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夏の休暇は終わり、彼らのシーズンが始まる。
ペンバリー管弦楽団のメンバーもぞくぞくと休暇先から帰ってきた。皆、それぞれの休暇の思い出話に花を咲かせている。その中にはペンバリー管弦楽団の誇るソロ・コンサートマスター、コリンの姿もあった。
ペンバリー管弦楽団の弦楽奏者20名弱は、シーズンのオープニング・コンサートの一環として、教会で弦楽コンサートを開くことになっていた。その最後を飾る曲が、バッハの『ブランデンブルク協奏曲』第5番だったのだが、1週間ほど前に客演予定のフルーティストからキャンセルが入ったのだった。コンサートは1週間後、早く代わりのフルーティストを探さなくてはならない。
最初は真面目に話し合っていたメンバーだが、久々の再会で、しかも休暇後とあって、だんだんとそれぞれの土産話に話題が移って行った。そんな時、コリンの携帯が鳴った。着メロは、シーズンエンドに弾いた、ベルリオーズ『幻想交響曲』の『断頭台への行進』。
教会でのコンサートの前日。ペンバリー管弦楽団のリハーサル室に、今度の演奏会の出演メンバーが揃っていた。そこへコリンが日本人女性をエスコートしてやって来た。
「じゃあ、10分休憩して、ブランデンブルクをやります」
練習が終わり、メンバーはそれぞれの家へ帰っていった。コリンはYOKOを、彼女の宿泊しているホテルへ車で送って行った。
澄み切った青空が広がる。コンサート会場となる教会は、それほど大きくはないが、天井が高く、ステンドグラスが見事だった。祭壇の前に椅子と譜面台が並べられ、周りには花が飾られた。YOKOはフルートを吹いてみて、響きを確認する。 西日が教会の入り口上方にあるバラ窓を通って、虹色の光を会場内に投げかけていた。さすがにこの時季は日が長いので、コンサートが始まる時間になっても外は明るい。会場はペンバリー管弦楽団の演奏会を待ち望んでいた満員の聴衆で熱気に包まれていた。とりわけコリンファンクラブの面々は、相変わらず大きな花束を手に、コリンの登場を今か今かと待っている。20時になると、コリン以外のメンバーが楽器を手に登場した。会場は拍手の音で包まれた。団員が着席し、教会内は程よい緊張感のある静寂が訪れた。そして世界でも有数の名コンサートマスターであるコリンが、その優美な長身を燕尾服で華麗に包み、会場に現れた。その途端、教会じゅうに嵐のような拍手が鳴り響いた。聴衆は皆、この瞬間を待っていたのだ…彼らにとってコンサートのない2ヶ月は長かった。そして今日からまた、ペンバリー管弦楽団の見事なアンサンブル、柔らかな弦と個性の輝く管のハーモニー、なによりもコリンのヴァイオリンを聴くことができるのだ。拍手にはその喜びが感じられた。コリンは団員たちを起立させ、聴衆に向かい姿勢よく礼をすると、すっと楽団員のほうを向いた。団員が座り終えると、優雅な動作でヴァイオリンを構え、Aの音を出した。コリンはコントラバス、チェロ、ヴィオラ、ヴァイオリンと順に音を与えていった。その都度、コリンはメンバーと目を合わせ、笑顔を向ける。彼の柔らかだが意思のある眼差しと暖かな笑顔は、団員たちの本番の緊張をほぐし、安堵感を与えるのだ。団員が調音し終えたのを確認すると、コリンは燕尾服の裾をはらいつつ、音もなく椅子に座った。彼がその愛器を構えると、団員もすっと楽器を構えた。 コリンのアイン・ザッツに合わせ、モーツァルト『Eine kleine Nachtmusik』の華麗な音が教会内に響き渡った。今回の弦楽合奏は小規模なので、指揮者は置かず、すべてコリンのリードにより音楽が進行される。コリンの一つ一つの動作、視線が、楽団員に音楽を伝えていく…とりわけその芸術的に美しい弓使いは何よりも多弁であった。コリンに導かれたペンバリー管弦楽団の弦楽器奏者たちは、澄み切った音色で、音楽を奏でていく。彼らの演奏は、技術的にも表現的にも素晴らしかったが、何よりも音楽をする喜びに溢れたものであった。コリンをはじめ、団員たちの顔には、自然と笑顔が浮かぶ。1曲目が終わり、その最後の音の余韻が教会の高い天井に吸い込まれると、聴衆は心からの拍手を送った。2ヶ月待った甲斐があった…拍手は聴衆の気持ちを代弁していた。コリンは満足げに、流れるような美しい動作で立ち上がると、メンバーを立たせ、聴衆に一礼した。
