FISHING with ABU

Talk About Fishing

2001 

カディスのエビおじさん


スペイン内陸の古都サラマンカを後にして、僕はアンダルシア地方をのんびりと楽しんだ。 セビージャではゴシックのカテドラルと春祭りを、グラナダとコルドバではあまりにも華麗なイスラム建築の傑作をそれぞれ楽しんだけれど、それはこのウェブサイトとは別の話。

そう、ロルカの詩集を片手に散策した、サクロモンテの丘で出会った彼女との思い出も、彼女が僕に伝えたイスラエルにあると言う僕の名前に似た街のエピソードもまた、別の話。

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アンダルシアをのんびり気ままに旅するというなら、やっぱり海沿いの街を歩くのが楽しい。 ジブラルタル海峡を挟んで東側を地中海のコスタ・デル・ソル(太陽の海岸)、西側を大西洋のコスタ・デ・ラ・ルス(光の海岸)と呼ばれていることは皆さんご承知の通り。 コスタ・デル・ソル有数のリゾート地“マルベージャ”で遊んだ翌日、今度はコスタ・デ・ラ・ルスの方にも行ってみようと“カディス”行きのバスに飛び乗った。 大西洋にちょこんと突き出た半島の街、カディス Cadiz。

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前日のうちに半島をぐるりと一周しているので、なんとなく全体の位置関係は把握できている。 この半島の中が旧市街で、半島よりも内陸が新市街。 旅行者は当然旧市街に集まり、とどまり、そして当然居住者もいるから他の観光都市と同様にシーズン中はごった返すことになるのだろうと思う。 今はそれほどでもないのかもしれないけれど、やっぱり人が多いなぁと感じる。

その朝は釣り竿を持って海岸へ行った。 細長い半島の南側は岩礁地帯になっているから、その切れ目を狙ってルアーを投げたらすぐに当たりが来たがフックアップせず。 その数投後ガツンと大きな当りがあって、瞬間的に合せると強い引きが手元まで伝わってきた。 足元まで寄せて、ちらりと姿が見えたところでプツリと糸が切れた。

逃げられたことも残念だけれど、もっと悲しいのは切れた糸の先に結んであったルアーはお気に入りの“ラパラCD−9”だったことだ。 これで旅行カバンに忍ばせてきたルアーが底をついたことになる。 悔しいから、悔しさ紛れにこう報告しておこう。 “あの魚は僕の生涯で一番大きな魚だった!” 逃げた魚はいつもそういうものだから。

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“惜しかったなぁ、随分デカかったろう” と後ろから声を掛けられて振り向くと、Tシャツ短パンサンダル履き、と僕と同じ姿のおじさんが立っていた。 “多分、ルビナだな”とも言った。 ルビナという魚を僕は知らないけれど、足元でラインブレイクしたあの魚はスズキに似ていた。

しばらくおじさんの後ろで腰を下ろして、見るとはなしに彼が釣る様を見ていた。 6mくらいありそうな長竿にシモリウキ仕掛けで、足元に置いたバケツの中から小さな生餌を針に刺しては、足元のサラシの脇に仕掛けを振り込む。 シモリウキの仕掛けはマブナ釣りみたいで懐かしかったけれど、面白いのはシモリウキの順番が日本とは逆になっていろところ。 上から下へ、つまり針に近づくにしたがって玉浮きが大きくなっていく。

頻繁に手のひらサイズの魚を釣り上げては海へ返すおじさんを見ているうちに、なんとなくやってみたくなってきた。 “ねぇねぇおじさん、僕もやってみたいよ。 ウキはこれでも大丈夫かな?” たまたま持ち合わせていたオレンジ色の木製玉ウキをおじさんに見せると、“シィ、シィ、ポッシィブレ(あぁ、大丈夫さ)” そして、“ホラこれを使えよ”とおじさんはバケツの中からオキアミみたいな小エビを一掴み僕にくれた。

おじさんに言われたとおり、浮き下を一ヒロくらいにして足元の大きな岩のすぐ横に仕掛けを落とした。 水の動きに流されてウキがツツツーと動いた後に、岩の向こう側で馴染む。 と、ピョコンッとウキがすぐさま反応して僕の手元には20cmほどの海タナゴに似た白銀の魚が躍る。 魚影は随分と濃いらしく、入れ食いに近い状態で釣れ続けた。 どれくらい釣ったかは覚えていない。 魚の名前も忘れた。 振り向くともう、おじさんはいなかった。 

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10時過ぎ、空腹に気付いて通りを隔てたバルへ入った。 コーヒーとトルティージャ(スペインオムレツ)、それにつまみを幾つかもらう。 アイスクリームを買って店を出ようとしたとき、出口近くの席に座っているさっきのおじさんを見つけた。 おじさんも同時に僕を見つけて右手を挙げながら声を掛けてくれた。 さっきとは違い小奇麗な身なりで、それに彼の奥さんかな、向かいには笑顔でグラマーな女性も一緒だったから、“グラシアス(ありがとう)”と二言三言の挨拶をしただけで僕はその店を出た。

砂浜まで歩いて腰を下し、傍らに釣り竿を置いてぼんやりと海を見やる。 砂浜の先に、干潮のせいで潮溜まりになった岩礁帯があり、その先に青い大西洋がはるかかなたまで続いている。 頭の上の青空は、下のほうまで降りてくるうちに次第に白っぽくなりながら海にぶつかって、あいまいな水平線をどうやら表現している。 雲の流れに気がつくと、視線は少しづつ上向きになって、何とはなしにごろりと砂の上に体を横たえた。 脱いだTシャツを頭の下に丸めて、右手で太陽をさえぎりながらペットボトルの水を少し口に含んだ。 5月中旬、初夏の太陽は早くもじりじりと僕に迫って来た。

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2、3日後にマドリーへ戻り、今はまだドイツにいるはずの妻と落ち合ってから、今度は北スペインへと旅を続ける。

この頃、僕は少し旅に疲れていた。 

 

*スペインでの生活についてはこちらを参考にどうぞ。

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