこのラパラも1回のフッキングで傷だらけとは、すごい歯だねぇ。 

ルアーを換える。 ちょっと陽射しがかげってきたから、より強くアピールできるように金色のカラーに換えた。 するとホラ、いきなりだ。 またさっきにも増して重たくひき込む。 無理せず充分時間をかけてから上がってきたのは明らかにさっきのより一回りほどデカイ。 手のひら4つに欠けるから70cm以上の大物! その後も銀色スプーンのトビーにかえてまた60cmほどのルスィオをゲット。 感が冴えまくって、ルアーローテーションが大正解。 それにしてもただただ興奮の連続。

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釣りはじめた3月の後半から,その地を離れた4月末までそれこそ毎日のように通った。 毎日のように釣上げた。 獰猛な奴だからそこに潜んでいれば一投目からアタックすることが多い。 引きの強い魚だから,僕のウルトラライト・アクションのロッドは手元から曲がった。 恍惚の日々。

ある日、若い父親と小さな男の子がサイクリングで僕のポイント(!)にやってきたことがあった。 僕の道具を父親に貸したが残念ながらノー・ヒット。 帰り際に僕にヒットした。 子供に釣り竿を与えてパイクを引きずりあげさせた。 目を丸々とさせて魚を覗き込む男の子の表情。 スペインで釣りキチ少年一人誕生。

現地で知り合ったドイツからの留学生を一緒に釣りに誘ったこともあったなぁ。 このルスィオは自分の人生の中ではじめて釣った魚だと言って喜んでいたっけ。

***

マジョール広場近くの露店で“Peces de agua dulce (淡水魚)”というヨーロッパの淡水魚を紹介する図鑑を買った。 ちなみにこの本に図示されているヨーロッパ地図では,スペイン(イベリア半島)はパイクの生息分布外になっている。 この本がはじめて出版された1984年(ドイツ・ミュンヘンにて出版。スペインでの出版は1991年)にはまだスペインは生息範囲外だったのかもしれない。

また,食味について。 一度試したところ,白身で実においしかった。 料理は,“ぶつ切り→フライ→レモン”と言う真に単純明快な方法。

地中海に面するアンダルシアのリゾート地“マルベージャ Marbella”で出会った、イギリス、マンチェスターからのおじいちゃんがユニークな話をしてくれた。

“パイクはとても大きくなるだろう。だからこんなことがおきる。ある時,湖を子犬が泳いでいたんだ。よちよちよちよちとね。突然子犬の下に大きな影が映った。すると,ガバッと水面が割れてでっかいパイクが子犬を飲込んじまったんだ!”

カナダのキングストンではオンタリオ湖の釣り人がパイクの子供を“small dog”って呼んでた。 目の前を通るものなんにでも食いつくパイクらしいかな。 

南ドイツのウルムという街を訪ねた時も,ドナウ川でパイクを狙う釣り人に出会った。 バカ長を履いて釣り竿と大きなネットを抱えながら。 そういえば漫画“パイナップル・アーミー(浦沢直樹著)”でも主人公のジェド・豪士がパイクを狙っていたなぁ。 釣り竿かついで湖水地方を廻る旅もいいなぁ。

パイク詣でを続けねばなるまい! きっと行かねばなるまい!!

 

*本文中のルスィオ(Lucio)はスペイン名であり、英語ではノーザンパイク(Northern Pike)あるいは単にパイク、また日本名はカワカマスです。

*スペインでの生活についてはこちらを参考にどうぞ。

INDEX


<関連記事>
PHOTO-LOG; Northern Pike

以下“淡水魚 Peces de agua dulce”からの抜粋。

Lucio(Esox lucius) ノーザン・パイク”

特徴: 体は細長く圧縮された感じで背びれは後ろのほうに付いている。 頭は長く扁平な鼻を持ち,アヒルのくちばしのようであり,大きな口があごとともに突き出ている。 110-130の小さな鱗を持ち,側線は通っていない。 体色は個体差があり,その地域の水の色に従っている。 表の方は茶褐色や深緑で,不規則に白っぽい帯状の斑紋が付いている。 腹部は白っぽく,またやや黄色みがかっている。 背びれには黒っぽいシミが不規則に付いている。 その年の水量の具合などによって,川の植生が豊かであればパイクの緑色はより明るくなる(草色パイク)。 体長は最大で100cm。 メスの場合は150cmにまでなる。