彼らはそれから、マーラーの『アダージエット』、チャイコフスキーの『弦楽セレナーデ』から第1楽章と第2楽章、休憩を挟んでパッヘルベルの『カノン』、ヴィヴァルディ『四季』から『夏』と『秋』を演奏した。それぞれ難しさも曲想も違うが、コリンのリードの下、ペンバリー管弦楽団の弦楽器奏者たちは見事に弾きこなしていった。『四季』の演奏が終わり、拍手の中コリンは立ち上がると、大理石の彫刻のような整った手を軽く開いて拍手を制止した。少し席から離れ、聴衆のほうに歩み寄る。 鮮やかな開始。ニ長調の明るい響きが教会の回廊に響く。合奏に導かれ、ソロに入る。チェンバロに乗って、フルートとヴァイオリンのソロが、まるで会話をするかのように、時には明るく、時には切なく、最上の音楽を奏でていった。YOKOとコリンは、お互いの呼吸を確かめるかのように視線を合わせながら演奏する…時々笑顔になりながら。久しぶりに一緒に弾いたとは思えない、抜群のコンビネーションであった。二人ともそれぞれの個性を出しつつも、ぴったりと息のあった音色と表現で、喜びに溢れた音楽を生み出していく。YOKOの音色は、透明だが温かで、ビブラートも美しく、教会の高い天井からきらきらと音がこぼれてくるかのようであった。コリンのヴァイオリンは、指板を自由自在に動き、美しいビブラートをかける左手と、どのような表現も可能にする完璧な弓使いの右手の、両方から生み出される至上のものだった。技術・音色・表現・解釈のすべてが、芸術の女神から恩恵を受けた天賦の才から創造される奇跡であり、またその弾いている姿は、名画から抜け出てきたかのような、それだけで人を魅了するものであった。聴衆はYOKOのフルート、コリンのヴァイオリン、チェンバロと弦楽合奏により構築されるバッハの音の世界に浸り、至福の時を過ごしていた。
最後の音が教会の空間からふっと消えると、その静寂と対照的な、嵐のような拍手が会場に鳴り響いた。コリンは団員たちを立ち上がらせ、聴衆に向かって姿勢よく一礼すると、団員たちに労いの拍手を送った。それからYOKOの方を向き、硬く握手をしてから、両頬に軽く口づけをした。YOKOとコリンはお互いを讃え、それからチェンバロ奏者、コンマスと握手をした。拍手の鳴り止まない中、YOKOとコリンは肩を組んで側廊奥の部屋へ下がっていった。彼らが下がるのを確認すると、団員たちは再び席に着いた。 Special thanks to YOKO-sama
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『Eine kleine Nachtmusik』(Listen to samplesの1,2,3,4番をクリック)
『アダージエット』(Listen to samplesの4番をクリック)
『弦楽セレナーデ』第1楽章と第2楽章(Listen to samplesの1,2番をクリック)
『カノン』(Listen to samplesの1番をクリック)
『四季』から『夏』と『秋』(Listen to samplesの2,3番をクリック)
『ブランデンブルク協奏曲』第5番(Listen to samplesの1,2,3番をクリック)
ちなみにこれがベ○リンフィルのエ○ニュエル・○ユです
おまけ:コリンの携帯着メロ『断頭台への行進』(Listen to samplesの4番をクリック)