エレベーターの彼


彼女はエレベーターを待っていた。急いでいるのに、なかなか降りてこない。彼女は時計を見た。もう、早く来ないかしら…エレベーターが到着する音がし、扉が開いた。彼女は誰もいないものと思って床を見ながら中に入った。
「こんばんは」
突然、響きのいい声が彼女の耳に入った。彼女の視線の先にはよく手入れされた革靴があった。彼女は視線を上げた。そこには背の高い、瞳に力のある男が静かに立っていた。彼女は人がいるとは思わなかったのと、その男の姿に見惚れていたのとで、暫くぼんやりしていたが、ふと我に返ると挨拶を返した。エレベーターの扉が再び閉まった。
「地上階でいいですか?」
その男は微笑んで彼女に聞いた。彼女は軽く頷いた。微かに香る香水。エレベーターの動く音だけが室内に響いていた。彼女は横目でその男を見た。黒のスーツとブルーのシャツをラフに着ていたが、品のある雰囲気を身に纏っていた。緩く巻いた髪、深い色の知的な瞳と薄い唇…ただ綺麗というのではなく、大人の男の持つ魅力を感じさせるその整った顔に、彼女は吸い込まるように釘付けになった。このビルで働いている人かしら?だとしたら、どこで?それともただ単に訪れただけかしら?彼女は急いでいるはずだったが、エレベーターがこのまま止まってくれればいいのに、とすら思った。エレベーターは減速し、地上階で止まった。扉がすっと開く。その男は彼女が出るまで開扉のボタンを押して待っていてくれた。そしてビルの扉を、彼女の後ろから長い腕で開けた。
「どうぞ」
彼女はその男を見た。間近で見るとその男は思っていた以上に背が高かく、シャツの下に見える首から鎖骨にかけての線は意外と細かった。彼女が礼を言うと、その男はにっこりと微笑んだ。ビルの外はもう暗く、風が冷たく吹いていた。その男は手にしていたコートをふわっと着ると、彼女が向かう先と逆の方向に体を向けた。
「素晴らしい夜を」
肩越しに視線を彼女に向け、その男は歩き去った。彼女はその男の姿が夕闇に消えるまで、その姿を見つめていた。


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