分布: ヨーロッパの温暖な地域における湖や川。 アジア,アメリカの北部。 バルト海地方の標高1500mまで。

習性: 透明度が高く穏やかで岸近くに植物が茂っている場所を好む。 そういった場所ではほとんど動かずに表層近くで獲物を待ち伏せている。 地域によるが,2月の頭から5月にかけて粘着性の高い直径3mmほどの卵(40000−45000個/1kg)を表層近くの水草や,洪水を起こした牧草地の芝生などに産み付ける。 10−30日で孵化するが,幼生は粘着腺を頭に持ち,さらに10−20日ほど水草にくっついて過ごす。 3−4年で成魚となる。

Translated by Ishige Masanobu.

 

<蛇足・補足・追記>

故・開口健氏の書籍を久しぶりに開いてみたら,やっぱりこの魚についても楽しいエッセイを披露していて夜更かしのコーヒーとともに心が躍った。

おじさんの話を聞いたり,仕掛けをいろいろ見せてもらっているうちに,ふいにカマスを釣ってみたい気持がうごいてきた。何しろこの魚は日本に生息していないのである。日本のカマスは海のカマスだけで,川のカマスはいないのである。マスは北海道へ行けばさまざまな種類がいるが,カマスはどこにもいない。けれど“大強盗”と異名のついたこの猛魚は全ヨーロッパとイングランド,スコットランド,アイルランド,そしてロシア,中央アジアの方まで広大に分布して湖と川の弱小魚族をふるえあがらせ,養魚家には憎まれ,寓話作家のペン先にはかならずひっかけられて貪欲の代表に仕立てられている。

「バイエルンの湖でカワカマスを二匹釣ること」 『私の釣魚大全』 文春文庫

「…フランス人のお客が来ています。もう五年にもなるいいお客さんです。しかし,どういうわけか,カマスしか釣らんのです。今日も朝六匹,昼四匹釣ってきましてね」 おやじはそういって頭の横で指をまわしてみせる。“クルクルパァ”の図である。マス釣りが最高でカマス釣りは鈍なものだとドイツでは考えられている。それはその通りだと私だって考える。マスは賢いうえにとんではねまわって全身でたたかう。カマスは強力無双,怪腕と牙と体重でさからうが,動作ははるかににぶい魚である。しかし,私はそのカマス気ちがいのフランス人をバカにしたくない。ジムス湖の暗鬱な氷雨のなかでふるえつつひたすら魚信を待っていた一昨日の黄昏と,ついにショックがきたあの瞬間の全身を走った戦慄のことを思い出すと・・・

「チロルに近い高原の小川でカワマスを十一匹釣ること」 前掲書

ここでそういえばアイザック・ウォルトン卿が17世紀(!)に書いた本にもパイクがいたなぁと思い出す。この本は史上初の魚釣りマニュアルで,前掲の開口氏のタイトルもここからの引用だ。もちろんイギリスの,日本の江戸時代初期に相当する頃の本だから科学的には怪しい記述も少なくないが,イギリス人らしいユーモアの利いた楽しい読み物である。

サー・フランシス・ベーコンは,その著『生と死の歴史』の中で,パイクの寿命は淡水魚の中で最も長いと言っていますが,普通には四十年を超えないともいっています。また,十年を超えないと考える人たちもいます。しかしゲスナーは,一四四九年にスウェーデンで捕らえられたパイクは,それより二〇〇年以上前にフリードリヒ二世によってその池に入れられたものであることがわかったと述べています。

「第八章ルースまたはパイクの話と,その釣り方」 『完訳 釣魚大全』 平凡社ライブラリー

 

また僕の本棚にはもう一冊,S.T.アクサーコフという人が19世紀半ばに書いた釣りの指南書もあって,こちらにもカワカマスについての章が設けられている。

カワカマスは主として魚を,そしてあらゆる水生爬虫類を食餌とする。この魚はその貪欲な性格から蛙,鼠それに鴨(ウートカ)の子までも呑みこむ。そのために大きなカワカマスはウチヤートニツァ(小鴨を食べる魚の意)と呼ばれている。

「十八,かわかます」 『釣魚雑筆』 岩波文庫

 

どう? 釣りたくなって来たでしょ!

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